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ネクロマンサーと太陽娘  作者: みつえだ西緒
お知らせ&番外編
34/34

それは、風物詩につき。

夏が過ぎると太陽が高く登らなくなるのは、熱を持ちすぎたリュエノーが夜を求め、地の底をのぞき込み、マニエットを招くからだと言われている。そしてマニエットをもてなすために、リュエノーは大地に実りをもたらす。


 そのころ、あちこちの街で大市が立つ。農産物の売買で活発になり、長い冬へ向けた冬支度――干物や糖蜜漬けを作り、あるいは果樹を藁で覆ったりといったこと――が、始まる。それは王都でも同じことで、街は連日、お祭り前夜のように明るく慌ただしかった。

 ……一方、もともと薄暗いドムル城はますます薄暗くなる。日が低くなるせいで、ドムル城を囲む大樹や王城に日光が遮られるのだ。夏の熱で萎れかけた垂れ苔は勢いづき、ますますドムル城の廃墟風情を強くしている。

 もっとも、死霊術師(ネクロマンサー)たちは、市井の人々と同じく明るかった。ここのところ皆、まもなく配属されてやってくる新人に夢中なのだ。


「聞いたか、今年は志望者多いんだってさ」

「ギーからか? ふは、あいつの努力が実ったな!」

「去年配属ゼロでしょ、いくら多くてもトントンじゃないかしら」

「まーうちはいつもこんなもんさ」


 フロランスが広間に入ると、今日もたちが口々に話しているのが聞こえた。


(ふうん、いつも少数精鋭なのかしら。仲良くしてもらえるかなあ……)


 ぼんやり考えていると、頭をワシッと掴まれた。

 こんなことをするのは1人しかいない。


「おい、テメーはただでさえ中途半端なんだよ、どっちかにしろ」

「へ」


 いきなり噛みつくように言われた言葉は、意味不明だった。

 フロランスが頭を掴まれたまま振り返ると、ジュールは眉間にしわを寄せていた。


死体野郎(グレゴワール)にシミみてーにこびりつくか、離れて赤の他人のフリすっか、どっちかにしろっつってんだよ。……うるせえ仕方ねーだろ、テメーになんかあったら俺が治療させられんだよバカ!!」


 ポカンとしている間にジュールは勝手に怒り出し、舌打ちをし、肩をいからせてどこかへ行ってしまった。





「……ということがあったんです」

「なるほどネェ」


 あの後、広間から出たところでフロランスはちょうどグレゴワールに出くわした。グレゴワールはフロランスの微妙な表情を読み取ったのか、フロランスを庭に誘う。フロランスは誘われるままついて歩いた。

陰気なドムルの庭であっても、グレゴワールと一緒なら薔薇園にも勝る。むしろこちらの方が落ち着いていいとさえフロランスは思った。


 ジュールの謎の言動について相談すると、グレゴワールはちょっと困ったような顔をした。そしてマントの片側を広げてフロランスの肩に回す。フロランスはマントに半分覆われて、まるで親鳥の羽の下で雨宿りする雛みたいな状態になった。

 グレゴワールと同じマントに包まれているのが甘酸っぱいようで少し恥ずかしい。ハーブのようなグレゴワールの香りが一層近く感じられる。

 フロランスは頭を振った。違う、今はジュールのことだ。ジュールは口は悪いが、村の若い男たちのようにいたずらにフロランスを悪く言ったり脅したりすることはしない。何か理由があるはずだ。


「ずいぶん言葉足らずだけどネ、ジュールの言っていることは正しいんだ。ごめんネ」

「……ごめんね?」

「フロランスのことはちゃんと守るから」


 フロランスは目を瞬かせた。グレゴワールに守ってもらえると言われたからには不安はない。


 ――でも、そもそも、守るって何から?


 だがフロランスが尋ねる前に、グレゴワールはこう続けた。


「ジュールはあの通り治癒魔法(レキュペラシー)も上手いから、つい頼っちゃうんだヨ」


 ジュールが最も得意とするのはもちろん死霊術(ネクロマンシー)だが、その次に得意なのは治癒魔法(レキュペラシー)である。チンピラのような見た目からすると破壊魔法(デストラクシー)専門のように見えるが、実はそちらのセンスは全くない。


 魔法の得手不得手は天性に左右されるため、本人の努力ではいかんともしがたい部分がある。


 だから、代々死霊術(ネクロマンシー)を信仰してきたブロンダン家をジュールがどんなに嫌っており、どんなに死霊術師(ネクロマンサー)になりたくないと願っても、こうして第五部隊(ドムル)に所属するはめになったのである。

 ジュールはもともと破壊魔法(デストラクシー)使いになり、一般的な部隊へ配属されることを望んでいたのだが、よりにもよって一番望まない死霊術(ネクロマンシー)の優れた才能があり、しかも「女々しい」と嫌がっていた治癒魔法(レキュペラシー)のセンスまで持っていた。


