110 貴族の怖さ
「もう駄目だぁ……おしまいだぁ……」
テーブルの上のコップを掴んで一気にあおる
それなりに高価なワインだが、味なんか解らない
ヤケ酒である
もしかしたら……奇抜なデザインのハンカチかもしれない!
そう思って確認したが、こんなハンカチがある筈がない
穴が三ヶ所でレースが付いているハンカチ……
小さい穴二つの間は生地が厚くなっている
どう考えてもパンツだ
「使用済みじゃなかったのが、救いだな……」
何も救われていないが、そんな気がした
だが使用済みじゃないだけで、俺には幸運に思えてしまう
ドボドボとワインを注いで、また飲む
飲まなきゃやってられないわ
三本ほどワインを空けた頃、ドアがノックされた
「だれら?入れ」
「失礼いたし……飲んでらっしゃったのですか。つまみをお持ちします」
だいぶいい気持ちで出来あがっている俺を見て、一瞬固まる
呂律が回ってないからな……
久しぶりだ……こんなに飲んだのは
「スゥ!ちゅまみはいららいから、お前もにょめ!」
「旦那様、かなり酔ってらっしゃいますね……お水です。お飲みください」
「水?ミジュじゃらくて、シャケ持ってこい!」
「はいはい、ご用意いたしますとも。先にこれを飲みましょうね?」
鼻をつまんで、水差しから直接飲まされる
はは、俺がコップになったみたいで面白いな
「まあ、旦那様。凄いですね!ささ、もう少し飲みましょうね」
「ぶはぁっ!そうか?まだまだ飲めるぞ?」
こうしてスゥにより、ガボガボ水を飲まされて酔いがさめていく
しかし、鮮やかな手並みだったよ
気がついたら首まわりとかベルトを緩めて、ソファーに寝かされてたからな
「……すまんな、スゥ。飲みすぎたよ」
「いえ、たまには羽目をはずすのも気分転換になります。それに、駄犬……兄の世話でなれておりますから」
言って、濡らしたタオルをおでこに乗せてくれる
はぁ……気持ちいいなぁ……
駄犬って言わなければ完璧だったな
少し休憩すると、だいぶスッキリしてきた
さっきのはただの水じゃないだろう
こんなに酔いがさめるのが早いなんて、何か薬草とかが入ってたのかな?
タオルをどけて、起き上がる
早くスゥを連れて義母の部屋に向かいたい
「スゥ、話が……」
「旦那様……これの件でしょうか?」
無表情のスゥがパンツを広げて持っている
美人の無表情は非常に怖い
ブサイクの無表情はコメディだが、美人がやればホラーだ
「じ、実はな……」
パンツを広げているスゥの前に正座して、事情を説明した
何故、正座しているのかは解らない
体が勝手に動いたんだよ
無表情でパンツをいじるスゥの前での説明が終わる
下着泥棒が、被害者の前で弁明してる気分だよ
「……旦那様、失礼ながら申し上げます」
俺をソファーに座るように促してから、スゥが語り始めた
「まず、旦那様はラーミア様を甘く見ておられます。あの方は純粋な貴族です。今回のコレは、おそらく教材です」
パンツをヒラヒラさせながら続ける
「ラーミア様は、旦那様を教育する為にしたのです。これがラーミア様ではなく、他の女性貴族にされたらどうなさいました?」
「教育……他の女性貴族にか……」
「あり得ぬ事ではありません。旦那様の弱点は優しさです。それが女性相手だと、余計にわかりやすい」
「……」
まったく、言い返せない
「貴族ならば下着どころか、裸の女性が待っていてもおかしくないのです。それに……この下着をよく調べましたか?」
「い、いや……」
「ご覧ください。下着のこの部分が厚いのがわかりますか?中にはおそらく……」
そう言ってパンツの一部をビリビリと引き裂いた
「やはり、密書ですね。旦那様……ご確認を」
手渡されたメモを広げる
『ビックリした?油断しちゃ駄目よ?』
……義母上による教育で確定だな
俺があんまり慌ててたから、女に免疫がないと見抜いたのか
師匠の訓練も地獄だったけど……義母の教育はメンタルにくるな
いや、ありがたい教育なんだけどさ?
こんな貴族の黒い部分は、教わらないと解らないからだ
それにしても胃が痛くなるよ……やれやれだ
「旦那様、今回の教訓は……密書を疑いよく調べる事、女性の扱いになれる事、そして私をもう少し頼ってくださいませ」
「……そうだな、そうしよう。はぁ……心底、ホッとしたよ」
「ふふ、それと……辺境伯家を甘く見ない事ですね。あのラーミア様が、自分の下着をくださるなんてあり得ません」
そう言ってパンツをトレイに乗せて火をつけた
……あの、スゥさん?お顔が怖いです
「いつの間に?私の下着をラーミア様は……」
ええ?スゥのだったのか!あのパンツは!
なら、欲しかったかもしれない
ババ……オネイサンで義母のパンツなど要らないが、美人のパンツなら話が違う
「とりあえず、これで一件落着ですね。奥様もおわかりになりましたね?」
へ?奥様って、どこにベアトが?
「私がどうかしましたか?ゼスト様、おはようございます」
(おはようございます、お父さん。バレバレでした!)
寝室からベアトとトトが入ってきた
様子を見ていたらしいな……ベアトは誤魔化したが、トトが素直すぎる
……良かったよ、パンツ欲しかったとか言わないで
若干、赤い顔のベアトが何事もなかったように告げる
「さあ、ゼスト様。お食事にしましょう」
「そうだね。スゥ、頼む」
(朝ごはんは何ですか?トトはサラダが好きです!)
「すぐにご用意いたします」
綺麗に頭を下げて、部屋から出ていくスゥ
本当に彼女は優秀だな……素晴らしい家令だ
改めて感心しながら水を飲む
酔いがさめたら、腹が減ってきたよ
ガッツリ食べちゃうかな?
「ところで、ゼスト様?」
朝食に向けてルンルン気分の俺に、ベアトが微笑む
「お母様の下着の件は……まあ、わかりましたわ」
(あ、朝のおトイレいかなきゃ)
ひんやりとした、黒い魔力から逃げるようにトトはいなくなる
素晴らしい危険察知能力だねトト
お父さんも連れていきなさい
「そもそも……何故、下着を持っていたのですか?ふふふ、不思議ですわね。ゆっくりオハナシしましょうね?」
「待ってくれ、スゥが!スゥがだな!」
俺は悪くねぇ!俺は悪くねぇ!
そんな心の叫びを押し殺しながら、本日二回目の正座に入る俺だった……




