45# 攻略
ローファスがカルロスを連れてダンジョンに入り、半刻と少しが経過した頃。
幽鬼洞の入り口が青白い輝きを放ち始めた。
ダンジョンの青白い輝き、それはダンジョンの最奥に座する守護者が討伐され、完全に攻略された事を意味する。
「は? 完全攻略!? 入ってまだ半刻だぞ!?」
シギルが驚きの声を上げる。
ローファスの目的は、ゴースト系の魔物を使い魔化し、魔力吸収のスキルを行使させる事。
ゴースト系の魔物を倒すのに随分と時間を掛けていると感じていたシギル達だが、それがダンジョンを攻略したとなれば話が変わってくる。
最奥に座する守護者は、階層毎に存在するフロアボスとは訳が違う。
読んで字の如く、ダンジョンの守護者だ。
守護者は、例えそれが難度の低いダンジョンであっても極めて強力とされている。
高名なトレジャーハンターのパーティが複数集まってレイドを組み、守護者の弱点を研究し、万全の準備をして挑む。
それでも倒し切れるかは五分と言った所。
守護者の討伐は、それ程の偉業。
それをローファスは、カルロスとたったの二人で成し得た。
それも、たったの半刻で。
シギル達もローファスの事を強いとは認識していたが、これは余りにも想定から掛け離れたものだった。
余談だが、守護者が倒されて完全攻略されたダンジョンは、その機能を停止する。
完全攻略された幽鬼洞は、もうダンジョンでは無くただの洞窟となった。
機能停止したダンジョンは二度と再生しない。
ただし、暫くしてから同じ地点で全く別のダンジョンとして生まれ変わる。
守護者が倒された幽鬼洞はもう無くなるが、一年から五年の間に、またこの場所に新しいダンジョンが現れている事だろう。
ダンジョンがどの様な原理でそうなっているのか現在まで解明されていないが、最早理屈では無くそう言う現象として人々に受け入れられている。
少しして、青白く輝く洞窟の入り口から、ローファスとカルロスが現れた。
それに合わせる様に、ダンジョンはその力を失う様に青白い光が消える。
攻略者が外に出た事で、ダンジョンは機能を完全に停止した。
ローファスもカルロスも、たった今ダンジョンを攻略したと言うのに、擦り傷は疎か、衣類に汚れ一つ付いていない。
ローファスはジロリとシギルを睨むと、手に持っていた何かを驚いて立ち尽くすシギルの足元に投げた。
「土産だ。くれてやる」
何処か不機嫌そうに吐き捨てるローファス。
「え…土産って」
シギルは足元に転がるものを拾い上げる。
それは黄金の髑髏だった。
「うお!?」
その眼孔には瞳の様に青白い炎が揺らめいており、目が合ったシギルは驚き投げる。
そしてそれを、ホークが慌ててキャッチする。
「——と、っぶねぇ!」
黄金の頭蓋骨。
それは正しく、幽鬼洞の守護者である、青い鬼火を纏う金色の頭蓋——鬼火公の頭部だった。
所謂、ドロップアイテム。
守護者のドロップアイテムは非常に高価かつ希少で、売りに出せば都会の一等地で豪邸が建つ程の価値がある。
それを放り投げたシギルに、ホークはブチ切れた。
「馬鹿野郎シギルてめぇ! これがどれだけ貴重なものだと思っていやがる!?」
「いや、だってよぉ…」
「だってじゃねぇわタコが!」
柄にも無く凄まじい剣幕で怒鳴るホークに気圧され、たじたじのシギル。
それを尻目に、リルカはローファスに近寄る。
「おかえり…それで、どうだった?」
やや不機嫌そうなローファスの様子に、リルカは察しつつも控えめに尋ねる。
ローファスは首を横に振った。
「結論から言う。ゴースト系の魔物を使い魔にする事は出来なかった」
「あ…そっか」
何とも言えない顔で目を伏せるリルカ。
ローファスは苛立ち気に頭を掻きむしる。
「…元より懸念はあった。ゴースト系の魔物は、殺せば死体を残さず消える。死体が無くては、俺の《影喰らい》は使えんからな」
ローファスは自身の影を睨み、「出ろ」と吐き捨てる様に言う。
直後、ローファスの影より黒炎が吹き出した。
黒炎を纏う禍々しく巨大な骨の体躯に、ローファスの魔力により肥大化した暗黒の頭蓋骨。
ローファスが幽鬼洞の最奥で倒した守護者、鬼火公だ。
「こ、こいつは…!」
「…守護者…!」
ケイとダンが驚き、圧倒された様にたじろぐ。
ローファスは鬼火公を顎で指す。
「守護者ならば或いは、と思ったが、外れだ。てっきりゴーストの類かと思ったのだが、こいつの分類はアンデッド。一応確認したが、魔力吸収は使えんらしい」
「確かに、ゴースト系の魔物は倒すと消えちゃう、ね…」
「実体あるゴーストでも居れば話は違うのだがな」
ローファスとリルカは、悩む様に頭を捻る。
「実体のある、ゴースト…? ——あ!」
リルカはローファスの言葉を反芻すると、思い立った様に声を上げた。
*
リルカの「あ」と言う声に反応し、周囲の視線がリルカに集まる。
「心当たりがあるのか?」
ローファスに問われ、周囲の注目を浴びるリルカは「あー…」と視線を泳がせる。
そして両手を広げると、笑顔でローファスを見た。
ローファスは眉を顰める。
「…なんだ」
「お帰りなさいのハグ。恋人なら当然だよね」
「は?」
何言ってんだコイツ、とでも言いたげな冷たい視線をリルカに向けるローファス。
リルカは構わずローファスに抱き着いた。
「おぉ」と沸く周囲。
カルロスは僅かに目を見開き、ローファスのその後の行動に目を向ける。
