間接キス
「えっと……誰?」
「嘘でしょ?」
俺に話しかけてくるような女子なんて、萌希と高梨しか知らない。それ以外の女子は、申し訳ないが名前すら覚えていない。
「ほら、トイレでアンタを倒した……」
「あー、高梨の取り巻きか」
「取り巻き言うな!」
確かに、こんな感じの女子だった気がする。髪が綺麗で真っ直ぐで長く、一言で言えば美人だ。
そんな、高梨の取り巻きである彼女が俺に何の用なのだろうか。リーダーである高梨は今、有村と仲睦まじい様子だし、何かを命令されたというわけではなさそうだが。
「で、取り巻きAが俺に何の用?」
「神崎! 神崎紫音!」
「……神崎が俺に何の用?」
俺のネーミングが気に入らなかったのか、あまりにも必死に名前を叫ぶので、仕方なくその名前で呼んだ。
突き飛ばされた前例があるので、少し冷たく接しようと思う。
「瑠璃があんな様子だから代わりにウチが伝えるけど」
ちら、と高梨を見れば、さっきと変わらず有村と笑顔で話していた。有村も有村で満更でもなさそうだし、良いことじゃないか。
「えっと、一昨日……その、されたんだよね?」
一昨日というと、校外学習へ行った日だ。彼女の質問には述語しかなく、主語がないため何が言いたいのかわからない。言うことを躊躇っているので、わざと主語を外したのだと思うが、それでは俺には伝わらない。
「それで、クラスの女子で話し合ったんだ。萌希には言ってないけど」
俺の頭から疑問符が抜けないまま、神崎は続ける。
今わかっていることは、一昨日に俺が何かをされ、それについて萌希を除くクラスの女子たちが話し合ったということだ。
主語をくれ。
「で、瑠璃の強い希望で、アンタを正式に女子として扱うことになったの」
「え、俺が嫌……」
「えぇ!?」
俺があまりにも即答するものだから、神崎の驚きも速かった。
まだ性別が変わってから一ヶ月も経っていないのだ。見た目は完全に女だし、女子制服も着ているが、俺は十五年間男として生きてきた。一ヶ月弱で中身まで女になるわけがない。
というか、俺もいつか中身も女になるのだろうか。
いや、篠宮も言ってくれたように、俺は俺だ。性別なんて関係ない。
「男して扱えとは言わないけど、女として扱われるのはなぁ……。あ、でも中間も嫌だ」
「意外と我儘……」
ウンウン唸る俺の肩に、何かが触れる感触があった。俺が肩に目をやると、俺の頬を指が突き刺さる。
「……」
少しイラッときた俺はムッとして、その生徒の顔を見た。やっぱり誰かわからなかった。
「ほっぺた柔らかー! かわいー!」
どこか身の危険を感じた俺はサッと身を引く。格闘ゲームによって培われた反射神経は伊達ではない。もっとも、現在の身体能力のせいであまり俊敏ではないが。
「瑠璃ちゃんが執拗に鳴海さんがー、鳴海さんがー、って言ってた理由わかった気がするー!」
高梨のやつ、裏でそんなに俺の名前を出していたのか。女子たちに何を言ったらここまで態度が豹変するのか教えてほしい。
目の前の名も知らぬクラスメイトの手が俺に伸びてくるので、器用にギリギリのところで避ける。今、絶対胸の辺りを触ろうとしていた。
どうしてか、この女子には絶対に触られてはいけないような気がした。
「あーっ、避けられた!」
「レナ、落ち着いて。鳴海も困ってるって」
レナと呼ばれた女子はとても小柄で、俺よりも小さく見える。
彼女は「えへへー」と笑顔で後頭部に手をやる。非常に茶目っ気のある仕草だが、俺にはぶりっ子にしか見えない。俺の心も汚れてしまったものだ。
「……とりあえず名乗れ」
「えーっ、覚えてないの!? 仕方ないにゃぁ、わたしは神谷麗奈! 紫音と合わせて『神々の遊び』!」
「ちょっとレナ! 恥ずかしいからやめてって!」
俺は漫才を見ているのだろうか。早く朝礼始まらないかな。
二人が言い合いを始めたので、俺は自席に戻って本を開いた。隣の萌希から色々質問をされたが、全て本当の事を話した。
俺の話を聞いた萌希は、少し考える素振りを見せ、俺に向き直った。
「まぁ……良かったのかな? 蓮ちゃんもクラスに受け入れられた、みたいだし」
「そうなのかなぁ。それなら良いんだけど」
チャイムが鳴り、朝礼が始まった。
─────────
今日は有村は屋上には来ず、三人で昼休みを過ごす。
昨日の一件で、俺も篠宮もお互いに近づこうとはしなかった。どことなく、会話もぎこちないものになる。
いつもなら、俺を挟んで両脇に萌希と篠宮がいたのだが、今日は萌希を挟む形になっている。
それ以外はいつもと変わらぬはずなのだが、萌希の表情がどんどん険しいものに変わっていく。
「萌希、どうし……」
「だあーっ! 二人とも何辛気臭い顔してるの!」
俺の言葉を遮りながら萌希が叫んだ。あまりの声の大きさにびっくりして、思わず箸を落としてしまった。これでは食べられない。
箸を洗いに行こうと立ち上がると、篠宮が無言で俺に箸を差し出してきた。手元を見ると、既に完食していた。
俺は素直に箸を受け取り、再び食べ始めた。俺が食べ始めたのを確認した篠宮はおもむろに顔を背け、萌希を呼び、屋上から去っていった。荷物は置きっぱなしなので、後で戻ってくるのだろう。
篠宮の箸は、もともと弁当に付随していた箸では、篠宮からしてみれば小さすぎるだろうと思い、俺が勝手に家にあった箸をケースに入れてもってきているものだ。
篠宮のサイズにあったものを選んでいるため、俺の手に余る。食べられるだけありがたいので、文句は言わない。
そういえば、この箸使って篠宮は弁当を食べたんだよな。つまり、篠宮はこの箸に口をつけて──。
そこまで考えて、少しずつ、顔が熱くなるのを感じた。それ以上先は考えないようにして、俺は弁当を完食した。
クリスマスですね。もう僕のところにはサンタさんは来ませんでした。悲しい。




