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リピート・ヴァイス〜悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜  作者: 黒川陽継
三章

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47# 蛇の港

 空に響く海猫の鳴き声。


 雲一つない水平線。


 港に並ぶ無数の商船。


 ローファスは港町を訪れていた。


「この港町、名を何と言ったか…」


「ヴァイパーポートです、坊ちゃん」


 ローファスの呟きに、後ろに控えるカルロスが答える。


蛇の港(ヴァイパーポート)? 趣味の悪い名だ。今後栄える港には相応しくないな」


 ローファスは眉を顰める。


 ここはかつて、クリントン・フォウ・セルペンテが治めていた港町。


 蛇はセルペンテ家の象徴である。


 クリントンが都合良く改名していたか、はたまたただの偶然か。


 ローファスが海を眺めながら堤防にてそんな話をしていると、一人の身なりの良い男が近付いてきた。


「失礼、その出立…もしや、ライトレス様では御座いませんか?」


 それは濃い茶髪を七三に揃え、クリーム色のスーツを纏った優男。


 突然話掛けられ、ローファスはその男を不機嫌そうに睨み、カルロスが間に入る様に前に出た。


「それ以上近付かれませぬ様」


 カルロスに止められ、男は気にした様子も無く素直に身を引き、優雅にお辞儀する。


「これは失礼。私はライトレス領商業組合の取締役を務めるミルドと申します。本日はお越しくださり、誠にありがとうございます」


 深々と頭を下げる男——ミルド。


 その名を聞き、ローファスはぴくりと眉を上げる。


「…貴様がミルドか。俺をこんな所に呼び出した無礼者、一体どんな顔かと思ったが」


「平にご容赦を、ライトレス様」


 ローファスに威圧的に見下され、ミルドはその場で頭を地面に擦り付け、平伏の構えを取る。


 ローファスがこの港町の、それも堤防まで来た理由。


 それは商業組合からの呼び出しがあったからだ。


 ミルドは、ローファスに宛てた手紙の差出人であり、ライトレス領の商業組合にて取締役を務める男。


 謂わばミルドは、港町に限らず、広大なライトレス領の商業の頂点に立つ男。


 とは言え、例えどの様な立場にあろうと、平民が貴族を呼び出すなど、あってはならない事。


 本来ならば応じる必要も無いのだが、商業組合とは魔の海域について話す事があり、その魔の海域にも用事があった為、飽く迄もついでに、ローファスは出向いた。


 しかし、呼び出されたと言う事実は変わらない為、ローファスのご機嫌は斜め。


 しかも呼び出した場所はここ、堤防である。


 本来ならば街の入り口で出迎え、屋敷にて持て成す所。


 迎えも寄越さず、潮風の吹き抜けるこの様な場所で貴族を待たせるなど、その場で手打ちにされても文句は言えない。


 カルロスのミルドを見下ろす視線も、非常に厳しいものだ。


「それで? 申し開きを、待っているのだが」


 ローファスは平伏するミルドに、威圧的に問う。


 ミルドは頭を地面に付けたまま答えた。


「は。どうやら、連絡する際に部下がミスをしてしまったらしく…その部下は即座に処断致します」


「部下のミスだと。では何か、貴様の不出来な部下の所為で、俺はここで待たされたと?」


「然り。お望みならば、その部下を直ぐに連れて参ります」


「あ?」


 ローファスの額に青筋が立つ。


 その身から溢れる高密度の魔力が、平伏するミルドを圧し潰す勢いでのしかかった。


「…っ」


 汗を吹き出し、顔を真っ青にするミルド。


 それを見かねたカルロスが止めに入る。


「お待ちを。この者はライトレス領商業組合の取締役。ここで処断すると面倒事になりかねません」


