9-11 ボス戦
大層な気分で戦いに臨んだわけですが、ま、こうなりますわな。
目の前で蹂躙されるウルフたちを前に、いくら気を引き締めていても、こう、ぼんやりとしてしまう。
経験値稼ぎのために、ウルフの群れに遠吠えを繰り返させ、エンドレスに戦い続けられる存在。そんなやつらが攻略組と呼ばれることを、今更ながらに実感する。そんな俺の常識外にいる戦鬼達の代表が『名無し』の面々な訳で。今戦っているハイウルフよりも強いハイウルフリーダーを倒したのもこいつらな訳で。
取り巻きのウルフだって、リーダーの時はハイウルフが混じっていたそうだけど、今はボスがハイウルフだから、混じっても精々ウルフリーダー。こっちのメンツも経験を積んでいるから、1名減だって、俺という足手纏いがいたって、まあ、楽勝なんだろう。思い出したようにボスに攻撃を仕掛ける以外には、取り巻きを倒してばかりだ。遠吠えを誘って経験値とドロップ稼ぎに余念がない。
「あー、こっちにかなり配慮してくれてるわね。
せっかくだからギーストはボスに攻撃してみたら?。経験値もアップするわよ」
「この状況ならいくら攻撃してもヘイトはあいつらに向かうである」
「そうしたいのはやまやまだけど、攻撃手段がないよ?」
「……【水魔術】の存在を忘れないでほしいである。最初から覚えている“ウォータボール”」
あったねー、それ。“ウォータボール”なら届くか。
詠唱を始めたら、ミラから別の指摘も入った。
「そもそも、ギーストはアイテム投げてサポートするつもりだったんでしょ?なら、そっちにしなさいよ」
「“ウォータボール”
……そっちもあったね。すっかり忘れてたよ」
なんつーか、蹂躙の印象が強すぎて、自分も戦っているイメージが追い付いてきていないんだ。特訓したのはついさっきだけどさ。それに、正直、ボス戦に入るときの演出とのギャップで……。
「あら、こっちのスペックが高いからこんな感じだけど、まだまだ平均レベルのプレイヤーじゃ大変なボスなのよ。演出の影響もあって、怖がられているわよ」
「演出は凝っているのである。否応なく、意識を盛り上げるのである」
「広場の中央付近から奥に行くにつれ、少しずつ遠吠えが大きくなる。それに合わせて、獣の臭いと息遣いまで聞こえてくる。
不自然に揺れる叢。演出がホラーチックですね」
「わかっていても緊張するである」
「どこがよ」
うーん。余裕ですな、皆さん。前衛の二人は一生懸命……これまた、余裕そうですな。のらりくらりと戦いを長引かせている。俺の“ウォータボール”と投げ待ちですかね?ありがたいやら、恐れ多いやら。
じゃ、お言葉に甘えて……っと。
投げる寸前、ミラが声を張り上げた。
「ボスに弱ポ行くわよ!投げ練習!」
「了解!」
「わりぃ。ありがと」
「どういたしまして。
フレンドリーファイヤーはないけど、こういったお互いの声掛けはパーティープレーには必須よ」
「辻回復も、ひと声かけてからですね。あ、届きますね」
「なかなかうまいじゃない」
高い器用力のおかげか、第一投目で無事、ボスのところにアイテムを飛ばすことができた。“ウォータボール”と併用して、経験値を積んでいこうか。
前衛組に回復系は不要とのメンバーの言葉を受け、空いている薬瓶には、麻痺や毒などのデバフ系を入れて投げることにした。うーん。消耗品とすると入れ物がネックだよな。スキルの【薬剤】だと瓶ごと生産されるからこういった時には便利だよな。使ったら消えるけど。
ま、どんどんやりますか。
「遠吠え来るわよ」
「ペースが遅いである。今回は慎重であるな」
「まあ、当然ですよね。
取り巻きが半分以下の状態でボスに一定以上のダメージを入れると追加で呼ぶんですよ」
「ギーストの【水魔術】とアイテム投げが大活躍である。これなら、近いうちに【投擲】の技術も習得するのではないか?」
いやいや。どう見ても、俺が足を引っ張ってるだろ。俺の攻撃で遠吠えが起きるようにしてるんだろ?それを感じさせない君らが常識外れなんだよ。
生産系プレイヤーが、届かせるために投げてるアイテムが、速度重視のボスに必ず当たるって何よ。遠距離からの魔術が当たるって何よ。ありえないだろ。
取り巻きを適度に間引きながら、ボスが後衛に襲い掛からないように適度に相手をしながら、後方から山なりに飛んでくるアイテムや魔法を察知し、フェイントや攻撃、回避を通じて相手の動きを誘導する。レベルがどうとかじゃない。プレイヤーとしてのスキルが、桁が違う。
おかげで、自分のスキルレベルも大幅アップ。のはず。こればっかりは、次回ログイン時のお楽しみだ。
「一線級ってのは違うなぁ」
「生産が本職のプレイヤーに驚かれないようじゃ、戦闘が本職とは言えないである」
「さすがに、あれはできませんね。私は」
「私も接近戦であの立ち回りは無理よ」
「潜伏しての戦いならあのレベルでしょう。どちらにしても、理解できない高みですよ」
「ふふん♪そう言って貰えるのは嬉しいわね。
でも、戦いだけじゃない。生産でも魔法でも同じ。積み重ねた経験がモノをいうのよ」
「重ねすぎると『ヒト』の括りから外れるんじゃね?ステータスが成長するゲームはすごいな」
「我から見た貴殿も同じであるぞ、ギースト。
生産量や速度は、傍から見たら常識外れである」
「そんなもんかねぇ」
いくら生産が評価されたって、あの、危なげなく10匹以上の取り巻きやらボスを2人で翻弄しているのと同じレベルとは到底思えないけどっねっ。
あ、また遠吠えだ。
「そろそろ投げられるものも減ってきたんじゃない?MPも大丈夫?」
「……MPはまだしも、デバフ系は使い切ったかな。言われたから結構持ってきたんだけど。そこらにある石でも投げるか?」
「HP回復系は本当にイザって時のためだけだし、途中で“錬金”できるんだからMP回復系とありったけのデバフ系を用意してもらったはずだけど」
「ボスだから利きが弱かったな」
おかげで、投げた数からすると効果はいま一つ。遠吠えによるアイテム稼ぎも時間の割にはって状態。でも、そろそろみんなのインベントリが埋まってくる。ボス戦中にも関わらず、今も整理してるけど、捨てることも考えないと。
「MPもそろそろ限度でしょ?そろそろ良いかな?」
「……まだ、上限まで行かないのである」
「じゃ、クロお願い。矢は消耗品だから。
ギーストは、毛皮と牙の処理ね」
「わかったである。MPには余裕があるから問題ないである。
二人とも!ペースをあげるである!我が出るである」
「牙を砕くのは私もやりますよ。ミラの分の機材もありますから」
「わかってるわよ。あ、これ最後の魔力回復薬。ミスは気にせずに、アイテム処理お願いね」
「了解」
毛皮を“簡易錬金”するとして、今の俺じゃどんなに装備で底上げしたって100%の成功率とはならない。さらに言えば、なめした毛皮は大袋いっぱいに入れると少しだけ空間が空く。ほんのわずかとはいえ、インベントリに空きができるのだ。
戦闘で足を引っ張っている俺にとって、これは目に見える成果の一つだ。気合も入る。
ボス戦らしくない、俺にとってのボス戦は佳境に入った。




