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013.うら若き乙女は湯気がお好き-05

※前日(3/12)は3回更新しておりますわ~。



 応接間に集まり、盗難事件についての意見交換が始まった。


 シリンダは弟に出させたコーヒーを熱いまま一気に飲み干すと、兄のピーストンのしでかしたことだと繰り返した。


「当家のボイラン様へのご支援は初めてではありませんが、ピーストン様とは此度、初めてお目に掛かりましたの。彼はとても研究熱心で、まっすぐなかたとお見受けしておりますわ。蒸気の技術で世を平和にしようと、日々、心血を注いでいらっしゃります」


「何が平和だ。あいつとボイランさんは、武器の研究開発をやってるんだぞ」

 シリンダの言葉に対し、セリシールはきっぱりと言った。

「武器が必ずしも争いを招くとは限りません」


 ――その通りね。


 フルール家やスリジェ家のように、女神の寵愛を重視した家系では当然の考え方だ。破壊の力の建設的利用が可能ないっぽうで、創造の力を用いても破滅的な結末が招かれることもある。武器もまた同じことだ。


「ボイラン様たちが武器の研究を推し進めていらっしゃるのは、ヘロン市の近隣に出没するようになった鎧を着たクマに対抗するためだと聞いております」


「嘘だね。あのクマだって、どうせ軍の研究で造られたもんだよ」


「あれは異界の技術ではないかとボイラン様はおっしゃっていました。こちらでは異界の科学技術の多くは禁制でございましょう? ですが、魔導や女神様の願いの力は例より漏れているそうですね」


「まあね。異界の技術ってのは目星がついてるけど、死体が手に入らないから、はっきりしていないんだよ」


「ピーストン様からは、お話を通してから太陽の舌を持ち帰るように仰せつかっております。こそこそ盗む理由も、おありにならないかと存じますわ」


「だったら、なんであんたに来させたんだよ?」


「妹さんに噛みつかれるからと、わたくしに代理を頼まれたのです。物資の搬入が済んで手空きのところでしたゆえ、お引き受けいたしました。それに、ご兄妹の関係が険悪だとも耳にしておりましたし、ことづけも……」


「あんたには関係ないでしょ」

「ご兄妹が仲良くされないのは、悲しいことかと存じますわ」

「余計なお世話だよ!」


 フロルはふたりの会話を聞きながら、幼馴染の声に違和感を覚えていた。


 ――セリスって、こんな声だったっけ。


 毅然としているようで、どこかさまになっていない。

 よそゆきのバカ丁寧な口調の中に覗く、セリシールのお節介さやお人よしさ。

 彼女の地の声はいつの間にか、フロルの記憶から離れたものになっていた。

 小さいころはもっと、ふわふわとした感じだったはずだ。


 そういえば、社交的な場面以外で口を利いたのも数年ぶりだった。

 スリジェ家の人間としての活動を間近で見るのも、初めてかもしれない。


 ――知らないうちに、わたくしたちはおとなになってしまったのね。


 それも、別々に。


 日向でのおしゃべりからうたたねをしていた日は、遥か遠く。

 コーヒーカップを傾けるフロル。あの子も重責と戦っているのね。

「頑張れセリス、ファイトですわよ」と、心の中で応援する。


「それに、窃盗に関してはもっと疑うべきかたがいるかと存じますわ」


「ぶふっ!」

 お嬢さまの鼻に苦い液体が入りこんだ。視線を感じる。


「フロルがやったって? この子はあたしの友達だよ。盗るわけないね!」


 セリシールは「友達」と反芻し、うつむいた。


「母さんだって気に入ってるし、タービンはさっきすごいものを見せてもらったって喜んでたし!」


 今度はコーヒーが気管に入った。むせるお嬢さま。


「……動揺していらっしゃりますけど。ともあれ、窃盗があったのは事実なのでしょう? 屋敷に出入りしているかたがたの荷物はお調べに?」


「うちの職人たちを疑えってのか!?」

 テーブルが弾んで茶器が音を立てた。


「シリンダ様、ご冷静に」

 なだめる声に続き、執事の手袋が透明な糸を見せた。

「現場に落ちていた品です。犯行に使われたものかと推測されます。魔導の世界は東方“フーリュー国”に多く巣食う化けグモ女の糸を用いたものだというのが、わたくしどもの見解ですな」