 小声で耳打ちするカルロス。


 ローファスは舌打ちし、魔力を鎮める。


 魔力の重圧から解放され、ほっと安堵の息を吐くミルド。


 ローファスはそのミルドの胸倉を掴み上げた。


「いっ!?」


 驚くミルドを、ローファスは力任せに引き寄せる。


「部下の不始末は、指示を出した貴様の責だ。その始末は貴様でやれ。下らぬ尻拭いを俺に委ねるな」


「は、はい…」


 ローファスに凄まれ、顔を引き攣らせるミルド。


 ローファスは続ける。


「それと、貴族を試すな、平民風情が。次は殺すぞ」


 そう口にし、ローファスは乱暴にミルドを突き放す。


 ローファスの物言いに、カルロスは首を傾げた。


 対するミルドは、落ち着いた様子で乱れた衣類を整え、肩を竦めて見せる。


「…これはこれは、恐ろしいお方だ。いつお気づきに?」


「この様な間抜けを晒す平民が、仮にも商業のトップになど立てるか」


 貴族に対する対応を間違える事は死に直結する。


 特に商人は、その規模が大きければ貴族と接する機会も多い。


 その常識が無いものが、商業組合の取締役に成れる筈もない。


 まあ、貴族と癒着し過ぎて気が大きくなったのか、他所の領の貴族に苦情文を送る様な阿保はいたがな、とローファスは別の商業組合取締役を思い出す。


「成る程、それは道理ですね」


 ミルドは得心いったように微笑むと、両手で七三の髪を掻き上げ、手櫛で一息にオールバックにとき直す。


 そして先程とは打って変わり、ギラついた目をローファスに向ける。


 それは狡猾かつ貪欲な、商人の目。


「改めて非礼をお詫び致します——ローファス・レイ・ライトレス様。どうやら貴方とは、まともな会話が出来そうだ」


 ミルドの無礼な物言いに、カルロスが鋭い目で剣の柄に手を掛ける。


 しかしそれを、ローファスは手で制す。


「実は、堤防にお呼びしたのには理由がございます。こちらをご覧になって頂きたかったのですよ」


 ミルドは微笑み、海に向けて指を鳴らし、軽快な音を響かせた。


 間も無く、海面が盛り上がり、海の底より巨大な何かが現れる。


 海水を持ち上げる形で、急浮上してきたそれは、帆の無い大型の船だった。


 魔力が感じられず、現れるその瞬間まで存在に気付けなかったローファスは、僅かに目を見開いた。


 船を背に、ミルドが両手を広げる。


「水中に潜る事が出来る世にも珍しい船——潜水艇ポセイドンです!」


 丸みを帯びた黒塗りの船体。


 それを見たローファスは、ふと飛空挺イフリートを思い出す。


「…古代遺物アーティファクトか?」


 ローファスの呟くような問いに、ミルドは手を叩いて微笑む。


「流石の慧眼。正確には、古代遺物アーティファクトのレプリカです。我が組合の技術を結集し、再現致しました」


「…ほう」


 ローファスは興味深そうに潜水艇を眺める。


 古代技術の再現は、現在の技術では不可能とされている。


 恐らくは掘り起こした古代遺物アーティファクトを解析し、技術を流用するなりして出来る限り再現したのだろう。


 しかし古代技術や古代文字は、王国でも研究が進められているが、中々進展していなかったとローファスは記憶している。


 ふとローファスは、古代に関する研究を進めている組織があったのを思い出す。


「技術の出所はトレジャーギルドか?」


 ローファスの言葉に、ミルドはぴたりと固まる。


「…ローファス様は、裏の事情にもお詳しいのですね。非公式の組織で、余り広くは知られていない筈なのですが」


「最近、遺跡巡りを生業とする連中と関わる機会があってな」


「広い人脈をお持ちなのですね、感服致しました。トレジャーギルドの存在は秘匿故、我が組合の技術などと言いましたが…正確にはトレジャーギルドから古代技術を、我が組合から資材と造船技術を、と言った内訳です。いやはや、ローファス様には敵いませんね」


