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DAY9:【入力された音声を範囲内に放送する魔法。傑作。高度に動作する。矛盾がない。魔力燃費が良い。大魔法。範囲は魔力量に依存。低音質。できる限りの低音質。発話による音声入力。反・高音質。(略)】

『ごきげんよう、迷惑をかけちゃってごめんね』


 ()教祖氏は、その拡大された声を()総本山の冷たい床の上で聞いた。低い音質が判断を阻んでいたが、その雑情報(ノイズ)の奥底にあるものを注意深く聞き分ければ、きっとそれが老人の声だとわかるはずだった。

 『元』という言葉は、たいてい『今は違う』という含意と共に使用される。今回もそうだ。何せ〈レクモサクソス教〉は6日前に崩壊したばかりだ。()総本山が巨大な、信者たちをその狂気で抱擁し、彼らの心の拠り所となり、信仰の象徴として聳え立っていたのも、その6日前までのことでしかない。今はもう、大きくて維持費のかさむ空洞が残るのみだ。

 元教祖氏は放心していた。ここ数日はずっとそうなのだ。


『君たちも―――気づいているはずだよね。というか、気づいていないはずがないし』


 第二声。

 〈レクモサクソ神〉はどこに行ってしまったのだろう、なんてことを、元教祖氏は三角座りしながら考えていた。ここ数日はずっとそうなのだ。彼が上げた大声に、信者たちがその何倍もの大声で返していたころ。彼らの共有された意志の中では、確かに〈レクモサクソ神〉がいて、【究極魔法】による召喚を今か今かと待ちわびていた。しかし―――もう、その姿はない。元教祖氏本人ですら、〈レクモサクソ神〉なんて絵空事だと思うようになった。巷で話題を呼んだ「レクモサクソ式物体生成指示文(プロンプト)」も、冷静に考えると一から物体を生成するより【造形魔法】方面で頑張った方が良い事に気付かれ、ここ数日は下火になり始めている。

 神は、このまま死んでいくのだ。


『このエリシア王国の全土において、【〈魔法陣〉自動生成精霊】を除いたあらゆる〈精霊〉が呼べなくなっている(・・・・・・・・・)


 第三声。

 その声が告げた内容は、事実だった。元総本山の静寂から少し足を踏み出した先には、冷たい空気と冷たい魔力照明が街路を照らし、時に混乱が恐怖し、時に恐怖が混乱するような、夜半の街を暴き出している。〈精霊〉が呼べないとはどういうことか? 何もできないということだ。新聞は刷れない、【複写精霊】がいないから。建物は作れない。【建築精霊】がいないから。【石礫精霊】がいないから。【微風精霊】がいないから。【調味精霊】がいないから。【高度細工精霊】がいないから。【造形精霊】がいないから。【通話精霊】がいないから。誰もが頼った魔法の力が、今は無いから。


『実は、僕の仕業なんだ』


 第四声。

 そんなのみんなが気づいていた。人々が驚いた点があるとすれば、声の主の一人称が『僕』だったことだ。自分を『僕』と呼ぶ老人。あり得なくはないが、なかなかに珍しい。


『僕は〈魔王〉を名乗ることにした。今から演説をさせてもらうよ』


 元教祖氏は何となく顔を上げた。この世界の意味の分からなさを説明してくれる相手がようやく現れた気がしたのだ。


『前々から思っていたんだけれど、この世界は少しつまらなすぎると思わないかい? いや、別に王国に限った話じゃない。世界(・・)だよ』


 人々の中には、その声の聞こえ方に覚えがあるものもいた。実際、正しかった。ある程度極まった作成者が作る指示文(プロンプト)は、特定の一点に収束する傾向にある。〈魔王〉氏は、かつてリドリーザ博士が使ったものに似た、【入力された音声を範囲内に放送する魔法】ごしに喋っているのだった。