 セリシールが、くちびるを仕舞いこんだのが見えた。


 ――あの癖、まだ直ってないのね。


 厳密にいえば、フロルの癖がうつったものだ。

 小さいころ、叱られたり、失敗をするとよくああやって耐えた。

 それを見つけた両親や執事に、顔に出すのはやめなさいと言われたものだ。


「魔導のフーリュー国っていったら、木を上手に切って組み合わせた釘を使わない建築や、燃料を使わないねじまきからくりが有名なところだ」


 シリンダはそう言うと、セリシールの胸元を睨む。


「フーリューに暮らす人も、そんな感じのキモノって服を着てるんだよね? ひょっとして、あんたがやったんじゃないの? それを素知らぬ顔をして、フロルやうちの職人のせいに!」


 セリシールは反論をしない。心なしか顔色が悪くなっているようだ。


「シリンダ、それはないわ。スリジェ家は寄付や寄贈で有名な家系なの。それに、世界が異なっても服や文化が似ることも珍しくない。キモノみたいな衣装を使っているところは、どの世界にもありがちなのよ」


 フロルの弁護を聞くとシリンダは腰を下ろし、二杯目のコーヒーを一気飲みした。それから、フロルとセリシールそれぞれに謝罪をした。


「お気になさらず……」

 セリシールはすっかり勢いを失っている。


「セリス、あなた何か心当たりがあるんじゃないの?」

「じつは……」


 セリシールは、ボイランの研究所にはほかにも滞在客がいて、当の魔導の世界のフーリュー国からの協力者だと白状した。


「で、ですが、“ジュウベエ”さんは、悪いかたでいらっしゃらないかと存じますわ」

「証拠は?」

「こ、故郷に娘さんがおられて、わたくしによく似てるって。それに、衣装などが似るのは、どこか遠い昔にはゲートで繋がっていて交流があったのではないかとお話を……」

「情にほだされてるだけじゃないの。証拠にはならないわ」


 フロルはため息をついた。

 お人好しのセリシールはすぐに人を信じ、肩入れをする。

 騙されやすいたちなのだ。

 幼いころにフロルのイタズラに驚かされたり泣かされた回数は星の数だ。


「わ、わたくし、ジュウベエさんにうかがってまいります!」


 セリシールは慌てて出ていってしまった。

 ソファの横には赤い傘が立てかけたままだ。


「お嬢さま、セリシール様がお忘れ物をなさったようです」

 ヨシノが傘を手に取る。

「言わなくても分かってるわよ」差し出される前に手を出す。


 傘を受け取り、ヨシノの顔を見ると、何やらにやにやしている。

 どこでそんな顔の仕方を覚えたのやら。


「言葉遣いがところどころ、崩れてましたね。昔みたいに」


 完全に砕けた口調で口を利くのは、ヨシノとふたりきりのときがほとんどだ。

 普段なら言葉遣いに注文を付けてくる執事も、今回はノーコメントだった。


「シリンダ、わたくしをボイランさんの工房まで連れていってくれない? 白状すると、あの子のことが心配でしょうがないのよ」


 崩したまま、こころのままに異界の友人に頼みごとひとつ。


「オーケー。あたしも頭が冷えたし、話し合いに行きますか」

 シリンダは三杯目のコーヒーを飲み干すと立ち上がり、ボウガンで肩を叩く。

「それは置いて行って」「やーだ!」


 まだ目が血走っている。

 窃盗犯の線が薄くなっても、兄への怒りは不変のようだ。

 友達って、面倒を見てやらなければいけない相手のことを言ったかしら。



 ……。



 所変わって、ヘロン市東側の暮らしを支えるボイランの工房。

 フロルたちが到着すると、中の作業場は、暖房の熱が混じったじりついた空気に満たされていた。


「知られてしまったからには仕方がない!」

 

