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リピート・ヴァイス〜悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜  作者: 黒川陽継
間章Ⅲ

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178# 道

「ローファス…僕は、どうすれば君のように強くなれる?」



 それは帝国からライトレス領へ帰還する道中、アベルがローファスに問うた言葉。


 アンネゲルトと共にシグを被験体とした魔法実験——もとい、研究する手を態々止め、ローファスはアベルの話を聞いた。


「…アベル、貴様には既に十分な力を持っている。そもそも俺と貴様では魔力量も属性も、力の性質も違う。その上で俺のようにと言うのは、些か具体性に欠ける。要するに貴様は、どう強くなりたいんだ」


 淡々と事実を述べ、その上で問い返すローファス。


 意外にも邪険にせず、しっかりと相談に乗ってくれた事にアベルは内心驚きつつ、悩みを吐露する。


「…僕は、スイレンに負けた」


「そのようだな」


「自分の限界以上を引き出した…と思う。それでも負けた、完膚無きまでに。こんなんじゃ、これから先の戦いで守りたいものを守れない」


「…つまり、スイレンに勝てるように強くなりたいと?」


「誰にも負けないくらい、強くなりたい。ローファスのように」


「…」


 たがら具体的に言えやと、ローファスは苛立った様子で舌を打つ。


 アベルは慌てて頭を下げた。


「ご、ごめん! 無理な相談をしてる自覚はある…でも、このままじゃ僕は、これからの戦いについて行けない…君と比べれば、僕は弱いから」


「…別に弱くはないだろう」


「いや、僕なんて全然駄目だ…相棒の知識も活かせない。前回から、何も成長していない」


「…」


 スイレンとの戦闘の一件で余程落ち込んでいるのか、酷くネガティブなアベル。


 面倒くせーなコイツ、とローファスは深い溜息を吐き、取り敢えずコーヒーを淹れて啜る。


「勘違いするな。弱くないと言ったのは慰めてやった訳ではない。今一度言うが、貴様は弱くなどない。スイレンに負けたのは…まあ、対策を取られたというのもあるが、それ以上に貴様の戦い方が悪かったからだ」


「戦い方…? そんなに、悪いかな…」


「ああ、酷いものだ。貴様はポテンシャルだけは目を見張るものがあるが、それ以外は全く見合っていない」


「み、見合ってない…?」


 ローファスは指を折りながら、アベルの長所を上げていく。


「魔力量もそれなり、一般的な上級貴族程度はある。俺と比べれば塵も良いところだが、魔法使いとしては及第点だ」


「塵? え、塵…?」


「属性も良い。火属性は全属性の中でもトップクラスの火力を誇る。その上、貴様は上位属性である蒼炎を扱える。この時点で、火の魔法使いとしては王国随一だ」


「見合ってなくて塵…だけど王国随一、なのか?」


 ローファスの言葉の節々に混ざる棘の為か、素直に喜べないアベル。


「自覚無しか。貴様は属性に対する親和性が異様に高い。詠唱不要、実質的な無詠唱で尚且つ発動までノータイム。文字通り手足の如く火魔法を扱えている。これは戦闘において大き過ぎるアドバンテージだ。それに貴様は、身体を炎に変えてあらゆる攻撃を受け流す事ができるだろう。はっきり言って、なんでこんなに弱いのか理解できん」


「弱…え、さっき弱くないって…」


「言葉の綾だ。言っただろう、要は戦い方だ」


「戦い方…か。でも戦い方を変えても、魔法の威力が上がる訳じゃないだろう。どんな戦い方を思い浮かべても、スイレンに勝てるビジョンが浮かばないんだ」


 ピンと来ていない様子で首を捻るアベル。


 ローファスは頭痛に苛まれる様に深く溜息を吐く。


「…魔法の威力だとか、先ずはその脳筋思考を捨てろ。どんな相手も圧倒的な力で捩じ伏せる——それは、俺のような莫大な魔力を持つ者の思考だ。限りある魔力を細々と扱う貴様ら凡夫にはそぐわん」


