32# 激突
深夜、ステリア領本都の一等地に存在するギラン邸上空。
不可視の結界により姿を消した飛空挺イフリートが、音も無く停泊していた。
甲板にはローファスと、シギルを除いた《緋の風》のメンバー、そして武装したヴァルムの姿があった。
各々が、甲板から灯りの消えたギラン邸を覗くように見下ろしている。
「シギル、必ず助けるぞ…!」
「はー、でっけえ屋敷。イイ生活してんのな、ギランの奴は」
ホークが決意に満ちた目で呟き、ケイが槍を首に掛けて好戦的に笑う。
「あんたら、一人も欠かさず絶対に戻って来なよ」
「私、本当に行かなくて良いの?
あんた達だけで大丈夫? ローファスさんに迷惑掛けない?」
「…絶対に足手纏いにはならない。エルマはイズを頼む」
顔色の悪いイズが不安そうに呼び掛け、イズの肩を傍で支えるエルマが心配そうに言う。
それにダンが、盛り上がった胸筋を叩いて自信満々に答えた。
そんな中、ローファスは魔力感知を飛ばす。
そこからローファスは、屋敷全体に防護術式が施されているのを感じ取る。
そして、魔法が施されているものは地下からも感じられた。
それは鉄格子であり、そしてヴァルムを拘束していたものと同じ鎖もあった。
恐らく地下牢。
魔力感知では、魔力を持たないシギルを感知出来ない。
しかし、状況から見るに、シギルはそこで拘束されているだろうとローファスは当たりを付ける。
「…地下牢があるな。シギルは恐らくそこだ」
屋敷を見下ろしながら話すローファス。
その言葉に、《緋の風》の面々は顔を見合わせ、頷き合った。
それを一歩引いた位置から見ていたヴァルムが、口を開く。
「…まさか、ギランを襲撃する事になるとはな」
ヴァルムはギラン邸を見下ろし、一人顔を引き攣らせている。
それもその筈、ヴァルムが目覚めたのはつい先程の話。
魔力枯渇にて長時間の眠りについていたヴァルムは、それを待つのに嫌気が差したローファスにより宿から連れ出され、飛空挺イフリートに運び込まれた。
そして、比較的体格が近いケイのお下がりの防具とスペアの槍を、いつでも戦える様にヴァルム用に用意した。
大まかな状況の説明はローファスより受けたが、それでも気持ちの整理は付いていない。
そもそも、監獄塔を抜け出した時点でヴァルムは脱獄犯だ。
そのヴァルムが、次は空賊と共にギラン邸を襲撃する一人に数えられている。
まあ、その襲撃犯の中にはライトレス侯爵家嫡男であるローファスもいる訳だが。
なんだったら、監獄塔の襲撃もローファスによるものだ。
ヴァルムは無理矢理連れ出され、気絶した所を拉致されたに過ぎない。
言ってしまえば、ヴァルムは全て巻き込まれているだけだ。
ヴァルムは半目でローファスを見る。
「ローファス…やはり俺が襲撃に参加するのは問題があると言うか…父上の名誉に傷を付けかね…」
「そう難しく考えるなヴァルムよ。貴様は、ただ降りて思いのままに暴れれば良い」
「人を無法者の様に言うのは止めてくれないか。これでも一応、騎士見習いとして治安維持に勤めていたんだ」
真面目に答えるヴァルムを、ローファスは鼻で笑う。
「ふっ、領主邸を襲撃して囚われの身になっていた重罪人が、よく言ったものだな」
「ち、違うぞ! 俺はただ、父上が不当に捕えられた事を抗議しに行っただけで…と言うか、何故それを知っている!?」
「セラに聞いた」
「セラ…」
ヴァルムは頭を抱えて項垂れる。
「貴様の父は、ギランを摘発しようとして失敗したのだろう。俺が紋章を渡していたにも関わらず」
「…それは、申し訳なかったと思っている」
「気にするなとは言わん。こちらも家紋を軽んじられ、腑が煮え繰り返っているからな。その失敗をここで帳消しにしろ」