 金物くさい作業場を、男の声が響く。

 無精ひげを生やした痩せ男だ。

 黒いキモノにハカマ、馬の尾に結んだ黒い髪。

 彼の手にした黒光りをする刀は、見知らぬ若い娘の首元へと宛がわれていた。


「あああ! わしの可愛い姪っ子の“レリオ”ちゃんが!」


 膝をつき頭を抱えるのは、白衣を着た親父。

 頭はブリキのようにてかてかで、両サイドに残った髪はもじゃもじゃで湯気のようだ。


「レリオを放せ! さもないと撃つぞ!」


 スチームボウを抱えた青年が、矢じりをキモノの男へと向けた。

 しかし、娘が突き出されて盾にされれば、青年は怯んだ。

 続いて青年の手の甲に太い針が刺さり、呻き声とともにボウガンを落とした。

 キモノの男が一瞬のうちに投げたらしい。

 人質の娘はおとなしくはしているが、目を動かし敵を睨もうとした。


「強いからくりを持とうとも、鍛錬が足りなければ無意味! そなたも動くなよ!」


 痩せ男の目線の先にはセリシール。彼女は袖に手を入れたまま動けずにいる。


「セリス、手伝うわよ!」 

「お断りいたしますの。これはわたくしの勤め。フロルさんはお下がりになってくださいまし!」


 セリシールはこちらを見もしない。だが、頬には汗が光る。

 創造のカードを行使する気らしいその手も、袖に隠されながら震えているのが分かった。


「いくら数が増えようとも、こちらには人質がいる。この娘のいのちが惜しければ、そなたたちの武器や魔導具、女神の品などを全てよこすのだ」


「ジュウベエさん、あなたは最初からそのつもりでいらしたの?」

 セリシールが問う。

「故郷を魔王の手から守るとおっしゃってたのに」


「その通りだ。魔性の者どもと、それらと手を組んだと噂されるマギカ王国の……おい、そこの女! 動くなと言っただろう!」


 警告されたのはシリンダだ。

 彼女が遠慮なしにボウガンのレバーが引くと、撃鉄が青い石を叩き、発光とともに空気音を吐き出す。


「動くなと……どこを狙ってる?」


 首をかしげるジュウベエ。返事は、「兄貴に決まってんだろ」。


「くたばれ!」


 蒸気の力を受けた矢が、ピーストンに向かって射出される。

 彼が「おっと」とその場から飛び退くと、ボルトが床を砕いて突き刺さった。

 シリンダは次弾を装填せずに、どこからともなく金属のバットを取り出し、兄へと一足飛びに迫る。


「おらぁっ!」「危なっ!」


 金棒が蒸気を噴射して加速し、しゃがんだ青年の頭をかすめた。

 当たれば殺しかねない一撃だが、兄は兄で、なんだか避け慣れているようにも見える。

 だが、こんな茶番に付き合っている場合ではない。


()の願いは()の願い!」


 虹色一閃、セリシールの手からカードが放たれた。

 ジュウベエは唐突に始まった兄妹喧嘩に気を取られるも、刀を使ってカードを弾いてしまった。


「鍛錬が足りぬと言って……刀が!?」


 振り上げられたやいばは、いつの間にか氷に包まれていた。

 それも、つるつるに磨き上げられた玉のような氷だ。


「それでは人質は斬れないかと存じますの。観念なさってください」

 セリシールは帯に手をやると短刀を抜き放つ。


匕首(あいくち)などで拙者とやろうというのか。面白い!」

 黒キモノの男は人質の娘を足で押しやると、凍ったままの刀を両手で構えた。


 フロルはこの隙にルヌスチャンに人質の確保を、ヨシノに兄妹の仲裁を命じた。


 ――それからわたくしは。


 いつでも飛びだせるよう、腰に差した女神のつるぎに手を置き、友を見守る。


『どうした? 助けにゆかぬのか?』

 女神サンゲの嘲笑。フロルは動かない。

『あの男は手練れだ。友はそなたのつまらぬ意地で滅びに堕ちるやもしれぬな』


 本当なら、セリシールの代わりに戦ってやりたい。

 だがこの意地は、同じ意地でも、家名を背負う者としての意地だ。

 盟友スリジェ家の看板に泥を塗るようなことはできない。

 ジュウベエとやらがどのくらいの使い手なのかは分からないが、フロルはセリシールの意志を尊重し、ぎりぎりまで待つことに決めた。


「改めて名乗ろう。拙者の名はムサシノジュウベエ。魔導の世がフーリューを治めし将軍トクヤマイエミツの懐刀! あるじの覇道に立ちふさがる者は、誰であろうと斬り捨てる!」


 ジュウベエの宣言とともに、彼の刀が燃え盛った。


「スリジェ家は愛深き女神ミノリの願いを世に体現するためにあり。その覇道が罪なき人を害するものならば、わたくしが成敗いたします!」


 セリシールも宣言、短刀の刃が虹色の輝きを放つ。


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