「ぼ、凡…でも、なら僕が戦い方を変えたとして——ローファスが言うこの高いポテンシャルを最大限発揮出来たなら、何が何処までできる?」


 神妙な顔で問うアベル。


 ローファスは暫し考え、口を開く。


「たとえばだが、もし俺がアベル・カロットであったなら——ローファス・レイ・ライトレスを殺せる」


「…!?」


 目を見開くアベル。


 ローファスは驚き固まるアベルの前に、道を示すように人差し指を立て、更に言葉を続ける。


「もし俺がアベル・カロットであったなら——スイレンを一方的に焼き殺し、《魔王》スロウスを単身で滅ぼしただろう」


「そんな…そんな事、できる訳…」


「何故できないと思う? その凝り固まった思考が、貴様自身のポテンシャルを殺している。先ずは己の力の性質と真摯に向き合う事だ。貴様には力への理解も探究も、研鑽も、何も足りていない」


「…僕は一体、どうしたら良い?」


 答えを得ようと必死のアベルに、ローファスは無表情でマグカップを持ち上げ——そして徐に、淹れたてのコーヒーをアベルの頭に流し落とした。


「——っ!? ローファス、なんでこんな…!?」


 頭からコーヒーを浴びせられ、蹲るアベルに、ローファスはハンカチを取り出して投げ渡す。


 二人のやり取りを遠目に見ていたアンネゲルトは見兼ねた様子で「何してるの!?」と立ち上がり、椅子に縛り付けられていたシグはドン引きした様子で顔を引き攣らせていた。


 そんな外野の反応など気にも止めず、ローファスは冷ややかにアベルを見る。


「強さに限った話ではないが、魔法における力は、才能と、その研鑽の果てにある。それは己で磨き、高めていくもの。その答えを他者に問うな」


 口調こそ落ち着いてはいるものの、それは明確な叱責。


 アベルは惨めさからか、歯を食いしばったままその場から動けないでいる。


 言い返す気概も無いアベルに、ローファスは再び深い溜息を吐いた。


「…コーヒーを淹れた時の温度は摂氏80度前後。ポットに入れ、多少冷めてはいただろうが、カップに注いだ時には未だ湯気が立っていた。つまり今、貴様に被せたコーヒーの温度は、概算だが70〜60度はあったろう」


「…?」


 突然コーヒーの温度について語り始めたローファスに、アベルは意味が分からず顔を上げて眉を顰めた。


 コーヒーを滴らせるその色白の頰を、ローファスは指でぐりぐりと突く。


「ちょ、何…い、痛いよ…」


「まともな人間であれば、湯気が立つ程の湯を浴びれば火傷は必至。だが貴様の肌には赤み一つない。普通は熱さでのたうち回る。だが貴様は黙って蹲り、指を押し付けられた程度で痛いと言う——何故だ?」


「何故って…僕、昔から肌が強くて…」


 ローファスは額に青筋を立て、アベルの頭を引っ叩いた。


「い、痛っ!? 今のは本当に痛いよローファス!?」


「熱に対する異常な耐性を、個人差レベルの体質で片付けるな馬鹿者が。イグニで焼いてやった方が分かりやすかったか?」


「熱への耐性…?」


「聖竜国の姫巫女タチアナ・アヴァロカンドは竜の血を引く先祖返り。リルカも後天的にではあるが、古代エルフの血を覚醒させていただろう。貴様もこういった先祖返りの類だ。ただの人間ではない」


「…!」


 ふとアベルは、スイレンとの戦闘後の事を思い出す。


 突然現れた六神達が肉体の崩壊を止めてくれた折に光神が教えてくれた。


 アベルは、火神の子孫であると。


 今まで考えもしなかった、己の力の根源(ルーツ)


 ここでアベルはふと、先程ローファスが言った言葉を思い出す。


“何故できないと思う?”


