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032.光差すガーデン、ふたりの怪盗!?-01

※本日(3/26)2回目の更新ですわ~。

 ごきげんよう、フロル・フルールでございますわ……。

 とうとう、バレてしまいましたわ。

 いえまあ、最初からお気づきになられていたようですけど……。


 それでも、妙なマスクの男女が本当に悪の組織だったお陰で、なんとかことなきを得ました。お気づきになられたかもしれませんが、あれはとっさの出まかせ。

 セリスはわたくしが、正義のために、世界の破壊を防ぐためにブラッド・ブロッサムに扮していると思いこんだようですわ。

 じっさいのところ、怪盗活動は単なる悪行としてのおこないではありませんし、サンゲの願う世界の破壊を防ぐためという点では、正しいのですけど。


 問題は、破壊神はわたくしを使って破壊活動をするつもりなのだということ。


 スリジェ家に忍びこみアーティファクトを狙ったのも、正確なところではわたくし自身の意思ではないかと存じますわ。

 なぜなら、どんなに優れた創造のアーティファクトを得ても、それの使い手がいなければ、わたくしの破壊の力を抑えることができないからです。

 わたくしの破壊の第三宣誓に対抗しうる創造の眷属は、知られているぶんでは片手で数えきれる程度。

 スリジェ家の当主夫妻と創造の神殿関係者のみ。

 貴族嫌いの後者のほうに助けを求めようものなら、世界のためとわたくしを殺しかねませんし、わたくしの抑え役という立ち位置は消滅と隣り合わせにあるわけで、セリスのご両親にそんなことはとても頼めません。

 もしも彼らに頼むのであれば、盗むなどという手を使う必要もございませんし。


 そういえば、もう一人適任者が現れましたわね。

 新たに第三宣誓を授けられた、セリシール・スリジェ。


 あの子は知ってしまえば、自身のいのちを賭してでも、その危険な役を買ってでてしまうでしょう。そんなのはイヤ。


 ゆえに、わたくしが、本当はなんの目的でアーティファクトを探しているのかは、絶対に知られるわけにはいかないのです。


 ところで、そのセリスなんですが、大樹の世界の一件以降、わたくしとコンタクトを取ろうと試みてくるのです。

 あの子はいったい、どういうつもりで会おうとしてくるのか……。


 手紙や使いの者を使ったアポイントメントは、適当に理由をつけて断り続けています。たまたま留守にしていたときに、直接訪ねてきたこともあったようです。


 そして、つい先ほど。

 メイドたちがわたくしの部屋の扉をノックするよりも早く、朝霧もまだ晴れないこんな時分だというのに、屋敷の門前に彼女が現れたのです。


 逃げる算段をしていると、ルヌスチャンがやってきて「応接間に通しましたぞ」だなんて言います。

 ヨシノに助けを求めるも「ダメですよ、お嬢さま」と、にこりともしないで言う!


 会うのが怖いのです。あの子になんて言われるのか。

 怪盗活動は誤魔化せても、宝物殿への侵入の言い訳なんて思いつきません。


 こうなれば仕方がございません。わたくしはメイドたちを手で制止し、当主の権力を持って強硬手段に出ることにいたしました。


「わたくし、服を着ませんわ」


 ネグリジェ一枚の恥ずかしい姿。

 どうでしょう? これなら客人の前に出ることはできないでしょう?

 フルール家の名に(きず)がつくようなことを、忠実な臣下が許すはずがない。


「セリシールお嬢さまとは、小さいころにはお風呂も入っていたじゃないですか」


 ヨシノ!


 そういうわけでわたくし、メイド長に引きずられておりますのよ。

 ご存知? 大理石で造られた廊下は、とても冷たいんですの。

 窓から差しこむ朝陽は柔らかですけど、召使いの視線は肌を刺すようなんですの。

 あちらでは、驚いた庭師が手にしていた包みを落としてしまい、栗毛のメイドに謝っていますわ。


 おほ、おほほ、おほほほほ…・…。


 もう、どうにでもなれ、ですわ。


* * * *

 * * * *


「お待たせいたしましたわ。セリシール・スリジェ様」


 屋敷のあるじは、足音をぺたぺたとさせて廊下から登場し、さっと髪を払う。

 背筋を伸ばし、ゆったりとした足運びで客人の座る向かいの席へと進んで腰かけると、指を鳴らしてお茶係のメイドを呼び、カップを傾けてひと息ついた。


「あら、セリシールさん。どうなさったの? お顔が赤いわ」


 セリシールは調子が悪いのか頬を紅潮させ、顔を背けて座っている。


「フ、フフフロルさん。ご心配ありがとう存じますわ。あまりに早くに訪ねるとご迷惑かと思い、少し散歩をしてましたの」


 セリシールはハンケチを額に押しあて、手で顔を扇ぐ。


「お身体の調子が優れないのなら、お帰りになったほうがよろしいかと存じますわ」


 フロルはこれ幸いと心配を装い、テーブルから身を乗り出して客人の顔を覗きこんだ。

 すると、セリシールは「平気です。それよりも!」と少し語気を強めて言った。

 いよいよ本題に入る気か。フロルは乗り出したまま硬直した。


「ど、どうして服をお召しになっていらっしゃらないんですの?」


 ふう、そんなことか。安堵のため息が客人の前髪を揺らす。

 彼女は、ちらとこちらを見た。だが視線は合わせずに、やや下を見ている。

 さては、目を合わせるのもつらいほどに調子が悪いのだろう。声も震えている。

 ああ、可哀想なお友達。召使いに言いつけて馬車で送らせましょう。


「この格好は、流行ですの。異界の貴族は、朝をこのような軽装で過ごすそうで」


 でたらめである。


「そ、そうなんですの? ここのところ社交の場には出れていないので、流行には本当に暗くなりまして」


「女神の枕でも、ひそやかなブームなんですわ。セリシールさんも、お試しになったらいかがかしら? 起きてすぐに堅苦しいお召し物を着るよりも、軽く身体を動かすほうが、その日一日の調子も整うというものですわよ」


