地下納骨堂
不気味な矮人たちは俺を取り巻きながら人間の可聴域ギリギリの甲高い声でチーチーと騒いでいる。地下迷宮に来て以降、俺の聴覚は変容し異常に敏感になっていたが、そうでなかったら聞こえないだろう。ガエビリスの家で暮らしていた時に一度も話声を聞かなかったのも無理もなかった。
「…シシシ…バカ男、死ぬまでここでグルグル回ってるつもりかな…チチチ…」
「チチチ…バカバカ、アホ…」
「シシシ…チチチ…」
矮人どもは代わる代わる口々に話している。この中に飼っていた奴がいるのだろうか。外見からは全く見分けがつかなかった。いつの間にか奴らしか知らない隠れ道でも通って俺を先回りしていたのだろうか。
「…バカ…違う違う…チ○ポの頭の中はやっぱり空っぽだ…チチチ」
「エルフの女王のマ○コのことしか頭にない…シシシシ…」
「バカはこのまま放っておけ…チチチ…アホ…チチ…」
何だ?俺の考えてた事と奴らの発言が微妙にかみ合っていた気がしたが。偶然か?
「…チチチ…偶然だってさ…シシシ」
「アホ男の頭の中なんて、筒抜けの丸見えさ…シシシ…」
「ようやく気が付いたか…バカバカ…驚いても遅いよ」
信じがたい事だが、こいつらは心が読める、つまりテレパシーが使えるのか。
(正解だ。思考を読み取るだけでなく送ることもできる。…このようにな)
突然頭の中に異質な思考が流れ込むのを感じた。奴らがテレパシーで接触してきたのか。相手の思考を受信するだけじゃなくて送信することも可能なのか。俺は精神を集中させ、さらにメッセージを捉えようとした。
(いや、力まない方が双方向通信が安定化する。リラックスしたまえ…そうだその調子だ)
先ほどまでとの言葉遣いの差に違和感を覚えつつ、俺の方からも奴らにメッセージを送ろうとした。なぜ俺に接触してきた。まさか集団で襲いかかって俺を食うつもりか?それとも仲間を監禁していたことに対する復讐なのか?それとも無様な地上の生き物が野垂れ死にするところを見物しにきたのか?
(まさか。私はそんな野蛮な存在ではないよ。それに復讐というのも見当違いも甚だしい。わたしにとって一個体の重みなど、君らにとっての髪の毛一本ほどでしかないのだ)
どういうことだ?
(私の個体群は常にテレパシーで結ばれている。全個体がすべての情報、思考をリアルタイムで共有しているのだ。つまり、全にして一、集合精神。現時点で、私という自我は3,4582体の個体から構成されている。こうして話している今も三つ子が生まれ、そして1体が蜘蛛に襲われて死んだ。私を構成する個体は常に入れ替わり続けている)
(君らが私の個体を地上で監禁していた事など恨んでいないよ。むしろ貴重な情報を与えてくれて感謝している)
貴重な情報?何のことだ。それにあの時からずっと俺たちのことを見ていたのか?テレパシーなど何も感じなかったが。それどころか知性さえ感じられなかったぞ。
(あの個体が私に復帰したのは地下に戻ってからだよ。地上はテレパシーの圏外なのでね。テレパシー通信網から外れた単一個体は、ネズミ程度の知性しか持たないから多少馬鹿に見えたのも仕方がない…)
(…君は実に面白い。あの個体が持ち帰った情報は非常に興味深かった)
(君という変数が加わることで、この都市の光と闇の戦いに大きな変化がもたらされる可能性があるのだ。君は地上世界の救世主となるかもしれない。…まるで自覚していないようだが)
何の話だかさっぱりわからなかった。俺が救世主?誇大妄想狂もいい所じゃないか。改めて、この状況自体の異常さが認識されてきた。小人とテレパシー交信する男、完全に狂気の沙汰だ。本当にこれは現実なのだろうか。俺は完全に発狂してしまったのか。
(安心したまえ、これは現実だよ。と言っても何の証明にもならないのはわかっている)
(きたまえ。君の彼女、闇の聖母のところまで案内しよう)
矮人たちは包囲を解き、一列に並んで迷宮の中を進み始めた。俺も急いで後を追う。彼女の所へ案内するだと?俄かには信じがたかったが、一縷の望みを託し、彼らに従った。
右、左、右斜め下、上… 複雑に分岐した通路内を迷うことなく進んでいく。腹這いにならないと通れないような狭い通路に潜りこみ、数百メートル進んだかと思うと、垂直の縦穴を壁面に両手両足を突っ張りながらそろそろと下りていく。下は無限の闇だ。矮人たちはヤモリのように壁面に張り付いて駆け下っていく。
なんとか縦穴を無事降下することができた。下りた先は広大な空間になっていた。かなり広い洞穴が奥の方へ広がりを見せているようだ。足元には何かの脆い欠片が積もっており、歩を進めるごとにパキパキと乾いた音を立てて砕けた。どうやらこの感触は骨のようだ。洞窟の床一面に白いものが転がっているのが薄闇の中にぼんやりと見える。矮人たちは散らばる骨の間をチョロチョロと進んでいく。
洞窟を先へ進むにつれ、欠片のサイズが次第に大きくなっているようだった。しかし、一体何の骨なのだろうか。前方に丸みを帯びた物体を見つけた。あの形状は明らかにヒトの頭蓋骨だ。しかしそのサイズはヒトよりも二回り以上大きい。巨人の骨か。
(その通り。これはかつて栄えた巨人の骨だ。今の都市がこの地に誕生するはるか前、地下迷宮の建造よりもさらに昔に繁栄した忘れられた種族だ。温暖な気候の下、多くの巨大建造物を作り上げた)
(彼らの平和な時代は長く続いた。だが、やがて闇の時代が到来し、巨人は滅び去った。彼らの存在は忘れ去られたが、彼らの遺した建造物は今でも外地にそびえ立っている。あの石造りの巨塔だ。地下迷宮の闇の住人が作り上げたと誤解されることが多いが、あれは巨人の遺跡だ)
…闇の時代の到来。巨大なスライムの邪神、汚染された都市、蔓延るモンスター、都市を捨てる人々。俺たちも巨人のように滅びる運命なのか。
(かもしれない。だが、そうならない可能性もある)
延々と続く巨人の地下納骨堂を先へと進んでいく。長い年月の果てに骨は風化し、頑丈そうな骨も軽く踏むだけで粉々に砕け散っていく。砕けた骨が俺の後ろに微細な骨の粉塵となって舞い上がる。骨の砕ける音が、何千年何万年も続いてきた墓所の静寂を破っていく…
洞窟の突当りに到達した。そこには半円形のトンネルの入り口が開いていた。そしてその奥は赤みがかった微光に照らされていた。
(残念ながら私が案内できるのはここまでだ。ここから先は私のテリトリー外なのでね。幸運を祈る、地上の救世主よ)
矮人たちはバラバラに散開し、それぞれ骨の原へと、その先の迷宮へと戻って行った。この先に何が待つというのか。俺はかすかに赤い光が射す通路へと一歩を踏み出した。