 今になってその言葉が、アベルの心に深く刺さる。


 出来ないと決め付け、己の可能性に蓋をしていたのは他でもない自分自身。


 ファラティアナは前回の記憶も無く、加護も無いにも関わらず、既にその実力は前回のそれを超えている。


 リルカも加護も無しに古代エルフへの先祖返り(ニルヴァーナ)をものにした。


 かつての仲間だった二人は、己の限界を決めず、力の向上を図っていた。


 自分も、悩んで立ち止まっている暇はない。


 アベルは意を決したように顔を引き締め、頰を伝い流れたコーヒーを、ローファスから渡されたハンカチで拭う。


 安物ではない、端にライトレス家の紋章が刺繍された高価なハンカチ。


 胸の奥から熱いものが込み上げ、ハンカチを持つ手に力が入る。


「コーヒーをかけられた時はなんて酷い奴だと思った…でも実際は、物分かりが悪い僕でも理解できるように伝える為だったんだね。こんな事までさせてしまってごめん…本当にありがとう!」


「は? いや…」


 アベルはがしっと、ローファスの手を握る。


「僕は必ず強くなる…今よりももっと。君の隣で戦えるようになるまで」


 決意の眼差しでそう言い、アベルは立ち上がる。


 そして、シャワーを借りてくるよと退室した。


 落ち込んだ様子で相談に来たと思えば、勝手にやる気を出して勝手に去って行った。


 ローファスが嵐の様な奴だなと、アベルが出て行った扉を眺めていると、二つの視線を感じた。


 振り返ると、眉間に皺を寄せたアンネゲルトと、ドン引きしたシグがこちらを見ていた。


「…浮気よ。男誑し」


「コーヒーぶっかけて感謝するとか、あの赤髪の人ドMなんです?」


 アンネゲルトのはいつもの(・・・・)、シグのはシンプルな疑問。


 答えるのも面倒で、ローファスは溜息混じりに実験の席に戻った。


 ふと、アンネゲルトが声を上げる。


「発破をかける為とはいえ、随分なでまかせを言うのね」


「でまかせ…?」


「貴方やスイレン、挙句にはあの《魔王》にも勝てるって言ってたじゃない。あの子は確かに強いけど、流石に無理でしょう? まあそれでやる気が出たみたいだし、無責任とまでは言わないけれど」


 ああ、とローファスは肩を竦める。


「そうだな、少々オーバーに言い過ぎた。確かに、《魔王》スロウスはどう足掻いても無理だ。《権能》の攻略は兎も角として、神格を完全に滅ぼすのに必要な力がアベル()には無いからな」