「御託は良い。目的は資金提供か?」


 ローファスのそれは過程をすっ飛ばした問い掛け。


 正確には、ライトレス侯爵家嫡男であるローファスを相手に、まるで人柄を試すような真似をした挙げ句、態々潜水艇を見せ付けた理由は資金提供を強請る為か、と言う意味合いだ。


 ミルドは即座に、その意味を理解する。


 ミルドは肩を竦めて見せると、唇に人差し指を立てる。


「ローファス様…些か早急過ぎます。これより会談の席を設けさせて頂くので、詳しい話はそちらで致しましょう」


 潜水艇より堤防に通路が降り、扉が開く。


 ミルドは優雅にお辞儀して見せた。


「どうぞ中へ。これより優雅な海底散歩に招待致します」


 微笑むミルド。


 それをカルロスは、険しい目で睨む。


「先程から無礼が過ぎるぞ貴様。このお方を誰と心得——って坊ちゃん!?」


 怒りの声を上げるカルロスの横を素通りし、ローファスは橋を渡って今にも潜水艇に入ろうとしていた。


 ローファスはつまらなそうな目でカルロスを見る。


「なんだカルロス、貴様は入らんのか?」


「この様な得体の知れぬ船、危険ですぞ坊ちゃん!」


「危険だと? 何を今更。空を飛ぶよりは現実的だろうが」


「それは…そうかも知れませんが」


 煮え切らない様子のカルロスを無視し、ローファスはミルドに先を促す。


「おい。さっさと案内しろ」


「は。こちらに御座います」


 恭しく先導するミルド。


 その後に続き、カルロスを置いて潜水艇に入って行くローファス。


「ぼ、坊ちゃん! お待ちを!」


 一人取り残されたカルロスは、慌ててローファスの後を追った。



 潜水艇ポセイドン、船内。


 ローファスとカルロスは、ガラス張りの大広間に通されていた。


 天井、壁が耐圧術式の施された強化ガラスにより囲まれ、海の中を一望出来る広間である。


 広間の中央に置かれた円卓には、商業組合の役員が腰掛けていた。


 その中には、以前ローファスの屋敷まで面会に来た役員の顔もある。


 取締役であるミルドに促され、ローファスは円卓の一席に腰を据えた。


 その対面に、ミルドが座る。


「カルロス様も、宜しければお座り下さい」


 スタッフの一人が追加で椅子を持って来るが、カルロスは「結構」と断り、円卓に着くローファスの後ろに控える。


 円卓が埋まり、ミルドは笑顔で口を開く。


「さて、皆様揃った所で、定例会議を始めましょう。本日はローファス・レイ・ライトレス様にお越し頂いています」


 ミルドの言葉に、役員達の視線がローファスに注がれる。


「よくお越しくださりました」


「またお会いできて嬉しいです」


「おお、なんと壮健なお顔立ちか」


 各々がそれぞれ挨拶を口にする。


 ローファスはそれらを無視し、ミルドを見据える。


「ミルド、優雅な海底散歩はどうした。欲深な商人共の顔を見ながらどう優雅に過ごせと?」


 ローファスの物言いに、商人達は笑い、ミルドは苦笑する。


「それは後程時間を作りますのでご容赦を。それに私めもその欲深な商人の一人故、今更で御座いましょう」


「確かに、それもそうだな」


 溜息を吐くローファスに、ミルドは目を細めて笑う。


「時にローファス様、昼食ランチはお済みですか?」


「いや、まだだ。そう言えばもう昼食時か」


「それは丁度良い。本日の会議は会食形式でする予定でしたので」


 ミルドが指を高らかに鳴らすと、給仕係が現れ、円卓に食事を並べてゆく。


 それは主に、海で捕れたであろう新鮮な魚の料理。


 未成年であるローファスに配慮してか、配られた飲み物は酒ではなく葡萄水である。


 余り表には出さないが、密かに海魚を好むローファスは、気分を良くする。


「ほう。気が利くではないか」


「ローファス様のお陰で、漁の収穫量が随分と増えましたので。因みに葡萄水も、ライトレス領原産のものを使用しています。魔の海域の件は聞き及んでおります。何でも、かの伝説の“船喰い”を飼い慣らされた、とか」


