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魔王に恋した乙女の、誇りと意地の物語  作者: 八刀皿 日音
終章

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40/40

星の瞬き降る丘で


 ――シュナーリア様のお墓は、今日もまた、お花に包まれていました。


 こうして日も落ちれば、さすがにもうお参りに来る人もいないけれど……それまでに多くの人が訪れたのでしょう。

 これでも、15年前、シュナーリア様が亡くなられたばかりの頃に比べれば、随分と落ち着いたそうですが。


 お墓を守られているギリオンさんたちご夫婦は、「あんまり人が多いと、お嬢様が『賑やかすぎておちおち昼寝も出来ん!』と文句を言われそうですし、これぐらいでちょうどいいんですよ」――なんて、笑顔で仰ってましたが。


 そして、そんなギリオンさんたちから「その方がきっとお嬢様も喜ばれますから」とお願いされているので……。

 わたし自身は、子供の頃はともかく、今ではちょっと恐れ多い気もするのだけど――声に出して話しかけるときは、今まで通りの呼び方をさせてもらうのです。



「……おねえちゃん……お久しぶりです。

 ここのところちょっと忙しくて、なかなか顔を出せなかったけど……やっぱり、今日は外せませんから。

 ――まあ、夜になっちゃいましたけど」



 わたしは苦笑しながら……一度、空を見上げます。

 今日も、運良く晴れていて――吸い込まれそうにキレイな星空です。



「そうだ! おねえちゃん、わたし最近、結構重要なお仕事も任されるようになったんですよ?

 あ、まあ……そうは言っても、もちろん、おねえちゃんが書いた、あの研究書みたいなすっごいことは当然、ムリなんですけどね。


 ……それにしてもあれ、本当にすごいですよね……。

 今でも、わたしたちみんなの一番の指針になってるんですから。


 困ったことがあったら開いてみれば、ちゃんとそれについての助言があるんですもん……まるで、おねえちゃんが今もそこにいて、わたしたちの問いに答えてくれるみたいに。


 ――うん、そんな風に、まだまだおねえちゃんに助けられてばかりですけど……。

 でも――少しずつ、頑張ってます。わたしも、〈魔領(まりょう)〉のみんなも。

 おねえちゃんと魔王さまの理想……魔も人もない、より良い世界のために」



 その場に座って、語りかければ……。

 わたしの中の思い出そのままに――シュナーリア様はイタズラっぽく笑って、頭をなでてくれる気がします。


 わたしがシュナーリア様といられたのは、ほんの僅かな時間だったけれど……。


 幼いわたしの(つたな)い願いを聞き届け、わたしとお父様を助けるために――。

 そして〈魔領〉どころか、世界の人々のために――。


 病に冒されていながらも、精一杯に戦っていた……その気高く凜々しい姿も。

 子供っぽい笑みとともに、わたしの頭をなでてくれた……その優しい姿も。


 わたしの中では……決して色褪せない、大事な思い出だから。


「あ、そうです、あの子も……まだまだ元気でいてくれてますよ。

 今日は……ちょっとバタバタしちゃったし、お留守番ですけどね」


 あの子――っていうのは、わたしが幼い頃から大事にしてきて、シュナーリア様に直してもらった……魔導具(まどうぐ)でもある人形のこと。


 もともと、あのときシュナーリア様に預けたのも、お父様の異変を伝えるためっていうのが目的だったから、ちょっと調子が悪いぐらいで、壊れるってほどでもなかったんだけど……。

 数日後、戻ってきたあの子は……むしろ買ってもらったときよりも、活き活きしているようで――。


 最近になって、知り合いの女性技師さんにちょっと診てもらったら……その理由が、細部にわたって、高度な技術で信じられないほど精緻に整備し直されていたからだ、って分かりました。

