平穏な日々
「霊草、全部焼けましたかねぇ?」
平穏な日々になったのだが、時折、領地外へと追い出した司祭ザクタートや狂気の森のことがリデルの脳裡を過る。独り言ちた言葉は、レヴィンがしっかり聞いていた。
「焦げた煙に巻かれたんだろう? 使い物にはなんねぇよ」
レヴィンは確信めいて応えた。
「領地内の森が、美しい場所となって嬉しいですぅ」
狂気の森があった場所は、テシエンの領地の外にあった綺麗な森と入れ替わった。これで安心なのだ。
「お前の魔法が人を殺さないってのは良いな!」
「はい! 師匠との約束は固いです! レヴィンさまに殺せと命じられても、こればかりは発動不可ですぅぅ」
魔法を使うように命じてほしいけれど、人を殺すことだけは命じられても不可能だ。
「殺す以外の対処のほうが、オレとしてもありがたいぜ?」
レヴィンが当然のことのように言ってくれるので正直ホッとしている。
仕えた領主によっては、全く逆の反応のことだってあったろう。
リデルもレヴィンも、ようやく戻ってきた日常を満喫していた。秋の大収穫のために、リデルはなんだってする。
執事のベビットは、次々に札付きを雇用してくれていた。
内密での求人に、応募は多い。札付きなら皆、藁にも縋る思いで飛びつく話だろう。
「少し休憩したいから、絵に入ろうぜ!」
あれこれ指図して回っていたレヴィンは、失敗魔道具を造り改造する、というのを繰り返していたリデルの元へ来て誘ってくれた。
レヴィンとは婚約しているのだし、呪いが解けたら婚姻だ。
そういう仲ではあるが、絵のなかでリデルはこっそり逢い引き気分を味わっている。一緒に絵に入ると手だけは繋ぐことができる。
「レヴィンさまと、手が繋げるの本当に嬉しいですぅぅ」
初めて言葉を交わした瞬間に、レヴィンに手を握られた。
それ以来、ずっと憧れ続ける感触だ。
レヴィンにはテシエン領主の呪いが掛かってしまい、触れるわけにいかない。
呪いを解かねば。
『永遠の踊り』という絵には、王都王宮での踊りの様子が描かれている。絵を眺めているだけなら、優雅で華麗な踊りを自ら踊っているような気分になれる。
だが、一旦、絵の中に入ったら、踊りの渦に巻き込まれないように注意する必要があるらしい。
説明書きを読んでから入ったが、王宮内は広く迷路のような廊下が続いていた。
「何か手に入るものはあるのか?」
迷路のようだが、豪華な設えの廊下を手を繋いで歩くのはリデルには愉しい。
レヴィンも興味深げに見回している。
「手に入るものがなくても、全部の絵に入る必要があるですよぉぉ」
「何かありそうな気配はしてるぜ?」
レヴィンが手を引くようにしてリデルを誘導してくれていた。なぜだか、とても安堵する。
どこからか、踊りのための奏でが聞こえてきていた。
「近くに、踊りの部屋がありそうですねぇ」
「たぶん、入るのはダメだな」
思案気にレヴィンは呟く。ちゃんと絵に入るまえに説明書きを確認してくれているようだ。
奏でに近づきすぎないように、廊下を進んだ。
やがて、踊りの渦が見えてくる。
絵の中の広大な広間は、複数の柱で仕切られているような造りだ。
扉や壁はなく。柱が点在して広間を囲む。その周囲は回廊のような雰囲気だった。
「この辺り、何か在りそうな気配ですねぇ。広間に気をつけながら、何か手に入れる必要がありそうですぅ」
とはいえ廊下しかない。特に、目立った調度類もない。
広間に入らないように柱の外を、踊りを眺めながら歩く。回廊をグルッと回った。
「おっと」
レヴィンが小さく声をたてて足を止めた。
「はぅ?」
慌ててリデルも足を止める。レヴィンは何か拾い上げていた。
「危うく踏むところだったぜ」
それはリデルには楽器のように見えた。
「扇か? 星舞扇?」
レヴィンは少し触り、開く。確かに扇で、しかし、音楽が流れ始めた。自動演奏する楽器らしい。
星が舞うように、光を伴って感じる音楽だ。扇を動かすと、レヴィンの身体は浮いた。
「はゎ! あ、でも、踊っている方々、気にしていないですねぇ。ああっ、浮かべる魔法付きでしたかぁぁ」
流れでる音楽にリデルは慌てたが、踊りの者たちには聞こえていない様子だ。柱の場所が、結界となっているのだろう。
と、リデルの手に、小さな宝飾品が飛び込んできた。
「おっ、リデル、お前にも来たようだな!」
「髪飾りのようですねぇ。月琉璃……付けてみますかぁ」
リデルは魔女の帽子を消し、耳の上あたりに飾った。飾った途端に、音楽が流れだした。清らかな曲だ。
「ものすごく、お前に似合っているぞ」
「月の力で周囲を清められるようですぅぅ」
絵の中で手に入れた品の効果が分かるとは、珍しい気がした。
ふたりは、踊りの輪に入らないように注意深く、元来た廊下を引き返し始める。どうやら、無事に絵から出られそうだった。
ふたりとも、絵の中で魔道具めいた品を手にいれることはできた。だが、レヴィンの呪いを解くための手がかりはなかったように思う。
「愉しいから、順番に全部入ればいいさ」
「はい! 全部入る内には、手がかりも手に入るはず」
リデルは頷き、レヴィンは、忙しくあちこちでの手配に戻った。リデルは、領地の農地を魔女の眼で確認し、大収穫のために必要な魔法を施す。
その後には、また、魔道具の失敗と改良。
なかなか充実した日々のような気がする。
城の敷地内では、魔道具屋を兼ねた骨董店が開店した。ファヌは、鑑定士としての実力を、思い切り発揮して仕事をこなしている。金銭に触れずに商売ができるので、札付きの身としては愉しくて仕方ないようだ。
塩の販売も始まり好調だ。元商人のジョウジャイは商売上手で、自動で大量に積み上がって行く塩の袋を巧みに売買している。
城の蓄財は、順調に増えていた。
これなら、皆の札が取れたときに、給金をちゃんと支払うことができる。それは、かなり安心材料でリデルを安堵させていた。
「明日は、骨董市に行ってみるか?」
レヴィンが誘ってくる。
ボロ衣装や、価値に気づかず激安で売られている品を物色しに行きたいようだ。
「はい! それは、楽しみですぅぅ!」
匡正の魔石も、骨董市で手に入れた。まだ、テシエンの街では骨董市は開かれていないが、隣街のハインドでは盛況だ。
レヴィンと一緒に、普通の衣装を着てでかけられるから、それもリデルはちょっと嬉しい。
リデルは明日のお出かけを楽しみに、一層、失敗魔法と改良魔法に勤しんでいた。




