慣れ
萌希に何を食べたいか訊いたところ、今日は肉の気分らしい。
さらに肉料理で何を食べたいかまで突き詰めると、ハンバーグの気分だそうだ。
材料は残っていたので作ってやるか。
米を炊く量をどうするか悩んだが、彼女がたくさん食べると踏んで二合にしよう。俺はあまり食べられないのでほぼ萌希の分だ。
俺か料理をしている間、萌希は暇だろうと思ったのだが、そうでもなさそうだ。
今日の授業の復習をしているらしい。予習復習なんてしたことがない俺とは大違いだ。
俺は家事で忙しいのでする時間がない、と言い訳をしておく。
「蓮ちゃんの家、荷物が少なくて私ん家より広く感じる〜」
「父さんがそういうタイプの人だからな。俺は基本部屋で過ごしてるし、リビングは実質父さんの部屋」
できた料理をテーブルへ運びながら答える。
メインにハンバーグと、惣菜を二品ほど、それから白ご飯と味噌汁。
俺がチーズが好きというだけでハンバーグにチーズを入れたが、萌希がチーズが食べられるか訊いてから作るべきだったと反省。
萌希は携帯を取り出し、カメラを横に構えて写真を一枚。流れるようにSNSに投稿。
女子か! とツッコミたくなったが、彼女は正真正銘女子である。何を言っているんだ俺は。
「こうして見ると、うちの夕飯も大差ないはずなのになぁ。いただきます!」
そんなことを言いながら、彼女は早速ハンバーグを口に運ぶ。
焼きたてなので熱いはずなのだが、我気にせずといった雰囲気で咀嚼する。
「んん〜! チーズ入ってる! おいしい!」
チーズは大丈夫そうだな。
ソースは自作で、今回初めて作ってみたものだが、彼女からの評価は良いようだ。
惣菜類もパクパクと食べ進めていく。良い食いっぷりだ。
萌希の食べる速さが凄まじすぎて、半分ほどの量の俺より先に彼女が完食してしまった。
どこでそんなに差がついてしまったのか。
「ごちそうさま、美味しかった! ありがとね!」
「お粗末さまでした。俺まだ食べてるのに、食べるの早いよ」
「蓮ちゃんが遅いんだよ〜。一口一口が小さいからかな」
言われてから気づいた。
自分では結構いってるつもりだったのだが、想像以上に俺の口が小さかったらしい。
確かに、言われてみればそうだ。彼女は一口で、俺の二倍ほどの量を口に放り込んでいる。
試しに口を最大まで開けてみたが、大して開かなかった。これでは食べるのが遅いのも納得だ。
この体になってから不便だと思うことが増えた。
身長は低くて、高いところにあるものに手が届かない。
力は弱くて、重いものを持てない。
今までの感覚で日常的な行動をすると、勝手が違うため、空振りすることもしばしば。
今だって、食べるのが遅くなって、食器を片すまでにかかる時間が増えた。食べる量が減って食費は減ったけど。
どうこう言ったところで変わりはしないので、慣れるしかない。
ようやく食べ終わり、食器を洗う。
萌希から手伝う、と言われたが、特にやらせることもないので断っておいた。
「蓮ちゃんは将来、良いお嫁さんになれるね〜」
突拍子もないことを呟いた萌希の言葉で、心臓が止まりかけた。
「え……あ、そうか……」
考えたこともなかった。
元から恋愛関連には疎く、好きになる、ということの定義がよくわからない。
俺はこれから男性を好きになるのだろうか。これまで好きになった女性すらいないというのに、難易度が高い。
仮に男性と結婚したら、子どもを産むのは俺なのか。
そう考えたら急に恥ずかしくなってきた。
俺と男性が目合いをする光景を思い浮かべる。
……駄目だ、気持ち悪い。
「何赤くなってるの?」
「……なんでもない」
一瞬でもそんなことを想像してしまったことを後悔した。
─────────
萌希が帰ったので、俺は部屋へと戻り、いつものようにベッドに転がりながら携帯を眺める。
例のネッ友は今日も暇。俺が暇なときに確実に暇を持て余しているので、退屈しなくて感謝している。
今日は二人で格闘ゲームをしようという話になっていた。
俺はそこそこ反射神経が良いので、この手のゲームは意外と得意だったりする。読みが浅かったり、対策が甘かったりするのはやり込めば何とかなるはず。
ボイスチャットには繋ぐものの、俺はミュートにしている。
いつまでもミュートなのも面倒だが、奴は男の俺の声を知っているので、今の俺のこの声を聞かせたりしたら確実に不審がられる。いつかは明かさねばならないので、どうするか。
「おっす、まだマイク買ってねーの?」
『一昨日壊れた言ったばっかだろ、時間ない』
ヘッドフォンから流れる声はいつもと何も変わりないはずなのだが、つい最近、直接聞いたことがあるような気がした。
通話だと若干声質も変わるし、きっと気のせいだろう。
「今日すげーやべーことが起きてさー、学校でのことなんだけど」
『お前学生だったのか』
「そこかよ。大ニュースになってもおかしくない事だし、特定怖いから詳細は言わないけど、とにかく度肝抜かれたわ」
学校で大ニュースか。話し方の雰囲気的に、殺人事件や死亡事故などではないだろう。
悲哀なものではないのは伝わったが、その他の情報が無さすぎて全くわからない。
『全然伝わんねぇ』
「いぃんだよ。ただ俺がビビったってことが伝わればいい。さ、始めようぜ」
『了解了解』
最近はFPSばかりしていからな。腕が鳴るぜ。
「やっぱお前つえーわ……ヒット確認速度半端ねえ……」
二時間ほど闘った結果は、俺の勝率が九割といったところだ。
俺が勝てる立ち回りを確立しているのに対し、彼は迷っている素振りが見られた。攻めようにもなかなか攻められず、先手を取られて火力負けする、という場面が多かった。
そのことをアドバイスすると、彼は真剣に聞き、何かを思いついたようだ。
「そういうことか……。次闘うときは負けねぇからな、覚悟しとけ」
『期待してる』
「じゃあな! また今度!」
『乙』
ボイスチャットを切断し、時計を見る。
もうすぐ寝る時間だ。明日も朝は早い。
歯を磨き、トイレも済ませる。未だに直接陰部を見ることは慣れないが、用を足すだけならお手の物だ。
布団に潜り込み、部屋の証明を消す。
明日も頑張ろう。
これ恋愛……恋愛???




