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リピート・ヴァイス〜悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜  作者: 黒川陽継
間章Ⅲ

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184# 招待

 姫巫女から送られる、聖竜国の象徴たる竜の蝋印が押された招待状。


 これは、宛先によって意味合いが大きく違ってくる。


 他国の要人に対して送られるものは、基本的には外交的な社交辞令。


 一緒に剣闘大会でも見て楽しみましょう、以上の意味は無い。


 しかしその宛先が剣闘士の場合、非常に大きな意味を持つ。


 それは姫巫女より与えられる試練であり、チャンス。


 この招待状が送られた剣闘士は、その多くが剣闘大会で結果を残し、その末に側近として姫巫女に召し抱えられている。


 招待状に記された予選二回戦がクリアできれば、以降の予選試合をパスできる。


 しかしこれは、ただのショートカットではない。


 これは試練。


 対戦相手は、姫巫女が厳選した歴戦の剣闘士である事もあれば、剣闘用の竜種と戦わされる事もある。


 いずれにせよ、その難易度は非常に高い。


 その試合を姫巫女が観覧し、その戦い振りを直接評価する。


 そして試合後に控えるのは、姫巫女との食事。


 要するにこれは、側近に取り立てる為の試験と面接。


 ——と、そんな事実をローファスが伝えられたのは、試合で対戦相手として出て来た竜王級に片足突っ込んでいるレベルの巨大なヒュドラをワンパンでのした後であった。


 エイダ曰く、これまでに姫巫女が招待状を送った事のある剣闘士は総じて女。


 故に姫巫女の側近は全て女剣闘士で固められている。


 男に声を掛けるなど初めての事。


 《竜王祭》剣闘大会で連続優勝を果たしているボレアスにすら靡かなかった姫巫女が男に興味を示した事に、エイダ自身驚き、そして密かに舞い上がっていた。


 エイダと姫巫女の付き合いは長く、それこそ姫巫女が幼子の頃から知っている。


 気分は漸く色気付きだした愛娘に微笑ましさを覚える母親に近い心境だろうか。


 タチアナの齢は十九、この歳で漸く男に興味を持ち始めたかと。


 タチアナに対して密かに同性愛者疑惑を持っていたエイダは安堵していた。


 これで後継の問題は解決した、と。


 強さを至高とする聖竜国、その姫巫女たるタチアナの目には、さぞかしタナトスの圧倒的な強さが魅力的に映った事だろう。


「——という訳なので、これはもう縁談のようなものです。姫巫女様はかなり察しが宜しいのでワンチャン正体がバレるかも知れませんが、まあローファス様なら家格的には寧ろ有りかと思います。ただ、姫巫女様は人の好き嫌いが激しい方ですので、粗相のないようにお気を付けください」


