第7話 乙女はその道を決して諦めない −2−
ちなみに、わたしが堂々と、ハイリアに『人族との和解』を進言した後、どうなったかと言えば……。
居並ぶ〈列柱家〉の当主たちは、それはそれは大いにざわついてくれた。
そもそもが思慮深い者や、ハイリアに忠誠を誓っている者などは、わたしの立場も考慮した上で真意を推し量ろうとしたりと、幾分落ち着いていたものの……。
わたしとは昔っから相性の悪い、口うるさい上に主戦論者まっしぐらなオーデングルムのおっさんなんぞは、そりゃあもう、頭の血管切れるんじゃないかって勢いで騒ぎ立てていたなあ。
あのおっさんに生殺与奪の権利があったなら、間違いなく、わたしはギリオンの危惧した通りに、反逆者として刑場へまっしぐらだったろう。
そして実際、おっさんほどではないにしろ、そのテの強硬論が主流だからこその〈魔王〉への期待なのだから……。
何もなければやはり、わたしが反逆者の汚名を被る可能性は高かったと言える。
だが……そこで、色めき立つ主戦派の連中が思わず一様に押し黙るほどに。
長い間を共に過ごしてきたわたしですら、一瞬、ゾクリと身震いするほどに――。
〈魔王〉としてのチカラを宿したハイリアが……威厳と鬼気に充ち満ちた声で宣言したんだ。
「……魔王とは、万能の神などでは無い。
他のすべてを圧するチカラを得たとて、余一人で何もかもをこなせるわけではない。
始祖たる初代の魔王が、今に至るまで続くお前たち〈列柱家〉を支えとして置いたのも、偏にそれが必要だからだ。
そして――余もまた、我が身一つでは至らぬところを、お前たちが補ってくれると信じているからだ。
ゆえに――明確な叛意を以て余に刃を向けるのならともかく、意見の具申程度で罪に問うような真似は、余は良しとせぬ」
あのとき、朗々と、謁見の間に響き渡ったその声に、言い分に……わたしは、魔王のチカラへの畏怖だけでない、別の身震いをせずにはいられなかった。
ハイリアは――わたしの知るハイリアのままでいてくれている、と。
彼は魔王であるとともに、ちゃんと、ハイリアでもある――と。
もっとも――だからといって、わたしの意見が採り上げられたわけじゃない。
意見そのものは、当然のごとく却下された。
……それはそうだ。
ただ婚約者というだけでなく――家族のような、親友のような、ライバルのような……そんな近しい存在であるハイリアは、そもそもわたしの『和解すべき』って考えを知っているし……それについてこれまで何度も、衝突したことがあったから。
そう――何もかもをチカラでねじ伏せればいい、とまで暴力的な『主戦派』でもない代わりに――。
完全なる『和解』を目指そうとするわたしの考えも、『夢物語』と切って捨てて。
そうした相反する道の中に、自分なりの理想を見出そうとしている……。
それが、ハイリアという人物だったから。
結局のところ、ハイリアが、わたしをあの場に呼ばなかったのも。
そして――決して、婚約を破棄しようとしなかったのも。
『和解』を主張として持つわたしを……守るため、なんだろう。
公の場でさえ発言させなければ、反逆者だの何だのといった扱いも受けづらいし――。
〈魔王〉の婚約者……という『立場』は、それだけで1つの防壁ともなるからだ。
そう――その根底にあるのが、わたしの求めるような愛情ではなくとも。
わたしのことを、家族で、親友で、ライバルで――そんな風に、大切に想ってくれているからこそ。
ハイリアは、魔王であろうとなかろうと、ハイリアとして――わたしのことを思いやってくれているんだ。
……ただね、ハイリア。
あの場での、わたしの進言で……改めて思い知っただろう?
キミのその気持ちはとても嬉しい、だけどね――。
わたしは、守ってもらうだけで良しとするような――そんな、お伽話のお姫サマみたいな、可愛いだけの女じゃないんだよ?
もしお伽話のお姫サマだったとしても、守ってくれる兵士を、城塞を、あるいは伝統を蹴倒してでも……自らが最良と信ずる道を、決して諦めずに貫き通す――。
それがこのわたし……シュナーリア=カーミアなのだから。
「……とにかく、事態は最悪……というわけじゃない。
何よりも、ハイリアがハイリアでいてくれるのなら――」
改めて、そこまで口にしたところで……わたしはまた、突発的に激しく咳き込んでしまう。
「――お嬢様!」
何とか抑え込もうとするも――口元に当てた指の隙間からは、ぬるりと赤いものがしたたり落ちていた。
わたしの身体を素早く支えたギリオンが、自然な動きでわたしの口元を……そして濡れた手の平を拭ってくれる。
「……お熱も上がってきているご様子。
今日のところはもう、お休み下さいませ……」
「……そう、だね。
何せ、わたしは……!」
――わたしは確かに、魔族も人族も無い、アルタメアの平和も望んでいる。
だけどわたしは、聖人君子でも何でもない。
すべては何より、わたし自身のためでもあるんだ。
この身体を蝕む病を治療するためにも、この心に秘めた恋を成就するためにも。
そして、その先の未来のためにも――ハイリアのためにも。
そう――。
すべてをより良い方へ導く、和解の道を成し遂げるため……!
「わたしは、こんなことで……病気なんかで……!
死ぬわけには、いかないから――な……!」




