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035.光差すガーデン、ふたりの怪盗!?-04

※本日(3/28)2回目の更新ですわ~。

 数年ぶりに訪れたスリジェ家の領地。

 食い扶持を維持する農地が広がるのはどこも同じだが、ミノリ神の領分の芸術関係――美術館や歌劇のためのホール――それに、病院など弱者のための施設や、教会や寺院などの異界からの来訪者に配慮した施設も目立つ。


 ときおり通行人が令嬢の乗った馬車に気づくと、やうやうしく頭を下げたり、感謝の言葉が飛んでくる。

 それも自世界民ばかりでなく、耳の長いのや獣づら、堅苦しいシャツに身を包んだ高度文明人の姿もある。


「うちではこうはいかないわね」

「フロルさんのところも、温かくて素敵かと存じますわ」


 フルールの領民と君主は、お互いに気さくな付き合いをしている。

 ちょっと散歩に出ると、フロルの胃袋はできたてのジャムや新作料理で破裂するし、日が暮れるまで子どもの遊びや勉強に付き合って屋敷の者に叱られる。

 暇があれば、畑のための水路や新しい井戸のために破壊の力をみずから振るってやることも珍しくない。


 自宅も対照的だ。

 フルール邸本館はアルカス王国で三本指に入る広さがあり、使用人の数は私兵を除いても百人を下らない。

 スリジェ家の屋敷は街のカネ持ち商人程度の広さで、使用人も十人程度、資本は貴族中トップなものの、自分たちの衣食住に掛ける金貨は少ない。


「わたくしが当主になってからは、ダンスホールなんかは近所の子どもの遊び場になってるけどね」

「ふふ、今度お邪魔させていただいても?」

「いいわよ。どうせなら、音楽か芸術の教室でも開いてもらえれば助かるわ。メイドたちも本館より掃除が大変だってぼやいてるし」

「うちも……」


 横顔が沈む。

 やはり、両親の具合がよくないのだろうか。

 フロルは三年前、国葬の場で両親への悼辞を読み上げるのもままならなず、見かねたセリスが差し伸べた手すらも払ってしまったことを思い出す。


 ――あれは謝らなきゃダメよね。


 もしもセリスの番が来たら、今度は自分が手を差し出そう。

 フロルは友情のやり直しを改めて誓った。

 いっぽうで、あの時点ですでに不仲となっていた、大元の喧嘩の原因のほうはいまいち思い出せないでいたが。


「あら? あちらのかたって、お父様とお母様じゃない?」


 竹の茂る小径(こみち)を散策しているキモノの男女を見つける。

 そのうしろには燕尾服の執事らしき姿。


 セリスは返事もせずに馭者(ぎょしゃ)に馬車を止めさせ、飛び下りるようにしてふたりのもとへ駆けていった。

 フロルも挨拶をしようと続く。

 スリジェの夫妻もフロルに気づくと、当主同士の形式上の挨拶が交わされたあと、娘の友人の久方ぶりの来訪に声を弾ませた。


 ――おふたりとも、元気そうに見えるけど……。


 セリスは若い執事を竹林へと連れこんで、何やら叱りつけているようだ。

 聞きとれた単語から、ふたりに外出を許したことを咎めているのが分かった。


 セリスと同じ黒髪黒目の青年。ザヒル・クランシリニだ。

 フロル的には顔以外は嫌いだ。

 セリスからもあまり好かれていないようで、今日のおしゃべりで家人(けにん)の話題になったときに、いくつか愚痴を聞かされていた。

 肝心なところで邪魔をしたり、勝手に部屋に入ってきたりするところはルヌスチャンとそっくりだと笑った。


 クランシリニ家は「受け皿」として有名だ。

 ミノリとサンゲの眷属が半々という珍しい家系で、さまざまな家と縁を持っている。

 ルヌスチャンから聞いた話では、フロルの祖先の兄弟からも婿入りがあったということだから、ザヒルとはわずかながらも同じ血が流れていることになる。


 スリジェ家の執事は、少し前まで腕利きの「じいや」が勤めていた。

 無口で近寄りがたい印象なのだが、幼いセリスやフロルが彼の腕をつかんで揺すると、袖からぽろぽろお菓子が出てくるという一面もあった。

 彼は世話役からだけはずれ、今は隠居して口利きに集中していると聞く。

 ザヒルは屋敷内の世話専門という話だし、配置をしたのも当主たちの意思だろうから……。


 ――セリスは彼と結婚させられるのかしら。


 私的な人柄は知らないが、上っ面だけならば並べばさまになるとは思う。

 愛情やロマンスよりも、一族が生まれながらにして持つ義務や使命を優先した縁結びは、貴族にとっては当たり前のことだ。

 フロルだって上にきょうだいがいれば、もうどこか別の屋敷に嫁入りしている頃合いだろう。


 ――それにしたって……。


「これで注意されるのは何度目ですの!?」

「七回目かと」

「回数を訊ねているわけじゃございません。おふたりをよく見ておくようにと、あれほど言って……」


 めっちゃ怒ってる。フロルがいたずらを仕掛けたとき以上の剣幕だ。

 セリスのああいう顔を見ると、ほっぺたを引っぱってやりたくなる。


 ――ザヒルさんはある意味、特別な存在ね。


「特に、お父様が杖をお持ちになるときには気をつけてって」

「セリスお嬢さまがお昼には戻るというお約束を忘れたのが……」

「口答えなさるの!?」


「まあまあ、セリスよ。そんなに怒らずともよいではないか」

 とうとう当主が杖をつきつき割って入った。


 ――杖?


