第38話 新たな道に、幸多からんことを
皆の声を背に、一人、謁見の間を辞した余は――廊下の途中で。
余を待っていたように、壁際に立つ勇者に出会った。
「……よ、お疲れさん。
やっぱり、大したヤツだよ……お前は」
「聞いていたのか。
いや、余は良い部下に恵まれた――ただ、それだけのことだ」
勇者のかけてくる言葉に……余も、幾分気の抜けた声で応じる。
「で……ハイリア、お前はこれからどうするんだ?」
「それは……。
いや、そうだな。勇者、キサマも来い」
「? 来い、って……どこへ?」
「シュナーリアの住んでいた屋敷だ。
……詳しくは、そこで話す」
当然のように、事情を呑み込めていない勇者を伴い――。
余はその足で、目を閉じていてもたどり着けそうなほどに通い慣れた、シュナーリアの屋敷へと向かう。
そして……事前に連絡はしていなかったにもかかわらず、まるで余が来ることを分かっていたかのようなギリオンに――以前と変わりないシュナーリアの部屋へと通されると。
余は、そこへキュレイヤも呼んでくれるよう頼み……。
余と勇者を含む4人が揃ったところで、勇者の質問への答えを切り出した。
「余は――これからのアルタメアのためにも、この魔王としてのチカラを、決して悪用させるわけにはゆかぬ。
しかしだ、たとえ他者との交わりを断ち、ただ一人隠棲しようとも……チカラがそこに存在する以上、その可能性は消し去れぬのが事実。
ゆえに――余は、このチカラとともに、余自身を人知れず封じようと思う。
ただ命を絶つだけでは、〈魔胎珠〉のみが残る可能性もあるが……この身を以て完全に封じてしまえば、そんな心配もなかろうからな」
「! おい、ちょっと待て、それじゃお前は――!」
予想通り、対面のソファに腰掛けた勇者が、テーブル越しに食ってかかってくるが……余は気にするなと首を振る。
そもそも――これは、ずっと覚悟していたことだからだ。
たとえ余のやり方で世界が一つとなっていたとしても……その先では、やはり災いにしかならぬこのチカラを、余自身とともに封じることは。
「この話をここでしたのも……ギリオン、キュレイヤ――シュナーリアとともに世話になったお前たちには、真実とともに、これまでの感謝を告げねばならぬと思ったからだ」
「……ハイリア様……」
「――ちょっと待て!
冗談じゃない、そんな結末で納得されてたまるかよ!
魔族や人族のみんなだけじゃない、ハイリア、お前も幸せになって、それでようやく俺たちが目指した世界になるんだろうが!」
勇者は激しくテーブルに両手を突く。
茶でも出ていればひっくり返っていたやも知れんが……幸いにして、今は何も載っていない。
「キサマのその言い分は有り難いがな……。
このアルタメアに、余という存在がある以上は――」
「!……そうだ、それだ!」
なおも首を振ろうとした余を遮り――勇者は手を打つ。
「なら――お前が、俺の世界へ来ればいい!
世界を隔てれば、さすがに、悪用も何もないだろ!?」
妙案とばかりに……これまた、とんでもないことを言ってくれるな、こやつは。
ある意味、さすがと言うべきか。
いや、実際、案としては悪くないのかも知れんが――。
「……残念ながら……。
そうした送還も含めた召喚術は、その使用されるエネルギーの大きさゆえ、人間ほどのものとなると1人が限度なのだと聞いている。
ゆえに、やはり余は――」
「その方法がある、とすれば――いかがでしょうか」
余の言葉に割り込んだのは……。
今までキュレイヤと二人、我らの傍らに立ち、経緯を見守るように押し黙っていたギリオンだった。
「どういうことだ? ギリオン……」
「――ハイリア様……これを」
余の問いかけにギリオンは、一つの小箱をテーブルの上に置く。
訝りつつ、開いてみれば――入っているのは、銀に輝くペンダントだ。
「それは、〈封印具〉――。
お嬢様が、最後の命を振り絞ってお作りになられた……魔導具にございます」
「! シュナーリアが……?」
驚く余に、ギリオンは「詳細はここに」と、1枚のメモも寄越す。
そこに書かれていたのは――この〈封印具〉とやらを作った経緯と成り立ち。
そして、その効果と使い方についての注意だった。
「これ、は……! まったく――まったく、本当に……。
シュナーリア、お前というヤツは……っ!」
メモを見終えた余は……思わず、それを握り締める。
――シュナーリアは……余が、この魔王のチカラゆえに、表舞台から身を引くことすらも見越していたのだ。
そして、その後の生き方について――勇者の元いた世界への移住、という選択肢すら上がることも。
ゆえに、そのために……。
グーラントが、『魔王のチカラを取り込む』ために作り上げた、魔剣グライエンの理論をも参考にして。
死が間近に迫る中、ギリオンの言葉通り、命を振り絞って作り上げたのだ――。
余自身を、魔王のチカラごと『任意で一時的に』封じ込める魔導具――。
この、〈封印具〉を……!
