表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/41

魔獣に繋がれている(封印された記憶の暴走)

 とても幸せ。

 魔獣に命じられるままに訪問者を逸楽し貪り、それを餌として捧げる。なにも考えずに命令を待ち、立ち入る者を捕らえ、恍惚や陶酔あるいは魔気や命を奪う。

 愛されている。魔獣につながれている。幸せ。

 

 

 

 わたしは魔獣に繋がれている。魔法の鎖が首輪につながり逃亡を許さない。どんな命令にも、逆らわない。

 彼は、わたしの全て。魔獣になってしまっても、全く言葉が交わせなくても、愛している。

 なんでも従う。なんでも。

 かつての恋人であり、婚約者。彼がなぜ魔獣になったのか、わたしは知らない。

 

 挑発的で露出の激しい衣装は、魔獣の望みのままだ。わたしには万能の攻撃魔法が与えられている。魔獣に命じられるままに、思うがままに能力をふるった。随分と時は経ったが、妖艶な、魅力深い、しかしあどけなさの残る少女の姿を保っている。

 迷宮の奥深く、冒険者たちの最終目的地。

 

 

 皆、魔獣を倒す目的で、迷宮内の敵を倒し辿り着く。

 そうした者たちを魔獣の命令で、わたしは根こそぎ殺すのだ。その前に、精気を魔気を奪う。魅了の技に翻弄された冒険者たちは我を失う。籠絡し、卑猥を、悦楽の味わいを、魔獣に捧げる。

 

「魔獣は、わたしが愛した人の成れの果て!」

 

 その叫びは、死者のみが聞く。

 

 何の思考もない。どのくらいの刻、こうして過ごしているのかも定かでない。

 魔獣に繋がれている。

 とても、幸せだ。幸せなはずなのだ。

 

 退治に、討伐に、経験値を積みに。無謀なものは後を立たない。

 それとも、快感を求めにくるのか?

 どんな噂で、この複雑な迷宮の奥まで討伐に来るのか、わたしは知らない。

 わたしは、ただ、魔獣に食事を与える。求める美味しい快楽の気配を、訪問者との戯れを見せ、捧げる。望みのままに。

 

 

 

 ある日、魔女がひとりで訪れた。穏やかそうな表情。

 ひとりで迷宮を潜り抜けてきたの?

 

(……まあいい。女か。では、魔気を吸って捧げましょう!)

 

 魔獣は否定の意識を送り込んできた。

 

(あら、ちがうの? まぁ! 女とでも良いの? そう、見たいのね?)

 

 ふふっ、と、わたしは笑む。

 魔獣は、淫猥の景色を食べたいのだ。

 

 露出的な衣装。挑発的な仕草。蠱惑の笑みで、魔法を放つ。

 魅了と媚薬が洞窟の奥に漂った。

 

「無駄よ」

 

 少女よ、と、続けて魔女はいった。

 少女? わたしは、成熟した女性。卑猥な願いをかなえる艶めく身体を持つ。

 

「少女よ、あなたの妄念妄執が、魔物をつくり出しているのよ!」

 

 戦闘中のはずの魔女は、優しい声をかけてきた。

 

(……わたしは、彼の命令に従うだけ……)

 

 魔女が魔法を閃かせた。わたしは魔法に包みこまれ、不思議な感覚に乱される。

 

「魔獣の本能など、命令ではありませんよ? 早く、彼を解放してあげなさい」

 

 魔女の言葉が鮮明に心に届いてきた。

 

(……解放? 繋がれているのは、わたしのほうなのに?)

 

「少女よ、それは違います。魔獣を鎖に繋ぎ、意のままに飼っているのは、あなた。彼を、魔獣にかえたのも、あなたです」

 

(……何を言っているの?)

 

 混乱する。混乱する。混乱する――。

 

(わたしが飼ってる? まさか! わたしは魔獣に愛され、束縛され、愛しているの……)

 

「依存など、愛とは呼べませんよ?」

 

(……愛してるの……彼の命令がないと、生きていけないの……)

 

「それは気のせいよ」

 

 魔女の意のままに、会話をさせられていた。

 記憶が、わたしの奥底に閉じ込めた記憶が、引き出されようとしている。

 

 

 依存する余りに狂ったわたしの、狂った魔法が突如発動し、婚約者を魔獣に変えた――。

 

 

『婚約破棄? 何を言っているの? とんでもない! 彼は私を愛しているのよ』

 

 伝令を聞き、わたしは婚約者の元へと走る。

 愛し愛されていた。はず。幸せな婚約者同士だった。

 

(……こんなこと、全て忘れた!)

