星の瞬き降る丘で
――シュナーリア様のお墓は、今日もまた、お花に包まれていました。
こうして日も落ちれば、さすがにもうお参りに来る人もいないけれど……それまでに多くの人が訪れたのでしょう。
これでも、15年前、シュナーリア様が亡くなられたばかりの頃に比べれば、随分と落ち着いたそうですが。
お墓を守られているギリオンさんたちご夫婦は、「あんまり人が多いと、お嬢様が『賑やかすぎておちおち昼寝も出来ん!』と文句を言われそうですし、これぐらいでちょうどいいんですよ」――なんて、笑顔で仰ってましたが。
そして、そんなギリオンさんたちから「その方がきっとお嬢様も喜ばれますから」とお願いされているので……。
わたし自身は、子供の頃はともかく、今ではちょっと恐れ多い気もするのだけど――声に出して話しかけるときは、今まで通りの呼び方をさせてもらうのです。
「……おねえちゃん……お久しぶりです。
ここのところちょっと忙しくて、なかなか顔を出せなかったけど……やっぱり、今日は外せませんから。
――まあ、夜になっちゃいましたけど」
わたしは苦笑しながら……一度、空を見上げます。
今日も、運良く晴れていて――吸い込まれそうにキレイな星空です。
「そうだ! おねえちゃん、わたし最近、結構重要なお仕事も任されるようになったんですよ?
あ、まあ……そうは言っても、もちろん、おねえちゃんが書いた、あの研究書みたいなすっごいことは当然、ムリなんですけどね。
……それにしてもあれ、本当にすごいですよね……。
今でも、わたしたちみんなの一番の指針になってるんですから。
困ったことがあったら開いてみれば、ちゃんとそれについての助言があるんですもん……まるで、おねえちゃんが今もそこにいて、わたしたちの問いに答えてくれるみたいに。
――うん、そんな風に、まだまだおねえちゃんに助けられてばかりですけど……。
でも――少しずつ、頑張ってます。わたしも、〈魔領〉のみんなも。
おねえちゃんと魔王さまの理想……魔も人もない、より良い世界のために」
その場に座って、語りかければ……。
わたしの中の思い出そのままに――シュナーリア様はイタズラっぽく笑って、頭をなでてくれる気がします。
わたしがシュナーリア様といられたのは、ほんの僅かな時間だったけれど……。
幼いわたしの拙い願いを聞き届け、わたしとお父様を助けるために――。
そして〈魔領〉どころか、世界の人々のために――。
病に冒されていながらも、精一杯に戦っていた……その気高く凜々しい姿も。
子供っぽい笑みとともに、わたしの頭をなでてくれた……その優しい姿も。
わたしの中では……決して色褪せない、大事な思い出だから。
「あ、そうです、あの子も……まだまだ元気でいてくれてますよ。
今日は……ちょっとバタバタしちゃったし、お留守番ですけどね」
あの子――っていうのは、わたしが幼い頃から大事にしてきて、シュナーリア様に直してもらった……魔導具でもある人形のこと。
もともと、あのときシュナーリア様に預けたのも、お父様の異変を伝えるためっていうのが目的だったから、ちょっと調子が悪いぐらいで、壊れるってほどでもなかったんだけど……。
数日後、戻ってきたあの子は……むしろ買ってもらったときよりも、活き活きしているようで――。
最近になって、知り合いの女性技師さんにちょっと診てもらったら……その理由が、細部にわたって、高度な技術で信じられないほど精緻に整備し直されていたからだ、って分かりました。
そう……『転移魔法の標』としての役割とは、まったく別に。
――《我が親愛なる友へ》
あの子が戻ってきたとき、手紙の他に添えられていた、メッセージカード。
シュナーリア様は、その言葉通りに……相手が子供だからって軽んじることなく、そして、転移魔法の仕掛けのためだけでなく。
わたしと、わたしのお友達のあの子のために、力を尽くしてくれたのだと思うと……今でも、胸が熱くなります。
