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036.光差すガーデン、ふたりの怪盗!?-05

※先日(3/28)は2回更新しておりますわよ~。

「み、見ていらしたんですの?」

 セリスは立ち上がり顔を背け、袂を整える。


「はい、ばっちりですね。フルール家のご当主様と、スリジェ家の総領娘様の濡れ場をこの目で」


「濡れ場ってほどじゃないでしょうが。で、あんたは何でここにいるわけ? やっと追いついたって、何?」


 追放貴族の青年に棘立つフロル。


 だがじつは、内心では感謝もしていた。

 戯れのつもりのくちづけだったが、背に腕が回され、一晩ずっと放してもらえないような気がしていたところだったからだ。


「内密に頼みたいことがありましてね。フロルさんが屋敷を出られてから、ずっと追いかけてたんですよ」


 キルシュはティー・ルームや第二十遺世界の見学施設にまで来ていたという。


「それ、追いかけるじゃなくって、あとをつけるっていうのよ」


 いまさらになって気づくが、彼はなぜか、汚濁の罪など科学文明の発達した世界でよく使われる、“スーツ”や“ジャケット”と呼ばれる衣装を着ている。

 混みあった食事処はともかく、見学施設でも気づかなかったのはこのせいか。


「辛抱強いかたですのね」

 セリスは感心しているようだ。


「ぼくは頑固なんで」

「で、頼みごとって何? ダメかヤダで答えるから、遠慮なく言ってちょうだい」


「酷いなあ。これでも配慮したんですよ。でも、セリシールさんもブラッド・ブロッサムの正体を知ってるみたいだったし、じゃあ独りになるのを待たなくてもいいかなって」


 話も聞かれていたらしい。

 フロルが振り返ると、友人の表情が怯え、沈んでいくのが見えた。

 無意識に腰へと手をやったが、今日はつるぎを携帯していない。


「……何かを盗めって話?」「そんなところです」


 厄介な男を抱えこんだと今更に思う。

 怪盗の件もそうだが、スリジェ家の現状を公表されるわけにはいかない。


「何を盗むかは、見つけてもらってからになるんですけど。忍びこんで欲しいのは、ブリューテ家の本宅です」

 緩んでいた男の表情が厳しくなる。

「これは、ぼくにとって絶対に譲れないことなんです」


 キルシュ・ブリューテの脅迫まがいの依頼はこうだ。


 ブリューテ家は代々騎士を輩出してきた名門である。

 ゆえに騎士団を追放されてしまったキルシュは、父からも勘当されてしまった。

 だが、正しいのは自分だ。

 トラベラー活動をかたわらに、父への反撃の機会をうかがって騎士団を嗅ぎまわっていたら、士官による体罰事件やパーティーリーダーの不正なんてものは、吹けば飛ぶほどの大不祥事の噂を聞きつけてしまったのだ。


「おふたりが行かれた遺世界の管理世界である汚濁の罪と、汗と鎖の世界が戦争状態なのはご存知ですよね?」


 世界を越えて有名な話だ。

 科学の発達した汚濁の罪と、獣人が奴隷を支配する汗と鎖の世界。

 この二者は、両方から繋がる遺世界にある「遺物」を巡って争っている。


「その両世界に、戦争の足しになる道具を横流ししているんです。騎士団管理の武具やアーティファクト、果ては法規制されている呪物まで」


「誰が? 騎士団全体が……ってわけじゃないわよね?」


「疑惑の人物は、ブリューテ家次期当主にして、アルカス騎士団が聖騎士のひとり、シダレ・ブリューテ。うちの長兄です」


「まあ! 平和を守る騎士様が戦争を煽るなんて、許せないことと存じます。フロルさん、これは一大事ですの」


 セリスが非難の声をあげている。

 フロルは押し黙っていた。


 聖騎士に認定されるには、団内での一定の支持と武勲に加えて、どちらかの女神の第二宣誓以上を受けていることが条件とされる。

 そして、闘争や破滅に関与するのは、サンゲの眷属のさだめ。


 ――シダレさんも、わたくしと同じようにサンゲに命じられて?


