144# 殺し続けるという事
帝国軍によるステリア領襲撃の一件をローファスに伝えたのは、他でも無いユスリカである。
そしてローファスは、飛空艇で帝国へ向かう道中も、ユスリカと連絡を取りながらより詳しい情報を聞き及んでいた。
そのユスリカの動きを、ルーデンスは察知していた。
これによりルーデンスは、ローファスが帝国に報復に向かった事を把握した。
それに対し、ルーデンスが取った行動はシンプル——増援として暗黒騎士を送る事。
止めた所で、ローファスが素直に聞く筈がない事をルーデンスは理解していた。
ライトレス家にとっての最悪の事態とは、次期当主であるローファスが戦死する事。
ルーデンスはローファスの実力の高さをある程度理解している——それは当然、国すらも滅ぼせるだけの力を持つ事も承知の上。
しかし、一国を相手取る以上絶対は無い。
帝国の国土は王国の大凡半分程度であるが、国力的に見ても大陸に名を連ねる大国の一つ——断じて油断出来る相手ではない。
ローファスの戦死など、万が一にもあってはならない事。
故にルーデンスは、最も確実な手段としてライトレス家が有する最大戦力——暗黒騎士筆頭アルバを派遣した。
アルバ、及びその部下二名に与えられた命令、最優先事項は単純——ローファスの生存。
これさえ守られるならば、如何なる被害を出そうとも構わないとまで厳命された。
その過程で帝国と戦争になるならばライトレス家が全勢力を持って叩き潰す——その結果、帝国が滅ぶ事になろうとも、ローファスの命に比べれば安いものだと。
王国法で禁止されている長距離転移まで用いて暗黒騎士三名をステリア領に送り届けた。
ステリア領からは徒歩での国境越えとなるが、暗黒騎士の足ならば充分に間に合う——それがルーデンスの判断。
そうした背景での、暗黒騎士の戦闘への参入——これはローファスも予測出来なかった事。
故にローファスは、《魔王》戦の助太刀として影の使い魔の中で最も強力なものを寄越していた。
《魔王》と人類最高峰達との激戦。
それに介入出来るレベルの力を有する唯一の使い魔——エルフ王バールデルを。
*
影の使い魔たるバールデルには、擬似的な人格がある。
元となった存在の、複製ともいえる人格が。
謂わばそれは光に照らされた影であり、決して本物ではない。
ローファスの固有魔法——《影喰らい》が飲み込み、トレースして造り出した模造品。
トレースした肉体を効率的に運用する為に抽出された副産物。
しかし擬似的とはいえ、人格は人格。
基本的には主の命令に従う人形と相違無いが、ふとしたきっかけで記憶が蘇り、主の意図せぬ言葉を発したり、行動を起こす場合もある。
現在のバールデルには、正しくその現象が起きていた。
きっかけはバールデルにとって因縁深き存在、《魔王》スロウスの受肉体——巨大な蛇の如き姿を見た事。
『——アケェェディアァァァァッ!!』
バールデルは歓喜の笑い声を響かせながら、スロウスのかつての名を叫ぶ。
今より大凡千年前、神代と呼ばれた時代。
神の時代と呼ばれる程に、当たり前に神々が跋扈し、人以外の種——亜人が繁栄していた頃。
そんな時代に、神々を差し置いて空を支配していた国があった。
森人族が治める国——天空を舞う都市国家シエルパルク。
亜人の一種族でしかなかったエルフが空を支配出来た理由——それは圧倒的な武力で神々すら退け、天空の王とまで呼ばれたエルフの王——バールデル・ル=シエルの存在。
そんなバールデルが治める天空都市シエルパルクは、正しく当時最強の軍事力を有する国家であった。
しかし、神ですら打ち倒す力を有するシエルパルクは滅びた。
その理由——
『——主に感謝をォ! 我が末裔を娶るに留まらず、よもやこの様な雪辱を晴らす機会を賜ろうとは! なんたる運命の巡り合わせか! そうであろう、憎き怨敵——アケーディアよォォォ!』
狂った様に笑うバールデルは、かつて祖国に襲来し、破壊の限りを尽くした厄災——《魔王》を睥睨する。
因みにバールデルのこの叫び、古代語である上にエルフ訛りが酷く混在したものであり、その言葉の意味を正しく理解出来たものはその場には居ない。
一頻り一人で叫んだバールデルは、呪文詠唱を始める。
『《契約——天秤よ。我が左腕を糧に、我が槍に力を。空は切り、天は退く。竜は堕ち、神は滅ぶ。我が槍は万物を貫き、死を告げる先陣の風——』
詠唱と共にバールデルの左腕が失われ、右手に構える槍に莫大な魔力が宿る。
死後、ゴースト化したバールデルは生前程の力を有していなかった。
その上での影の使い魔化——生前と比べれば著しい弱体化を果たしている。