そしてローファスは、《緋の風》の面々にも聞こえるように声を大にして言う。
「聞け。今宵貴様らが犯す罪は、全てこの俺が引き受ける。貴様らの行いは全て、侯爵家嫡男たる俺の名の下に正当化される。臆さずやれ。盛大に暴れろ。そしてギランに、自らの行いを後悔させてやれ」
ローファスによる激励。
それは襲撃前で気分を昂らせている《緋の風》の面々に、思いの外効果的だった。
ケイ、ダンが高揚したように掛け声を上げ、しかしホークは昂りそうになるのを抑えてローファスを見る。
「…待ってくれローファスさん。目的は飽く迄、シギルの救出だ。不要な戦闘は失敗のリスクを上げる」
ホークの言葉に、ローファスは好戦的に笑う。
「相変わらず良くものが見えているじゃないか、ホーク。だが確かに、貴様の言う通りだ…これがまともな戦闘になれば、な」
ローファスはそう言うや否や、飛空挺周辺に無数の暗黒球を展開する。
「何処かの兵法書で見たが、開幕弾幕は基本らしいぞ」
ローファスの言葉を号令に、展開された大量の暗黒球が雨霰の如くギラン邸に降り注ぐ。
凄まじい衝撃音、舞い上がる土煙。
あんぐりと口を上げて呆然とする《緋の風》の面々とヴァルム。
「ちょ…シ、シギ…」
餌を求める鯉の様に口をぱくぱくと開閉させるホークの肩を、ローファスは笑って叩いた。
「安心しろ、シギルは地下だ。地下が崩れる程の威力は出していない」
暗黒球の弾幕を受けたギラン邸は、半壊に近い状態だった。
深夜と言う事もあり、日中よりは警備は少ない。
衛兵や騎士が駆け付けるのも、多少時間が掛かるだろうとローファスは見積もる。
「ここからはスピード戦だ。とっとと貴様らのリーダーを救出し、適当に残党狩りでもして戻るぞ」
ローファスは自身の影から人数分の暗黒腕を伸ばし、それぞれを掴んでいく。
「先鋒は貴様が行け、ホーク」
未だ放心状態のホークを暗黒の腕が掴み、甲板から地上へ放り投げた。
「え? は? …はあああああ!?」
絶叫しながら落ちていくホーク。
ローファスは次にケイとダンに目を向ける。
ケイとダンはびくりと肩を震わせ、踵を返して脱兎の如く逃げ出した。
それを暗黒腕は逃さない。
地を這う様にして逃げるケイとダンに高速で近付き、そのまま二人それぞれの足を掴んで逆さ吊りにする形で捕縛する。
「やめろー! 人殺しー!」
「…死ぬ! 俺の筋肉でもこの高さは流石に死ぬ!」
叫ぶ二人を、暗黒の腕は容赦無く地上に放り投げた。
間も無く、二人の絶叫が木霊した。
「ちょっ」
漸く今になって状況を把握したエルマが、顔を青くして手摺に寄り掛かる様に地上を覗き見た。
地上、ギラン邸の敷地は、まるで黒いカーペットが敷かれた様に暗黒に染まっており、その暗黒がクッションになったのか、落ちたホーク、ケイ、ダンは無事だった。
エルマには風音で良く聞こえないが、地上で三人が騒いでいるのが分かった。
エルマはほっと胸を撫で下ろす。
「…何を慌てている。殺す訳無いだろうが」
ローファスが心外だとばかりに、肩を竦める。
「事前説明は、欲しかったですね…」
気が抜けた様に手摺を背にへたり込むエルマ。
イズもエルマの反応を見て顔の強張りが解け、軽く息を吐く。
「…心臓に悪いね。肝を冷やしたよ」
「失礼な奴らだ」
ローファスはそう吐き捨てると、ヴァルムを見る。
ヴァルムは既に手摺に手を掛け、自発的に降りようとしていた。
「なんだ、手伝ってやろうと思ったのだが」
「勘弁してくれ。せめて自分のタイミングで降りる」
ヴァルムはそう言うと、甲板から飛び降りた。
ローファスは少し残念そうにしながら、自らも降りるべく手摺に手を掛け、ふと気づく。
はて、誰か忘れている様な。
ローファスは振り返り、甲板を見渡す。
