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魔王に恋した乙女の、誇りと意地の物語  作者: 八刀皿 日音
第4章 魔王と乙女の、理想とした世界へ

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第38話 新たな道に、幸多からんことを


 皆の声を背に、一人、謁見の間を辞した余は――廊下の途中で。

 余を待っていたように、壁際に立つ勇者に出会った。


「……よ、お疲れさん。

 やっぱり、大したヤツだよ……お前は」


「聞いていたのか。

 いや、余は良い部下に恵まれた――ただ、それだけのことだ」


 勇者のかけてくる言葉に……余も、幾分気の抜けた声で応じる。


「で……ハイリア、お前はこれからどうするんだ?」


「それは……。

 いや、そうだな。勇者、キサマも来い」


「? 来い、って……どこへ?」


「シュナーリアの住んでいた屋敷だ。

 ……詳しくは、そこで話す」



 当然のように、事情を呑み込めていない勇者を伴い――。

 余はその足で、目を閉じていてもたどり着けそうなほどに通い慣れた、シュナーリアの屋敷へと向かう。


 そして……事前に連絡はしていなかったにもかかわらず、まるで余が来ることを分かっていたかのようなギリオンに――以前と変わりないシュナーリアの部屋へと通されると。


 余は、そこへキュレイヤも呼んでくれるよう頼み……。

 余と勇者を含む4人が揃ったところで、勇者の質問への答えを切り出した。



「余は――これからのアルタメアのためにも、この魔王としてのチカラを、決して悪用させるわけにはゆかぬ。

 しかしだ、たとえ他者との交わりを断ち、ただ一人隠棲(いんせい)しようとも……チカラがそこに存在する以上、その可能性は消し去れぬのが事実。


 ゆえに――余は、このチカラとともに、余自身を人知れず封じようと思う。


 ただ命を絶つだけでは、〈魔胎珠(マタイジュ)〉のみが残る可能性もあるが……この身を以て完全に封じてしまえば、そんな心配もなかろうからな」



「! おい、ちょっと待て、それじゃお前は――!」


 予想通り、対面のソファに腰掛けた勇者が、テーブル越しに食ってかかってくるが……余は気にするなと首を振る。


 そもそも――これは、ずっと覚悟していたことだからだ。


 たとえ余のやり方で世界が一つとなっていたとしても……その先では、やはり災いにしかならぬこのチカラを、余自身とともに封じることは。



「この話をここでしたのも……ギリオン、キュレイヤ――シュナーリアとともに世話になったお前たちには、真実とともに、これまでの感謝を告げねばならぬと思ったからだ」


「……ハイリア様……」


「――ちょっと待て!

 冗談じゃない、そんな結末で納得されてたまるかよ!

 魔族や人族のみんなだけじゃない、ハイリア、お前も幸せになって、それでようやく俺たちが目指した世界になるんだろうが!」


 勇者は激しくテーブルに両手を突く。

 茶でも出ていればひっくり返っていたやも知れんが……幸いにして、今は何も載っていない。


「キサマのその言い分は有り難いがな……。

 このアルタメアに、余という存在がある以上は――」


「!……そうだ、それだ!」


 なおも首を振ろうとした余を遮り――勇者は手を打つ。


「なら――お前が、俺の世界へ来ればいい!

