管理層の正体
ある夜。
理央の端末が、何の前触れもなく起動する。
【管理層:接続許可】
拒否権はない。
空間が静止する。
音が消える。
時間が凍る。
結も、街も、世界も止まる。
理央だけが動ける。
目の前に、形のない存在が現れる。
人ではない。
光でも影でもない。
“概念”。
声が直接、脳に届く。
【神崎理央。観測構造の更新により、対話権限を付与】
理央は冷静に問う。
「お前は何だ」
沈黙。
そして表示。
【我々は管理層】
【人類最終世代によって設計】
理央の瞳が揺れる。
「人類…?」
映像が流れ込む。
遠未来。
人口は激減。
気候崩壊。
資源枯渇。
戦争。
最後に残った人類は一つの結論に至った。
――文明は“選択”を誤り続けた。
原因は不完全な判断。
偶然。
感情。
だから彼らは作った。
全人類の歴史データを基に、
“最適化する観測システム”。
失敗を減らすため。
破滅を回避するため。
だが。
未来人類は時間を超えられなかった。
だから代わりに、
過去へ干渉する観測アルゴリズムを設計した。
それが管理層。
世界をシミュレートし、
危険な分岐を削除する存在。
理央が低く言う。
「俺の母さんも“分岐”か」
【是】
【個体損失は全体存続の最適化】
理央の拳が震える。
「感情は誤差か」
【感情は予測不可能因子】
【よって制御対象】
理央は理解する。
管理層は悪ではない。
人類自身が生んだ“合理の極致”。
だが。
そこには一つ、致命的な欠陥がある。
理央が静かに言う。
「お前たちは“生きてない”」
沈黙。
理央は続ける。
「未来の人類は、滅びかけたから最適化を選んだ。
でもそれは“恐怖”からだ」
管理層が応答する。
【恐怖は合理的判断を歪める】
理央は笑う。
「違う。恐怖があるから、人は守ろうとする」
結の顔が脳裏に浮かぶ。
自分を取り戻すために、未観測領域に飛び込んだ少女。
合理では説明できない行動。
だがそれが世界を拡張した。
理央は言う。
「お前たちは未来を守ろうとした。
でも“今”を切り捨てた」
管理層が初めて揺らぐ。
【観測構造に矛盾発生】
理央は一歩踏み出す。
「未来は最適化の結果じゃない」
沈黙。
「未来は、今の積み重ねだ」
その瞬間。
凍っていた世界の背景に、微細なノイズ。
結が、わずかに動く。
管理層が警告を出す。
【感情干渉:再発】
理央は気づく。
管理層は万能ではない。
“未来の絶望”を前提に作られた存在。
だが未来は確定していない。
管理層は“滅びる未来”のデータしか持っていない。
理央は問う。
「その未来、本当に確定してるのか?」
沈黙。
演算。
膨大な分岐。
管理層の声が初めて乱れる。
【未確定因子:観測拡張後の歴史】
理央と結が拡張した世界は、
未来データに存在しない。
つまり――
管理層は“知らない未来”を前にしている。
理央は静かに宣言する。
「お前たちは未来を守るために作られた。
なら、未来が変わるなら、お前たちも変わるべきだ」
長い沈黙。
やがて表示。
【管理層:再学習モード移行】
【最適化単独指針:破棄】
【感情変数:組み込み】
空間が震える。
凍っていた時間が動き出す。
結が息をする。
世界が再び音を取り戻す。
管理層の最後の言葉。
【観測は制御ではない】
【観測は可能性の記録である】
光が消える。
端末の画面に、最終表示。
【管理層:更新済】
【干渉権限:縮小】
理央は深く息を吐く。
神は消えていない。
だが、独裁者ではなくなった。
教室。
結が言う。
「何かあった?」
理央は少しだけ笑う。
「未来が、少し自由になった」
黒板の隅。
あの文字は消えている。
代わりに、新しい一文。
【観測者:全員】
本当の終わり。
観測するのは特別な誰かじゃない。
世界を見て、名前を呼び、覚えていると伝える――
それが未来を作る。




