Article 46 : past light cone - 光円錐の内側で
46-1 [AK ̄] 42
ボーア博士は、その言葉を吐き出すと、はじめて外の景色にまなざしを向けた。
まるで、ここではないどこかを見ているようなその横顔に浮かぶのは、いままであたしが目にしたことのない、とても遠い笑顔だった。
あたしは不覚にも、涙をこぼしそうになった。
ボーア博士が「彼」と呼んだ人物は、たぶん、いや間違いなくジョセフ・クロンカイトだ。
あたしの担当講師になって間もないころ、ジョセフは自身が旧ユーゴスラヴィア、現在のコソボの出身だと明かしてくれた。そして、難民として流れ着いたニューヨークで、新聞売りから身を立てたということも。
ジョセフは眼鏡のレンズを光らせて、目元の表情を隠していた。
ボーア博士の艶やかな唇からふっと息が漏れ、それに続いて言葉がこぼれだした。
「観測された量子が不確定さという自由を失うように、私はあの下衆な親父のところに帰るしかなかった。あのまま同棲を続けていたら、私か彼か、あるいはその両方がイーストリバーに浮かんでいたかもしれないから。そしてそれから二年ほど経ったころ、私はマクシミリアン・プランクと出会ったのよ」
46-2 [NB ̄] 09
マクシミリアンは、どこにでもいる初老の男という印象で、とりたててなにかを感じさせるようなことはなかった。
学会に出席するためにスイスから来ているのだと言って、連れていかれたのが『ザ・プラザ・ニューヨーク』のダブルルームだったから、私はほんとうに驚いた。初めて見る五つ星ホテルの豪華な部屋に、私は目がくらむ思いだった。出張の宿泊にこんなホテルを使うなんて、学者というのはずいぶん金持ちなのだなと思った。
事が終わったあと、マクシミリアンは私のバッグから覗いた「Nature」誌を手に取って、「ほう」と言って目を細めた。
「君は、こんなものを読んでいるのかね?」
差し出された雑誌は、量子理論の多世界解釈のページが開いてあった。
「なにが書いてあるのかは、よくわからないんだけどね」
そう答えた私に、マクシミリアンはワインのグラスをテーブルに置いてから、「目を閉じてごらん」と言った。
言われたとおりにすると、こんどは「今グラスはどうなっていると思う?」と問われた。
「見えないから、わからないわ」
「じゃあ目を開けて」
グラスはテーブルの上から消えていた。まちがいなくマクシミリアンが隠したのだろう。
「もう一度目を閉じて。そうだ。今グラスはどうなっている?」
さっきのことがあるから、あるともないとも言えない。だから私は、もう一度その答えを繰り返した。
「わからない」
「目を開けなさい」
こんどは、グラスがテーブルに戻っていた。
「君が目を閉じているとき、グラスがあるのかないのかは、君にはわからない。ということは、あるという可能性と、ないという可能性が、併存していることになる。そして君が目を開けて見たことで、グラスがあるという可能性が正しかったことがわかった。ならば、併存していたはずの、グラスがないという可能性は、どうなってしまったのか。この雑誌に書いてあることで説明するなら、君が目を開いた瞬間に、グラスがある世界とグラスがない世界が枝分かれして、君はたまたまグラスがある世界にいて、その事実を目撃したということになるのだよ」
マクシミリアンの言うことは、まるで子どもだましの言葉遊びのようだった。だから私は、正直な感想を口にした。
「難しい図や記号や数式を並べて、そんなどうでもいいことを書いているなんて、ばかみたい」
「そうだな。私もそう思う。だが、そんなばかげたことが、この世界の真理を解き明かす鍵になるんだ。そして私は毎日、そんなことばかりやっているのだよ」
そんなことをやっているだけで金持ちになれるなんて、やっぱり世界は不公平にできているに違いない。
でも、そんなことはどうでもいい。マクシミリアンは、ニューヨークに滞在する四日間、ずっと私を購ってくれた。しかも、行為だけでなく、食事や酒もごちそうしてくれた。
時間はたっぷりとあったから、私たちはお互いのことを語り合った。私の出自や、いまの家族のこと、そしてこの仕事のことに、マクシミリアンは興味を示した。私は問われるままに、すべてを話した。
そして最後の夜、マクシミリアンは「スイスに来ないか」と、私を誘った。身請け代金も、渡航に関する手続きも、そしてスイスでの生活も、すべて面倒を見るからと。
どうせリップサービスだろうけど、こうしてひとときでも夢物語に浸らせてくれたお礼をかねて、私は「連れて行ってほしい」と答えた。
ひと月ほどがすぎて、そんなことも忘れかかったころのことだった。
いつものように仕事から戻ると、スーツ姿の男が二人、私を待っていた。その背後で、親父は卑屈な笑いを浮かべていた。