「…その言い方だと、貴方やスイレンには勝てるみたいに聞こえるわよ?」


 溜息を吐くアンネゲルトに、ローファスは「さあな」とだけ答えた。


 そして、シグの魔法実験は再開される。


「…!?」



 そんな飛空艇でのローファスとのやり取りを、アベルは思い出していた。


 崩壊しかけた肉体の治療を、聖女フランから受けながら。


 アベル達が王都に帰還した折、まるで待ち構えていたかの様に六神教会より歓迎を受け、治療の準備は出来ていると、アベルだけ大聖堂に招かれた。


 フランが扱う特殊な神聖魔法の光が、アベルの肉体に刻まれた崩壊の罅をみるみる内に癒していく。


「やっぱり凄いなフランは…でも、初めて見る治癒魔法だ…」


 まるで当たり前の様に、うっかり前回(・・)の記憶ありきで話してしまい、アベルは「あっ」と思わず口を塞ぐ。


 今回、直接話すのは今が初めてであり、フランとは一応初対面。


 そしてフラン——聖女は六神教会の象徴であり、この場には護衛の信徒もいる。


 砕けた口調で話してしまい、護衛達から殺気にも似た視線が浴びせられる。


 それにフランは、特に気にした様子もなく、当たり前に返事を返す。


「いえ…まあ初めて見るのも無理はないかと。前回(・・)は使う機会がなかったでしょうし。存在の崩壊なんて、普通起きませんから」


 何気なく返したフランの言葉に、アベルは固まる。


 今、フランは間違いなく“前回”と口にした。


「フラン…まさか君、記憶が…!?」


 口をあんぐりと開けて驚くアベルに、フランはクスクスと笑う。


「そのリアクション、アステリアと全く同じです。本当に仲良しですね」


「アステリア!? なんでここで彼女の名前が…まさか、アステリアも記憶があるのか!?」


「さあ? 本人に直接聞いてみたらどうですか。彼女、貴方に置いて行かれて寂しがっていますよ」


「それは…う、ん」


 レイモンドにも似た様な事を言われたな、とアベルは気不味そうに頰を掻く。


「…フラン。君にも記憶がある、って事で良いかな?」


「まあ、もう面倒なのでそれで構いませんよ」


「め、面倒…?」


「そもそもこれ自体、あまり意味の無い問答ですし。六神経由の使徒の方々とは違って、私は《神託》経由…違うのは情報の出所くらいです」


「《神託》…! そうか、君には《神託》があったか。それに使徒の事まで…事情もある程度把握しているという事だね」


 聖女フランから治療を受けろと光神より言われてはいたものの、今回アベルとフランに面識は無かった。


 事情をどう説明したものかと憂いていたアベルであったが、どうやら杞憂だったらしい。


「さて、治療は終わりましたが…顔色が優れませんね。何か悩み事でも?」


「ありがとう…表に出していたつもりはないんだけど、それも《神託》?」


「いえ、《神託》は人の心までは読めません。単純にアベル様は顔に出やすいので」


「そうか…流石だね、フラン」


 まるで全てを見透かされている様な感覚。


 前回もそうだったが、フランはいつも核心を突いてくる。


 君には隠し事が出来ないなとアベルは笑い、口を開く。


「最近負け続きでさ。どうやったら今よりも強くなれるか、ローファスに相談したんだ」


「そうでしたか。仲良くされているようで」


「仲良く…仲良くか。そうだね、そうかも知れない。前回は本気で殺し合っていたのに。ローファスと話して、彼の事を知れば知る程、前回もっと話し合いの余地があったんじゃないかって…」


「あ、ちょっと待って下さい」


 悩みを吐露するアベルを、フランは冷静な面持ちで止めた。


「その下り、もうリルカ様がやってるんで大丈夫です。もう結構です」


「結構? え、結構って…僕は僕で悩んで…」


「そこ乗り越えて和解して、挙げ句の果てにローファス様の愛人の席に転がり込む所まで《神託》で見せられてるんですよ、私。この流れはあれですか、アベル様もローファス様のハーレムメンバー枠に収まる気ですか」


「は、はあ!? 僕は男で…何言ってるんだフラン!?」


「アベル様って、種族的には人間ですけど根源(ルーツ)は精霊じゃないですか。元々肉体的な欲求は少ない方と思うんですよね。身体だって炎に変えられますし。炎に変わるんなら、いずれ女体化とか…」


「しない! しないよ! 本当に何を言ってるんだ!?」


 心外だと顔を真っ赤にするアベル。


 それにフランは冗談ですとコロコロと笑った。


「貴方は変に悩むよりも、目標に向けてがむしゃらに突き進む方が似合っていますよ。方向さえ間違わなければ、貴方の場合はそれが最も効率的です。前回はその果てに《闇の神》を打ち倒したのですから」


「…そうだね、そうだった。いつも君が、道を示してくれていた」


「私ではありませんよ。私は《神託》の代弁者に過ぎませんから。ただそうですね…聖女らしく、今回も道を示しましょうか」


 フランはにこりと笑い、言葉を続ける。


「アベル様がこれから向かうべき場所は、ヘラス山です。道中の汽車のチケットを取っておきましたので」


「え?」


 チケットを手渡され、アベルはそのまま席を立たされて背を押される。


「え…ちょっと、フラン?」


「ほらほら、善は急げですよ。汽車の出発まで後7分」


「な!? み、皆にも伝えないと! アステリアにだって…」


「そんな時間は無いと思いますが。強くなりたいんでしょう?」


「う…わ、分かったよ!」


 アベルはチケットを手に、急いで大聖堂を出て行った。


 それを見送ったフランは、ほっと息を吐く。


 王都に帰還した面々から早々にアベルだけ引き離して治療、そして誰にも会わせる事なく王都の外へ送り出す。


 これにより、アインベルの死(・・・・・・・)がアベルに伝わる事はない。


 少なくとも今は。


 今のアベルにとって、その情報は雑念となる。


 迷いはアベルの成長の足を鈍らせる。


 アベルには早急に力をつけてもらわねばならない。


 それ故の措置。


「さて、次の舞台は聖竜国ですか…力を付けたアベル様なら、きっとローファス様の助力に…」


 アベルの前で見せていた笑みは消え、フランは瞳を曇らせる。


 己が父の死を噛み締めながら、フランは大聖堂の中に戻る。


「会いたいな…ローファス様…」


 その小さな呟きは、護衛の耳にすら届かなかった。

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