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ネクロマンサーと太陽娘  作者: みつえだ西緒
第二章 王都へ
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24.王子様は物語のように

 フロランスの想像では、魔術師は高位の司祭のように厳かで、移動するときも大勢の部下やお付き者をぞろぞろと従えて歩くような存在だった。

 グレゴワールやギーと共に旅をしている間にその想像は間違いであるとわかった。しかしそれでも役職持ちの魔術師が一人で歩き回り、あまつさえ気軽に雑用に声をかけるとは思いもしなかった。


 フロランスがおののいていると、アルベールは微笑んだ。


「畏まらなくて大丈夫、僕も平民だし。キミはローアンヌ出身なんだって? 僕は西オーランスなんだ。そのイントネーションが懐かしい」

「そうだったんですか」


 オーランスとローアンヌの訛りは似ている。

 フロランスはアルベールの言動にほっと胸をなで下ろした。洗濯物の籠を持ってくれる優しさ、平民出身という気安さ、それに同じ東ヴェルネ出身という点に親近感を覚える。

 アルベールは「よろしくね」とフロランスにウインクした。

 それは色恋や媚を感じさせない爽やかな仕草だった。フロランスは気障なタイプやあからさまに女性を狙いに来るタイプの男が特に苦手だったが、こういう相手だと安心だ。


 フロランスとアルベールは並んで古城の出入り口へ向かった。


「キミはもしかして故郷を追われてきたクチかい?」

「追われ……? いいえ。どうしてですか?」

「それはよかった。最近、東方ではバクトラ商人の影響で家業がダメになったり村がなくなったりすることが多々あってね。宮廷魔術師団にもそういう経験をした子がたまにいるんだ。そういう子は拠り所がないから、同じ地方出身者としては特に気をかけてあげたくてね」


 フロランスは彼の気遣いに再び感激した。雑用係のことまで気遣う副隊長とは人格ができているにもほどがある。

 そして、同時にフロランスの脳裏にはギーの姿がよぎった。ギーの実家はバクトラ人との競走に敗れて没落したと言っていた。普段明るい彼はあのとき昏い目をしていなかったか。


「村がなくなるってどういうことですか?」

「そのまんまさ。バクトラ商人たちの新産業のために開発されて、文字通りなくなるんだよ。僕の故郷の村も開発されてね、なくなりはしなかったし反対に豊かになったけどすっかり変わってしまった」


 アルベールの口調にはわずかに寂しさが含まれていた。


「ああ……聞いたことがあります。私がいたクレドーにはバクトラ商人はほとんど来なくて、単に噂ですけれど。豊かになっても賭博や飲酒が増えて、ルケルヴェに対しても不敬になったって」

「そう、僕の故郷も妙に享楽的になって犯罪が増えた。闇の神(マニエット)を厭うようにもなった。バクトラ人にとっては闇は悪魔の巣、死は忌むべき事柄だからさ、その影響なんだ」

「それは私も感じました。マニエット派の修道院で働いていたもので」

「そういう悪影響はそっちまで及んでいるんだな」


 アルベールは呟くと、どうしようもないという風に頭を振った。


「困ったものだ。闇を祀ることもまたヴェルネの民の伝統だというのに! 最近では死霊術(ネクロマンシー)まで疎む者がいてね、グレゴワール部隊長も大変だと思う」

「さっき、グレゴワールさんのことを魔王とか反逆者とかなんとかって言われて……」


 フロランスはしょんぼりした。

 彼女たちはフロランスを心配してくれていた。殊更性格が悪かったとは思えない。その彼女たちにグレゴワールが誤解されていることが辛かった。グレゴワールもまた、かつてフロランス自身がクレドーでしていたような経験をしているのかと思うと心が痛い。


 アルベールは一瞬うっと詰まって目を泳がせた。


「そ、それは……墓地でうろついたり擬躰を使ったりしているせいもあると思うけど」

「墓地……? で、でも! グレゴワールさんは優しい人なんです」

「大丈夫、わかっているよ。それに彼は僕にとってはあこがれの天才魔術師だからね」


 アルベールは優しく宥めるように言った。


「彼とは同い年でね。僕は宮廷魔術師団青年組織(レビチナ)を首席で卒業したのだけれど、そのころ彼はとっくに卒業して一人前の魔術師として活躍していたのさ。とても敵わない人なんだ……まあその、クセはあるけれど。陛下に従わなかったり」


 物騒な言葉にフロランスは目を点にした。

 アルベールは慌てて頭を振った。


「反逆を企てているという意味じゃないよ。ただ恭順を誓っていないというだけだ。普通は宮廷魔術師団に入るときに誓うんだけれどね」

「え……そ、それは」


 大問題なのではないだろうか。

 フロランスが口ごもると、アルベールは苦笑した。


「問題だね、普通は。でも陛下は彼を許した。追い出して敵の手に渡るよりも取り込んだ方がいいという判断なのかもしれない。いずれにせよグレゴワール部隊長はいろんな意味で特殊な人なんだ。実力という意味でも、政治的な立場という意味でも」