 そのせいで、ジュールは第五部隊(ドムル)で治癒をも担うという、最も忌避したい立場に置かれてしまったのである。


「大丈夫、フロランスがジュールにお世話になるような状況にはさせないヨ」

「あのう、この時期は爆発でも起きるんですか? 守るって何から?」

「……ウン、それは実際に体験した方が早いかもしれない。ごめんネ、フロランス。大丈夫だから」

「グレゴワールさ」

「作戦開始ーーーっ!!」


 突然、怒号が響き、あたりの木陰や茂みからいっせいに黒い影が飛びかかってきた。

 フロランスは飛び上がってグレゴワールに思わずしがみつく。グレゴワールはしっかりフロランスの腰を抱き寄せた。






 そのほんの少し前のこと。

 魔術兵軍(ドロワット)第二部隊の副部隊長アドルフ・バルテスは、慌ただしく足音がこちらの詰め所へ向かってくるのを聞いた。

 間もなく、体当たりで扉を破るようにして若い男が転げ込んでくる。魔術具の手入れをしていた第二部隊員たちは、手を止めて何事かと一斉に扉の方を向いた。

 若い男は、さきほど配属の挨拶に来たばかりの新人魔術師だった。肩で呼吸をしており、汗の浮いた顔は青ざめている。緑のローブは乱れていた。

 アドルフは落ち着かせようとわざと茶化すように言った。


「おいおい、気をつけろ。ここの扉の修繕代はばかにならない――」

「ふ、ふふ、副部隊長! それどころじゃないんす、大変なことに、女の子が攫われそうなんです、このままじゃ命の危険が」

「女の子?」


 アドルフは顔を顰めた。

 第二部隊員たちは目を鋭くして息を詰め、新人の次の言葉を待った。場合によってはこれからすぐに出撃する必要がある。


「詳しく話せ。場所はどこだ」

「そばです、北側の、王城とドムル城の間あたりの」

「相手はどんなだ。あのあたりは普通の賊には入れんぞ、体は大きいか?」

「いえ、でも普通じゃないんです、魔物です!!」

「……魔物?」


 アドルフは目を点にした。

 魔物、という言葉を聞いたとたん、他の第二部隊員たちは一斉に「なーんだ」という顔をした。おのおの体の向きを戻し、魔術具の手入れを再開する。うんざり顔になった隊員もいた。

 興奮している新人は周りの空気に気がつかず

アドルフのローブを掴んで訴えた。


「魔術師みたいな格好してんです、もしかしたら誰かを食べて成り代わったのかも、でも土気色で生気がなくて、そいつが女の子の肩をつかんでて、それで、それで――」

「そいつはどんな女だ」

「どんなって、普通の、健康そうな感じで血色良くて、たぶんどっかの部隊の補助の子です、服が雑用のお仕着せで、髪はくすんだ黄色で」

「あー、もういい。そいつは放置しろ」

「……へ?」


 アドルフは新人を手で遮って、面倒くさそうに言った。

 新人はアドルフの態度の変わりように呆気にとられ、そこでようやく、周りの第二部隊員たちが平然と魔術具の手入れを続けており魔物を気にもとめていないのだという事実に気がついた。


「な、……なんでですか、同期たちが見張ってるんです、でも僕らだけじゃ、このままじゃ!」

「放っておけ。いいか、これは」

「早く行かなきゃあの子が危ないんですよ!? もう戦いが始まってるかもしれない」

「落ち着け、それからよーく聞け、そいつは」

「魔物が怖いんですか!? 部隊長が不在だからってそんな腑抜けたことを――もういいです、それなら僕が行きますから!」


 新人は歯がみをして勇敢に(・・・)飛び出していった。

 アドルフはため息をつき、頭をかいた。


「……勇み足なんだけどな……」


第二部隊は前線で戦うのに向いた魔術師が多く配属される前衛部隊だ。勇敢で気概があり、即断即決を好む者が多い。それゆえ今回のような場合、第二部隊が やらかす(・・・・)ことが多いのである。


 女の子が攫われた(・・・・・・・・)という今までなかった報告に惑わされた(・・・・・)が、結局のところ、毎年恒例の出来事であった。






 影が現れるのとほぼ同時に、ぶわりとフロランスの髪が静電気で広がった。


雷撃(フドル・イェロワ)!」


 誰か女性の鋭い声と共に空が眩く光る。

 グレゴワールは左の人差し指を天へ向けてくるりと円を描いた。

 バリッと木々を切り裂くような音、雷が落ちた時のような轟音がして大地が揺れる。

耳元で鳴るバチバチという鋭い音、痛くはないが肌がひりついて、純度の高い酒を焼いたような刺激臭がした。 フロランスは身を縮こまらせた。

 賊の襲撃なのか、反乱か。しかしそれにしてはグレゴワールもジュールもこの出来事を予想していたかのようだった。狙われているのはグレゴワールなのか、それとも第五部隊の隊員か。

 何が起きているのかフロランスは尋ねたかったが、今質問しても邪魔になるだけだ。


 フロランスは目を強く閉じて、抱き寄せられるまま、素直にグレゴワールの隣で身を固くしていた。

 グレゴワールは暢気な口調でつぶやいた。


「うーん、悪くはないネ。まだまだこれから」

「おい、一旦とめろ、あの子に当たりそうだ!」

「キミ、意識はあるか!?そこの、ピンクのガーベラの髪飾りの!」


 フロランスは思わず目をぱちりと開けた。


 ――ピンクのガーベラの髪飾り?


