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⑳ カリナ視点 

「え?嘘でしょ?」


「嘘じゃないよ。アブラッハの根本にいた魔物は、とっくに討伐済みだ」


 翌日、私の前に現れたのはとっくに死んでいるはずのルーカス第二王子だった。

 コンラート第一王子と同じ紺色の髪をしていて、やや線が細めながら日本でならモデルとかにスカウトされそうなくらいのイケメンだ。

 とはいえ、護衛としてついてきているヘンリックには負けるんだけど。


「きみはアブラッハの庭にいたんだよね?

 それなら、実際にアブラッハを見たでしょ?

 弱っているように見えた?」


 私は、記憶を辿った。

 昨日見たアブラッハは、葉もわさわさしていたし、ツヤツヤで真っ赤な実をたくさんつけていた。


 漫画では、カリナが登場した時のアブラッハは、葉も実も全て落ちてしまって枯れかけていたはずなのに。

 キャラだけでなく、そんなところまでシナリオから外れてしまっているのか。


「じゃあ……アブラッハの魔物からとれた魔石は、どうなったんですか?」


「僕の婚約者への褒賞品になった。

 あの魔物の存在をつきとめたのは彼女なんだ。

 高品質の魔石だったから、彼女も研究が捗るって大喜びだったよ」


「そ、そんなぁ……もう使っちゃったなんて……」


 あれがないと、魔王に勝てないかもしれないのに。

 なんでこんなことになってるの?


「きみは回復魔法の使い手だ。

 我が国にはアブラッハがあるとはいえ、十分に貴重な存在といえる。

 きみを妻にと望む男や貴族家は多いだろう。

 元いた場所に帰れないというなら、だれかと縁づくことを考えてみてはどうかな」


 そうだ。私は回復魔法が使えるのだ。

 私は可愛いだけでなく、価値があるのだ。



「それなら、私はヘンリック様と結婚したいです!」


 渾身の瞳うるうる上目遣いを炸裂させたのに、ヘンリックはあっさりと首を横に振った。


「私は既婚者だから無理だ。

 バルテン王国では重婚は認められていない」


「ええぇ~‼ そんな、嘘でしょ⁉」


 闇落ちしてない上に、結婚までしてるなんて!


 愕然とする私に、第二王子は訝し気な顔をした。


「なんでそんなに驚くの?

 ヘンリックはもういい年だし、この顔だよ?

 結婚してない方がおかしいと思わない?」


「……あ! わかった! 政略結婚なのね⁉

 無理矢理押し付けられて」


「違う。私から望んで妻を迎えた。

 断じて政略結婚などではない」


「そ、そんなぁ……嘘ぉ……」


 私はがっくりと項垂れた。


 せっかく小説のヒロインになれたのに……

 極上のイケメン四人との、めくるめくアレコレができると思っていたのに……


「そんなにヘンリックが好きなの?

 顔がいい男なら、他にもいると思うけど」


「ヘンリック様は、私の推しなんですぅ……」


「オシ?」


 私は『推し』という概念について説明した。

 なぜ他の三人ではなく、ヘンリックが推しなのかという説明もした。


 外見も一番好みだが、とにかく愛が重いのと、他の三人への嫉妬に苦しみながらもカリナのために逆ハーレムを受け入れるという下りが性癖にグサグサと刺さったのだ。

 他の三人はカリナとの関係が深まると抱えていた闇が消えていくが、ヘンリックだけは別の闇を抱えるようになり、嫉妬で胸を焼かれながら泣きそうな顔でカリナを求める。

 それがまた、すっっっごくイイのだ……


 魔王のことと、私とアレコレすると各種能力が上昇するというのを伝えたら、生真面目な騎士であるヘンリックは嫌々ながら私と関係を持とうとするだろう。


 そんなのは嫌だ!


 私は、ただ体の関係がほしいだけじゃない。

 激重愛を注がれながらドロドロになりたいのだ。


 漫画の中のカリナみたいに!