「…居たのか。何も喋らぬから気付かなかったぞ」
甲板の端に一人佇むのはリルカだ。
その目は何処か虚で、ローファスの声にも反応を示さない。
ローファスそれに目を細め、リルカに近づく。
「おい貴様、何を突っ立って——」
直後、まるでローファスがリルカに近付くのを遮る様に、甲板を突風が駆け抜けた。
「なんだ、この風は…?」
飛空挺には魔法障壁が張られていて、外から来る風の大部分を防いでいる。
それ故に、この突風にローファスは違和感を覚えた。
しかしその突風も長くは続かず、ほんの僅かな時間で収まった。
風が収まり、ローファスが目を開けると、目の前には目をぱちくりとさせるリルカが立っていた。
「ローファス君…? あれ、他の皆は?」
まるで状況が理解出来ていない様に周囲を見回すリルカ。
ローファスの違和感は膨れ上がる。
「なんだ、今の風は」
「え、風?」
「惚けるな。今のは貴様がやったのか?」
「…ごめん。うたた寝してたみたい。よく分かんないや」
「…」
ローファスは目を細め、暫しリルカを睨む様に見る。
そして軽く息を吐き、視線を外した。
「…まあ良い。俺は行く、貴様も来るなら好きにしろ」
「待って」
リルカは、ローファスの外套の裾を引いて止める。
「なんだ」
「ローファス君は、残ってイズ姉を見てて欲しいな…なんて」
「何…?」
リルカの突然の物言いに、ローファスは眉間に皺を寄せた。
イズやエルマも、意図が分からず眉を顰める。
「ほら、イズ姉はいつ体調が悪くなるか分からないし、ローファス君が居たら安心でしょ?」
「意味が分からん。俺にイズの病を癒す事は出来んぞ。何のつもりで言っている」
「そんな事無い。魔法に関して、ローファス君の右に出る人は居ないよ。イズ姉の病は魔素に関わるものでしょ、ローファス君なら…」
まるで確信でもあるかの様に言うリルカに、ローファスは目に険を帯びる。
「…俺ならばイズの病を治せると、誰かに吹き込まれたか?」
ローファスに睨まれ、リルカは僅かに肩を震わせ、視線を逸らした。
「…誰かって、誰に? そんな訳無いじゃん。私はただ、ローファス君ならもしかしてって…」
言い淀むリルカに、ローファスは鼻を鳴らして視線を切る。
「…この話は後で良い。今は地上の戦闘を終わらせるのが先だ」
ローファスが背を向け、手摺を飛び越えようとする。
が、リルカはローファスの外套の裾を離さない。
ローファスは忌々しげにリルカを睨む。
「リルカ、貴様…」
今にもリルカに魔法を放ちそうなローファスの雰囲気を感じ、エルマが止めに入る。
「ちょっとリルカ、離しなって。どうしたの、ちょっと変よ?」
だが、それにリルカは答えない。
リルカは何処か悲痛な面持ちで訴える。
「ローファス君、行ったら駄目。お願い、何でもするから、今だけは行かないで」
切羽詰まったリルカの様子に、エルマもイズも困惑する。
しかしローファスは、一瞬だけ魔法障壁を展開し、リルカの手を弾いた。
それはまるで、数日前の再現。
リルカは手を伸ばすが、ローファスは無視して甲板から飛び降りた。
リルカの伸ばした手は空を掴み、そして握り締められる。
「…二人ともごめん、私も行くから」
リルカはそれだけ言うと、ローファスの後を追う様に甲板から飛び降りた。
「ちょ、リルカ!?」
「待ちなリルカ!」
甲板にはリルカを呼び止めるイズとエルマの声が、虚しく響く。
明らかに普段と様子が違っていたリルカに、エルマは首を傾げ、イズは思案する様にリルカが降りた地上を見下ろす。
思えばリルカは、ローファスと会ってから、少し様子がおかしかった。
口を開けばローファスの話題、事ある毎にローファスに会いたいと口にする、ローファスと会った時には、その視線は常にローファスに向けられていた。
