Article 53 : interpretation - 今ここにある世界
53-1 [BH ̄] 17
十月のニューヨークは、すでに秋色を帯びていた。
セントラルパークの木々の葉は色づき、吹きぬける風もどこか涼やかだった。
それでも、ジュネーブとくらべれば、ずいぶんと気温は高い。
シャツの袖をまくりあげたところで、ぼくの目前に一台の赤いバイクが停まった。先鋭的な造形のカウルが前後左右に大きく張りだした、アニメ映画の主人公が乗りまわしていそうなデザインだ。
大の男の手にも余りそうな大型バイクだが、小柄な女性ライダーはなんなくスタンドを立てると、ヘルメットのバイザーを上げた。
「おまたせ、ベルナルド」
快活な声でそう言った彼女――アヤノは、ぼくにヘルメットを差しだすと、「乗って」とタンデムシートを指さした。
女の子がバイクを操縦し、男が後席に乗せてもらうのは、どうにもみっともない姿だが、アヤノはどうあってもこのスタイルで案内すると言って聞かなかった。
モーニングサイド・ドライブにある彼女の部屋に寄り、それからプリンストン大学のアカデミックでアーティスティックなキャンバスを案内してもらい、最後はセントラルパークの南端にあるコロンバス・サークルでバイクを止めた。
ひっきりなしに車が走りぬけるサークルの向こうには、タイムワーナーセンターのツインタワーが、秋空に向けて背比べをするようにそびえていた。
あの事件から二年半が過ぎた。
あどけなさすら感じる少女だったアヤノは、その間に人間としての深みと女性としての艶やかさを身に着けていた。けれど、何度か会ってアヤノのことを深く知れば知るほど、彼女の芯がぶれないものであることを、ぼくは思い知らされた。
だから……。
ぼくの隣に並んだアヤノが「ベルナルド」と呼びかけてきたとき、彼女がこれから口にするだろう言葉が、ぼくにはわかっていた。
「ずいぶん時間がかかっちゃったけど、ウィーンで言ってくれたことへの答えを返すね。あたし、やっぱりCERNに、ううん、あなたのところには行けない。ここで生きていくことにするね」
予想が現実になっても、ぼくはたいして落胆しなかった。
だって……。
「あたし、ジャーナリストであり科学者でもある、そういう人間になりたい。よくばりだけど、どちらかでしかないのではなく、どちらでもある者をめざしたいの」
アヤノはその言葉どおり、九月にコロンビア大学を卒業したあと、CNNで記者として働きながら、プリンストン大学院数学科の博士課程に進学した。
進路の希望を聞いたときは、いくら優秀なアヤノでも無茶をしすぎだと思った。でも、ぼくは反対できなかった。アヤノは口にしないが、アルバートの死とニーナの失踪に責任を感じての選択だったことは、まちがいないと思ったからだ。
ジャーナリストとして、あるいは科学者として、どちらかだけでも楽ではないのに、彼女はあえて二足の草鞋を履くという厳しい道を選んだ。彼らの不幸を繰り返さないために、そして彼らがなしえなかったことを引き継ぐために。
ちいさな身体で、いったい何人分の人生を、いくつの十字架を背負うつもりなのだろう。
だがそんなことはおくびにも出さず、アヤノは軽やかに言った。
「あたし、子どものころから、かけもちは得意だから」
そう、アヤノはなにひとつ変わらずに、あのときのアヤノのままなのだ。
きっとこれからも、そうなのだろう。そして、そうであるかぎり、ぼくとアヤノの繋がりがなくなることはない。
だからぼくは、この機会に、ずっと心にわだかまっていることを告白しておこうと思った。
アヤノ、と呼びかけると、ガーネットを思わせるこげ茶の瞳がぼくに向いた。
そのまなざしにはすでに、真理を見通そうとする科学者でありジャーナリストである者の、曇りのなさが宿っているように思えた。
まるで、これから話すことも見透かされているかのようで……。