「さ、さもありなんですわね。こ、今度試してみましょうかしら?」


 セリシールは動揺しているようだ。

 視線を泳がせたり、こちらを見たりと忙しい。

 このまま流れで、会話のペースを掌握し続けよう。


「今度なんておっしゃらず、今お試しになったらどうかしら? なんなら、わたくしがお手伝いいたしましてよ」


 フロルはセリシールのキモノの袂に手を触れる。


「おやめください、フロルお嬢さま」

 ヨシノが言った。

「それから、テーブルに乗らないようにお願いいたします」

 引っぱられ、着席させられてしまった。


「あ、あの。フロルさんにひとつ申し上げたいことが」

 ダメか。セリシールが口を開く。


 ――落ち着くのよフロル。


 お嬢さまはカップのブラック・ティーに精神の安寧を求める。

 本日のお紅茶は、エソール共和国の南部で採れた茶葉に薔薇を混ぜたローズ・エソールだ。


「お脱がしになるなら、上の衣からではなくて、袴からでお願いしますの……」


 フロルはむせた。


「フロルさんほど動きやすくはありませんけど、襦袢一枚になればいいのかしら」

「おやめください、セリシールお嬢さま」


 帯をほどこうとするセリシールの手を、ヨシノが止めた。


「じょ、冗談ですの」「そ、そうですわ」


 おほほほと、ふたりのお嬢さまが笑う。


 そこから会話は途切れ、しばらくは茶器の鳴る音ばかりが続いた。

 なんともじれったい空気に、尻が落ち着かない。


 ――この前は楽に話せたんだけど。


 セリシールも、ずっと顔を背けたままだ。

 異界で話せたのは、半分とはいえ顔を隠してくれていた仮面の効能だろうか。

 それとも、大樹の危機という状況も手伝ったか。

 もしもそうなら、「ちょっと、どこかの世界に滅びかかってもらえば楽なのに」と破壊の眷属は考えたのであった。


「さて、わたしは仕事があるので、これ以上はお付き合いできませんが……」


 メイド長はあるじに「しっかりなさってくださいね」と念押しをし、控えていたメイドたちには「逃がさないように」と命じた。

 ヨシノが出ていくと、廊下への出入り口は私兵の背中が扉がわりとなった。


 フロルは窓を見た。窓の外は中庭だ。

 いきなり脱走してひとりきりにしてやれば、セリシールも帰るのではないか。

 それか、窓を開けずにダイブして、がっちゃーんとやって血塗れにでもなってみせれば、要件も忘れてしまうのではないかと思案する。


「あ、あの!」

 今度こそ来たか。

「せっかくお茶を頂いたのですが」


 お、さては帰る気か! どうぞどうぞ!


「じつを申し上げますと、あなたを、お、お茶にお誘いしようと思ってまいりましたの……」


 セリシールは股に手を挟み、言葉は語尾が消え入るほど弱々しい。


「お茶?」

 フロルは目をぱちくりさせる。


「お気になさっているでしょうから先に申し上げておきますと、わたくし、フロルさんの“ご活動”については、深くお訊ねしないことに決めておりますの。本日ここに参ったのは、ただ……」


 ただ、また昔のようにお付き合いをしたく存じてのこと。

 セリスはそう言うと、うつむき、視線を下へやった。


 ――わたくしったら、ホントにおバカですわ。


 フロルは、ゆっくりと息を吐く。

 肺から古い空気を追い、薔薇の香る新しい空気をいっぱいに吸いこんだ。


「よろしくってよ。わたくしも、以前からずっとそうしたく思ってましたから」


 上手に笑えているだろうか。不自然になってないだろうか。

 ヘタクソでもいいかもしれない。セリスだって、そうなのだから。


「お店はどこか決めてまして?」

「いえ、今朝がた思い立って、勇み足で参りましたので」


「じゃあ、うちの領地に最近できた、旅人にお食事を出すティー・ルームへ参りましょう。機会に恵まれずにまだ行けてないのですけど、こじゃれてて、お食事の評判もなかなかのものらしいですわ」


 フロルは席を立つ。

 セリスはこちらを見上げるも、立ち上がろうとしない。


「お身体の具合、平気ですの?」


 手を差し伸べる。友人はフロルの手を取ると、それを頼りに立ち上がり、離すことなく、「参りましょう」と言った。


 フロルも手が離せなかった。

 立ち上がるさいに視線を絡ませたとき、あの子の黒い瞳が潤み、たおやかに揺れていたから。


 ――この子もずっと、仲直りがしたかったのね。


 少しだけ強く握ると、同じだけ強く握り返される。

 どこかぎこちなくて、初めて手を繋いだみたいな、今日友達になったばかりみたいな感じがした。


 ――こんなんじゃ、ダメね。


 フロルは息を吐く。

 ため息が何か勘違いを招いたのか、セリスがびくりとしたのが手に伝わった。


「行こ、セリス」「……はい!」


 今度は自然だろう。

 ふたりは応接室をあとにし、同じ歩調で歩きだす。


 元に戻ったというべきなのだろうか、新たな始まりというべきなのだろうか。

 ともかく、お嬢さまの胸では、朝の涼やかな空気と期待が満ち溢れている。

 隣で歩くともがらも、同じ思いだとなお嬉しい。


 それからフロルは、玄関ホールを出たところで召使いどもに囲まれ、「服をお召しになってください」と懇願されたのであった。


* * * *

 * * * *

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