それこそ、他の《緋の風》のメンバーがうんざりする程に。
その姿は正に、絵に描いたような恋する乙女。
誰もが感じた、リルカはローファスに恋している。
少なくとも男メンバーは、それを信じて疑っていなかった。
だが、そんな中でも女メンバーであるエルマとイズは、少々懐疑的であった。
まるで恋している少女を演じているかの様な、そんな印象を受けていた。
エルマもイズも、同性であるが故に、そしてリルカと言う少女を赤子の頃より知っているが故に感じた違和感。
何よりそんな好意の示し方は、リルカらしくは無かった。
そして今回、ローファスに見せたリルカの態度、それは好意とは少し外れたもの。
それ故、エルマとイズは、余計にリルカが分からなくなった。
エルマとイズは互いに顔を見合わせる。
二人にこびりついた不安は、どうにも消えない。
*
ホーク、ケイ、ダンの三人は、半壊したギラン邸に侵入していた。
屋敷の床は、まるで黒いカーペットを敷いた様に暗黒に染まっている。
床を染める暗黒は屋敷の外にも広がっており、その範囲はギラン邸の敷地を全て満たす程だ。
三人はこの暗黒に、その見た目から不気味な印象を持つが、しかしこの暗黒のお陰で、三人は生きていると言っても過言では無い。
三人は飛空挺から放り投げられ、かなりの高度から落ちた訳だが、地面に満たされた暗黒がクッションの役割を果たし、かすり傷ひとつ負わなかった。
しかし、ローファスに助けられた、とは心情的に思えない。
この暗黒を出しているのは疑いようも無くローファスであるが、三人を飛空挺の甲板より放り落としたのもまたローファスだ。
三人は何とも複雑な面持ちで暗黒の床を進んでいた。
深夜だと言うのに、屋敷の中にはまるで事前に備えていたかの様に無数の私兵が配備されていた。
ローファスの魔法により、屋敷の半壊に巻き込まれた私兵も数多いが、崩壊から免れ、動ける私兵も少くはなかった。
廊下で出くわせば当然三人は応戦するが、それが明確な戦闘に発展する事は無かった。
床の暗黒から飛び出た頭が剣状の魚や、海竜の様な暗黒の魔物達が次々と私兵に襲い掛かり、三人が武器を抜く暇も無く駆逐される。
「やっぱこれ、遺跡の魔物に似てるよな」
ケイが顔をヒクつかせながらそう口にする。
「あの不死身の魔物が味方とは、人生何が起こるか分からねぇな」
「…俺、敵を全然倒してない。これじゃローファスさんに、おんぶに抱っこだ」
ホークが肩を竦め、ダンが静かに首を横に振る。
ホークはそれに魔導銃を握り締める。
「俺達の目的は飽く迄もシギルの救出だ。体力を温存出来るのは有難い限りだ」
そのまま三人は、地下へ続く道を探して突き進む。
崩壊から生き残った私兵も、ローファスが生み出した影の使い魔が我先にと駆逐する。
屋敷の中は無数の悲鳴が木霊し、正しく地獄絵図であった。
しかしその地獄にも終わりはあった。
通路の奥からこつこつと響く足音。
それに群がる様に襲い掛かったローファスの影の使い魔は、刹那の間にその全てが細切れにバラバラになった。
足音は更に近付き、床を黒く染める暗黒に、風切り音と共に切れ目が入る。
次の瞬間、暗黒は薄氷を割るように砕け散った。
歩いてきたのは真紅の長髪に真紅のコートを纏い、首に白イタチのマフラーを巻いた若い男。
手は、腰に下げた剣の柄に掛けられていた。
《紅蓮の剣聖》エリック・イデア・ステリア。
父である領主の命により、《豪商》ギランの護衛に就く者。
剣聖エリックは、通路で鉢合わせする形となった三人の賊——ホーク、ケイ、ダンを見据え、溜息を吐く。
「…君達は《緋の風》か。手配書で見た記憶がある。目的は、やはりギランの殺害かい?」