 そう……『転移魔法の(しるべ)』としての役割とは、まったく別に。


 ――《我が親愛なる友へ》


 あの子が戻ってきたとき、手紙の他に添えられていた、メッセージカード。

 シュナーリア様は、その言葉通りに……相手が子供だからって軽んじることなく、そして、転移魔法の仕掛けのためだけでなく。


 わたしと、わたしのお友達のあの子のために、力を尽くしてくれたのだと思うと……今でも、胸が熱くなります。



 ――そうして、今日も静かにシュナーリア様との思い出に浸っていたわたしですが……。



「……クローネ!」


 背後から駆け寄ってくる足音と、聞き慣れた、わたしの名を呼ぶ声に……ふっと現実に引き戻されます。

 立ち上がりつつ、振り返れば……やはり、ガガルフ様でした。


 まだお仕事用の礼服姿であるところを見ると……わたしと同じで、少し抜け出してきただけのようです。


「やはりな……ここだと思ったよ」


「わたしをお捜しだったのですか?」


「ああ。まあ、ボクが――と言うより、クーザ殿がな。

 キミがいないと書類仕事が終わらないと、嘆いておられたよ」


 わたしの問いに、苦笑混じりに答えて――。

 ガガルフ様もまた、改めてシュナーリア様の墓前にヒザを突き……短く祈りを捧げられました。


「それにしても、よくここだとお分かりになりましたね?」


「以前、教えてもらったからな。

 今日が……キミがシュナーリア殿と、初めてお会いした日だと」


「……はい、そうです。

 だから……ご命日だけでなく、この日も……毎年、お参りさせていただいています」


「そういうことなら、多少席を外したところでクーザ殿も文句は言えないな」


 ガガルフ様は、そう冗談めかして笑いながら……背筋を伸ばしつつ、澄んだ夜空を見上げます。

 きっとガガルフ様も、わたしを捜すのにかこつけて、小休止されるつもりでいたのでしょう。


 釣られて、わたしも空を見れば……一際強く輝く星が、2つ、見えました。


 そうしたとき、わたしたち〈魔領〉の民は――それを、あのお二方に重ね合わせます。

 そしてそれは、やはり、ガガルフ様も同じだったようで……。



「……ハイリア様は、お元気でいらっしゃるだろうか。

 お優しいあの方に相応しい、穏やかな日々を送られているだろうか……」



 15年前、勇者殿のご帰還に合わせ、共に向こうの世界に渡られた魔王さまに……思いを馳せていらっしゃいました。


 そこで、わたしは……最近古い書物を調べていて知った、1つの伝承をお話しすることにします。


 シュナーリア様が患い……けれど、その研究と人族との和解のおかげで、今はもう不治の病などではなくなった、〈天眼(てんがん)代価(だいか)〉とも呼ばれた病のことを。



「遙か昔のことですが……。

 かの〈天眼の代価〉は、そう呼ばれる前には――『生まれ出る前に、魂が分かれたから』(かか)る病だと……そんな風に信じられていたそうです」


「魂が……分かれる、か」


「はい。ですから……どこかにはきっと、分かたれた魂の輝きがあるのだ――と」



 ……それは結局、ただの古い伝承でしかありません。

 治療薬も発明された以上、何の意味もないものかも知れません。


 だけど――。



「ならば、もしかしたら……。

 ハイリア様は、出会っているかも知れないな――その、魂の輝きに」


「――はい、わたしもそう信じているんです。

 その出会いが、友人としてであれ、恋人としてであれ……。

 異なる世界であろうとも、こうして、夜空に星が瞬くのなら……きっと。

 わたしたちの〈世を照らす星〉が――その幸せを、見守ってらっしゃるはずですから」


「……そうだな。

 このアルタメアと同じように――我らが〈星〉が。

 ――ああ。それなら、きっと……」



 それが、たとえ迷信に過ぎないとしても。

 わたしたちは――信じ、星空に祈っていました。


 願わくば……新たな輝きが、新たな出会いが、ハイリア様に訪れますように――。



 そして……。

 シュナーリア様にとっての、一番の幸せ――。


 ハイリア様の幸せな未来が、そこにありますように……と。













最後までご覧下さり、まことにありがとうございました。



ちなみに本作は、

拙作『4度目も勇者!?』〈https://book1.adouzi.eu.org/n7420fe/〉のスピンオフでもあります。


――ですので、もし、ハイリアや勇者のこの先に興味がおありでしたら、そちらも覗いていただければ……と思います。


よろしければ、本作ともどもお付き合い下さい。


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― 新着の感想 ―
[一言] 完結お疲れ様でした! エモい!! 恋愛だからこそ恋愛ナシのやつ~!! 実はこういうのを私も書きたかったりします!(散々イチャイチャを書いておいて) 面白かったです!!
[一言] 完結おめでとうございます! シュナーリアの意地を通した誇り高い生きざまには、じんとくるものがありました。ハイリアをいずれ自分の魅力で振り向かせてやる、という思い自体が、余命短いことを悟ってい…
[一言] 完結おめでとうございます! メッチャ感動しました! クローネちゃんが今のハイリアを見たらどう思うのか、とても気になりますね(笑)。
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