「じつは謝りたいことがあるんだ。ぼくは君にひとつだけ、うそをついていた」
53-2 [AK ̄] 49
ベルナルドの突然の告白に、あたしの胸がどくんと鼓動を打った。
「なに?」と問いかけると、彼はすこし考えこんだあと、口を開いた。
「ほんとうは口外していいことじゃないけど、CERNの研究はひとつまちがえると危険なものになるんだ。たとえば、テルスノヴァ・プロジェクトだ。LHCの出力を上げること自体は、さして難しいことじゃない。今より出力が上がれば、マイクロブラックホールの生成も可能になる。アヤノに質問されたとき、そんなことはできないと答えたけど、あれはうそだったんだよ。そして、そうやって開かれた多重世界を構成している物質が、もし反物質だったなら、それは恐るべき威力をもった兵器に転用されるかもしれない。テルスノヴァ・プロジェクトは、たんに多世界解釈の実証というだけでなく、核分裂物質を超える反物質の確保を目的とした、軍産複合の計画だった。だから、ハイゼンベルク家は横やりを入れて、計画を頓挫させたんだ」
――なんだ、そんなことか。
あたしはベルナルドに気づかれないように、心のなかで胸をなでおろした。
「知ってたよ、それ。あのとき計算したら、十二テラ電子ボルトくらいの出力で、マイクロブラックホールの生成が可能だとわかったから。でも、ベルナルドは、それを否定したでしょ。それは、あなたはそんなことに手を染めない、という意志だと思ったの」
ベルナルドは首をちいさくふって、ふっとため息をついた。
「かなわないな、アヤノには。でも、そうでない人間もいる。実際、テルスノヴァ・プロジェクトは、イズミ・ユカワ・シュレーディンガー博士の手によって、新たなプロジェクト『クニウミ』として、今も研究が続けられている。ぼくの力で、彼女が道を誤らないようにしていけるか、正直に言って自信はないよ」
あいかわらずだなこの人は、とあたしは思った。真摯ではあるけれど、考えすぎなのだ。
「きっと大丈夫だよ。ベルナルドだけじゃない、あたしもそのためにがんばるから」
ありがとう、と答えて、ベルナルドがあたしにキスをする。
あたしは、いつかスクルドが言っていた言葉を思う。
きっと人と人は――世界と世界は、こうしてふれあい、影響を与えあい、お互いに補いあいながら、存続し、理解を深めていくのだろう。
あたしは、プラーター公園で別れたきりの彼女に語りかける。
ニーナ、あなたは新しい世界なんて、求める必要はなかったのよ、と。
だって世界は、否定するものではなく、理解し受け入れるべきものなのだから。
『なによりも不可解なのは、人間がこの世界を理解できるということです』という、アインシュタインの言葉は、あたしたちに希望を与えてくれる。
あたしたちが世界をどう理解するかということは、あたしたち自身をどう理解するかということに他ならない。
そして、世界をよりよいものとして理解するきっかけは、きっといつも目の前にあるのだ。
そう、たとえば。
セントラルパークに繁る木々の緑や、晴れわたった秋空を流れる白い雲や、サークルをいきかう恋人たちや親子の笑顔。
そんな素敵なものたちだって、いまここにある世界を構成している要素なのだ。
あたしは、ふと心に浮かんだ歌をくちずさんだ。ルイ・アームストロングの”What a wonderful world”だ。
ベルナルドは、すこしためらってから、あたしの歌にハミングをあわせてきた。歌詞を知らないのか、それとも口にするのが恥ずかしいのか、それはわからない。
けれど……。
ニーナに届けばいいな。
そう思いながら、あたしは歌声を風に乗せる。
ふたつの声は重なりあい、それは見えないさざ波となって……。
干渉の縞模様を描きながら、世界にひろがっていった。
53-3 [NB ̄] 13
開け放した窓から吹きこむ秋風は、すでに冬の冷たさを帯びていた。