三人に静かに問い掛けるエリック。
ホークは無言で魔導銃の銃口をエリックに向け、それを引き金にケイが槍を、ダンが戦鎚を構える。
「おい、マジでやんのか? やっこさん、明らかにヤベエぞ」
ケイが小声でホークに尋ねる。
「ギランが雇った手練か。三人で畳み掛けるしかねぇ。剣筋が全く見えなかった。多分、逃げるのも無理だ」
ホークはエリックから目を逸らさず、眉間に皺を寄せて答える。
しかし次の瞬間には、エリックは三人の背後に居た。
剣を鞘に収める音が廊下に響く。
直後、ダンに無数の切傷が入り、一斉に血を吹き出した。
「…ぐ」
膝から崩れ落ちるダン。
「ダン!?」
「は? は!?」
ホークがダンの元に駆け寄り、ケイが混乱した様に背後に回ったエリックを凝視する。
エリックは首を傾けて言う。
「すまないね、両刃のこの剣に峰は無い。なので、せめて浅めに切っておいた」
何でも無いかのように言うエリックを、ホークは睨む。
「…随分と余裕だな。何故俺達三人を一遍に斬らなかった、あんたなら出来ただろう!?」
「全員斬ったら、負傷者を担いで帰る者が居なくなるだろう」
つまらなそうに答えるエリックに、ホークは意図が分からず、眉を顰める。
「担いで帰る? まさか、俺達を逃す気か…?」
ホークの問いに、エリックは肩を竦めて見せる。
「正直、あまりやる気が無くてね。引くなら追わないと言う話さ」
エリックはホークを見据える。
「時に、屋敷を襲った暗黒魔法を見るに、どうやら君達はライトレスと繋がりがあるらしいね。一時的な協力関係にあるか、或いは元より部下なのかは知らないが。君達の上司、ライトレス侯爵家の嫡男殿に伝言を頼まれて欲しい」
「伝言…?」
エリックからのローファスへの伝言。
それにホークは眉を顰める。
「何、大した事じゃ無い…監獄塔に引き続きギランの屋敷への魔法攻撃、これらの暴挙に対し、我々ステリア側は特例的に目を瞑る。その代わり、ステリアとライトレスで話し合いの場を設けたい。これはステリア領主の意向だ、とね」
ホークは沈黙する。
伝言を受けると言う事は、退却を認めると言う事。
それはシギルの救出を一時諦めると言う事だ。
今引いたとして、次にシギル救出の機会があるかは分からない。
そのホークの沈黙を、エリックは別の形で捉えた。
「…少し長いか? 要するに攻撃しないでくれ、話し合いがしたいって伝えてくれたら良いよ」
エリックの言葉に、ホークは制止を入れる。
「…いや、待ってくれ」
「何か?」
「伝言は伝える。俺達にギランを殺す意思はない」
「そうか。ならば私も一安心だ。お陰様で、朝までもう一眠り出来そうだ…まあ、ベッドは瓦礫の下だがね」
安堵から微笑むエリックを、ホークはじっと見据える。
「俺達は、リーダーを助けに来たんだ。地下牢の場所を聞きたい。リーダーさえ救えれば、俺達は直ぐに出て行く」
ホークもこれは譲れなかった。
しかしエリックは笑みを消す。
「ああ、それは駄目だ。ギランが絶対に逃すなと言っていてね」
「そこを何とか! あんた、やる気無いって言ってたじゃないか!」
頭を下げ、しつこく食い下がるホークに、エリックは溜息を吐いた。
「…ふむ、分かった、負けたよ。どうやら諦めは付かない様だ」
「じゃ、じゃあ!」
「そちらに引く気が無いならば仕方ない。悪く思わないでくれたまえ」
ホークが希望を見た様に顔を上げた——次の瞬間、ホークは濃厚な死の気配を感じた。
眼前に迫る鈍色の刃。
気付けば、ホークの眼前で金属同士が衝突し、火花を散らす。
エリックがホークの首に目掛けて剣を振い、それを誰かが槍の先で防いでいた。
ダンは倒れ、槍を持つケイは顔を青くして動けずにいた。
では誰が?