 

 もはや、彼には人の心は残っていない。わたしにも。

 わたしは、魔獣に繋がれ、彼のためだけに、彼の望みを叶えるだめだけに、何でもする。

 淫猥は、魔獣の餌だ。わたしが訪問者にもたらす悦楽を思い切り餌にする。だから、冒険者が訪ねてくれば、わたしは魅了の魔法と媚薬の魔法でとりこにし、淫猥の限りをわたしに受けさせる。鎖で繋がっている魔獣は歓喜の咆吼(ほうこう)をあげた。

 

 そして、彼のために魔気を吸収しつくし、命を狩る。命の消えるその瞬間の魂がぜるのも、すべて魔獣の餌であり悦びだ。

 強大な魔法の力を、わたしは魔獣のために捧げている。

 

 

(ふふふ、はははは! 愛しているの! わたしだけのものなの! わたしは彼のものなの! 愛されてるの!)

 

 

 狂ったように、わたしはわらった。

 

 

 

 闇に蠢くような魅惑が澱む沼。

 

(たっぷり浸かって狂うがいい!)

 

 まとわりつく感覚からは、逃れられない。頽廃(たいはい)を、悖徳(はいとく)を、心のなかから引き出され絶望すると良い。

 耽美に堕ちろ。

 

 魔女へと向け、わたしは渾身の魔法を放つ。

 

「いい加減、彼を解放しておあげなさいな」

 

 わたしの魔法は弾かれ、魔女は優しい表情で囁いた。

 

(ふふふ、お前も魔獣の餌になるのよ!)

 

 快楽か魔気の喪失か。

 

(どちらにせよ、たっぷり捧げます!)

 

 わたしの献身的な言葉に魔獣は歓喜し、魔法を、命令を、与えてくれる。

 しかし魔獣が命じ与えてくれる魔法が、この魔女には効かない。

 

「……なぜ?」

 

 心の言葉でなく、わたしは声音で呟いた。

 

「命じて! もっと、もっとよ! ああ、命令でわたしを満たして!」

 

 わたしは、鎖で魔獣に繋がれている。鎖から、命令と魔法は与えられる。

 

「諦めなさい。彼はもう、転生するべきよ。これ以上、苦しめさせないで」

 

 魔女は諭すように告げる。

 

 意味がわからない。

 

(……魔獣に繋がれている、のは、わたし!)

 

 鎖に繋がれている……魔獣の懇願。

 わたしが、繋いでいる?

 強大な魔法で繋がれ、飼われ、命令させているはず。

 思いは既に揺らいでいた。

 

(ただの、わたしの望みだったの? たくさん殺したのも……)

 

「それは、魔獣に餌を与える必要があったからでしょう?」

 

 意思も心も奪い、何もかも、わたしのものにしたら、彼は魔獣になった――。

 

「さぁ、貴女が鎖を解くのよ!」

「いやいやいやいやいやあぁぁぁぁぁぁ!」

 

 魔女の言葉が、わたしと魔獣を繋ぐ鎖を揺さぶる。

 彼に、魔獣に命じられるまま、という幻想……で、魔獣に繋がれていた。

 命じられて。と、そう思いこみ。自分勝手に捧げている。

 

 元婚約者には、彼には、最早、理性のカケラも、思考のカケラもない。わたしの操り人形。わたしを操ってくれる、操り人形。魔獣――。

 

 そんな馬鹿な!

 

(もう……許してくれ……)

 

 魔獣の、元婚約者の、言葉にもならない感情が流れこんできた。

 

 なにをいっているの?

 わたしを、ずっと繋ぎ止めて!

 鎖で、ずっと、繋いで。手放さないで!

 

「いいえ。手放しなさい。貴女にはその義務がある」

 

 魔女の言葉に重なるように、ぼんやりと、薄ぼんやりと、彼の元の姿が浮かぶ。

 

(許してくれ。俺が悪かった)

 

 魔獣の、人間だった頃の声が脳裡で囁いた。

 心が騒ぎ、ざわつく。

 

 

 依存したのは……わたしだ。わたしは彼なしで生きることなど不可能だった。わたしの妄執に耐えかねた婚約者は、婚約破棄を申しでた。

 その瞬間に、わたしは狂ったのだろうか?