 目を細めるミルドに、ローファスは口角を上げる。


「貴様の事だ。こちらの悩みに見当が付いているだろう」


「…貧困の解消、ですね。クリントン様はお得意様だったのですが、我が商会としては残念に思っております」


「やはり貴様、話が早いな」


 笑い合うミルドとローファス。


 話の移り変わりの早さと、一聞して脈絡が無い様に聞こえる会話内容に、カルロスは疎か、他の商人達も首を傾げる。


「あ、あの、一体何の話を…」


 商人の一人が問い掛けた所、ミルドが静かに唇に人差し指を立てた。


「今、私とローファス様が話している。君達がこの話について来れようが来れまいが興味も無いが、今はただ黙して待ちなさい。君達が発言出来る機会は今暫し先だ」


 ミルドに冷たく睨まれ、言葉を詰まらせる商人達。


 ミルドは軽く咳払いをし、ローファスに向き直る。


「見苦しい所をお見せ致しました」


 ローファスは特に気にした様子も無く「構わん」と手をひらつかせる。


「それで、貧困解消の方法だ。俺には新たな市場の開拓しか無いと踏んでいるのだが?」


「そこに気付かれるとは素晴らしい着眼点です。であれば、特産品が良いでしょう。ライトレス領は農地も多い。葡萄園を増やされては?」


 グラスに入った葡萄水を見ながらミルドが言い、ローファスが頷く。


「成る程、確かに葡萄はライトレスの名物。ブランド化して人員を雇い、事業を拡大させるのもありか。葡萄であれば酒造や養蜂にも手を伸ばせるな」


「そう急がず、先ずは葡萄園のみに絞り安定してからが良いでしょう。しかしやはり着眼点が素晴らしい。必要であれば技術者を手配しましょう。農園の経営者に伝手があります」