ホークは槍を持つ者に目を向ける。
そこには、ローファスが担いで飛空挺に運んで来た、癖っ毛の混じった金髪の少年が居た。
その名は…。
「あんた確か、ヴァルム…?」
ホークの呟きが掻き消される様に、ヴァルムの電撃を帯びた槍がエリックの剣を弾き返した。
「ヴァルム、か…残念、今宵は眠れそうにないな」
剣を弾かれたエリックは、目を細め息を吐く。
ヴァルムはエリックから目を離さず、声だけ飛ばす。
「名は知らんが、《緋の風》の——先を急げ」
「ホークだ。急げって、一人で大丈夫なのか?」
「俺ぁケイ。このデカブツはダンだ。一人じゃキツいだろ!」
ヴァルムは剣聖エリックを前に、臆す事無く答える。
「問題無い」
ヴァルムの返事に、ホークはケイと共に、倒れ伏せるダンを担ぎ上げ、先へ進む。
「すまん、恩に着る!」
「…後で合流するぞ、絶対だからな!」
エリックの横を通り抜け、先へ進むホーク、ケイ、そして担がれたダン。
エリックはそれを、視線すら向けずに通す。
エリックは、ヴァルムの殺気立った槍先から意識を外せなかった。
エリックとヴァルムを後にした、ダンを担ぐホークとケイは、廊下を走っていた。
「な、なあホーク。あんな坊主を一人残して、本当に良かったのか?」
不安気なケイに、ホークはそれでも前を見る。
「俺達が見えない剣を、あの坊主——ヴァルムは見えていた。俺達が居ても足手纏いになるだけだ」
「で、でもよ…」
「それに、ヴァルムはあのローファスさんが連れて来た人だ。只者な訳無ぇだろ」
「そう…だな」
「ヴァルムが引き付けてくれてる間に、俺達は一刻も早くシギルを見付けて救い出すんだ。イフリートに戻るか、ローファスさんと合流出来ればどうにかなる」
「だな…わり、弱気になってたわ」
「無理もねぇよ。まさか、ギランがあんな化け物を雇ってるとはな…」
ホークは一人残したヴァルムに少しの不安を覚えながら、先に歩を進めた。
*
「1、2、3…4……」
ギラン邸、ギランの寝室。
夥しい轟音と衝撃が響き、ギランの寝室は天井の一部が崩れ、剥き出しになっていた。
穴の空いた天井から月明かりが差し、身体を丸めてガタガタと震えるギランを照らす。
その傍で、静かに数字を数える赤黒い帽子を被った殺し屋——血染帽。
「……5、6? なんだ、六人か。しかも、魔力持ちはたったの三人」
血染帽は首を傾ける。
「少しは、楽しめると良いのだけれどね」
血溜まりを写したかの様な真っ赤な双眸が、空に浮かぶ月を見ていた。