「ニーナ=ルーシー・ボーアさんだね」
うなづいて肯定すると、スーツの男は口許だけを緩めて笑顔を作った。
「マクシミリアン・プランク氏から、あなたをお連れせよ、と指示を受けている。君の法律上の父親とは話がついているから、安心して同行を願いたい」
そうして私は、ジュネーブにやってきた。
けれど、新天地での生活を夢見て大西洋を渡ってきた私を待っていたのは、ニューヨークでの生活となにもかわらない現実だった。
産学連携の走りとして名をあげたマクシミリアンだが、そのころすでに物理学者としては頭打ちになりつつあった。
目新しい研究成果が出せなくなっていて、メインスポンサーのサスーン・グループから見捨てられつつあったのだ。
CERNの次期所長の座に手が届きかけていたマクシミリアンは、起死回生の一手として、出張先のニューヨークで見つけた私という掘り出し物を使うつもりだったのだ。
当時、サスーン・グループの総帥だったデイビッド・サスーンは、好色家としても知られていた。そこに目をつけたマクシミリアンは、私を若くて美しい女性物理学者として、デイビッドに売り込むことを目論んだのだ。
たんなる愛人ではなく、物理学者のパトロンという立場の方が、世間体もいいし、長期にわたる資金提供が期待できる。そう踏んだマクシミリアンは、彼の研究成果のいくつかを私の名前で論文として発表させ、短期間で私を理学博士に仕立て上げた。
マクシミリアンの見立てどおり、デイビッドは私を気に入った。その寵愛を受けることと引き換えに、多額の資金援助を得ることができた。その資金はマクシミリアンをCERN所長の座に押し上げ、私は所長直属の主任研究員に抜擢された。
ようやく、安定した身分を手に入れることができた。
そう喜んだのもつかの間で、デイビッドが遊行中のロンドンで急死するという事件が起きた。
カリスマ的なリーダーを失ったサスーン・グループは、デイビッドの姪で、グループの金融部門を取りまとめている人物を跡継ぎに据えることで、なんとか崩壊を免れた。
けれど、そのしわ寄せは、私たちに向けられることになった。
後継者に指名された女性は、私たちへの資金提供を含めて、デイビッドの個人的な投資の見直しをはじめたのだ。
「サスーン・グループに実利をもたらすか、あるいはイメージアップになる研究成果を半年以内に出さなければ、資金提供は打ち切らせてもらいます」
死刑判決の言い渡しに近い宣告を受けた私は、ずっと暖めていた計画を実行に移すラストチャンスだと思った。
私は、マクシミリアンを抱き込んで、設置が進んでいた新型の粒子加速器LHCを使った多重世界探査計画、通称『テルスノヴァ・プロジェクト』を立案した。そして、計画への賛同者を集めるために、私は自分自身を含めて、出し惜しみをしなかった。なりふり構わぬやり方に、CERNの内部から非難の声も上がったが、それでも計画が承認されるまで、あとひとりの賛同を得られればというところまでこぎつけた。
しかし、その最後のひとり、ベルナルド・フォン・ハイゼンベルク博士は、理事会で反対票を投じた。
わずか一票の差で計画は頓挫して、私はあとがなくなった。このままでは、いずれサスーン・グループからの資金は途絶え、それと同時に私の存在意義はなくなってしまうだろう。
その日の夜、職場をあとにした私は、レマン湖のほとりの公園に寄り道をした。
霧が立ちこめた公園には人影もなく、闇を照らすセピア色の街灯の光が、円錐形に世界の輪郭を形づくっていた。それは、光さえも逃げ出せない、因果の境界を現す図形によく似ていた。
私は、失望と挫折感に打ちひしがれながら、思い知った。
祖国でもニューヨークでも、そしてCERNでも同じだった。誰かに依存した立場は、不安定で弱いものだ。その世界、その因果の光円錐の外側に出ない限り、ほんとうの意味での成功はない。
汀にうち寄せるさざ波の音は、まるであの日にバッテリーパークで聞いた波の音のようで……。
いまはもう遠く離れて会うこともできなくなった彼が、私にくれた言葉のひとつひとつを、失ったものの大きさとともにかみしめた。
そう、だからこそ、私は。
こんなところで終わるわけには、いかないのだ。
マクシミリアンに頼らず、サスーン・グループに縋らず。自分の力で、自分の人生を切り開いていかなければならないのだ。
だが、決意だけでなんとかなるほど、世の中は甘いものではなかった。
無為無策のままに半年がすぎて、ついにサスーン・グループから資金提供の中止を知らせるメールが届いた。
万事休す、だった。
けれど。
そのメールに続くように、もう一通のメールが着信していた。
差出人は、CERNーLHCbラボラトリィ、ハイゼンベルク研究室の研究助手、アルバート・シュレーディンガーだった。




