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異世界ベテラン幼女師匠  作者: 赤しゃり
本編

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氾濫 ①

「ここか」


 封筒に記された住所は、いつものウムラヴォルフ家とは違う場所だった。

各夫人に屋敷を与えるような当主だ、どんな豪邸で待っているのかと来てみれば、そこらの民家と変わらない煉瓦建ての一軒家だ。

住所を読み間違えたかと思ったが、家屋の中から感じる気配からして場所はここで合っている。


「……ノックして入ればいいのかな?」


「あっ、お気になさらず。 気軽にどうぞー」


 つい口から出てしまった疑問に、扉の向こうからあっけらかんとした声が返ってきた。

それに、想像していたよりも声が若い。 あの夫人が惚れるような男だ、もう少し歳が行っているものと思い込んでいた。

しかしいつまでも扉の前でたじろいでいる訳にもいかない、言われた通りにノックもなく扉を開けて屋内へ踏み込む。


「――――こんにちは、ライカ・ガラクーチカさん。 今日はいいお天気だね」


「お初にお目にかかる、ウムラヴォルフ・アクシオ殿。 田舎者ゆえ無作法で失礼」


「あはは、気にしないってそんなこと。 呼びつけたのはこちらだからね、気楽に構えてほしいな」


 一言で言えば温和、悪く言うなら軽薄な印象の男。 しかし、見た目とは裏腹に、狭い家屋の内部は彼が放出する魔力で満たされていた。

魔術師にとってこれほど落ち着かない空間はないだろう、もし彼の機嫌を損なえば、空間に満ちる魔力が全て魔術に変換されて襲い掛かって来る。


「……うん、やっぱり気づくか。 扉を潜る前から分かっていたよね?」


「さて、なんのことやら」


「いやー、若い魔術師にしてはずいぶん出来た子だ! 正直家で雇いたい、いくらでも出すよ?」


「御冗談を、こんな幼子に大金を叩くなどウムラヴォルフ家の恥となるのでは?」


「構わないな、君にはその価値がある」


 ……軽薄という第一印象は撤回しよう、一皮むけば底が見えない男だ。

そもそも人の事を「若い魔術師」と揶揄(やゆ)できるような年齢とは思えない、まだ20台半ばといったところか?


「おっと、今私の年齢を詮索しただろう? ちなみに今年で39歳になる」


「さんじゅっ……!?」


「ふふ、よく言われるんだよね。 まあ童顔おじさんの自嘲話よりも本題に入ろうか、今日は急に呼んですまなかったね」


 いけない、相手のペースに乗せられてしまった。

開幕から飛んだ不意打ちを喰らった。 ……いやしかし39はないだろう39は。


「君には一度顔を合わせてお礼が言いたかった。 シュテルの魔結症を治してくれた件、親として感謝に耐えない思いだ」


「依頼ゆえに熟したまでです。 それに、彼女を助けるために他の夫人を蹴落としたわけですが、その件は不問でしょうか?」


「ははは! それはそれ、これはこれさ。 君がいなくとも彼女達は遠くない未来で破綻していただろう」


「……身内でしょうに、随分と冷たく触れるものだ」


「とんでもない、みな平等に愛していたよ? ただ、妻たちの中で僕への一番愛が深かったのが彼女だったという話さ」


「………………」


「妻から聞いたよ、ウムラヴォルフ家の秘密を知ってしまったのだろう?」


「ええ、好奇心故に」


「命知らずだなぁ。 けど探究者(まじゅつし)にとって大切なことだ、うん合格」


 アクシオが指を鳴らすと、途端に部屋中に満ちていた魔力が彼の手元へと凝縮されていく。

自分が言い淀むか、あるいは気に入らない回答を述べていれば、あの魔力はすべて僕を焼く魔術へと変わっていたのだろう。


「重ね重ねの無礼を詫びよう、ライカ・ガラクーチカ殿。 あなたが許されるなら対等な立場として話をしたい」


「許すも何も、無理を通したのはこちらだ。 こちらこそ不躾な詮索を詫びなければならない」


「あっ、そう? じゃあここからはタメってことでいいね、いやーカタっ苦しいの苦手なんだよねよかったよかった」


「………………」


「あっ、ライカも無理して敬語とか使わなくていいから。 なんだか年上に畏まられているようで落ち着かないんだよね」


 ゴキゴキと肩を鳴らし、アクシオは腰かけていた椅子にがらしなく体重を預ける。

そろそろこの男、一発ぐらいぶん殴っても無礼講で許されないか?


「ああそうかい、じゃあこっちも好き勝手言わせてもらうぞボンクラ当主。 妻同士の争いを高みの見物とはいい趣味をしているな?」


「痛い所ついて来るね。 だがすべてウムラヴォルフ家の慣習なんだ、幽霊船の特性についてはどこまで知っているのかな?」


「聖女でも浄化不能の呪詛の塊、船の内部では犠牲者たちが死ぬことも許されずに善性をはく奪され続けている」


「正解。 人間らしい倫理などをはく奪され、際限なく悪性だけを煮詰め続けている」


「それとウムラヴォルフ家の悪趣味な内ゲバになんの関係が?」


「幽霊船の存在はいうなれば『蟲毒』を繰り返す儀式だ。 だからこそ、いざという時は監視者の家系も同じ要領で対抗しなければならない」


「……なんだと?」


「分かるだろう? ウムラヴォルフ家は代々蟲毒の儀式で次期当主を決める、そしていざという時は当主本人が人身御供となるんだよ」


 蟲毒。 それは一つの容器に大量の毒虫を放り込み、生き残った個体の毒を利用する魔法の一環だ。

主に暗殺に必要な毒物を生成するために用いられる儀式だが、なにも蟲毒ができるのは「虫」だけではない。

ウムラヴォルフ家の殺し合いは、まさしく蟲毒の儀式に必要な条件を満たしていた。


「…………そのために、君は夫人たちに屋敷を与えたのか?」


「必要だからね、周期的にそろそろだから手は抜けなかった。」


「必要だと? いったい何の話をしている」


「幽霊船が陸地に溢れ出すんだよ。 先代聖女や大陸を切り離すより安い犠牲だろう?」


 ――――アクシオが自重するような微笑みを浮かべるとほぼ同時に、どこか遠い山からもだえ苦しむような咆哮が響き渡った。

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