「では頼む。商品は全て貴様の商会に卸してやる」


「いやあ、実に素晴らしい」


 円卓を挟み、飛び交う言葉。


 その言葉の意味する所を、商人達は理解出来ない。


 このたった数度の言葉のやりとりで、ライトレス領が抱える一部地域の貧困問題にほぼ解決の目処が立ってしまったのだが、当然商人達には分からない。


「では次は魔の海域か」


「ええ、先ずは航路の確保ですね」


 魔の海域、その言葉を聞いたカルロスが慌てた様に声を上げる。


「あ、魔の海域ですか?」


「何かあるのか?」


 ローファスにじろりと見られ、カルロスは目を伏せる。


「実は魔の海域を開拓するべく、既に探索隊を発足しております」


 ローファスは訝しげに目を細める。


「父上の指示か?」


「いえ、必要になると思い事前に準備しておりました。探索隊の名簿、ご覧になりますか?」


「そうか。相変わらず仕事が早いな。名簿は良い。名前の羅列など見ても何も分からんからな。貴様が選任したならそれで良い」


 肩を竦めるローファスに、カルロスは胸を撫で下ろす。


 と、ここでミルドが手を挙げた。


「であれば、その探索隊に我が商会の者を一人同行させて頂きたい」


 カルロスは眉を顰める。


「…何の為に?」


「最適な航路の確保の為に、ですよ。丁度、海洋貿易に詳しい者がおりますので」


「軽い気持ちで申されても困りますな。魔の海域は未開の海。どの様な危険があるか分からないのです」


「誓って、足手纏いにはなりません。もし問題を起こしたり足手纏いとなる様であれば、海に捨てて下さって構いませんので」


 笑顔でとんでもない事を言うミルドに、カルロスは戸惑う。


「いや、しかしですね…」


「良いではないか、カルロス」


 ローファスは好戦的な目をミルドに向ける。


「その海洋貿易に詳しい者、とやらは使えるのだろうな?」


「は、それはお約束致します。必ずや開拓のお役に立つ事でしょう」


「…と言う訳だ。同行させてやれ」


 頭を下げるミルドに、気分良さげに笑うローファス。


 どうやらローファスはミルドを気に入った様だが、それでそう簡単に要求を呑むのは褒められた事ではない。


「坊ちゃん…!」


 カルロスは側近としてそれを咎めるべく、声を荒げる。


 しかしローファスは、ニヤついた笑みを崩さずに言う。


「その代わり、もしも集団の輪を乱したり、役立たずであったならば、その首を落として俺の前に差し出せ」


 冷酷に笑って言うローファスに、周囲の商人達が凍り付く。


「いや、ここはミルドの言う通り海に放り捨て、サメの餌にでもするべきか? サメによる愚か者の踊り食いはさぞ良い見せ物だろうな、ミルドよ」


 ローファスはジロリとミルドを見る。


「それで良いな? これは貴様からの提案だ」


「も、勿論です」


 勤めて笑顔を見せながらも、若干顔を引くつかせるミルド。


 ミルドとしても下手な者を送る気は無かったが、それでもローファスに釘を刺された。


 要するにこれは、例え有能でも、余計な事をする愚か者は寄越すなと言う事。


 この牽制により、魔の海域の探索隊が商会の手の者に内から掌握される事は万が一にも無くなった。


 もしもそれをすれば、それはローファスの逆鱗に触れると言う事。


 やはり一筋縄では行かないか、とミルドは肩を竦める。


 こうして、ローファスと商業組合の会食は恙無く進む。


 商人を相手に一歩も引かずに交渉し、時には手玉に取るローファスの姿を見たカルロスは、その様を若かりし頃のルーデンスと重ねる。


 口にすれば不機嫌になるであろうが、ローファスはやはり父親似だとカルロスは思う。


 しかし、ローファスの周囲に最近女の影が多いのはカルロスとしては気掛かりだ。


 ルーデンスの妻は、正妻一人。


 複数の女性を娶る事の多い貴族では珍しく、ルーデンスは妻に一途であった。


「そこはライナス様に似ましたかな…」


 ふと、現当主のルーデンスとは違い、女癖が悪かった先代当主を思い出し、呟くカルロス。


 その小さな声は、白熱する会談の最中、誰の耳にも入らなかった。



 会議を終え、潜水艇は浮上した。


 会議の後、海底の景色を暫し眺めたローファスの「飽きた」の一言により、潜水艇は浮上する事となった。


 甲板に上がるのは、ローファス、カルロス、ミルドの三名。


 ローファスは甲板より、潜水艇の船体をジロリと見る。


「魔力遮断の術式か」