 依存につぐ依存。わたしの溺愛を背負いきれず、婚約破棄も突っぱねられ、婚約者は魔獣に変化してしまった。

 わたしの溺愛。溺愛されている、というのは幻想。わたしの依存は異常に深く彼を追い詰めた。

 

 彼は、魔獣になった。

 魔獣になったからって、わたしは婚約破棄したりしない。

 行きましょう。ふたりだけの場所へ。

 

 

「俺は逝く。もう、逝かせてくれ……」

 

 懐かしい声が響いた。

 

「せめてもの、最後の俺からの贈り物だ」

 

 声が続き、わたしは呆然としながらも解放せざるを得なかった。首輪に繋がる鎖が消えて行く。

 

(解放の礼に……受け取れ、ご主人)

 

 解放と同時に愛が戻ったのか。彼は、魔獣のなかにあった、たったひとつの魔法を、わたしにかけた。

 彼は、わたしの名を忘れている。わたしにも、名はない。彼の名も知らない。

 魔獣と、魔獣に繋がれたもの。いや、魔獣を飼う悪鬼だ。

 

「逝かないで!」

 

 わたしの絶叫が、迷宮にこだましながらも遠くに聞こえる。

 わたしは、ドンドン小さくなっていた。魔獣が最後に放った魔法。わたしのなかで、記憶が逆巻き、消えて行く。

 彼は魔獣に変わる前、貴族だった。わたしも貴族。婚約していた。

 

 幸せだった頃の記憶。貴族の令息と令嬢の恋。恋は叶い、婚約者となった。

 魔獣に変わったからとて、消えはしなかった恋心。

 

(どうして一緒に消滅させてくれないの?)

 

 消えて行く記憶のなかで、愛を反芻(はんすう)する。

 半身を失くしてしまったような消失感。これを抱えたまま、愛する者を、命を賭けて愛した者を失ったのに、どうやって生きていけと?

 

 

 しかし、ドンドン年はむしばまれ、われるようにして記憶が消えて行く。

 身体は年齢を失い、若返って行く。

 

 

 わたしは、若返り、どんどん子供に戻っていった。表面上の記憶も消えて行く。だが、魂に刻まれた記憶は、決して消えはしない。ここで起こった事実、わたしのしでかした事実は決して消えない。

 

 魔女は目の前で、更に何かの魔法を、わたしにかけた。

 

 温かい……。

 

 魔女は、わたしの魂の記憶を封印したようだ。

 小さく、小さく。わたしは戻る。身体も記憶も、巻き戻る……

 

 魔獣は消えて行った。彼の魂は、魔女の力によって転生の輪へと乗せられる。

 わたしの身体は、変化し続けた。まっさらな幼い身体へと。

 

 

 

 ――――――――?

 わたし……誰だっけ? なにしてたの? こんな暗い場所で?

 幼い者の手。わたしの手?

 

 目の前。自分の手を見ている。小さな手。

 

 優しい表情の魔女が、不意に手を繋いできた。

 温かく、不安を解す。柔らかな感触。

 

「お嬢さん、あなたの名前は?」

 

 記憶がなく、キョトンとしてしまう。

 

「名前は?」

 

 もう一度、優しい声が訊いてくる。

 わたしの名前?

 …………!

 

「……リデル」

 

 誰か懐かしい人が呼んでくれていた名前……。

 

「そう。いい名前ね!」

 

 魔女は、そう言いながら笑み。繋いだリデルの手を軽く握る。

 

「今日から、私があなたの師匠よ!」

 

 優しい慈愛に満ちた声に、わたしは安堵したようだ。

 

「ししょー?」

 

 わたしは首を傾げて訊く。幼い響きの声。

 

「そう。リデル、あなたは魔女になるの。私は、厳しいわよ?」

 

 優しく笑み、魔女は告げる。

 

「ししょー? わたし、魔女になれるの?」

 

 小さなわたしは見上げる視線を向け、不安と希望が入り混じった心で訊く。

 

「そうよ。私は、モエカ・バノッフィ。さあ、うちに帰りましょう?」

 

 わたしは、モエカ・バノッフィと名乗る魔女の養女になった。

 心はほんわりと、幸せに満ちている。ただ小さな棘が魂の奥底に沈んでいた。強い封印に柔らかく包まれ、わたしにも気づかれないままに。

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