しかし今のバールデルは、ローファスよりふんだんに魔力を注がれており、その力は全盛期にも届く程に高められていた。
神をも殺すバールデルが放つ、完全詠唱の古代魔法。
『——《天死風》』
黒き槍が、暗黒の暴風を纏い突き抜ける。
それは《魔王》スロウスの堅牢な胴体を容易く貫き、暴風により内部からズタズタに切り裂いた。
規格外の威力、その衝撃の大きさ——そして何より、身に覚えのある攻撃にスロウスは苦悶の声を上げる。
『——ぐぉ!? こ、これは天空の王の…!? 馬鹿な、何故…』
天上で散々笑い狂っていたバールデルの声は、暴風の起点と化しているスロウスの元にまでは届いていない。
貫かれた胴体は、間も無く修復を始める——だが、スロウスは肉体の再生を待たず、安心出来ぬとばかりにその場から離れようと飛膜を羽ばたかせる。
今のが本当に天空の王の攻撃なのであれば、これで終わりでは無い。
スロウスの知る天空の王は、今の馬鹿げた威力の攻撃を——連続で行使する。
同時、二撃目の《天死風》がスロウスの頭部を貫いた。
三撃、四撃と次々と胴体を貫いていく。
天上に立つバールデルは、ローファスから与えられた魔力を運用しながら《天死風》を放ち続ける。
魔法を放つ度に失われる左腕を、その度に再生させながら。
だが、槍の威力は放たれる度に弱まっていた。
連続使用すれば威力が落ちる——それは《天死風》の欠点。
バールデルの利腕たる左腕を対価に、投擲槍の威力を限り無く底上げする——それがこの魔法の本質。
一撃限りだからこそ、放つ事を許された威力。
その左腕を再生して何度も使用する——それは対価を踏み倒す行為。
そんな暴挙を——契約主は許さない。
十にも及ぶ投擲の末に槍は威力を失い、遂にはスロウスを貫く事すら出来なくなった。
スロウスの肉体の修復が始まる。
『ぬ…生前は二十は持ったのだが、この身では半分もいかんか』
落胆する様に肩を落とすバールデル——その肉体は、魔力を使い切った事により端から霧散する。
連射性はあれど威力の持続が困難——これが、かつて相対しながらバールデルが《魔王》を仕留める事が出来なかった要因。
だが、今この場にいるのはバールデルだけではない。
まるでタイミングを見計らったかの様に、飛空艇より魔力を帯びた斧槍が飛来した。
躱わすのが困難な程の高速——しかし、それに反して威力は無い。
斧槍はスロウスの胴体に突き立つも、貫通する事は無く、ダメージも殆ど無い。
しかし直後、無数の魔法陣が展開され、スロウスの巨体全体を包み込む。
これにより、暴風の槍が突き抜ける最中ですらスロウスに張り付いていたオーガスが弾き飛ばされる。
『——うおお!?』
空中に投げ出されたオーガスを、すかさずフリューゲルが飛来し、騎乗するヴァルムがキャッチする。
『ヴァルム! こいつぁ何事だ?』
「俺が知るか。だが、敵では無い。ローファスの使い魔に…あれは暗黒騎士だな」
『暗黒騎士ィ? ローファスん所のか? なんだって帝国に…』
「だから俺が知るか。大方ローファスが手配した増援だろう…見るに、相当な手練れだ。特に——」
ヴァルムの視線は、飛空艇に向けられる。
斧槍を投擲した白髪の騎士——アルバに。
アルバとは以前、ステリア領にて顔を合わせた事がある。
その時から底知れない実力者である事を感じ取っていたが、三年越しに見たその姿は——
「——別格だな」
以前よりも、遥かに異質さが増した様に感じる。
少なくとも、今繰り広げられている戦闘にも充分介入出来るだけの力は確実に有しているだろう。
「まあ、増援はありがたい。オーガス、お前も大技の準備をしておけ」
『お?』
「これからローファスの指示通り、《魔王》を倒し続ける——もとい、殺し続けるぞ」
フリューゲルが軌跡により描く魔法陣も、完成に近付いていた。
*
アルバが投擲した斧槍には、速度こそあれど破壊力は無かった。
それは、攻撃の為に放たれたものではない。
そもそもアルバが得意とする武器は斧槍ではない。
アルバに戦闘技術を教授した者は、アルバには斧槍の才能は無いと言った。
斧槍一本で、一流の騎士を一方的に叩きのめす程度の技量をアルバは持ち合わせているが、それで頂点を取る事は出来ないと。
それでもアルバが日常的に斧槍を持ち続けているのは、その武術の師に一抹の敬意を持っていた為であるが、理由はもう一つ——この斧槍が、特別な効力を持つ魔法具である為。
遺跡より採掘された古代遺物であり、暗黒騎士筆頭に就任した折、武術の師より贈られたもの。
斧槍に込められた術式は、強力な封印魔法——それも一度限りの使い捨て。