 世界を隔てれば、さすがに、悪用も何もないだろ!?」


 妙案とばかりに……これまた、とんでもないことを言ってくれるな、こやつは。

 ある意味、さすがと言うべきか。


 いや、実際、案としては悪くないのかも知れんが――。


「……残念ながら……。

 そうした送還も含めた召喚術は、その使用されるエネルギーの大きさゆえ、人間ほどのものとなると1人が限度なのだと聞いている。

 ゆえに、やはり余は――」


「その方法がある、とすれば――いかがでしょうか」



 余の言葉に割り込んだのは……。

 今までキュレイヤと二人、我らの傍らに立ち、経緯を見守るように押し黙っていたギリオンだった。


「どういうことだ? ギリオン……」


「――ハイリア様……これを」


 余の問いかけにギリオンは、一つの小箱をテーブルの上に置く。

 (いぶか)りつつ、開いてみれば――入っているのは、銀に輝くペンダントだ。


「それは、〈封印具(ふういんぐ)〉――。

 お嬢様が、最後の命を振り絞ってお作りになられた……魔導具(まどうぐ)にございます」


「! シュナーリアが……?」


 驚く余に、ギリオンは「詳細はここに」と、1枚のメモも寄越す。


 そこに書かれていたのは――この〈封印具〉とやらを作った経緯と成り立ち。

 そして、その効果と使い方についての注意だった。



「これ、は……! まったく――まったく、本当に……。

 シュナーリア、お前というヤツは……っ!」


 メモを見終えた余は……思わず、それを握り締める。


 ――シュナーリアは……余が、この魔王のチカラゆえに、表舞台から身を引くことすらも見越していたのだ。


 そして、その後の生き方について――勇者の元いた世界への移住、という選択肢すら上がることも。

 ゆえに、そのために……。


 グーラントが、『魔王のチカラを取り込む』ために作り上げた、魔剣グライエンの理論をも参考にして。

 死が間近に迫る中、ギリオンの言葉通り、命を振り絞って作り上げたのだ――。



 余自身を、魔王のチカラごと『任意で一時的に』封じ込める魔導具――。

 この、〈封印具〉を……!



「……しかし……」


 これに自らを封印し、勇者にそのまま運んでもらえば……確かに余は、共に世界を渡ることも出来るだろう。


 だが……それが、許されるのか?


 この魔王のチカラが悪用される恐れを考えれば、アルタメアを離れるに越したことはない……しかし。

 しかし――この余に。

 魔王として世を乱したこの余に、そうして、新天地で新たな道を歩む資格があるのか――?



「……ハイリア様」


 そうして思い悩んでしまう余の手に――気付けば、ギリオンとキュレイヤの手が重ねられていた。


「我ら夫婦にとって、お嬢様が、実の娘同然だったように――。

 (おそ)れながらハイリア様、あなた様もまた、実の息子のようなものと思っておりました。

 ですから、どうか――。

 どうか、あなた様が、より幸せとなれる道を……お選び下さい。

 それこそが、我らにとってもまた……幸せなのですから」


「……ギリオン……」


「そうですよ、ハイリア様……!

 ……だいたい、ハイリア様は……アタシたちのために、世界のためにって――小さい頃からたくさん、本当にたくさん頑張ったじゃあないですか……!

 そんなハイリア様が、この先は自分のための道を選ぶのを――誰が非難出来るって言うんです……!」


「……キュレイヤ……」


 〈人獅子(ワーレオ)〉の夫婦がくれた、そんな暖かい言葉に感じ入っていたところで――。

 ふと視線を上げれば……正面の勇者もまた、シュナーリアと同じ、あの笑みを浮かべていた。



「ハイリア、お前自身がさっき、部下に言ってたことだろ?

 罪の意識を感じるなら、なおのこと――ってな。


 そう……それならなおのことお前は、この先の人生を生きていかなきゃいけないんだよ。


 その中で、色んな人たちの助けになって――。

 そうして、お前自身も幸せになれば……それが一番じゃないか。

 ――で、これを作った本人が……何より、それを望んでるんじゃないのか?」



 そう告げて、勇者は――。

 余からは見えなかった、〈封印具〉の小箱の隅から……そこに挟まっていたらしい小さな紙片を抜き取り、余へと差し出してきた。


 開いてみれば――それは。



『 わたしの星、偉大なる星――。

  キミの新たな道に、幸多からんことを! 』



 体裁も何も整えていない、ただ、そんな一言だけの……走り書きだった。


 だが、それだけに――。

 ただただ純粋に、余の幸せを願ってくれたことが、何よりも伝わってきて……。



「……本当に、お前には……敵わぬ、な……。

 どうしようも、なく――っ……」



 受け取った、その一言に。想いに。願いに――。

 今度こそ――今度こそ余は、決意を固め――。


 紙片とともに……もう一方の手を、ギリオンたちの手に重ねた。



「ギリオン。そしてキュレイヤ。

 これまで、本当に世話になった。

 その大恩も、今、贈られた言葉も――余は生涯、忘れはせぬ……!」


「……勿体ないお言葉にございます……!」


「いいんですよ、ハイリア様――そんなの、忘れちまったって。

 それぐらいに、幸せになって下さればね!」



 穏やかな笑顔を向けてくれる老夫婦に、余もまた笑みを返し――。

 そうして、改めて勇者へと……。


 皆に願ってもらった、余の願いを――告げた。



「勇者よ――シュナーリアの輝きを、そして余の志を守ってくれたキサマを……我らが共通の友と見込んで、改めて頼む。


 どうか、余を――。

 そちらの世界へと、新たな道へと……案内してはもらえないか――?」






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― 新着の感想 ―
[一言] 内助の功……!
[良い点] 今話は色々な思いが湧きましたね~。 まず、悲愴な覚悟のハイリアと納得いかないユーマの下りは、理屈では分かるとはいえ「そりゃそうだ」ですし、地球に行ったところで、アルタメアの平和を皆で享受…
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