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魔王に恋した乙女の、誇りと意地の物語  作者: 八刀皿 日音
第4章 魔王と乙女の、理想とした世界へ

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第37話 新しき世界のために −2−


「え? ぼ、ボク……ですか……?

 ――い、いえ、いえいえ! 何を仰います……!

 ボクのような、(まつりごと)の何たるかも理解していない若輩者なんて――」


「だからこそ、だ」


 本人にとっては寝耳に水であろう指名に、予想通り狼狽(うろた)えるガガルフに……余は、静かにうなずき、選んだ理由を説明してやる。


 ――そもそもが、余の理想だけでなく、シュナーリアの思想をも安易に忌避せず、理解しようと努めていた、その姿勢と人柄。


 そして、〈魔将軍〉の名に相応しい人望もあり……それゆえに、未だ和解に不満を抱えている者が多かろう、血気盛んな兵士たちとの折り合いをつけるには最適であること。


 また同時に、その〈魔将軍〉として、無為無益な殺生は避け続けてきた高潔な戦い振りから、人族からの印象も悪くないこと。


 それに何より、本人が口にしたように、若輩であること――。



「これから先、世界は新しい時代を創っていくのだ。

 その代表たる者は――未熟ゆえの可能性を秘めた、『若輩者』こそが相応しい」


「で、ですが――っ!」


「その戸惑いは分かるがな……大丈夫だ。

 余に、お前たちがいたように――ガガルフ、お前のことも皆が助けてくれよう。

 特に、オーデングルムにクーザ……ガガルフの補佐、頼むぞ?」


 余が名を呼べば、まずは老将オーデングルムが、一歩前に進み出る。



「……正直を申しますればワシは、未だ、この和解を心底より支持しているわけではありませぬ。

 ですが、その一命を(なげう)ってまで我らの未来を守らんとし……結果として、ワシや一族の無実をも証明してくれたシュナーリア嬢には、今や感謝とともに敬意すら抱いております。

 なればこそ……いかに主義主張に違いがあろうとも、その理想を、今しばらくは見守ってみたくも思っております。

 その上で、我が主たるハイリア様が頼みとして下さったとあらば……ガガルフ殿の支えとなること、断る道理もございません。

 しかし、ワシは人族をまだ完全に信用したわけでもなく――また、歳ゆえに柔軟な考えも出来かねましょうから、ご期待に沿えるかどうかが……」



「いや……だからこそ、お前を頼みとするのだ。

 お前のように、目線と意見を異にするからこそ、気付けることもあろう。

 そしてまた、その年齢に()る豊富な経験は、何より代えがたい宝でもある。

 ……規律を重んじるその姿勢とともに、若者の良き模範、良き相談相手となってやれ」


 余がそう告げると――オーデングルムは、深々と、その頭を下げた。


「この老骨めに、なんとも勿体なきお言葉……!

 オーデングルム、残り僅かな命尽きる、そのときまで……!

 仰せつかったお役目、全力を以てまっとうさせていただきまする……っ!」


「ああ、よろしく頼む。

 が――必死になり過ぎるあまり、年長者としての悪い面が出ぬように、な。

 余裕を持って役目にあたり……そして、くれぐれも長生きしろ」


 余が、苦笑混じりにクギを刺せば……ハッと顔を上げたオーデングルムは、涙の浮かんだ目元を慌てて拭い、礼の言葉とともに今一度頭を下げ直す。


 そんなオーデングルムに代わり……今度は、クーザが進み出た。



「……ハイリア様。

 私は、乗っ取られていたとは言え……多くの人々に、そしてハイリア様にもご迷惑をおかけし……そればかりか、病身であったシュナーリア殿が身罷(みまか)る原因ともなった罪深き者。

 本来ならば、牢に繋がれても文句の言えぬ身が、こうして温情によりこの場に列席させていただいておりますが……。

 この上、新たな王となるガガルフ殿の補佐など、あまりに恐れ多く――!」



「お前もまた、だからこそ――だ」


 クーザに真っ直ぐに視線を向けながら……余は諭すように語る。



「お前の、他者の話を良く聴き、中立的な立場に身を置いて、常に公正であろうとする姿勢は……人と魔、そして和解の賛成派と反対派という、何かと対立も多くなるであろうこの先の世界において、必ず重要になる。

 ――些細な揉め事から、また戦が起こるような事態を避けるために。

 そして、己に罪の意識を感じているならなおのこと、それを償うためにも……仲裁者として、己の為せること、為すべきことに、懸命に励むがいい。

 ……娘が、心から敬愛出来る父であり続けるためにも――な」



「は、ハイリア様――っ……!」


 クーザは、一瞬、泣き崩れたのかと心配するほどの勢いで……その場に(ひざまず)いた。


「ありがたき……ありがたき幸せ……!

 このクーザ……一生をかけ、頂戴したお言葉に報いることを誓います……!」


「ああ……頼むぞ。

 だがな、お前も――くれぐれも、役目に没頭するあまり、家族を顧みぬような真似はするなよ?」


 クーザに対しても、苦笑混じりの軽口をかけてから――余は。

 改めて立ち上がり、段上の玉座を離れ……居並ぶ者たちと同じ場所へと、降りた。


 そして――。


「……ハイリア様、ボクは――っ!」


 未だ、不安に顔を曇らせるガガルフの肩に……そっと、手を置く。



「お前なら、大丈夫だ。

 いや、お前もまた――お前だからこそ、だ。

 余だけではなく、シュナーリアも認めていたお前だからこそ――後事を託せるのだ。

 そもそもだ、お前を推したとき――この場の誰一人として、反対なぞしなかったであろうが?」



 余が、改めて真意を問うように見渡せば――。

 場にいる者たちが皆、ガガルフに向けて……静かに、ヒザを突いた。



「……そういうことだ。

 未熟で構わぬ。お前のその、王に相応しい心根さえあれば――皆が助けとなってくれる。

 ――ああ、お前の姉も含めて……な」


 言って、謁見の間の隅へと目をやれば……そこには、メイド姿のニニが控えており。

 余の視線に気付けば、「お任せ下さい」とばかりに……深々とした一礼を以て、応じてくれた。


 そんな姉の姿も見、そして今一度ヒザを突く皆を見やって――。

 余へと視線を戻したガガルフは、ようやく……覚悟を決めた顔で、うなずいた。



「――承りました、ハイリア様……!

 ハイリア様とシュナーリア殿の志は――このボクが、必ず……!」



「……ああ。期待している」


 ガガルフの肩を叩き……余はそのまま、謁見の間の大扉へ向かう。

 そしてそこで――もう一度だけ、皆を振り返った。



「改めて……皆に後始末を押し付けるような形になったことを、申し訳なく思う!

 だが、皆ならば……!

 必ず、魔族のみならず、この世界そのものを――より良い方へと向かわせてくれると、余はそう信じている……!

 ――どうか、我らが故郷たる、このアルタメアを……よろしく頼む!」



 王としての最後の言葉に……皆が、口々に応えてくれる中。

 余は、それを背に受けつつ、一人、大扉を抜けて……。



 皆が集う謁見の間と――そして、王たる己に、別れを告げた。






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― 新着の感想 ―
[一言] 卒業コンサートや……!
[良い点] こうして一件が終わってみれば、オーデングルムとクーザほど適任な補佐はいないように思えてきますね。 特にシュナーリアの主張に相反していた、いかにも何かやらかしそうだったオーデングルムのオッサ…
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