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再会

 「ワタナベ…来てくれたのか」

 彼女はそう言って静かに微笑んだ。あの日、暗渠へと消えた日以来の再会。突然胸がいっぱいになり、言葉が出てこない。聞きたい事や言いたい事が沢山ありすぎて言葉にならなかった。


「…元気だったか」

 ようやく絞り出した一言。

「うん、わたしは大丈夫。ほらね、至って健康だよ」

 そう言うと全身を見せるように、クルリとその場で回って見せた。ローブの裾がひるがえり、彼女の美しい素足が覗いた。以前の彼女と変わらない、飾らなくて屈託のない態度。だがわずかに違和感を覚えた。

 わたし?彼女の一人称は僕じゃなかったか。


「ワタナベこそ、どうしたの。大丈夫?

 ヒゲはボーボーだし、服もボロボロだし…

 頬もこんなにこけて、手も傷だらけ…かわいそう」


 彼女は俺の手を取った。たしかに、俺の手はひどい有様だった。この世界に来てからずっと下水清掃というキツイ肉体労働に従事してきたから、俺の手は多少節くれだってはいた。だが今の手はそんな生易しいものじゃなかった。まるで猛禽類の脚のように筋張り、ひび割れ、鉤爪のように曲がっていた。そして大小さまざまな傷跡だらけだった。

 不意に、手だけでなく全身がひどい状態なことに気づいた。自分を客観視したのはいつ以来だろうか。風呂なんて地下に降りてから全く入ってない上、さんざん汚水やら腐汁やら体液やらを浴びてきたのだ。きっと強烈な悪臭を放っているに違いない。ヒゲは伸び放題。いつの間にか両足とも長靴がなくなり裸足な上、真っ黒に汚れている。どう見てもホームレスだ。ガエビリスはよく俺だとわかってくれたものだ。


「はは…ひどいだろ。ほんと大変だったんだからな」

「まさか、歩いてここまで来たの?」

「他にどうやって来るっていうんだ」

「搬送チューブで…わたしたちはそれに乗ってここまで来た」

「…何なの、それ」

「闇の王、あなたたちの呼び方で言えばスライムの肉でできたトンネルだよ」


 闇の王、それに「あなたたち」だと?

 その突き放したような言葉に、胸を貫かれる思いがした。

 頼む、そんな言い方は止めてくれガエビリス。


「下水道や地下迷宮中に張り巡らされている腸みたいなのを見たでしょ。

 あの中に入ると、闇の王がどこでも行きたい場所へ運んでくれるの。

 あっという間だよ」

「…へ、へえ、そんな便利なもんがあるとは知らなかったぜ。

知ってたなら早く教えてくれよな…はは」


 つとめて平静を装いながら俺は言った。

 彼女が消えたあの日のように理性を失っているようには見えない。洗脳されているようにも見えない。彼女の表情、ふるまい、雰囲気は自然で、俺の知っているガエビリスそのものだ。だが、彼女の口にする言葉はその印象を裏切っていた。本当に彼女は自分の意思でここに来たのか。彼女もスライムを崇拝する邪教徒の一員なのか。ダークエルフの血には抗えないのか。いつしかあのダークエルフが言ったことは真実だったのか…。胸の内に暗澹たる思いが広がる。


「…ごめんなさい」

「いや、マジで謝られても…」しまった。顔に出ていたのか。


「あの時、ヒロキにはちゃんとお別れの挨拶をしておくべきだった」

「そのせいで、こんな大変な目に合わせてしまって…」

「わたしの事は忘れて、地上で幸せに暮らしてほしかった」


「そんな事言うなよ!言わないでくれ!」

「あのね、聞いてくれる?」

「ああ」

「ヒロキとの毎日はとっても楽しかった。

 あの町での生活で最良の時だった。

 人を好きになる、愛するってどういう事なのかも知ることができた。

 あなたがいてくれたおかげで、わたしの人としての生も意味あるものになった」

「ガエビリス……」

「でもね、あの頃のわたしはまだ子供だった。

 自分の運命を拒絶して、人としての生にしがみ付こうとしてた」

「……」

「わたしが倒れた時の事、覚えてる?

 あの時はヒロキが夜通し寄り添ってくれて、うれしかった。

 でも、あれね、実は病気じゃなかったんだ。

 

 あの時、わたしの聖母としての自我が覚醒しつつあったの。

 闇の叡智の民、ダークエルフという種族としての意識が。

 でも、幼い私は混乱して、それを拒絶した。

 それでヒロキにしがみ付いた。

 人を愛し愛されることで、地下からの呼び声に抵抗しようとして」


「………」

「でも、それも限界が来た。あの日、聖母の自我が完全に覚醒した。

 意識がもうろうとしたまま、わたしは家を出た。

 そして、仲間たちに伴われてここへ来たの。

 すべてはわたしが悪かった。

 未熟なわたしのせいでヒロキをこんなに振り回してしまって…」


「…謝るなよ。俺が勝手に来たんだ」

 そう強がるのが精いっぱいだった。

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