排除候補
理央の端末が、赤く脈打っている。
【排除候補へ移行】
【実行確率 63%】
数字が上がっていく。
67%
72%
81%
理央は冷静に分析しようとする。
排除とは何だ。
死亡か?
存在消去か?
それとも――未観測化?
画面が切り替わる。
【最適安定化処理】
【対象:神崎理央】
【方法:履歴抹消】
履歴抹消。
それは、影がやっていたことと同じ。
“忘却”。
理央は理解する。
観測システムは、観測者すら最適化する。
不要になれば削除。
合理的だ。
だが、今回は自分が対象。
皮肉だと、理央は思う。
翌朝。
教室。
理央はいつもの席に座っている。
だが、違和感がある。
誰も視線を向けない。
隣の生徒が鞄を置くとき、彼の机にぶつかる。
「……あ、ごめん」
その目は、理央を見ていない。
まるで空間に謝っている。
端末が振動する。
【未観測化開始 12%】
黒板の出席番号。
理央の名前が、薄くなっている。
結が教室に入ってくる。
一瞬、視線が交わる。
結の眉がわずかに動く。
「……神崎?」
その声だけが、世界に引っかかる。
端末が警告を出す。
【干渉因子:結】
【排除処理加速】
理央は立ち上がる。
廊下へ出る。
歩くたびに、足音が軽くなる。
重さが減っていく。
鏡を見る。
輪郭が、わずかに透けている。
【未観測化 48%】
理央は悟る。
これは死ではない。
世界の“前提”から外されること。
最初から存在しなかったことにされる。
合理的な処理。
観測者が不安定なら、削除。
当然の帰結。
だが。
理央の胸に、初めて明確な恐怖が湧く。
消えたくない。
合理ではない感情。
だが確かにある。
放課後。
図書館。
結が走り込んでくる。
「やっぱり……薄くなってる」
彼女は理央の腕を掴む。
触れられる。
まだ、完全ではない。
【未観測化 63%】
「端末、見せて」
理央は一瞬迷う。
これまで誰にも見せなかった。
だが、もう隠す意味はない。
画面を見た結の顔が強張る。
【排除完了予測時刻:18:42】
時計は18:39。
残り三分。
結が言う。
「前と同じだ」
「影のときと同じ」
「観測を止めるしかない」
理央は首を振る。
「違う」
「これは上位構造だ」
「端末を壊しても、管理層は止まらない」
数字が上がる。
71%
78%
理央は静かに言う。
「合理的に考えれば、俺の排除は正しい」
「観測者は一人で十分だ」
結が怒る。
「またそれ?」
「消えるのが正しいわけないでしょ!」
その瞬間。
端末が最大警告を出す。
【干渉過多】
【即時処理へ移行】
理央の体が、一瞬で半透明になる。
世界の音が遠ざかる。
結の声だけが、残響する。
「理央!」
理央は初めて、自分で選ぶ。
端末を、床へ叩きつける。
画面が割れる。
【観測端末損壊】
だが表示は消えない。
空中に直接、文字が浮かぶ。
【未観測化 96%】
理央は笑う。
「やっぱり……俺は候補でしかなかった」
結が必死に腕を掴む。
「まだ間に合う!」
理央は静かに言う。
「もし俺が消えたら」
「覚えていられるか?」
結の目に涙が滲む。
「忘れない」
その言葉が、世界に響く。
【未観測化 99%】
理央の体が光に崩れる。
最後に残ったのは、声。
「なら――それで十分だ」
100%。
理央は消える。
静寂。
端末も、ログも、履歴も消失。
出席番号から名前が消える。
教師も生徒も、最初から転校生などいなかったように振る舞う。
だが。
結だけが、立ち尽くしている。
手の中に、割れたスマートフォンの残骸。
画面は真っ黒。
だが、微かにひとつだけ文字が残っている。
【観測残滓:1】
結は顔を上げる。
「終わってない」
理央は消えた。
だが完全ではない。
“1%”が残っている。
かつて理央の母が持っていた2%。
今度は逆だ。
消失99%。
存在1%。