 今は私がヒロインのカリナなのだから、それが可能なはずだ。


 魔王が襲来するのはまだ先の話。

 それまでに、ヘンリックの心を手に入れなくては!


 私は可愛いんだから、絶対大丈夫。

 今までだって、何人もの既婚者を夢中にさせてきたのだから。


 ヘンリックが私のものになるのも、時間の問題だ。


「私、ヘンリック様のこと諦めませんから!

 絶対、私のことを好きにさせてみせます!

 だって、私はこの物語のヒロインで、聖女なんだから!」


 ついでに、ヘンリックと仲がよさげな第二王子も逆ハーレムに入れてあげよう。

 私ってば優しい♪


「いや、すごいな……面白そうだと思って会ってみたけど、想像以上だね」


「私は耳が腐りそうですよ」


 第二王子とヘンリックが小声でそんなことを言っているのは、やる気に燃えている私の耳には入らなかった。


 私の庇護者となったアンセルム大公は、きれいな部屋を用意しドレスとかを買ってくれた。

 専属のメイドまでいて、とても快適な暮らしだった。


 多忙とのことであまり会うことはできないが、たまに一緒にお茶をしてくれたりする。

 甘いマスクの女たらし系イケメンという設定のとおり、女性の扱いにとても慣れているのがわかる。

 すらりとした長身の彼も悪くないが、やっぱり体をしっかり鍛えているヘンリックの方が好みだ。

 

 たまにアブラッハの魔物のこととかを尋ねられるから探りを入れられているんだろうと思うが、私が知っているのは漫画に書いてあったことだけだ。

 話せることはもうとっくに話してしまったし、これ以上情報を流す気はない。


 王城内は自由に動いていいと言われているため、私はヘンリックを探しては突撃した。

 

 なかなか靡いてくれないが、邪険にされることもない。

 こんなに可愛い私に好意を向けられて、絆されない男なんているはずがない。


 もう少しで、ヘンリックが手に入る。

 そうしたら、第二王子が陥落するのもすぐのはずだ。

 

 本当は第一王子が逆ハーレム構成員なのだが、妊娠中の奥さんにべったりだそうだから、物分かりのいい私は第二王子で妥協してあげるのだ。


 今はまだだれも信じてくれないが、ヘンリックが私のものになったら、私は聖女だと認められるのは間違いない。

 恋の駆け引きは楽しいが、早くヘンリックがほしいな。


 そう思いながら、その日も鍛錬場にいるヘンリックを見つけて駆け寄ったのに、なんとヘンリックの隣には妻だという女がいた。


 銀髪と紫の瞳のキツそうな顔をした、可愛さでは私の足元にも及ばない女だ。


 こんなのが私のヘンリックの妻だなんて、許せない!

 絶対に私の方がお似合いなのに!


 さらに許せないのは、ヘンリックだけでなくすっごくイケメンな侍従まで従えているということだ。


 ヘンリックみたいな華やかさはないけど、野性味があって雄としての生命力が強そうな、そんな独特な空気に私は目を奪われた。


 ズルい! なんでこの女ばかっかり!


 私がヒロインなのに、全然シナリオ通りにならないことに内心苛立ちが溜まっていた私は、つい口を滑らせてしまったのだった。


「私は、本当に本物の聖女なんですぅ!

 だって、この国を救えるのは私だけなんですからぁ!」


 その次の瞬間、周囲の空気がガラリと変わった。


「どういう意味だ? なにから救うというんだ」


 険しい顔のヘンリックに問い詰められる。

 しまったと思ったが、一度口から出てしまった言葉を取り消すことはできない。


「答えないなら、私が手ずから拷問にかけてやろう。

 慈悲などかけず、最初からこうすればよかったんだ。

 おまえの望み通り、仲良くなろうじゃないか。牢獄でな」


 私は引きずられるように連行され、最初の時と同じ牢獄に放り込まれてしまった。


「そんな……拷問なんて嘘でしょ、ヘンリック様!」


 涙目の私を無視して、彼は看守たちにあれこれと指示をだしている。


 看守の一人が牢に入ってきて、なんとか逃げようとする私を捕まえると壁に取り付けられている鎖から伸びた手錠のようなものをつけられた。

 私が動くと、ガチャガチャと錆の浮いた鎖が音をたてる。


「やだ……やだぁ……」


 台が運び入れられ、その上にペンチや小さなナイフや、よくわからない道具が名並べられた。

 