神格すらも封ずる力を有する魔法具。
神格がライトレス家に仇なさんとした時、それが君の手に余る程の存在であった時に使うと良い——そう言われ、贈られた。
アルバはこれまで、ライトレス家の障害となり得るものは神格ですら打ち倒してきたが、ついぞ自身の手に余る存在と相まみえる事は無く、この武器を使う機会は無かった。
今回が使い所だろう、とアルバは判断した。
アルバの見立てでは、《魔王》とされるこの神格の受肉体は充分脅威と呼べるものであるが、何よりも面倒なのは倒せない事。
力量的に倒せないのではなく、これはどちらかといえばギミックに近い。
その秘密を解明しなければ、幾ら攻撃しようとも、相手を強化するだけになってしまう。
ローファスは“倒し続けろ”と指示している。
つまりはそれこそが、この神格の不死身の《権能》を打ち崩す秘策。
その礎となるならば、師からの贈り物であろうと喜んで使い潰す。
《魔王》スロウスに突き立った斧槍が展開した封印術式の魔法陣——本来ならば当てれば終わりの魔法具であるが、これでスロウスを封印する事は出来ない。
神格すらも封印するだけの力を有する古代遺物だが、スロウスの力は神格としても規格外。
封印術式は発動したが、スロウスの力が大き過ぎる故に抑え込めないでいた。
しかしこれもアルバの見立て通り。
神格としても相当上位の力を持つと目される《魔王》、これをたった一つの古代遺物で封印出来るなどとは最初から思ってはいない。
銘の無い斧槍——これにアルバは名を付けていた。
その名は——“神縫い”。
封印こそ出来なかったが、“神縫い”はその名の通り、スロウスはその場に縫い付けられる様に動きを止めた。
「…長くは持たん。さっさとやれ、愚か者」
出来の悪い部下に向けた叱責が、虚空に響いた。
*
ローファスの使い魔による大魔法の連発——それにより無数の風穴が開き、肉体の修復が間に合っていないスロウスは、斧槍の命中により発動した封印魔法により動きを止めた。
傷の修復速度すらも弱まっている。
ヴァルムと話そうと機会を伺っていた暗黒騎士シグであったが、封印魔法の発動によりオーガスが弾き飛ばされた事で即座に魔法発動に行動を移した。
配置は完璧、動きを止めている事から躱される事も無い。
「…《サイ》」
宙に立ってスロウスを見据え、一言発して人差し指を振り下ろす。
“サイ”——それは魔法名の宣言ではなく、一音に凝縮された呪文詠唱。
この世界に存在しない言語を用いた属性魔法。
スロウスの巨体が、まるで不可視の力に締め付けられるかの様に圧縮される。
その結果に、シグは舌打ち混じりに懐から魔石を取り出す。
アルバから受け取った足りない魔力を補う為の魔石——それをシグは、惜しげも無く握り潰した。
充満する魔素。
それを取り込む様に、シグは呪文を重ね掛けする。
「——《振》!」
同時、無数の切れ目がスロウスの肉体に刻まれた。
しかしシグは満足せず、限界を越して更に呪文を重ね掛けする。
血管が切れ、目や鼻から血を吹き出しながら、シグは叫んだ。
「——《賽》ッ!」
スロウスの巨体は、無数の肉片と化してバラバラに分断された。
それはまるで、1m四方のサイコロステーキの如く。
修復の間も無くバラバラになったスロウスは、何分割にもなった目をギョロリと動かし、術者たるシグをジロリと睨んだ。
シグは悲鳴を上げそうになるのを堪え、空を見上げて叫ぶ。
「今だ、やれぇ! サイラァ!」
シグの声に反応する様に、雷と共に天に駆け上がっていたサイラはその身を異形へと変える。
少女の身体は筋肉が盛り上がり、全身に体毛を生やして一匹の白い獣と化した。
その姿はまるで——白き大狼。
それは暗黒騎士サイラの魔人化——《天霆白眉》。
サイラが天の果てまで響く程の遠吠えをすると、周囲の黒雲より雷がサイラの肉体へと集まっていく。
雷は白く変化し、サイラの肉体が溶け込む——そして白雷は、スロウスと変わらぬ程に巨大な狼の姿を象った。
『——《万雷の大牙》!』
サイラの魔法名の宣言と同時、白雷の巨狼は落雷の如くスロウスを飲み込んだ。
凄まじい轟音が響き、雷光がスロウスのバラバラになった巨体に破壊の限りを尽くして修復を阻害する。
それでも尚、スロウスの肉体は肉片を繋ぎ合わせながら再生を始めていた。
そこに追い打ちをかける様に、巨大な金色の魔法陣が完成する。
フリューゲルと共に舞う黄金の竜騎士は、雷槍の矛先をスロウスに向けて口を開く。
「——《一結びの万雷》」
万の落雷を収束した一筋の雷光が、再生を始めていたスロウスの巨体を貫き、肉片を消し飛ばした。