「裏切りについてはある程度想定していた…しかしまさか、こんな形で裏切られる事になるとはな。流石に想定外だったぞ、エイダ」


「服は最上級の物をご用意致します。イメージ的にも黒系が良いでしょうね。アクセサリーは月のペンダントなどいかがでしょうか」


「月は止めろ」


 ローファスの恨み言など耳に入っていないようで、一人ウキウキしながらクローゼットで服を選び出すエイダ。


 もういっそ逃げてしまおうかとローファスが眉をひくつかせていると、ふと視線を感じて入口の方を見る。


 扉から顔半分を覗かせる巨漢——ボレアスがそこに居た。


 そうだとローファスは思い至る。


 物語の情報では確か、ボレアスはタチアナに対して歪んだ恋心を持っていた。


「…姫巫女との会合、邪魔してくれて構わんぞ。いや寧ろ飛び入り参加して食事の席を台無しにしろ。命令だ」


「なに冗談言ってんすかアニキ」


 ボレアスは切なそうに鼻を啜りながら爽やかに笑う。


「タチアナは聖竜国一の女…最強たるアニキこそ娶るべきっす」


「それは俺の意思を無視した、この上無く身勝手で押し付けがましい意見だ」


「俺は身を引くっすよ…アニキなら、安心してタチアナを任せられるっすから」


「言葉が通じないのか貴様は」


 そもそもなぜその潔さが物語では発揮されていないのか。


 物語の記憶上、ボレアスはもっと傍若無人で、負の感情を全面的に押し出したような男だった。


 試合で自尊心と鼻っ柱をへし折られた影響か、それとも別の要因か。


 この、物語と現実の人間性の違い——このギャップには既視感があった。


 ローファスが思い浮かべるのは、《闇の神》により精神汚染を受け、《第二の魔王》と化したレイモンド。


 或いはボレアスも、レイモンドと同様に《闇の神》による精神汚染を受けていたのかも知れない。


 もしそうであったなら、ボレアスの性格から感じられるこの違和感も説明が付く。


 しかしローファスは、ボレアスの人間性を深く知る程行動を共にしてはいない。


 試合でボコボコにして何故か懐かれ、纏わりつかれて数日という程度の関係性。


 ボレアスが演技をしている可能性も十分にある。


 ボレアスが演技…こいつが…? と、ローファスはまじまじとボレアスを見る。


「な、なんすかアニキ…そんな熱い眼差しで…言っときますけど俺、そっちの気は無いっすからね…いや、でもアニキがどうしてもって言うなら俺…——ぶほっ!?」


 ローファスはボレアスを真顔で蹴り飛ばした。


「どうしてもって言うならなんだ。気色悪い事を口走るな馬鹿者が」


 無様に蹲るボレアスを見下しながらローファスは思う。


 この馬鹿が演技を…? いやしかし、当時馬鹿っぽく見えていたリルカも演技によるものだった。


 その演技に、ローファスは見事に騙された。


 …いや、馬鹿っぽいのは別に演技ではなかったなとローファスは首を振る。


 しかし人の心が覗けない以上、ボレアスが演技をしている可能性は否定できない。


 ローファスの見立てでは可能性は低い、それでもゼロではない。


 そしてもう一つの疑惑——《闇の神》による精神汚染。


 以前光神が言っていた。


 《闇の神》による乗っ取り——つまり精神干渉を受けるのは、《闇の神》に連なる者であると。


 ボレアスのこの不死身とも呼べる頑丈さ、異様とも言える特異体質。


 思い返せば、レイモンドも召喚魔法とは別に、魔物と会話ができるという特異体質の持ち主だった。


 ボレアスの不死身の体質が《闇の神》に通ずるものだとするなら、これもこれであり得る話。


 加えて以前、ラースはこう言っていた。


“この未来の知識という名の加護を得た——そういった悪役は、僕と君だけではない。他にも何人か居る”


 それは魔力を失い、庇護を求めてきたラースの言葉。


 物語の夢——未来の知識を持つ悪役。


 ラースとローファスの他に、未来の知識を持っていると分かっているのは《人類最高の頭脳》テセウス。


 しかしラースが言っていたのは“何人か”——テセウス一人であるなら、そんな言い方はしない。


 何人か(・・・)というのは、一般的には二人以上を指す言葉。


 つまりラースの言葉から推察するに、テセウスの他に最低でも一人以上、未来の知識を持つ悪役がいるという事。


 それがボレアスかどうかは分からないが、いずれにせよ警戒するに越した事はない。


 少なくとも《竜王祭》が終わるまでは、余計な事をしないよう身柄を押さえておく必要がある。


 年に一度の《竜王祭》、それを乗り切れば、少なくとも次の《竜王祭》まで《邪竜》が復活する事はない。


 《竜王祭》まで三ヶ月、それまでに六神ですら滅ぼせなかったという《邪竜》——不死身の《魔王》を滅ぼす手立てを見つけ出す。


 もし見つからなければ、《竜王祭》を完遂させて来年に持ち越し、一年の猶予の内に滅ぼす手立てを見つけ出す。


 《邪竜》の復活を許すのは、必ず滅ぼす手立てを見つけた後でなければならない。


 もしも滅ぼす手立てを持ち合わせていない状態で《邪竜》の復活を許してしまった場合——非常に厄介な事態になる。


「しかし…不死身の《魔王》に、《不死身》の男か。偶然にしては過ぎた符号だな…」


「え? アニキ、何か言ったすか?」


「いちいち反応するな。鬱陶しい」


「ひ、酷いアニキ…!」


 ガーンとショックを受けた様子のボレアスを無視し、ローファスはクローゼットを漁るエイダを見る。


「下らん服選びはその辺にしろ。どうせ服は暗黒で作る」


「そんな勿体無い! 折角ですので我が商会で仕入れた王国産の最高級品の衣装を…」


「なぜよりにもよって王国産だ。正体を隠したいと言っているだろうが。言っておくが未練がましく手に持っているその月のペンダントも絶対にしないからな? 姫巫女との会食は今晩だろう。直ぐに風呂の準備をしろ」