「……しかし……」
これに自らを封印し、勇者にそのまま運んでもらえば……確かに余は、共に世界を渡ることも出来るだろう。
だが……それが、許されるのか?
この魔王のチカラが悪用される恐れを考えれば、アルタメアを離れるに越したことはない……しかし。
しかし――この余に。
魔王として世を乱したこの余に、そうして、新天地で新たな道を歩む資格があるのか――?
「……ハイリア様」
そうして思い悩んでしまう余の手に――気付けば、ギリオンとキュレイヤの手が重ねられていた。
「我ら夫婦にとって、お嬢様が、実の娘同然だったように――。
畏れながらハイリア様、あなた様もまた、実の息子のようなものと思っておりました。
ですから、どうか――。
どうか、あなた様が、より幸せとなれる道を……お選び下さい。
それこそが、我らにとってもまた……幸せなのですから」
「……ギリオン……」
「そうですよ、ハイリア様……!
……だいたい、ハイリア様は……アタシたちのために、世界のためにって――小さい頃からたくさん、本当にたくさん頑張ったじゃあないですか……!
そんなハイリア様が、この先は自分のための道を選ぶのを――誰が非難出来るって言うんです……!」
「……キュレイヤ……」
〈人獅子〉の夫婦がくれた、そんな暖かい言葉に感じ入っていたところで――。
ふと視線を上げれば……正面の勇者もまた、シュナーリアと同じ、あの笑みを浮かべていた。
「ハイリア、お前自身がさっき、部下に言ってたことだろ?
罪の意識を感じるなら、なおのこと――ってな。
そう……それならなおのことお前は、この先の人生を生きていかなきゃいけないんだよ。
その中で、色んな人たちの助けになって――。
そうして、お前自身も幸せになれば……それが一番じゃないか。
――で、これを作った本人が……何より、それを望んでるんじゃないのか?」
そう告げて、勇者は――。
余からは見えなかった、〈封印具〉の小箱の隅から……そこに挟まっていたらしい小さな紙片を抜き取り、余へと差し出してきた。
開いてみれば――それは。
『 わたしの星、偉大なる星――。
キミの新たな道に、幸多からんことを! 』
体裁も何も整えていない、ただ、そんな一言だけの……走り書きだった。
だが、それだけに――。
ただただ純粋に、余の幸せを願ってくれたことが、何よりも伝わってきて……。
「……本当に、お前には……敵わぬ、な……。
どうしようも、なく――っ……」
受け取った、その一言に。想いに。願いに――。
今度こそ――今度こそ余は、決意を固め――。
紙片とともに……もう一方の手を、ギリオンたちの手に重ねた。
「ギリオン。そしてキュレイヤ。
これまで、本当に世話になった。
その大恩も、今、贈られた言葉も――余は生涯、忘れはせぬ……!」
「……勿体ないお言葉にございます……!」
「いいんですよ、ハイリア様――そんなの、忘れちまったって。
それぐらいに、幸せになって下さればね!」
穏やかな笑顔を向けてくれる老夫婦に、余もまた笑みを返し――。
そうして、改めて勇者へと……。
皆に願ってもらった、余の願いを――告げた。
「勇者よ――シュナーリアの輝きを、そして余の志を守ってくれたキサマを……我らが共通の友と見込んで、改めて頼む。
どうか、余を――。
そちらの世界へと、新たな道へと……案内してはもらえないか――?」