「それ、なに……?」


「拷問するための道具に決まっているだろう」


 ヘンリックがなにやら紐のようなものを手に、牢に入ってきた。

 いや、あれは紐ではなく……鞭だ。


 鞭を手にする美貌の青年というのもある意味とても絵になるのだが、それは叩かれる対象が私でなければの話だ。


「知っていることを全部吐け」


 ひゅんと空気を切る音をたてて鞭が石造りの床を叩き、私は震えあがった。


 私を見据えるエメラルドの瞳には、焦燥や憤怒の色はあるが、熱や恋情は欠片もない。

 彼は私のことが少しも好きではないということが、はっきりとわかった。


 私がヒロインなはずなのに、どうして⁉

 なんでこんなにもシナリオが変わってるの⁉


 冷たい表情のまま、彼が私に向かって鞭を振り上げた。


「きゃあああ! やめてぇ!

 吐く! なんでも吐くからぁ!」


 私は知っていることを洗いざらい白状した。


 魔王のことも、私と閨事をすると魔力などが上がるということも、漫画の内容も全て話した。

 途中で質問されたりもしたが、知っていることは正直に答えた。


 彼は私の話を聞きながらメモをとり、最後まで話が終わったところでなにも言わずに出て行った。


 拷問は避けられたということのようで胸を撫でおろしたが、これから私がどう扱われるのかはわからず、牢の中で一人で震えるしかなかった。


 それからどれくらい時間がたったのか、コツコツと足音が聞こえてきてはっと顔を上げた。


 現れたのは、いつもおと同じ甘い笑みを浮かべたエッカルト・アンセルム大公だった。


「エッカルト様!」


「カリナ、迎えに来たよ。

 時間がかかって悪かったね」


 安堵で涙を滲ませる私を、彼は牢から出して私の部屋に連れ帰ってくれた。


 そして、そこには見たことがない騎士がいた。


「あれから、陛下や王子殿下も交えてきみの証言を協議した結果、きみには特別に護衛騎士をつけることになった」


「本日より護衛を務めさせていただきます、デニス・ランペルツと申します。

 よろしくお願いいたします」


 細身の長身を折って、彼はきっちりと礼をとった。

 赤みががかった金髪に、切れ長の碧の瞳が涼し気な、なかなかのイケメンではないか。


 ヘンリックともアンセルム大公とも違うタイプだが、悪くない。

 

「護衛騎士……ということは、私を守ってくれるの?」


「もちろんです。この身に代えても、カリナ様をお守りします」


 ついさっき怖い思いをしたばかりの私にとって、それはとても嬉しいことだった。


 ここは私がヒロインの漫画の中の世界のはずなのに、逆ハーレム構成員のイケメンたちはどれだけ頑張っても私に靡かなかった。

 だが、考えてみればイケメンは四人の他にもたくさんいるのだ。

 これだけシナリオからかけ離れた展開になっているのだから、あの四人にこだわる必要などないではないか。


 私を好きになってくれるイケメンを探して、シナリオにない逆ハーレムを築けばいいのだ。

 

 私はヒロインなだけあってこんなに可愛いんだから、それも可能なはずだ。


 私はこの国を魔王から救う本物の聖女なのだ。

 そのためにも、なんとしても逆ハーレムを築かなければ。


「ありがとう。

 これからよろしくね、デニス」


 握手をするつもりで差し出した手を、彼は握り返すのではなく手の甲にそっとキスをした。

 その仕草がとても様になっていて、私は胸がドキッとすると同時に、明るい未来への展望が開けていくような気がしていた。

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