「…まあ」


 エイダは驚いたように手で口を覆う。


「ローファス様…それは少々気が早いかと」


「何の気だ阿呆が。そこの馬鹿は匂いで俺をタナトスと断定した。竜の特徴を色濃く受け継ぐ姫巫女にもバレる可能性がある」


 匂い落とし、あらゆる感覚器官が鋭いであろう姫巫女に対しての対策。


 ついでに匂いがきつめの香水も用意しておけ、とローファスは付け加えた。


 立て続けに舞い込んでくる面倒事。


 そんな中で、最低でも《竜王祭》が終わるまでの三ヶ月は聖竜国での滞在を余儀なくされる。


 六神ですら封印する事でしか対処できなかった不死身を殺し、尚且つ完全に滅ぼす方法を模索するというおまけ付き。


 それもこれも、全ては巫山戯た要望を押し付けてきた地神の所為だとローファスは内心で毒づいた。



 聖竜国は強さこそが至高。


 強さは絶対的な指標であり、そして憧れの対象。


 姫巫女の美貌に魅了され、己のものとする為に鍛錬に打ち込んだ。


 誰もが認める程の、何より自身が満足いくまでの力を得るまで、黙々と勤勉に。


 そしてその末に、何者にも負けぬ強さを手に入れた。


 結果的にそれは、最強になったと勘違いしていただけであったが。


 更なる高みはあった。


 手を伸ばそうと決して届かない圧倒的な力。


 それは、過去に抱いていた強さへの憧れを思い出すのに十分過ぎる力だった。


「——それが、俺がタナトスのアニキをアニキと慕う理由さ。全てを捩じ伏せる圧倒的な力…痺れたね。あんな衝撃は、タチアナを初めて見た時以来だ」


「…あの、別に聞いてないんですけど。あと何ナチュラルに姫巫女様を呼び捨てにしてるんですか。無礼ですよ」


 ローファス不在の一室で、急にベラベラと一人語りを始めたボレアスに、エイダは迷惑そうに顔を顰めた。


「かつての最強の剣闘士が、その座を捨てて一人の男の舎弟になってんだぞ。気にならねえ訳がねえよな」


「最強の座を捨ててって…格好付けてますけど、普通にぼろ負けしただけじゃないですか」


「俺ぁ、最強だった。そんな最強の俺こそが、タチアナを娶るに相応しいと思ってた…」


「また呼び捨て」


「でも違ったよ…タチアナに中途半端な雑魚が寄り付かねぇ為のつゆ払い。きっとそれが、俺の役割だったんだ。運命ってやつさ。俺は謂わば、タチアナとアニキを引き合わせる為の——」


 ぺちんと、エイダはボレアスの頭を靴べらで引っ叩いた。


「姫巫女様と呼びなさい無礼者」


「…確かにそうだな。アニキの花嫁を呼び捨てはねぇわな。姐さんと呼ぶべきか」


 エイダは再びボレアスを引っ叩いた。


「姫巫女様っつってんだろうが!」


 口調を乱すエイダに、ボレアスはむすっと口を尖らせる。


「…へいへい。ヒステリックな女だぜ。まあでも、姫巫女サマには悪ぃ事したかもな。俺も随分とアプローチしちまってたし。アイツ、俺の事意識してたろ」


「は…?」


 エイダは信じられないものを見るような目でボレアスを見下す。


「…いや、そんな訳ないでしょう。姫巫女様は貴方の事普通に嫌がってましたよ。なに馬鹿な事言ってるんですか」


「は? お前こそ馬鹿言ってんじゃねえよ。今は違うが、当時最強の剣闘士からのアプローチだぞ。嫌な理由ねえだろ」


「見た目が好みじゃないって言ってましたよ。あと、普通に自分の力に溺れて粗暴に振る舞う貴方の素行の悪さに嫌悪感を示されていました」


「え」


 ボレアスはきょとんと首を傾げる。


 確かにタチアナは、ボレアスがどれだけアプローチしようと素っ気無く断っていた。


「あの態度、照れ隠しじゃなかったのか…」


 ボレアスは両手両膝を床に突いて落ち込んだ。


 そんなボレアスの目の前に、エイダは一枚の紙を落とす。


 びっしりと文字と数字が羅列されたその紙を見たボレアスは、眉を顰める。


「なんだこれ」


「請求書」


「あ? なんの?」


「剣闘大会で優勝してからの二年間、色々な所で掠奪を繰り返していたでしょう? 中にはうちの商会の店もありました。他の店からも損害やら負債やらをうちで引き受けました。これは貴方にお支払い頂く諸々の費用です」


「い、今まで何も言わなかったじゃねえか。なんで今更…」


「これまで見逃されていたのは、貴方が絶対的な勝者だったからです。しかし今の貴方は大会の連覇を狙う優勝候補筆頭ではない。予選敗退した負け犬です。お支払い頂けますよね? 貴方は負けたのですから」


「…ぶ、分割でなんとか」


 エイダの圧力に負けたボレアスは、顔を青くして懇願した。



 夜、聖竜国首都。


 姫巫女が住まう宮殿。


 肉類を中心とした豪勢な食事が並ぶ食卓にて向かい合う形で、姫巫女と一人の男が座っていた。


 二メートルにも届く長身。


 夜を思わせる黒衣に、山羊の頭蓋骨で顔を隠した男——最強の剣闘士たる《不死身》のボレアスを見事撃破した新人剣闘士タナトス。


 この男はタチアナが出した試練——森の奥地に住まう大型ヒュドラを見事打ち倒し、この場に座っている。


「妾の呼び掛けに応えよう来てくれたな、タナトスとやら。食事の席じゃ、その面は外せ」


 にこやかに語り掛けるタチアナ。


 タナトスは首を傾げる。


「…それは、命令か?」


 タナトスの口から出たのはタメ口——その無礼な物言いに、タチアナの背後に立ち並ぶ側近らから殺気が放たれる。


 それを姫巫女は手で制し、寛大に笑う。


「いや? ただ面を付けたままでは食事もままならんだろう。それに、あのボレアスを倒した男がどんな顔をしているのか純粋に興味がある」


「成る程」


 タナトスは納得した様子で頷き、静かに言葉を続けた。


「命令でないならば従う義理はないな。この面は取らない」


 会食早々、ピリついた空気が流れた。

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