――そうして、今日も静かにシュナーリア様との思い出に浸っていたわたしですが……。
「……クローネ!」
背後から駆け寄ってくる足音と、聞き慣れた、わたしの名を呼ぶ声に……ふっと現実に引き戻されます。
立ち上がりつつ、振り返れば……やはり、ガガルフ様でした。
まだお仕事用の礼服姿であるところを見ると……わたしと同じで、少し抜け出してきただけのようです。
「やはりな……ここだと思ったよ」
「わたしをお捜しだったのですか?」
「ああ。まあ、ボクが――と言うより、クーザ殿がな。
キミがいないと書類仕事が終わらないと、嘆いておられたよ」
わたしの問いに、苦笑混じりに答えて――。
ガガルフ様もまた、改めてシュナーリア様の墓前にヒザを突き……短く祈りを捧げられました。
「それにしても、よくここだとお分かりになりましたね?」
「以前、教えてもらったからな。
今日が……キミがシュナーリア殿と、初めてお会いした日だと」
「……はい、そうです。
だから……ご命日だけでなく、この日も……毎年、お参りさせていただいています」
「そういうことなら、多少席を外したところでクーザ殿も文句は言えないな」
ガガルフ様は、そう冗談めかして笑いながら……背筋を伸ばしつつ、澄んだ夜空を見上げます。
きっとガガルフ様も、わたしを捜すのにかこつけて、小休止されるつもりでいたのでしょう。
釣られて、わたしも空を見れば……一際強く輝く星が、2つ、見えました。
そうしたとき、わたしたち〈魔領〉の民は――それを、あのお二方に重ね合わせます。
そしてそれは、やはり、ガガルフ様も同じだったようで……。
「……ハイリア様は、お元気でいらっしゃるだろうか。
お優しいあの方に相応しい、穏やかな日々を送られているだろうか……」
15年前、勇者殿のご帰還に合わせ、共に向こうの世界に渡られた魔王さまに……思いを馳せていらっしゃいました。
そこで、わたしは……最近古い書物を調べていて知った、1つの伝承をお話しすることにします。
シュナーリア様が患い……けれど、その研究と人族との和解のおかげで、今はもう不治の病などではなくなった、〈天眼の代価〉とも呼ばれた病のことを。
「遙か昔のことですが……。
かの〈天眼の代価〉は、そう呼ばれる前には――『生まれ出る前に、魂が分かれたから』罹る病だと……そんな風に信じられていたそうです」
「魂が……分かれる、か」
「はい。ですから……どこかにはきっと、分かたれた魂の輝きがあるのだ――と」
……それは結局、ただの古い伝承でしかありません。
治療薬も発明された以上、何の意味もないものかも知れません。
だけど――。
「ならば、もしかしたら……。
ハイリア様は、出会っているかも知れないな――その、魂の輝きに」
「――はい、わたしもそう信じているんです。
その出会いが、友人としてであれ、恋人としてであれ……。
異なる世界であろうとも、こうして、夜空に星が瞬くのなら……きっと。
わたしたちの〈世を照らす星〉が――その幸せを、見守ってらっしゃるはずですから」
「……そうだな。
このアルタメアと同じように――我らが〈星〉が。
――ああ。それなら、きっと……」
それが、たとえ迷信に過ぎないとしても。
わたしたちは――信じ、星空に祈っていました。
願わくば……新たな輝きが、新たな出会いが、ハイリア様に訪れますように――。
そして……。
シュナーリア様にとっての、一番の幸せ――。
ハイリア様の幸せな未来が、そこにありますように……と。
最後までご覧下さり、まことにありがとうございました。
ちなみに本作は、
拙作『4度目も勇者!?』〈https://book1.adouzi.eu.org/n7420fe/〉のスピンオフでもあります。
――ですので、もし、ハイリアや勇者のこの先に興味がおありでしたら、そちらも覗いていただければ……と思います。
よろしければ、本作ともどもお付き合い下さい。