 あの時計の彫刻を飾った白い杖は、時戻りの杖だ。

 つい最近、世界の崩壊を止めるのに一役買った女神の創造物だ。


 ――ミノリ様の気配がすごく弱いわ。


 特級呪物の一生の雫を制御できるほどの力があるようには思えない。

 カード一枚以下、悪くすれば庶民が道具屋で買える程度に思える。


 なんらかの理由で力が弱まった可能性もあるが、フロルは本で読み怪盗活動で試したことのある「すり替えによる盗み出し」を想起した。


「お父様、執事を替えていただけませんこと!?」


 父に宥められても総領娘の怒りは収まらない。

 見かねた母親は、フロルに「またあとでね」と言うと修羅場へと向かった。


「セリスちゃん、夕食ができるまでフロルちゃんと遊んでらしゃい」

 当主チエリは幼子を諭すように言い、セリスはぴたりと抗議をやめた。


 続いてチエリはザヒルに食材の仕度を指示し、「あなたも手伝ってね」と夫の手を引いて屋敷のほうへと歩き始めた。

 セリスは少し落ち着いたらしく、両親たちに自分たちが乗ってきた馬車で帰るように頼んだ。


「お恥ずかしいところをお見せしましたの。ここからは、歩きになってしまいますけど……」

「構わないわ。ここをふたりで歩くのって、いつぶりかしらね」


 フロルはセリスの手を握った。

 セリスは恥ずかしがってほどこうとしたが、フロルの「セリスちゃんとフロルちゃんだからね」というひと言で観念した。


 屋敷へ向かって、ぶらぶらと竹林のそばをゆく。


 竹は本来なら、女神の枕には自生しない植物だ。

 この林の中心に、こぶしほどの大きさのゲートがあり、そこから根が伸びて竹が侵入してきたのだ。

 竹材は優秀、タケノコは美味しいが、いかんせん成長スピードが早すぎて、竹林の世話は大変なのだという。


「それでも駆除しないで綺麗にしてるのね」

「はい。杣人(そまびと)さんにお願いしてまして。竹は、根がすべて繋がっているそうですの」

「面白いわね。じゃあ、お花は咲かないのかしら」


 セリスは首を振り、林へと目をやった。


「咲くの?」

「すごく珍しいことらしいんですの。百年に一回だとか。花弁も華やかなものでもないそうですけど、父と母は若いころに、一度だけ見たことがあるそうです」


 日は暮れかかっている。林を通りぬけて差しこむ光が、友の顔に影を作る。


「今ここで咲いたら、面白いかと思いますの。一生の雫を一滴垂らしたら……なんちゃって」

 彼女はこちらを見て、黄昏の中で笑った。

 らしくないことばと、作り笑い。


「ねえ、セリス」

 友がらしくないのであれば、わたくしはわたくしらしく。

「ご両親のお加減、本当はよろしくないんでしょ」


 友は答えない。


「時戻りの杖を使って、こっそりと症状を戻してるんじゃなくって?」


 あの杖は、ミノリさえ許せば若返りや不老不死にも使える。

 もっとも、記憶や思い出さえも巻き戻ってしまうが。


「汚濁の罪のお医者様に、放射線というもので身体の仕組みが破壊されてしまっているとお教えいただきました」


 放射線を発する毒を取り除いても、身体は壊れたまま。

 その毒の影響で、身体は治すことや成長することを忘れてしまうという。


「次第に身体が朽ちていきます。でも、わたくしの力では患うよりも前には戻せないようなのです。わたくしはそれを承知で、おふたりを戻し続けています」


 セリスは問う。「倫理にも法にももとるおこない。軽蔑なさいますか?」


「それ、怪盗のわたくしにお訊ねになられるの?」

 お互いに、ちょっとだけ笑う。

「でも、あの杖の第三宣誓でもダメとなると……」


 震え声が「ダメなはず、ないのですけど」と返す。


「どういうこと?」


 最初に巻き戻しを試したのは、ミノリから第三宣誓を許される前だったという。


「おかしいんですの。わたくしの力は、確かに強くなってるはずですのに」

 苦悩に歪む友のかんばせ。


 セリスの力が強くなっているのは疑うべくもない。

 唱える宣誓も最上級のものに変わっている。


 フロルは気づく。

 つまりはそれ以上に、セリスの「願いが弱くなっている」のではないか。


 スリジェ家の当主として相応しくなるほどに、一人の人間としておとなになるほどに、両親を必要とする気持ちは薄らぐ。

 若執事を宛がわれたことへの拒絶も関わっているかもしれない。

 意識的だろうと、無意識だろうと、それがアーティファクトの性能を左右し、両親を病の前へと戻すに至らないのだ。


 ――最初は仮に与えてもらった、って言ってたわね。


 くちびるを噛む。ミノリ様は残酷なことをしてくれた。