私は、読んでいた本をテーブルに置き、ティーポットから熱い紅茶をカップにそそいだ。
理学博士ニーナ=ルーシー・ボーアという肩書と名前を捨てて、CERNを――マクシミリアン・プランクの元を飛び出してみても、待っていたのは厳しい現実だった。
私はたぶん、また選択を誤ったのだ。
思えば、私の人生は、そんなことの繰り返しだった。
ニューヨークでは、容姿という天与のものだけに頼って生きていた。ジュネーブでは、他者の力だけに頼って生きていた。そして、行き詰るとひがみ、そこから逃げてばかりだった。
この世界を否定し、逃げ続けた結果、私がたどりついたのは、この世界にいない者という、ある意味で皮肉とも当然ともいえる境遇だった。
そんな私を助けてくれたのは、エリザベート四世殿下だった。
彼女の城館でメイドのまねごとをすることで、私はかろうじてこの世界に存在することを許されていた。
本の背表紙に書かれたタイトルに、目をやる。
量子力学におけるヒュー・エヴェレット三世の多世界解釈。
それは、知れば知るほど悪魔的な魅力に満ちた理論だと思う。
世界は――可能性は、因果律に縛られることなく、無制限に存在しうる。その世界たちは、おたがいに無関係で、それぞれの存在すら認識しえない。
観測される度に生みだされる、まったくあたらしい世界。
行けるものなら、そこに行きたい。そう願ったのが、そもそもの間違いだったのだろうか。
カーテンを揺らした風が、テーブルの上に置いていた一枚の紙切れを、私の手元に運んできた。
学生が使うような安っぽいルーズリーフにボールペンで無造作に書かれているのは、アルバート・シュレーディンガーの波動関数積分方程式だ。
そしてその式に重なるように、「不成立」というドイツ語が見える。すこし丸みを帯びた、女の子らしい文字だ。
たった一枚の、たったこれだけのメモ。
だが、あれから三年ちかくが過ぎるというのに、まだこの問題は、乗り越えることも回避することもできない大きな壁となって、私たちの前に立ちはだかっている。
イズミの研究も、一進一退を繰り返しているらしい。
アルバートに比肩する頭脳を持ち、『CERNの双璧』の銘をベルナルド・フォン・ハイゼンベルク博士と分かちあう天才物理学者でも、造物主の神秘に迫ろうという試みは容易ではないのだ。
私などでは、神の御心の一端に触れることすら、できないだろう。
ため息をつき、ティーカップに口をつける。
ジャスミンの甘酸っぱい芳香が、ざわつきはじめていた心を凪がせてくれた。
そのとき、私の耳元に、忘れられない声が聞こえた。
勝気さに柔らかさが加わった少女の声が、ルイ・アームストロングの名曲を歌っている。
サイドボードに置いたオーディオセットから流れ出す、FM局の放送だった。でも、なぜだか私には、それがアヤノの声であるような気がした。
アヤノがいまどうしているのかは、エリザベート四世殿下から聞き知っている。
その生き方は、悔しいけれど、賞賛に値するものだった。
きっとあの子なら、私ができなかったことを、やすやすとなしとげるのだろう。この世界のすべてを受け入れ、理解し、そしてこの歌詞のように、希望を失わずに謳歌するのだ。
なのに、私は……。
『君はこの世界を……私たちの世界を、憎んでいたのかい?』
別れ際に投げかけられたジョセフの問いかけが、いまも耳から離れない。
ちがう、そうではない。私がこの世界を憎んだのではなく、この世界が私を愛してくれなかったのだ。
でも、ほんとうにそうだろうか……。
私は首を横に振って、ふとわきおこった感傷を振りはらった。
もういちど本を手に取り、スイッチを切ろうとオーディオセットに指を伸ばす。
けれど私の指は、わずかな距離を残して、空中で静止した。指先とスイッチの間に、不意に発生した斥力に戸惑いながら……。
私は、”what a wonderful world”と歌う声を、聴いていた。
(完)




