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 慌ただしい日々は瞬く間に過ぎ去り、魔王が聖女を迎えに来る日はあっという間にやってきた。

 

「お姉様……」


「もう、マリーったら。そんなに泣かないで」


「だって……お姉様とお兄様がいなくなってしまうなんて……私……」


 純白の花嫁衣裳を纏った私と、全身真っ黒で頭に角のカチューシャをつけて魔王のコスプレをしているエルヴィンを前に、マリアンネはアメジストの瞳からぽろぽろと涙を流した。


 生まれた時から一緒だった異父兄と、五歳の時から一緒だった異母姉と同時にお別れすることになったのだ。

 寂しいのも無理はないと思うが、なにもこれが今生の別れというわけではない。


「泣くな、マリー。

 俺とお嬢はしばらく離れるが、おまえにはリックがいる」


「そうよ。あなたはついにリックの正式な妻になるのよ。

 だから、なにも泣くことはないわ」


「……私に、リックの妻が務まるでしょうか」


「あなたでなければ、誰にも務まらないわよ」


 私は可愛い異母妹を抱きしめた。


「マリー、愛しているわ。

 あなたは私の自慢の妹よ。

 リックと幸せになってね」


 そしてエルヴィンは、抱き合う私たちを二人まとめて広い胸に抱きしめた。


「俺たちは、どこにいてもおまえの幸せを祈っているよ。

 元気でな」

 

 マリアンネも、もう十九歳。立派な大人なのだ。

 出会ったころはあんなに小さかったのに、今は私のほうが背が低い。

 これからは兄と姉に守られる妹ではなく、愛する夫と支えあう妻として、ヘンリックと生きていくのだ。

 私たちのマリアンネなら、その務めを果たせるはずだ。


「お姉様……お手紙を書いてくださいね」


「もちろんよ。落ち着いたらすぐに書くわ」


「お兄様、たまには飛んできてくださいね」


「ああ、俺なら一晩で隣国からここまで飛べる。

 宵闇に紛れて飛んでくるよ。

 もちろん、その時はお嬢も連れてくるからな」


 エルヴィンの翼があれば実は移動も楽々なので、国外に出ても会いに来るのはそう難しくはない。

 実際、一年後くらいには一度様子を見に戻ってくるつもりだし、そんなに寂しがることはないのだ。


「さあ、もう別れは済んだかな。

 そろそろ行かなくては」


 ヘンリックが声をかけてきた。


「ええ、そうね。

 行きましょうか。

 エル、また後でね」 

 

「ああ。リック、お嬢を頼んだぞ」


「わかってる。リサもマリーのことも、任せてくれ」


 エルヴィンは大きく開け放たれた窓から、星が瞬く夜空へと飛び立った。


 それを見届けて、私はヘンリックと一緒に馬車に乗り込み、王城へと向かった。


「リサ、今までありがとう。

 きみたちとの生活は、とても楽しかったよ」


「私もよ。あなたと契約結婚できて、本当によかったわ」


 名残惜しい気持ちもあるが、私たちの道はここで分かれる。

 予想とはかなり違う形になったものの、この離別は結婚前から予定していたことなのだ。


「同じ屋根の下で暮らしてなくても、私たちはずっと家族よ。

 あなたは私とエルの義弟になるんですからね」


「そうだね。僕たち四人は、これからもずっと家族のままだ」


 ヘンリックはほんの少しだけ寂しそうに笑った。


 マリアンネもヘンリックも、寂しいのは今だけだ。

 正式に結婚して幸せいっぱいな新婚夫婦になったら、寂しいのなんて忘れてしまうだろう。


 私はヘンリックにエスコートされ、この前の夜会の会場だった広間へ向かった。


 広間の周囲は、騎士団を総動員したと思われる人数の騎士によりぐるりと取り囲まれ、厳戒態勢となっていた。

 カリナによるととっくに亡くなっているはずの、厳めしい顔をした総騎士団長の姿も見える。

 