「怪盗ブラッド・ブロッサムには、ブリューテ家の本宅に忍びこんで、不正の証拠を手に入れてもらいたいんです。手がかりだけでも構いません」

「そんなもの残しておくかしら? 取引の現場を押さえて……なんて言ったかしら、異界に便利な道具があったでしょ?」


 フロルが道具の名前を思い出せないでいると、キルシュは「カメラですね」と言って、首にからさげていた黒い箱を叩いてみせた。


「それがカメラ?」

「古い型ですけど。でも、このタイプのほうが便利なんですよ」


 彼は両手でカメラを構えると、「セリシールさん、何かポーズを取ってください」と要求した。


 ……セリスは大真面目に悩んだすえに、中指を立てて笑顔を披露した。


 箱から閃光が起こり、舌を出すように一枚の白枠の黒いカードが出てくる。

 しばらく待つと、白枠の中に笑顔で中指を立てるご令嬢の姿が現れた。


「これがお写真ですのね!」興奮するセリス。

「なかなか、すごいのが撮れましたね」キルシュは苦笑している。


「それを持って、取引の現場に張りこめばよろしいんじゃなくって? 異界の小説で、そういうのを読んだことがあるわ」

「現場までたどり着けないのが問題なんですよ。好戦的な文明や、この世界よりも発達した文明のゲートの管理には、騎士団も関わりますから」

「あんたは門前払いってわけね。だけど、ブリューテ家の不正をおおやけになんてしたら、二度と家には戻れないわよ?」


「どのみち、戻る気はありません」

 彼は思い詰めたような表情をしている。


「復讐なのね?」

「まさか。ぼくは家にはこだわっていませんよ。この世界だって……」


 ――女神の枕すらも? そうだわ……。


「証拠をカードに、お父様から本当の母親のことを聞きだすってわけね」


 ――あ、しまった。


 フロルは慌てて口をつぐんだ。


「本当の母親?」青年は首をかしげている。

 それはそうだ。

「じつは異界人に産ませた子」というのは、フロルの脳内の妄想である。


「ぼくは、この件をおおやけにしようと思います。正しいことをしたい」

「殊勝な心がけだけど、そんな話なら、わたくしたちを脅す必要はないし、むしろ今、こっちも相当マズい話を聞いたわけなんだけど?」


「ああ、それでしたら……」


 キルシュはズボンのポケットに手をやると、数枚の写真を取り出した。


 それらに写っていたのは……


 ティー・ハウスでの一幕。

 セリスがフロルの口をナプキンで拭いてやっているシーン。


 フルール邸での一幕。

 まぶしきテニスウェアに身を包んで球打ちに興じる若き娘たち。


 続いて、ヨシノが砕けた壺をほうきで片づけている様子。


「げっ! その壺はチャンのお気に入り!」


 美形の青年は、にこりと笑った。


 次に現れたのは、巨大羽虫に驚きフロルに抱きつくセリシール嬢。

 セリスは「お恥ずかしいですわ」と頬を染める。


 そして、夕暮れの竹林のそばを手を繋いで歩く親友同士。

 燃える景色に浮かぶ、ふたつの人影と竹林のコントラスト。


「あら、これは素敵ね」

「もっといいのがありますよ」


 トドメに出てきたのがこちら。


「まるでフロルさんがセリシールさんを押し倒しているみたいでしょ?」


 決定的シーンが撮影されていた。しかも、接吻中を横から写したものだ。


「ぼくは、スリジェ家の事情については交渉の材料にはしません。むしろ、力になれることがあるのなら、このいのちだって懸けてもいい」


 キルシュはまっすぐにセリシールを見ている。


「いのちって、急に重いわねあんた。どっちにしろ弱みを撮った写真で、わたくしたちを脅してるんでしょうに」


 最後の写真だけは少しマズいが、執事に叱られるのは慣れっこだし、脅しのほうは捨て置いてもよさそうだが……フロルは、依頼を受ける気になっていた。


 シダレ・ブリューテに、破壊の衝動に関することを聞いてみたくなったのだ。

 いくら聖騎士とはいえ、ひとりで戦局をひっくり返すような支援はできないだろうが、「ニ世界間の戦争がずっと終わらない」ことにも興味がある。


「キルシュさん!」

 声をあげたのはセリスである。

「そちらの写真を是非……じゃなくって、写真と交換に、あなたのご依頼、お受けいたしますわ」


「なんで、あなたが受けるのよ」


「フロルさん!」

 手を取られた。


 それからセリスは早口でこう言った。


「あなたはお許しになられますの? 多くの尊きいのちが失われる戦争を、わたくしたちの世界の、誉れ高き聖騎士様が助長なさっているという耐えがたき疑惑を。これは、真偽を明らかにすべきかと存じますの。ブリューテ家は、貴族連盟の一員でもいらっしゃります。仮に真実であれば、ともがらの間違いを正すのも、貴族たる者の使命かと、わたくしは存じますわ!」


 正論であるが、こちらではなく写真に目が釘づけなのが引っかかる。


「セリスも手伝うってこと?」「もちろんですの!」


 フロルは「ダメよ」と即答した。

 違法なことには巻きこみたくない。

 バレれば、脅しどころの話ではないし。


「やっぱり、わたくしのそばには、いらしてくれないの……」

 セリスはしおれてしまった。


「恋人を泣かせるなんて酷いなあ」

 キルシュが何か言った。


「先ほどの契りは偽りでしたのね。わたくし、もてあそばれましたのね」

 よよよ、と袖で顔を隠し、座りこむセリシール。

「わたくし、初めてでしたのに。散った花は、戻りませんのに」


「何を大げさな。もともと遊びの延長じゃないの」

 フロルはため息をつく。

「でも、約束は約束だしね」


「じゃあ、ご一緒してもよろしくって!?」

 笑顔が、ぱっと返り咲く。


「その代わり、わたくしの出した条件を守ってもらうこと。これはあなたのためでもあるし……何よりわたくし、遊びにも手を抜かない信条でしてよ」


 お嬢さまは口角をあげた。

 純粋な娘は首をかしげている。

 そしてフロルは、妄想で済ませていた「あること」を条件として突きつける……。


「セリス、あなたには、キモノを脱いでいただきますわ!」


 びしりとキモノ娘を指さすフロル。


「遊びに手を抜かないって、最後までするってことですの……?」

 セリスは燃えるように頬を染め、おもむろに帯をほどき始めた。


「おやめになって! そっちの話じゃなくってよ。その服装で侵入したら、一発でバレるって話ですわ」

「いちおう、頭に風呂敷でも巻こうかと思ってたんですけど……」

「それじゃ不充分よ。怪盗ブラッド・ブロッサムの相方にはね」


 にこりと笑いかける。


「……お顔を半分しか隠さないよりは、マシかと存じますの」

 セリスはフロルの企みに気づいたようで、ゆっくりと後ずさり始めた。


「お逃げにはなれませんことよ」


 怪盗娘は、相手の両肩をがっしりとつかみ、キッスの距離で満面の笑みをしてやり、こう言った。


「テニスウェアが着れたんだから、できますわよね?」


 かしゃり。カメラがフラッシュした。


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