 と、アルベールは突然くすくすと笑い始めた。


「そのグレゴワール部隊長が、ねえ……今朝、ジュールが僕の下へ逃げてきたんだ。なんでも古城のみんなからキミとグレゴワール部隊長について質問攻めにされたんだって」

「私とグレゴワールさんについて、ですか?」

「うん。どういう関係なんだとか『私の太陽(モン・ソレイユ)』とはどういう意味なんだとか」

「な、なんでジュールさんもそれ知ってるんですか!?」


 フロランスは驚いて足を止めそうになった。

 古城でもフロランスは何度か私の太陽(モン・ソレイユ)と呼ばれた。しかしその場にジュールはいなかったはずだ。フロランスはまだジュール・ブロンダンと会ったことがない。

 アルベールは頭を傾げた。


「驚くことじゃないと思うよ。今となっては王城の人間ならほとんど知ってるだろうし」

「え……ええっ! なんでですか!?」

「そりゃ、ねえ。あのグレゴワール部隊長が懇意にする特別な女性が来た、私の太陽(モン・ソレイユ)と呼ばれているらしいぞってね。噂が駆け巡って」


 フロランスは顔を赤らめ、必死で首を横に振った。


「違うんです! 特別なんじゃなくて、グレゴワールさんが私を慰めてくれているだけで」

「慰める?」

「その……私は家族や村の人と上手くいっていなかったもので」


 家族や村からの孤立は、他人から見ればフロランスが悪いからだと捉えられてしまうだろう。

 フロランスはもごもごと言い訳するように言ったが、アルベールは咎めたりはしなかった。


「そうか、大変だったね。家族との不仲は恥じることじゃないよ。……しかし、慰めるために彼がキミだけを太陽と呼ぶとは思えないな」


 フロランスは隣のアルベールを見上げた。


「『太陽』ってなにか特別な意味があるんですか」

「さあ、どうだろう。太陽といえば光の神(リュエノー)の化身だけれど、なぜ闇の神(マニエット)を愛する彼がわざわざ太陽に喩えたのか」

「そう、ですね」


 フロランスは眉尻を下げた。やはり「真紅のバラ」と違ってなにか特別な意味があるとは思えなかった。


「……と、僕も疑問だったんだけどね」

「え」

「キミに会って、グレゴワール部隊長がキミを太陽(ソレイユ)と言ったのがわかった気がするんだ。キラキラした生命力に満ちていて、魅力的だから」

「そんなことは」


 アルベールは照れたように笑う。

 フロランスは恥ずかしくなって俯いた。


(……そんなんじゃないわ。勘違いしちゃダメ)


 ぎゅっと胸の前で手を握る。

 かつてアリゼを追いかけ回していた男たちのように恋に溺れた自分勝手にはなりたくなかった。


 そのとき、古城の方から轟音が鳴り響き、地面が揺れた。


「わっ、なに!?」

「なんだろう……あっ、危ない!」

「えっ」


 アルベールは籠を地面に落として叫んだ。

 フロランスは顔を上げて凍り付いた。

 昼間に見た、緑と紫のまだらをした紐のようなもの――といっても女性の腕くらいの太さはある――ものが、フロランスたちの横にそびえる古城の壁を突き抜けて暴れ回っている。

 古城の上の方の壁が崩れ、大きな石の塊がいくつも地面へ落ち、それがフロランスの目の前まで迫っていた。


 逃げなければ。


 そう思うのに体がすくんで動かない。 

 フロランスはぐいっと引っ張られて、アルベールに片腕で抱きしめられた。


「――――っ!」


 アルベールが言葉にならない声で叫ぶ。

 すると、薄青の光がほとばしり、アルベールとフロランスはその美しい光に包まれた。

 降ってきた石が光に触れたとたん、きいんと高い音がして粉々に砕け散った。


 物語の王子のように顔を上げて凜と立つアルベール。ごう、と強い風が吹いて青灰色のローブが風にはためく。

 アルベールを守る壁のように輝く薄青の光、それを反射してキラキラと光る白い石の欠片。

 彼が睨み付けているのは蛇頭(グーゴン)に生えているような奇妙な長細いもので、それは古城の壁から2、3本突き出て暴れ回っている。


 フロランスは息を呑んでその景色に見入った。

 まるで物語のワンシーンのようだった。

 