 大樹の一件を試験にして第三宣誓を与えたようだが、セリスはあれをきっかけに自信をつけたはずだ。


 恐らく、神はこうなるのを知っていたはずだ。


 二柱の女神はあくまでも神であり、眷属である自分たちは、神々の願いを実行するための依り代に過ぎない。

 旬の過ぎた両親よりも、娘を推すことにシフトした、それだけのことなのだろう。


「おふたりを治すのによさそうなアーティファクトを見つけたら、パクってきて差しあげますわ」


 いやな女だと思った。自分もまた、それを知りながら言うのだから。

 セリスはただ、「ありがとう存じますわ」と丁寧に頭を下げている。


 彼女は治せぬ理由に気づいているのだろうか。

 知っていて、両親の死から逃げ続けているのだろうか。

 どちらにせよ、巻き戻りによって起こる時間の食い違いを誤魔化せるのは、季節が変わるまでだろう。


「お友達」として、逃げを肯定してやるのが正しいのか。

 あのときセリスが手を差し伸べてくれたように、死を乗り越えるための糧を与えるべきなのではないか。


 フロルの手が、袖に隠れた腕を捕まえた。


「フロルさん?」


 悲しみの残滓をたたえたまま、首が傾げられる。

 ……言い出せなかった。

 彼女が理解していないのなら、これが死の宣告になるのだと気づき、言葉は喉につっかえた。


 セリスは待つように、まぶたを閉じた。

 目尻に溜まったものがひと筋こぼれ、ほのかいとけき頬を流れる。


 それから薄く開いたくちびるが近づいてきて……。


「ちょっ、ちょっとなんでそうなるのよ!?」


 フロルは両腕をつかんで、がっちりガードした。

 なんだか知らないが、セリスが「ん~」とか言いながら、くちづけを迫ってきた。


「えっ!? なぜって、そーいう雰囲気かなって思いましたの」


 セリスは動揺しているのだろう。

 フロルにもまだ勇気が足りない。

 幼さに頼り、つかえたままの言葉を胸の奥へと引っこめ、代わりに冗談を言う。


「あなたが変態だとは思わなかったわ」

「まあ! あなたには言われたくありませんの」

「わたくしのどこが変態でして?」

「肌を晒して、お悦びになっている。そのように見受けられますの!」


 ――バレてないと思ってたのに!


 フロルはあとずさる。セリスは優勢を見て取ると、にじりよってきた。


「文化によっては接吻で親睦を示すところもございますの」

「知ってるけど、さっきのはそーいうんじゃ、なかったでしょ!」

「もう、やけくそですの。フロルさん、お覚悟!」


 両袖振り上げ迫りくるご令嬢。

 しかし、歴戦の勇者はあえて相手のふところに入りこんで、脇腹をくすぐってやった。


 嬌声をあげ、「おやめになって」と叫ぶセリス。

 彼女も負けじとフロルをくすぐり返し、お互いに牽制で手を握りあうと、そのままぐるぐると回り始めてしまった。


 ふたりもつれ合って夕暮れの小径へ仰向けに倒れこみ、胸を上下させながら、燃える夕景を眺める。


 竹はどこまでも伸び、果てないように思える。


「ねえ、フロルさん」

 いまだ片手は繋いだまま。

「何があっても、そばにいてくださりますか」


 言葉に詰まる。


「あ、さっきのは冗談ですよ? そーいう意味でなくって」


 耳の中をくすぐるように、秘密めいて。

 分かってる。イエスに決まっているのに、頭の端でサンゲと重なった自分が嗤うのが聞こえた。


 ――邪魔しないで。


 神々への反抗心が首をもたげ、フロルは身を起こすと、ミノリのお気に入りに覆いかぶさってやった。


「冗談、やってみよっか」


 瞑目(めいもく)し、花弁添わせるふたりのおとめ。

 いっときか、永遠か。

 ほんの戯れは、いつしか夜のとばりに隠されて――。



「やーっと追いつきましたよ」



 頭上でなんか声がした。

 同時にランタンの揺れる光に照らされる。

 くちびるを重ねている最中にむせたものだから、下にいる娘も酷く咳きこんでしまった。


「スリジェ家の屋敷まで行かれたら、さすがに訪ねるのも不自然ですからね」


 お構いなしに話を続けるのは、若い男の声。

「いいところ」で割りこんだのは、ザヒルでなければチャンでもなく、


「キルシュ・ブリューテ!」


 慌てて離れるふたりのおとめ。

 薄暗くなったが、見られただろうか。


「いやあ、あいだに挟まりたい、なんて言ったら怒られちゃいますかね」


 そう言った彼は、とてもにやにやしていた。


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