「流石はローファス様。やはりお分かりになりますか」


 それは飛空挺イフリートに搭載されていた隠蔽の術式と同質のもの。


 潜水艇が現れた際、ローファスが魔力を感じ取れなかったのは、船体の表面に魔力遮断の術式が込められていたが故だ。


 これによりローファスの魔力探知の網を掻い潜る事が出来た。


 が、ローファスの目から見てもその術式は些か構成が甘い。


 この程度であれば、その気になれば次は充分に捕捉出来るだろう。


「不可視化は無いのか」


「…驚きましたね。オリジナルの機能をご存知で? 残念ながら、そちらは技術的な問題で再現出来なかったのです」


「レプリカとはよく言ったものだ。精々劣化コピーだな」


「はは、これは耳が痛い」


 苦笑するミルド。


 船が潜水するのを再現出来ているだけでも十分過ぎるのだが、《緋の風》の飛空挺イフリートの存在を知るローファスは、その基準が高くなっていた。


 しかしローファスは、そう酷評しつつもその価値を正しく認識していた。


「それで、量産は可能なのか?」


 ローファスに問われ、ミルドは目を丸くする。


「い、いえ…一隻造るだけでも莫大な費用が掛かりますので、まだ量産体制は…」


 言い掛けて、ミルドは口を噤む。


 違う、これではローファスの問いに対する返答になっていない。


 ミルドは軽く咳払いをし、言い直す。


「失礼しました。結論から言いますと、量産自体は可能です。ですが、量産体制は整っていないのが現状です」


「何が必要だ?」


「資金と、資材です」


「ふむ…」


 ローファスは顎に手を当て、暫し考え、ミルドを見る。


「資金提供の話は父にしてみよう」


「それは…ありがたいお話です」


「だが、この潜水艇では少々弱い。もう一隻、よりオリジナルに近いものを造れ」


「これ以上の物を、ですか…」


 顔を引き攣らせるミルドに、ローファスはニヤリと笑う。


「その一隻を造る資金は援助してやる。この船をバラして造り変えるも良し、新たにもう一隻造るも良しだ」


 確かクリントンから貢がれた資金が残っていたな、とローファスは頭の中で算盤を弾く。


「は、検討致します」


「良い物が出来た暁には、父が資金を出さずとも俺が出してやる。結果で示せ」


「はは…全く、ローファス様には敵いませんね。新たに一隻となるとお時間を頂く事になりますが」


「構わん。必要であれば魔法的な面も支援しよう」


「承りました」


 短く答えるローファスに、優雅にお辞儀するミルド。


「…時にローファス様、ここへ来た目的をお聞きしても?」


 ふと、ミルドが首を傾げた。


 現在潜水艇ポセイドンは、港町ヴァイパーポートの海域から離れ、魔の海域に近い位置に居る。


 ローファスの指示にて、ここまで来ていた。


 ローファスは気怠げに海を見る。


「ああ。カラになった魔の海域には、番犬が必要だと思ってな」


 ローファスの影が海面に伸びる。


 そしてその影より、天を突く程に巨大な触腕が海面を突き破る様に現れ、大きく波を立てた。


 響き渡るストラーフによる悪魔の如き禍々しい雄叫び。


 波を受けた潜水艇が大きく揺れ、巨大クラーケンの出現にミルドは驚き、腰を抜かし尻餅をつく。


「ま、まさか、これがかの伝説の“船喰い”…?」


「影に潜ませていたが、こいつは無駄にデカくて扱い難くてな。それなりに使えはしたが…まあ、番犬代わりにはなるだろう」


 暗黒の体表を蠢かせるストラーフに、ミルドはわなわなと震える。


「退治して従えた、と言うのは本当でしたか…いえ、決して疑っていた訳ではないのですが」


 ローファスはついでの様に、影から一匹の海洋竜シーサーペントを放流する。


「補佐もつけた。これで魔の海域は、誰であろうと俺の許可無く通れん」


「ローファス様は、魔物を操る事が出来るのですか?」


「…まあな」


 おずおずと聞くミルドに、ローファスは首肯する。


 厳密には使い魔化している為、本質的には少々異なるが、結果から見れば同じ事だろう。


「素晴らしい…」


 ミルドは打ち震える様にローファスを見詰める。


 魔力を持つ貴族と、魔力を持たない平民との力の差は圧倒的。


 しかし魔力を持つ貴族の中でも、その力の強度には大きな開きがある。


 当然、常軌を逸する程に膨大な魔力を持つローファスは、貴族の中でもかなり上澄みと言える。


 だがミルドが見ているのは、その力の特性。


