11-10 これから
新しい雇用も事業の拡大も、それなりに費用がかかる。今までの利益に足して、渡してあった予備金だけでは賄い切れないほどには。
全額がすぐさま必要になるわけじゃないが、稼ぐ算段が整うまでつなぐ必要があるのは確かだ。シェールさんから渡された手紙に書かれていたのは、その見込みと余裕を持った必要資金スケジュール。うちの執事は有能だね。
うーん。こうなると地下にある素材やらを活用して活動資金に余裕を持たせた方が良いかな?それとも、またそろそろ新規参入イベ的なもので、薬草などの素材が大量購入できる……って、希望的観測すぎるか?それよりも、ここで迷宮崩壊まで粘って、大量に皮やらなにやらの素材を買ってからにすべきか。ちょっと迷うな。
ん?シェールさんがめちゃくちゃ笑顔なんだけど?正式雇用になったことがそんなに嬉しいんだろうか?まあ、正職員とはなるが、それまでは行商人として一国一城の主だったわけで。生き方を変える理由があったんだろうから、手放しで喜ばれればそりゃこっちも嬉しいんだが……。
面に出したつもりはないが、ちょっとだけ不思議そうな表情が見えたのか、シェールさん自身が回答をくれた。
「行商人という根無し草を長年していると、住処に憧れるもんなんです。どこかの街に店を構えるまで行けなかった私に、その夢を現実としてくださる方がいた」
そういえば、中世における正式雇用って、人格やらの保証まで兼ねる後見人的意味合いがあったんだっけ?今でも、大企業にでも勤めていれば色んな意味で生きやすくなるだろうけれど、昔は桁が違ったと聞きかじった気もする。
でもまあ、こっちとしては自分達の都合で使える馬車ができ、慣れない馬の世話もしてくれる御者がいることはすごく助かる。人柄の確認はセバンスがしてくれているだろうから、その面は心配していない。
「馬の扱いはお任せします。将来的には増やしていただいても結構ですよ」
「そこまで……。冥利に尽きるとはこのことです。お任せください。騎竜ですら世話できる場としてみせましょう。
……これで結婚できる」
なんかいたく感動したシェールさん。なかなか壮大な約束をしてくれました。いるんだね、竜。でも、小声でつぶやいたことは聞かなかったことにしましょう。うん。
いや、セバンスからの手紙に軽く書かれてはいたよ?居を構えるのは行商人としてのなじみの村らしく、良い雰囲気の人がいるって。旅する人と村の人は一緒になりづらいよね。うん。幸せなのは良いことだ。
「迷宮崩壊までは、アークから初心者回復薬などを運んできましょう。帰りに特産の皮などを購入すれば損はありませんよ。向こうと違ってこっちじゃ簡単に数が揃いますから運ぶ荷物には事欠きません。
旦那様はどうされます?こちらで戦いますか?」
「これでも一応冒険者なのでこちらで支援しようかと思っていたんだけれど。戦闘には役に立たなくても、後方支援だって猫の手も借りたい状態だろうし」
「行商人だった私からすれば、冒険者としては不足かもしれませんが、薬を運び入れることは十二分な支援ですがね。いくらあっても足りないでしょうから。
それと、ご存知かもしれませんが、これを機会に村の整備をしておこうって思惑もありますからね。手が足りなくて危ないことはないかと」
「あ、やっぱり?」
言われると確かに不要な依頼はなかったけれど、緊急性が低かったり、イザって時に備えすぎなのもあったからな。柵囲いの拡張とかは全方向はやりすぎだよな。
そうなると、続々と冒険者が集まってきている現状、俺がここにいる必要性ってのは低い。精々、人手が増えてよかったな程度だ。これがかなり厳しい条件での防衛ならまだしも、慎重論で考えたって十分手が足りてるし。
新素材は、事態収拾後でも間に合うどころか、モンスターの分布が変わって通常に手に入るようになるってんだから……アークに戻るか。こっちで手伝うよりも、あっちで作ったものを運んでもらった方が役に立ちそうだ。ここと家では、道具も素材も充実度合いが全然違う。
運ぶついでに、アークで暇そうにしている冒険者を格安で移すのもありだな。崩壊の情報を知らない人もいるだろうし、知っていてもわざわざ移動するほどではって考えている人もいるだろう。安くすれば、そんなやつらなら乗ってくれそうだ。
そんな感じの後方支援だってあっていい。すぐ後ろで準備するんじゃなく、もっと遠い所からの支援は俺だからできるもんじゃないのか?
「……戻りましょうか。アークからだからできる支援ってのもあるでしょうし」
「……わかりました。こちらへの納品と買い付けは事態が動くまでは」
「変わらず行います。ただ、危ないと感じたら、貴方の判断で中止にしてもかまいません。現状でも崩壊の対処はできるでしょうから、そこまでの危険を冒す必要性がありません。
命大事に。ですね」
シェールは、俺の表情から何か読み取ったのか、戻る決定に否とは言わなかった。それにしても、年上を呼び捨ては慣れないね。使用人となったからには呼び捨てでと強く要望されたんだけど、どうにも座りが悪い。セバンスはザ・執事って感じだからまだ違和感ないけど、それ以外はね。慣れない人だとどうしても口調が丁寧になっちゃう。
俺の言葉に新婚(予定)のシェールは大層喜んでくれた。つーか、戦地に使用人だけ無理やりブッコムほど鬼畜じゃないよ。プレイヤーなら死に戻りできるから気にしないけど。
でも支援は必要だとも思ってるんだよな?ああ、ここを抜かれたら、次はアーク手前の新居予定の村だからか。距離はあっても不安だよな。わかるよ。理屈じゃないんだよな、その不安。
大丈夫。ここで食い止められるから。何せ、まだ次の街を目指せないプレイヤーがここに投入されるだろうから。
「承知しました。
ところで旦那様。こちらでは冒険者として活動していたんですよね。今現在、ギルドで受けてらっしゃる依頼はありませんよね?掲示板の依頼書には書かれていなくとも依頼によっては違約金が発生しますよ?」
「大丈夫だと思いますよ。基本、ギルドで受けるときにはその場で達成できるものしかやりませんから。
じゃ、倉庫を処分して帰りましょうか」
「素材の仕入れもお忘れなく」