 そん中を花嫁衣裳を纏いしずしずと歩く私に、皆の注目が集まった。


「リック、夫人」


 声をかけてきたのは、第二王子殿下だ。


「ルーカス様」


「第二王子殿下にご挨拶申し上げます」


 並んで礼をとる私たちに、殿下はなんとも複雑な顔をした。


「夫人……本当に、いいんだね?」


「はい。覚悟は決まっております。

 私はきっと幸せになりますから、心配なさらないでください」


「正直、夫人がいてくれて助かった。

 王家を代表して礼を言うよ。

 ありがとう、夫人。元気でね」


 殿下意外の王族は大事をとって王都の外に避難しているとのことで、ここでは彼が最高位なのだ。


「ではリック。こっちも頼むよ」


 そんな殿下が示した先には、私よりも簡素ながらきちんとした花嫁衣裳を着せられたカリナがいた。

 ただし、腕も足も雁字搦めに縛られ、口には猿轡までしてある。


「んむうぅぅ~!」


 なにか言いながら暴れているようだが、当然ながらなにを言っているかわからない。

 

 もしかしたら自称聖女が魔王の求める花嫁である可能性もあるということで、カリナもこの場に連れてこられたのだ。

 

 魔王の花嫁なんて嫌だと泣きわめいていた彼女は、あの夜会以降何度か逃亡を謀ったそうだが毎回あっさり捕まり、最後は座敷牢のようなところに監禁されていたそうだ。

 

 ヘンリックはそんなカリナを荷物のように肩に抱え上げ、私と並んでに広間に足を踏み入れた。


 夜会の時は大勢の人で賑わっていた広間だが、今は外から取り囲まれているだけで中には私たちしかいないので、がらんと静まり返っている。


 広間の中央あたりでヘンリックは立ち止まり、カリナを床に下した。

 冷たい床の上で芋虫のように暴れている彼女に目もむけず、彼は私の手をとった。


「リサ。私はマリアと二人で幸せになる。

 きみたちも、仲良くね」


「ええ、わかってるわ。

 元気でね、私の仮初の旦那様」


 彼は私とカリナを残し、広間の外にいる第二王子殿下の元へと去っていった。


 それを見送ってから、私は余裕の笑みを浮かべて床のカリナを見下ろした。

 彼女は恐怖に顔をひきつらせながらも私を睨んでいる。


「もうすぐ魔王様がいらっしゃるわ。

 ふふふ、楽しみね」


「んんんんん~~!」


 ふわりと周囲の空気が動くのを感じた。


 さあ、くるぞ。


 そう思った次の瞬間、なにもない空中に黒い裂け目が現れ、そこからブワッと黒い靄が勢いよく噴き出した。


 広間の外から騎士たちが警戒する声が聞こえる。


 黒い靄は一度広間を埋めつくすほどに広がってから、するすると収斂し私の目の前で塊になると、その中からぬっと魔王のコスプレをしたエルヴィンが姿を表した。


「お待ち申し上げておりました」


 私は炯炯と輝く金色の瞳ににっこりと微笑んだ。


『バルテン王国の聖女だな』


「そのとおりでございます」


 彼は私の返事を聞くと、見せつけるように大きく翼を広げてゆっくりと跪いた。


『あなたに愛とこの身の全てを捧げると誓う。

 どうかこの手をとってくれないか』


 差し出された大きな手に、満面の笑みで私は手を重ねた。


「はい。末永くよろしくお願いいたします!」


 恐ろしい魔王が私の前に跪き、やや無理やり聖女認定されたばかりの小娘でしかない私に愛を誓ったのだ。

 広間を取り囲む騎士たちは驚愕していることだろう。


 こんな演出をするのにもわけがある。


 私が生贄のように連れ去られたら、愛人と結婚するために邪魔な私を体よく処分した、とヘンリックが非難されるかもしれない。

 それを避けるために、私は私で幸せになるということをしっかりアピールしているのだ。


 エルヴィンは恭しく私の手の甲にキスをした。


『我が花嫁よ。これであなたは私のものだ』


「あなたも私のものですわ。

 二人で幸せになりましょうね」


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