がらくたばかり ⑤
アルデバランで構えていた魔法使い・魔術師たちが放った混成魔力、それと竜自体が放った呪いの吐息、その両方をまとめて押し返す。
生前の肉体であり、かつ老練な竜ならばこれでもまだ生き残る芽はあったかもしれない。
だが朽ち落ちたクラクストンの肉体と、彼の戦闘経験ではこの状況を打破することはかなわなかった。
かくして、かの竜の肉体は肉体強度を超える魔力の渦に飲み込まれて消滅。
アルデバラン崩壊の危機はこうして去ったのであった。
「……なんてのんきしてる暇もないんだから、忙しいよなぁ」
「弱音を吐いている暇はありませんよ、これからどうするのです?」
聖女の言う通り、問題はここからだ。
魔力のまぶしい輝きとどす黒い吐息が混ざったマーブル模様に飲み込まれた竜から、幽霊船の呪詛があふれ出した。
一見して水のような性質を持つそれは、このままじゃ食らった衝撃そのままあたり一面に飛び散るだろう。
「聖女、君はそのまま浄化の用意を」
「ですがこうも散らばっては……」
「問題ない、僕が一点に集める」
すでに布石は整えてある、なにも「星屑の海」は攻撃を逸らしたり反射するばかりの術ではない。
あわや黒い雨と化して飛散しかける雨粒をすべて補足、一滴も逃さず宙の一点へと凝縮させる。
総体積はおよそクラクストンの半分ほど。 巨大な水球にまとめられた幽霊船の呪詛は、まだ逃れようとしているのが液面がびくびくと痙攣していた。
「まあ……なるほど、そういう術ですか」
「見抜くな勝手に、だいぶ出し惜しんだつもりなんだ」
「うふふ、そんな大事なものを見せてくれるなんてなんだかちょっとうれしいですね?」
「歓談はあとにしようか? さすがにこのサイズをひとまとめにしておくのはきついんだぞ」
「おっと、申し訳ありません。 では……」
聖女が手を合わせ、洗練された祈りを水球へと向ける。
毎度のことながら丁寧な所作だ、魔法は儀式手順の練度によって効果の質が変わるらしいが、これなら文句なしの最上級だろう。
「“天におります我らが神よ、どうか蔑まれし者に安らぎを、呪い呪われし命に終止符を。 永劫の苦痛より彼らが解き放たれんことを、切に願う……”」
聖女が前回とはまた異なる祝詞を捧げると、彼女の体からまばゆい光が放たれる。
呪詛を滅する浄化の光、聖女ほどのものとなれば生きた人間ですら心が洗われるような光だ。
金を払ってでも拝みたい人間もいるだろう、映像に残せるものならあとで量産して信者に売りつけたいところだ。
「……何やら邪念を感じますね」
「気のせいだろう、浄化は成功したんだろう?」
「ええ、見ての通りです」
浄化の光を浴びた水球は、いままでのしつこさが嘘のようにみるみる縮小していく。
抵抗しようにもここは陸地、そのうえ相手はアルデバランの聖女様だ。 無防備な姿で聖気にさらされて耐えられるはずもない。
やがて呪いの根源である幽霊船の残骸は、そのすべての体積を消滅してみごと浄化されたのだった。
「消えたな、水の一滴も残っていない。 苦労の割に最後はあっけないものだな」
「いえ、ライカさんがお膳立てしてくれたおかげですよ。 それにおそらく本体ではありません、体長が小さすぎます」
「……クラクストンの半分ほど体積があったはずだが?」
「それでも全体の1/10にも満たないでしょう。 しかし、弱体化につながったのは確かです、嬉しいですね」
小さなガッツポーズを見せる聖女とは裏腹に、こちらは頭を抱えたい思いだ。
なんだかあっけないとは思ったが、これでもまだ分体だと? 本体の大きさと脅威なんてもはや考えたくもない。
「それよりも今は街に戻りましょう。 竜殺しに幽霊船退治です、きっとライカさんは英雄として祭り上げられるかと」
「これ以上騒がしいのはごめんだ、手柄は全部君が持って行ってくれ」
「いえ、そういうわけには―――――」
―――――目前の聖女を一瞬見失う閃光、そして鼓膜を劈くほど轟音が鳴り響く。
反射的に身構えるが、今の光と音はこちらへの攻撃ではない。 遠い爆心地からこの場所まで、強い衝撃が届いたのだ。
「…………聖女、あれはなんだ?」
「…………いえ、私にもわかりかねますが……異常事態というのは確かです」
城壁に囲まれたアルデバランのその頭上、厚い雲に覆われた空から、幾本もの雷光が振り下ろされていた。
――――――――…………
――――……
――…
「うわー! なんか後ろですごいこと起きてる気がするー!!」
必死に走ってようやく街の門をくぐった直後、後ろから特撮でしか聞いたことがないような衝撃音とひどい爆風が飛んできた。
やっぱり師匠はとんでもない、怪獣大決戦だ。 くやしいが、一人だけ先に逃がされたのは間違いじゃない。
私があんな所にいてもなにもできない、ならせめて頼まれた仕事ぐらいはできるようにならなきゃ。
「えーと、アクシオさーん!! どこですかー!!! 師匠に頼まれてきましたー!!」
ついさきほど、城壁の上から魔法と魔術を一塊にしたなんかとてもすごいパワーが飛んで行ったの見えた。
つまり人がいるなら上のほう……
「…………え?」
見上げた空に黒い影が見えた。 それはだんだんとこちらに近づいて……いや、落ちてくる。
地面との距離が近づくほどにはっきりとした輪郭は――――「人間」だった。
「うわったったったぁ!? だだだ大丈夫ですか!?」
「う……ぅぁ……」
間一髪、反射的に動いた腕は地面へ激突する寸前の体をキャッチすることができた。
ひどい火傷だ、身に着けている服は焦げてるし肉が焼けた嫌な臭いがする。
まさか竜が? いや、竜はきっちり師匠が倒しているはずだ。 それに岩や呪いを受けてこんな怪我はしない。
「しっかりしてください! 誰かいませんか!? けが人がいます、誰かー!!」
「―――――あぁ? ンだよ、まだ生き残りが居んのか」
……後ろから、機嫌が悪そうな声をかけられた。
背後にあるのはさっきくぐったばかり城門で、人なんているはずがないのに。
「んー……テメェじゃねえなぁ。 誰だノアを殺ったの、お前は何か知ってるか?」
できるだけ刺激しないように、ゆっくりと振り返る。
私の真後ろに立っていたのは、身の丈の何倍もありそうなハンマーを担いだ小さな女の子だった。