『毎日がものすごく平和。かつて人々を脅かした〈魔獣〉も今はいない。魔法のおかげで、何かが足りなくなるようなことはない。他の国との戦争も、エリシアに統一してなくなった。』


 元教祖氏はなんだか神秘的な気持ちになり始めていた。〈魔王〉氏の言葉は神聖なものに聞こえた。彼自身、どうしてだかわかりはしなかった。


『何かが足りなくなるようなことがなくて、それ以上を目指そうとも思わないから、誰もが新しいことをしようとしない。何も動いてないんだ。僕は〈魔王〉になるにあたって色んなことを試したけど……いや本当、既存の知識のいい加減さには恐れ入ったよ。この宇宙では、どうやら太陽が僕たちのまわりを周っているらしい。太陽どころじゃなく、全部だ。僕たちの住む世界は宇宙の中心にあって、微動だにせず、ものすごく平穏に、存在し続けているらしいんだ』


 〈魔王〉氏はどこか冷笑的に言った。


『それって、最悪につまらないと思わないかい?』


 少年のような態度に似合わない、加齢を重ねた声だった。


『そういうわけで、僕は【究極魔法】を使ってやることにしたんだ』


 元教祖氏は一気に目を見開いた。現実に引き戻されたような感覚があった。


『これだって、何百年も前の〈大魔導士〉が考えたフワフワした概念だけど……まあでも、理屈は理解できるよ。バルヴェールの最後の言葉はこうでしょう?「一般的に、魔法は大なり小なり、世界に本来あり得ない影響(・・・・・・・・・)を与える存在だ。であるなら、もしも【究極の魔法】と言えるようなものがあるとするなら―――」。冷静に考えて当たり前だよ、「究極の魔法」っていうのはどの魔法よりすごいってことでしょう? つまり、「他のどの魔法よりも(・・・・・・・・・)世界に与える影響が(・・・・・・・・・)大きい魔法(・・・・・)」が【究極魔法】になる』


 元教祖氏は、それはそうだと思った。彼もその前提までは到達していた。そのうえで―――「影響が大きい」とは何なのか考えた結果、【レクモサクソ神】のほかに無いという結論に達したのだった。でも、〈魔王〉の結論はどうやら違っていた。


『逆に言うと、他の魔法を(・・・・・)すべて排除する(・・・・・・・)魔法(・・)を作れれば、この条件って満たせるよね?』


 元教祖氏ははっとした。

 そして、〈魔王〉氏は神なのだと悟った。


『そういうことを考えてたら、良い所に【〈魔法陣〉生成精霊】が現れてさ……降って湧いたチャンスだよ。ちょっとした裏技で使用条件を突破したうえで、僕は色んなことを試しまくったんだ』


 そう―――神の声。煤けた窓の向こうからそっと漏れこむ月光の中で、元教祖氏は神の声を聴いていた。


『色々理屈は立ててみたけど、結局は運だった。偶然、【自然の〈精霊〉を無効化する魔法】が作れたんだ』


 神秘が彼を包む。


『ただ、【〈魔法陣〉生成精霊】を無効化したら、僕自身が計画を進められなくなっちゃうよね。だからこいつの無効化はいったんやめて、代わりに【自分以外が作った〈魔法陣〉をすべて無効化する魔法】を作ることにしたんだ』


 元教祖氏は理解した。自分は今、【究極魔法】の真っただ中にいる。それがすべて成功した時、あらゆる魔法はこの世から姿を消し、〈魔王〉が君臨する時代がやってくる。


『こっちは比較的簡単だったよ。理屈を立てて作って、さっき完成して……うん。もう起動しちゃっていいかな』


 それは他でもない、〈レクモサクソ神〉と同じ構図ではないか。


『それじゃあみんな、退屈しない世界を楽しもう!』


 元教祖氏は反響する声が去っていくのを聞きながら、熱を帯びた吐息を落とした。

 そして、世界から魔法が消えた。

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