 まさに今、フロランスが身につけているものだ。初めてグレゴワールと街に降りた日にプレゼントしてもらった、フロランスが最も大事にしているものの一つである。


 すると、魔術師の緑のローブを身につけた青年と目が合った。フロランスの正面にいた彼は、構えをとって片手をグレゴワールに突き出しながらも、必死の形相でこちらを見ていた。


 賊じゃなかった。しかもフロランスのことを心配してくれているらしい。


「え……」


 よく見れば、グレゴワールとフロランスを取り囲んでいるのはみな若い魔術師たちだった。ローブの新しさから見て、おそらく今度配属された新人たちだ。

 再び緑の青年が叫んだ。


「じっとしていろ、必ず俺たちが魔物をやっつけて助けてやる!」

「えっ、ま、魔物!?」

「心配するな、君には結界をかけた!」


 フロランスは焦って、グレゴワールのマントの陰から目だけをあちらこちらに動かした。あの噂に聞く魔物が王城のそばまで来るなんてただ事ではない!

 グレゴワールが少し身をかがめて囁いた。


「大丈夫、何もいないヨ」

「あの人たちはなにを――」

炎龍(フラム・エイゴン)!」

「ーーあっ!!」


 炎が龍のようにうねって、緑の青年から放たれる。と同時に他の新人魔術師からも次々と炎や風が放たれてグレゴワールに迫っていった。

 大丈夫だとわかっているのに、フロランスはマントの下でグレゴワールに両腕を回して、抱きしめるようにしがみついた。

 轟音とともに炎や風が激突する。だがフロランスの予想通り、それはフロランスとグレゴワールの前髪さえも揺らさなかった。見えない壁があるかのように攻撃が断ち切られ、フロランスの目の前で渦巻いている。ただ唸るような音と、それにかき消されるような新人魔術師たちの怒号が向こうから聞こえてくる。

 グレゴワールは目を細めてニタリと笑い、フロランスのくすんだ黄色を撫でた。フロランスは嫌な音を立てる心臓を抑えてグレゴワールを見上げた。


「ぐ、グレゴワールさん、なんであの人たち……、操られているんですか?」

「ウウン。新人はいつもああなんだヨ」

「入団時の課題が『グレゴワールさんと戦うこと』だとか?」

「それならよかったんだけどネ」


 音にかき消されないように、グレゴワールとフロランスが顔を寄せて話していると、間もなく攻撃はおさまった。

 かき消えていく炎の向こうから見えたのは、新人魔術師たちの呆気に取られた顔であった。


「な……効いてない!?」

「くそ、魔物め! その子から離れろ!!」


 彼らは青ざめ、しかし勇敢な様子でこちらに怒鳴りつけてくる。

 フロランスはマントの影から顔を出して後ろを見た。なにもいない。右を見る。なにもいない。左を見る。なにもいない。グレゴワール以外は。


 フロランスが頭をかしげると、別の緑ローブの青年がグレゴワールを指さし、焦ったように叫んだ。


「キミからは魔術師に見えてるかもだけど、そいつは魔物なんだよ!」

「へ、グレゴワールさんのこと!?」


 フロランスが頓狂な声をあげると、なぜか新人魔術師たちは硬直した。

 誰かが「グレゴワール部隊長……?」と呟く。

 しんとあたりは静まりかえった。

 フロランスはきょとんとした。


 なんともいえない沈黙が落ちる中、グレゴワールはニタリと笑って、「今回はフロランスのおかげで終わるのが早かったヨ。ありがとう」と空気を読まないことを言った。

 誰かが呻いた。


「こんなに魔物っぽいなんて、嘘だろ……」


 噂には聞いていたけれど。


 新人たちが赤くなったり青ざめたり、真っ白になって倒れそうになったり倒れたりする中で、フロランスはようやくグレゴワールが魔物と勘違いされていたのだということに気がついた。

 自分も最初は魔物のようだと思っていた割に、グレゴワールに慣れてしまい、あまつさえ慕うようになった今となっては、魔物どころか気品のある青年にしか見えていなかった。

 フロランスはそんな自分に気がついて、少し赤くなった。


 グレゴワールは言い訳をするようにフロランスに行った。


「私、王宮魔術師団青年組織(レビチナ)に教えに行こうかなァ」

「……そうですね」


 教えに行くようになれば、勘違いされることはなくなるはずだ。きっと。



***



 茫然と第二部隊の詰め所に戻ってきた新人たちを見て、アドルフはため息をついた。今年の第二部隊からの参加者は3人らしい。


「おいおい、ドムルに毎年謝りに行くのは俺なんだぜ」


 そう、毎年。


 これは、王城とドムル城の境で毎年見られる、秋の風物詩である。

本編開始から数ヶ月たったころのお話です。

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