「……まったく、危ないじゃないか」


 アルベールは呟くと片腕をあげて真っ直ぐそれの方へ伸ばした。

 そのとき、古城の空いた穴から大声がした。


「ちょっと待ってくれ! 攻撃は勘弁してくれっ」


 声に合わせるように、その長細いものはぶるりと震えて動きを止め、だらりと力なく地面に垂れた。

 アルベールはやれやれと頭を振った。


「大丈夫かい、フロランス」

「はい……あの、これはなんなんですか」

「やー、ごめんねえ! これは屍木(しぼく)っていうんだ! 死霊術(ネクロマンシー)をかけられる数少ない植物でね! 正確に言うと動物でもあるんだけどね! 僕の大事な子なんだよ、いつもはおとなしいんだけどねえ、今日は調子が悪いみたいでねえ」


 また大声が降ってきた。

 それから、穴からひょこっと人が顔を覗かせてこちらを見下ろしてきた。どうやら声の主らしい。

 それは中年の小男で……髪の毛が緑色だった。しかもくるくるときつい巻き毛で四方八方に伸びていた。


 フロランスはつい、呟いた。


「ぶ、ブロッコリー……?」

「あれえ、私の名前、知ってるの? そりゃあいい、キミはフロランスさんだろ。私のことはブロッコリーさんでいいよ! 最近ブロッコリーに改名したんだ、ハハハ」


 本名だった。

 フロランスは微妙な顔になった。筋肉男といい、第五部隊(ドムル)は謎だ。

 彼はにこにこと手を振った。


「ともかく怪我がなくてよかった。アルベール副部隊長、すみませんね!」

「気をつけてくれよ」

「はーい」


 ブロッコリーはくったくなく笑うと再び穴の中にひっこんだ。


「も、もしかして、古城が穴だらけなのって……」

「ああ、うん。彼みたいな人が多いんだよね、第五部隊(ドムル)は。研究熱心なのはいいことだけどね……改修が追いつかないんだ」


 ため息をつくアルベールに、フロランスは言葉を失った。





 日が沈むころになって、一日の仕事は終わりになった。洗濯係たちは王城の東側、門の方へ帰って行く。

 フロランスは籠を納屋に入れて扉を閉めた。洗濯物の山はずいぶん減っていたが、それでもまだまだたくさんある。


(間に合うかな……お休み、もらえるかなあ)


 橙色の夕日があたりを一色に染め上げていた。

 フロランスは痛む足を引きずって古城へ向かう。お腹はぺこぺこだった。けれど、それよりも体のあちこちが痛んで眠りたい気分だった。

 古城の大広間に入ると、ちょうど黒ローブたちがこぞって食堂に入っていくところで、そちらが混雑しているのが見える。


 フロランスは大広間の椅子に座って、背もたれにもたれかかった。食堂が空くまで待っていてもいいだろう。

 目を瞑ると、フロランスの意識は急激に沈んでいった。



***



 調査旅行から帰ったばかりだというのに、グレゴワールの仕事は山積みになっていた。王や宰相へ報告し、会議に出、魔術学校(レビチナ)の教員と打ち合わせをし、古城の状況についてヴェロニックから報告を受け、それを確認する。

 夕方になって仕事を終え、古城の研究室でようやく一息ついていたグレゴワールは、ふと眉を顰めて立ち上がった。 


 人間はみな筋力を持って生まれるように、魔力も持って生まれる。たいていは魔法を使えない程度の量だがグレゴワールのような上級魔術師にとってはそれを感知することは容易い。


 そして今、ずっと感知していたフロランスの魔力が大広間で動かなくなった。


 グレゴワールは足早に大広間へ向かった。

 そこで見つけたのは、椅子に座ってぐったりしているフロランスだった。


「フロランス!」


 慌ててフロランスに駆け寄って顔をのぞき込む。

 フロランスは目を瞑ってすこやかな寝息を立てていた。膝の上に置かれた手は傷ついて赤くなってしまっている。


「ずいぶん無理をしたようだな」


 ミュスクルが生肉をもりもりたべながら食堂から出てきた。

 グレゴワールはフロランスの手を両手で包んで治癒魔法(レキュペラシー)をかけながら「シーッ」と言った。

 ミュスクルは真っ赤に染まった口をすぼめて小声で言った。


「南の練兵場からちらっと見えたんだ。フロランスは走り回っていたようだぞ」

「そうか……私たちのために無理をしてくれたんだネ」


 グレゴワールは呟くと、静かに椅子の間に腕を差し入れて宝物を持ち上げるかのようにフロランスを抱き上げた。

中世ではブロッコリーよりもカリフラワーの方が一般的であるらしいです。カリフラワーの方が保つのだそうで。



<人物・用語紹介>


○ブロッコリー

 緑のアフロの中年小男。第五部隊(ドムル)の一員。最近ブロッコリーに改名した。


屍木しぼく

 ウネウネした触手を持つ木。植物のような動物のようなもの。死霊術(ネクロマンシー)をかけられるらしい。

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