DAY11: 【〈魔法陣〉を起動する魔法。強・傑作。効果時間:1分と{変数1}秒。毎秒変数1を1増加させる。対象:接続。対象:投射。極・極・極・極・極・極・極・極・極・極・極・小魔力。(略)】
『〈魔王〉がやってるのはただのカンニングだ』
ポートラムの建造物は、日光を遮るに足る高さを持たない。だから人々は、朝にせよ昼にせよ夕方にせよ、太陽を見ながら過ごすことになる。その日の夕暮れも同じだった。
何かしらの放送系魔法が生み出した女の声は、澄み渡った空を埋める橙の光から溶け出して、三つ編みの少女の耳に飛び込んできた。
紡がれていく言葉たちには、雑音が無かった。
『あいつは【召喚魔法】を応用して、〈魔法陣〉を召喚する〈魔法陣〉を作り上げた』
最初の日。リドリーザ博士が【ヴィル・テル・プル】の〈詠唱〉を伝えた、その言葉は……ひどく、不明瞭なものだった。〈魔法陣〉の効果範囲を極めて広く設定しつつ、手持ちの〈魔力結晶〉で実現できる範囲まで魔力の消費を抑えるには、指示文で意図的に音質を下げ、発信される情報量を削るしかなかったのだ。だから、死に際の彼の言葉には、ひどい雑音が乗っていた。
でも、女の声は違う。
『誰かが〈魔法陣〉を完成させた瞬間、〈魔王〉が作った〈常時陣〉がそれを検知し、あいつの手元にその〈魔法陣〉のコピーを生成する』
『〈魔王〉……というか、〈魔王〉が作った端末か何かだな。とにかくそいつは、生成されたコピーにものすごく僅かな魔力を流す』
『余りにも僅かすぎて、〈魔法陣〉の効果は発揮されない』
『しかし僅かでも魔力を流されているのは事実だから、"一つの〈魔法陣〉は一度しか起動できない"ルールに基づき、その〈魔法陣〉は使い切り状態になるわけだ』
声は空気をまっすぐに進み、音節をはっきりと少女に伝える。少女は、一文字一文字を明瞭に受け取り―――しかし、それを理解するには至らなかった。
彼女の頭には、『何か凄いことが起きている』くらいの認識が精いっぱいなのだ。
隣で影を落とす日焼けの少年も、
「よくわかんねーけど、なんかすごいことが起きてるっぽいな」
だいたい同じありさまだった。
『稚拙なやり方だよ』
『防ぐ手段なんていくらでもある。現に防げているからこそ、こうして私が放送を行えているんだ』
『問題があるとすれば、防ぐ手段はあっても防ぎ切る手段がないことだ』
『〈魔王〉は〈魔法陣〉を破壊不能にする方法を見つけた』
言葉たちの明瞭さは、すなわち指示文の進歩を表していた。
生みの親たるリドリーザ博士が試行錯誤して創り出した【入力された音声を範囲内に放送する魔法】も、声の主が使用しているものに比べれば、初歩的で、無駄が多い陣でしかないのだ。
『〈魔法陣〉が模様であることを利用しているらしい』
『例えば白い壁に赤の塗料で〈魔法陣〉を描いて、起動したとする』
『この状態で白を重ね塗りすれば、〈魔法陣〉は"欠けた"扱いになって停止する』
『しかし逆はどうだ? つまり、〈魔法陣〉以外の部分を赤で塗りつぶす。陣は周囲の赤に隠れるが、"欠けた"訳じゃないから起動し続ける』
『基本はこの理屈だ。赤を穴、白を紙きれで考えればいい』
「……」
少女が首を捻り、三つ編みが風に揺れる。
視線の先に、あるべき人物はいない。日焼けの少年の影が、引き伸ばされて横たわっているのみだ。
『……話が逸れた。とにかく、〈魔王〉の魔法を停止することはできない』
『魔力切れを待つのも無理筋だ』
『だったらこういうのはどうだ?逃げるんだ』
『どんな〈魔法陣〉も、効果範囲外まで逃げてやれば通用しなくなる』
『〈魔王〉の魔法の効果範囲は、エリシア王国をすっぽり包む。なら手っ取り早いのは、王国ごと逃げることじゃないか?』
少女はなんとなく察していた。
眼鏡の少年がやってこない理由を。
『いいか諸君、〈魔王〉の奴は勘違いをしている』
『あいつは【世界から魔法を消す魔法】を【究極魔法】と呼んだ。それはひょっとしたら一つの正解かもしれない』
『でも、極というのは時として一つじゃないんだ』
『究極も当然一つじゃない』
『私たちはとっくにたどり着いている。【世界に魔法を生み出す魔法】、あるいは〈精霊〉。それがもう一つの【究極魔法】だ』
それにも構わず。
エリシア王国第二汎用魔法研究所所長であるところのその女性―――あるいは博士は、軽い口調で人々に問う。
『全く暴力的な話だと思わないか?』
『〈精霊〉とは何なのかわからないままに作られた【精霊無効化魔法】が、その首謀者が誰なのかも分からないままにさらに無効化されるんだ』
違う。少女は首謀者を知っている。
知らない振りをしているだけだ。
『しかしまあ、ちょっとこの世界は平和すぎたからな』
『これくらいの暴力があってもいい。〈魔法陣〉の生成とはそういう物だろう』
『さあ諸君、〈詠唱〉の時間だ』
『【ヒーパ・ラ・レグ】と唱えろ』
『それが【こことは違う別の場所に召喚される精霊】を起動させる』
一筋の風が少女を撫ぜる。
それは何かの合図であったのかもしれない。
少女は魔力光を見た。いくつも見た。町じゅうに見た。国じゅうに見た。それらは柱となって空に昇って、召喚されつつある〈精霊〉たちの存在を示していた。開けた視界を埋め尽くすように、幾千の柱が空を包んでいた。
放送が、もう一言。
『そんなに動きのない世界が嫌なら、お望み通り動いてやろう』
光柱たちが更に加速する。少女と少年は四方八方からめちゃくちゃに照らされて、おかしな具合の影を地面に落とす。
腕が十本に分裂した少年の影が、言う。
「なあ、あいつは結局来ないのかな」
胴が四体に分裂した少女の影は、なぜだか涙を流していた。
『それにしても、〈魔王〉は邪魔をしてこなかったな』
【老化魔法】は―――より厳密には、任意のタイミングで一日分の【老化魔法】を発生させる〈常時陣〉は。おおむねそれが持つ名前通りに、使用者の寿命を蝕んでいく。
使用に適した人物などおらず、ただたくさん使用できる人物ならいた。寿命が長い人物。子供だ。
『死んだか』
英雄への言及が放送を終わらせ、少女の涙がぽとりと落ちる。
「……ハンベル」
名前が呟かれる。
そして、少女が〈詠唱〉を開始する。




