10-7 納得
予約し忘れておりました。
さてさて。ダイブしたのは良いが、すでに夜が迫っている時間です。
短時間だけど生産ギルドで何か作ろうか。そうしたら、現実の方で飯と風呂でもしようか。
「まずは、生産ギルドで素材集めかな。手持ちはほとんど残ってないし」
インベントリ内を見ても、朝に作った薬が少し残っているだけ。毛皮は処理して売ったし、牙とかも同じ。ここまで来た時に手に入れた素材はもうない。この近くで採取できる場所なんて知らないし、その時間がもったいない。特に金が必要な状況でもないし、使ってしまおう。
えーっと、受付はと。
そこそこ並んでるな。冒険者ギルドから比べると、人々の格好は軽め。装備してても軽装だし、普通の服の人も……あ、でも並んでる場所が違うな。向こうは依頼する場所かな。ほとんどがセックの住人みたいだな。
あっちの奥に倉庫があるな。あの脇が販売の場所みたいだ。買取は手前なんだな。やっぱり、外から持ち込むからか。服装だって埃だらけだもんな。奥まで来られたら掃除が大変だろう。
「すみませーん」
「あ、いらっしゃいませ。初めてですね」
「ええ。薬草とかほしいんですが」
「申し訳ございません。薬草はすでに完売しておりまして。魔力草も同じです。
今お買いいただけるものは、皮が主でしょうか」
うーん。どうしようか……あ、あそこにあるのは薬草じゃないかな。
もう買い手が決まってるのかもしれないけれど、ダメもとで聞いてみるか。
「あそこにある薬草はダメなんですか?」
「申し訳ございません。あちらは、会員限定で、すでに売約済みなんです」
「会員?なんですそれ?」
初めて聞いたなぁ。ギルド員のみってのはあるだろうけど、それとは違うみたいだし。こっちの住人だけなのかな。
「ギルドが定めた特別な技能を持つ人のみに提供できるサービスがあります。例えば、冒険者ギルドでは高ランクの方にのみ販売する商品があったり、魔法ギルドでも特定の魔法を習得している方にしか伝えてはいけないことなどもあります。その辺りは、地域とギルドに任されていますから、高ランクの方は新しい街に行った際には必ず説明を聞くように教わりますね。
ここ、セックの生産ギルドでは少々特殊ですね。生産ギルドランクが15を超えていることだけでなく、魔力薬や回復薬を、高品質で作成できることが必要となります。
ギースト様ですと、入れる資料庫は最低ランクのみですし、特に優遇措置はありません。……ギルドランクも足りませんが、優遇措置を受けるには高品質の自作の魔力薬と回復薬の納品が必要となります」
……あれ?前に作ったのは売らなかったんだっけ?
それとも、品質が低くてカウントされなかったのかな?
聞いてみようか。
「高品質ってどれくらいですか?」
「そうですね。定期的に納品していただけるなら60以上、できれば70あれば助かりますね。
定期的には難しいようでしたら、80以上ないと会員への登録は難しいかと。ちなみに、他の街での評価は吟味されませんのでご注意ください」
「それは……中々に」
「ええ。このセックでも10人に1人もいませんよ。薬の初心者系とは、使用者だけでなく、製作者としての意味もあるんです。そこを超えて初めて一人前です。その上で優遇されるのはわずかでないと。
必要な素材が優先的に確保されるのはそれだけの特権ですから。
同じ薬であれば、品質が高い方が価値がありますし」
「それはわかります。それなら仕方ないですね」
ギルドだって商売だ。同じ商品なら高く売れる方を優先するのは当然だろう。技術は金になるわけだ。だからこそ、どんなゲームでも生産系ギルドができて、それなりにプレイヤーがいるんだから。現に、むりげーと言われていたこのゲームのβですら、最後まで生産にこだわったプレイヤーもいたと聞いている。ま、大半はβだけだと意地でやってたようで、本番は戦闘特化にプレースタイルを変えたそうだが。もったいない。こんなに楽しいのに。
それにしても、おもしろいシステムだな。この街に居つく人を増やすための優遇措置か。たぶん、あまり活動していないと登録削除されるんだろうな。
「……この説明だけで納得されますか。珍しいですね」
「同じ商品なら高品質を選ぶのは当然でしょう。それが、個人であれ組織であれ。
自分がそこに当てはまらないことを不満に思うのは、それはまた別のお話」
不満に思うよりも、まだまだ精進が足りないって感じるけどな。
俺の言葉に受付嬢は肩をすくめてため息をひとつ。だいぶお疲れのようで。
「皆があなたのように物分かりが良いと助かるのですが。この街に対する功績によって優遇措置が決められているといくら言ってもわからない方も多くて」
「……ああ、よそでどれだけ功績をあげても、ここでは関係ないと。それなら、余計な手間もかからないし良いやり方ですね」
情報共有って思いのほか手間なんだよな。
「囲い込みの一種ですね。大きな街はそれぞれ特徴があるところが大半ですから」
そうやって、ますます特徴が尖っていくと。よくできたやり方なのかもな。
そうなると、ここは薬草に、いや、【薬剤】に特化してるのか。輸出の主要品目でもあるし、高品質の回復薬をコンスタントに納品できる人を優遇するのは理にかなっている。
うーん。そうなるとどうするか。
悩んでいた俺に、受付嬢は最高の案を提示してくれた。
「当面、ここでの購入は難しいでしょうね。なんでしたら、他から持ってきた方が早いと思いますよ」
「そうしたいのはやまやまですが、連絡する手段がないですね。何かいいアイデアありませんか?」
「……自分で言っておいてなんですが、正気ですか?」
「ええ。アークにさえ連絡が付けば」
「はぁ。コストが嵩むだけで特に意味がないと思いますが。
アークでしたら、馬車なら1灯もあれば着くでしょうが」
「足らないなら、そうすればいいのに」
「採算が取れないですから誰もやらないだけで。
いえ。この街に買い付けに来る行商人の中には持ってくる方もいますね。宿代の足しにしかなりませんが」
原価が低い薬草なんて、いくら運んだって儲けにはならないだろな。
インベントリがあるプレイヤーだって、どうしても金が欲しいときじゃなきゃやらないくらい効率が悪すぎだろ。
でもまあ、俺は別に効率も金も関係ない。ただ、こっちでランクを上げて資料庫に入ってみたいだけだ。え?優遇措置?薬草が取り置きしてもらえるくらいの優遇なら、別に受ける必要はないよね。アークから運べばいいだけだもん。特に金に困っていないプレイヤーだからできることだよな。