 魔物を使役し、操る。


 この力の価値をミルドは即座に見出した。


 ローファスは現在、この力を戦術的にしか利用していないが、その気になればあらゆる方面への活用が可能である。


 単純なものならば物資の運搬や護衛、人の膂力を上回る力を持つ魔物ならば、建築や工事の方面にも活かせるだろう。


 それは人件費の削減、作業の効率化、安定化…正しくあらゆる方面にこの上無き利を齎す力。


 ミルドは感極まり、ローファスの手を取った。


「ローファス様!」


「…おい、何のつもりだ」


 ローファスが不快げに眉を顰め、カルロスが剣の柄に手を掛ける。


「ああ、すみません。これはとんだご無礼を。ああ、しかし、こんなものを見せられては抑えられる筈もありません」


 だらしなく口元を緩め、目を貪欲にギラつかせるミルド。


 ローファスは不快げに手を振り払う。


「気色悪いぞ貴様! 気でも触れたか!?」


「ええ、貴方様の力の一端に触れ、私、興奮が抑え切れません」


「…俺にそっちの気は無い。それ以上近付くな」


「誤解です。私は至ってノーマルですとも」


 構わずローファスに近付こうとするミルドに、カルロスが剣を抜き、その切先を向ける。


「それより一歩でも進めば首を落とします」


 カルロスに殺気を向けられ、ミルドは僅かに冷静さを取り戻す。


 ふと甲板に打ち上げられた海水に映るだらしない自分の顔が目に入り、ミルドは咳払いをしつつ顔を引き締める。


「失礼、我を忘れておりました」


「…その様だな」


 呆れた視線をローファスより受け、ミルドは肩を竦める。


 急ぎ取り繕わねば、とミルドは高速で思考を巡らせる。


 そしてミルドは、目敏くローファスの無い左腕に目を向ける。


「話は変わるのですがローファス様、その左腕…“船喰い”の悪魔と戦われた際に失ったと聞きましたが、治療はされないので?」


 左腕を失ったのは魔鯨により受けた攻撃によるものなのだが、そもそも魔鯨の存在を公にはしていない為、“船喰い”と戦った時の傷と思われているらしい。


 ローファスも別に、それを訂正する気も無い。


「呪いを受けてな。治癒魔法では治せんらしい」


「呪い、ですか。それは“船喰い”の悪魔に…? しかし使役されている筈…」


 首を傾げるミルドを、ローファスは面倒そうに睨む。


「…そんなに詳細が知りたいか?」


 ローファスの反応に、ミルドは姿勢を正して一歩退く。


「これはご無礼を、私とした事が踏み込み過ぎました」


 ミルドは懐から、ある書類を取り出す。


「こちらをご覧下さい」


 ミルドからカルロス経由で書類を受け取ったローファスは、その内容に目を通す。


 その書類は、一言で言うなら魔動義手の設計図だった。


「ほう」


 ローファスは僅かに目を見開く。


 それは使用者の魔力を通す事で、擬似的に神経を繋げる事が出来ると言う物。


 ここに書かれている事が事実なら、正しく自分の手の如く自在に動かす事が出来る。


 そして、擬似的に神経を通すと言う事は、触れた感覚も実際に感じると言う事。


 当然ローファスは、その義手に興味を示す。


「これも古代技術の流用か」


「然り。現代は四肢が欠損しても、教会に高額のお布施をすれば高度な治癒魔法で治ってしまいますので、この手の技術が発展していません。しかしこちらなら、ローファス様にピッタリかと」


「買おう。幾らだ」


 ローファスの食い付きに、ミルドは口角を上げて笑う。


「お気に召したのであれば、こちらは献上致します」


「ほう、良いのか?」


「勿論ですとも。先程の醜態のお詫びと、ローファス様との出会いの祝いを兼ねて、と言う事で」


 優雅にお辞儀するミルドに、ローファスは口角を上げる。


「成る程。貴様とは長い付き合いになりそうだな」


 手を差し出すローファス。


 この場合の握手は、商談の成立を意味する。


 差し出された手を、ミルドは両手で力強く握り締める。


「ええ、是非とも。末長く宜しくお願い致します。付きましては、後日ローファス様のお屋敷に義手作成の為に寸法等を計りにお伺い致します」


「ああ、いつでも来い。貴様ならばいつでも応じよう」


 海上で結ばれる固い握手。


 それはライトレス家と商業組合と言うよりは、ローファスとミルドと言う個人同士のやり取りであった。

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