「おい、何を…」
ローファスが苛立たし気に声を荒げ、リルカはそれを宥める様に背中をぽんぽんと叩く。
そして、ローファスだけに聞こえる様、小声で話す。
「どうどう、落ち着いて。これくらい近付かないと皆に話聞かれちゃうでしょ?」
リルカの言葉に、ローファスはぴたりと抵抗を止め、溜息混じりに抱き着くリルカを見下ろす。
「この“ごっこ”はいつまで続ける気だ。いい加減面倒になって来たぞ」
「…それって、振りじゃなくて本当に一緒になりたいって事?」
「…ほう、そう思うか?」
ローファスに冷たく睨まれ、リルカは「冗談だよー」とにへらと笑う。
そしてリルカは、真っ直ぐにローファスを見つめる。
「天空都市シエルパルク」
ぼそりと呟く様に言うリルカ。
ローファスは目を細める。
「…ああ、あったな」
「あったなって…まあ、ロー君には印象薄いかもね」
天空都市シエルパルク。
それは太古の昔に滅びた古代文明の名残であり、遥か天空に浮遊する廃都。
ローファスが言う所の物語、その第一章、四魔獣の一角である常軌を逸する程に巨大なグリフォン——戮翼デスピアが根城とする場所でもある。
一周目の世界では、主人公アベルの勢力と《緋の風》が共闘し、四魔獣デスピアを相手に飛空艇で空中戦を繰り広げる、そんな一幕があった。
それはリルカ・スカイフィールドが、主人公アベルの仲間になるきっかけとなるエピソード。
そしてその天空都市シエルパルクには、特殊なゴーストが徘徊している。
天空都市は魔素濃度が非常に高い環境にあり、それにより生まれた、内包する魔力が結晶化して実体を持つまでになったゴースト。
その実態を持つゴーストは、通常のゴーストと比べて非常に強力であったが、実体がある為か物理攻撃が通るという弱点があった。
そして、倒しても実体として死体を残していた。
ローファスはそれを思い起こし、頷く。
「確かにあのゴーストならば…」
「次の行き先は決まりだね」
リルカはにっと笑い、ローファスから離れる。
「…って言っても、天空都市は常に動いてるから、先ずは見つける所からだけどねー」
リルカは悩まし気に呟き、ローファスにウィンクする。
「でもこれ、私が知ってたら変だね。だから皆には上手く伝えとくよ。この情報はローファス君から寝物語で聞いた、とかね」
「おいやめろ」
「えー、どうしよーかなー?」
顔を引き攣らせ、それを止めようとリルカに手を伸ばすローファス。
リルカはそれをするりと躱し、揶揄う様にクスクスと笑う。
そんなやり取りを見せられる男勢。
男勢からすれば、ローファスとリルカのやり取りは「待ってー」「捕まえてごらーん」的なノリでキャッキャうふふしている様にしか見えない。
「なあ、なんか急に抱き合ったと思ったらすげぇイチャイチャし始めたぞ」
「…」
ケイは大量の砂糖を口に突っ込まれた気分になり、ダンは楽し気な妹分を微笑ましく見守っている。
「あれ、どこまでいってると思う?」
「いや、リルカはまだ12だぞ…まあ、キス位までじゃないか?」
面白そうにニヤニヤ笑うシギルに、ホークは丸縁グラサンをくいっと上げて真面目な顔で答える。
そしてカルロスは、目を手の平で覆い天を仰いでいた。
「んー…これ、どっちでしょう」
一人呟くカルロス。
カルロスの中で、実は何か事情があり恋仲の演技をしているのでは、と言う疑惑があった。
ローファスのリルカに対する反応から、カルロスはこの疑惑にそれなりの自信を持っていた。
しかしその自信が今、崩れそうになっていた。
「え、どっちなんです…?」
カルロスの呟く様な疑問に、答える者は誰も居なかった。
*
そんな騒ぎがありつつ、此度のゴースト捜索は幕を閉じた。
当面の《緋の風》の方針は、実体のあるゴーストが徘徊する天空都市シエルパルクを見つけ出す事。
世界の何処の空で浮いているかも分からない天空都市の捜索は、難航する事が予想される。
天空都市は、正に街一つが浮いていると言って差し支えが無い程巨大なもの。
とは言え、広大な空から見れば実にちっぽけなものだ。
しかし天空都市シエルパルクにはある特徴がある。
それは、まるでその姿形を周りから隠すかの様に、周囲に雷雲を纏っていると言う事。
つまり天空都市は、雷雲の中にある。
《緋の風》は暫くは、広大な空に出来た巨大な黒雲を探す旅になるだろう。
ローファスが手土産として渡した守護者のドロップ品である黄金髑髏は、その旅の活動資金とするようローファスから提案された。
しかしそれに《緋の風》面々はそれに納得がいかず、「返す」「いらん」の掛け合いは平行線を辿った。
そもそもこれは、イズの病の治療をする為に始まった事。
ローファスはそれに手を貸しているに過ぎない。
治療法はローファスに依存し、その上で活動資金まで出されたとあっては、流石に《緋の風》も立つ瀬が無い。
両者譲らぬ話し合いの末、《緋の風》が天空都市の捜索中に得た魔法具や金品はローファスに引き渡すと言う形で落ち着いた。
こうして《緋の風》が天空都市の捜索に旅立つのをローファスは見送った。
そしてそんなローファスに待っていたのは、カルロスからのリルカの件での質問攻めだった。
「で、どうなんです坊ちゃん」
「どうでも良いだろう。父上には言うなよ」
どれだけ聞いても答えようとしないローファス。
カルロスの不安は、拭えない。




