第37話 新しき世界のために −2−
「え? ぼ、ボク……ですか……?
――い、いえ、いえいえ! 何を仰います……!
ボクのような、政の何たるかも理解していない若輩者なんて――」
「だからこそ、だ」
本人にとっては寝耳に水であろう指名に、予想通り狼狽えるガガルフに……余は、静かにうなずき、選んだ理由を説明してやる。
――そもそもが、余の理想だけでなく、シュナーリアの思想をも安易に忌避せず、理解しようと努めていた、その姿勢と人柄。
そして、〈魔将軍〉の名に相応しい人望もあり……それゆえに、未だ和解に不満を抱えている者が多かろう、血気盛んな兵士たちとの折り合いをつけるには最適であること。
また同時に、その〈魔将軍〉として、無為無益な殺生は避け続けてきた高潔な戦い振りから、人族からの印象も悪くないこと。
それに何より、本人が口にしたように、若輩であること――。
「これから先、世界は新しい時代を創っていくのだ。
その代表たる者は――未熟ゆえの可能性を秘めた、『若輩者』こそが相応しい」
「で、ですが――っ!」
「その戸惑いは分かるがな……大丈夫だ。
余に、お前たちがいたように――ガガルフ、お前のことも皆が助けてくれよう。
特に、オーデングルムにクーザ……ガガルフの補佐、頼むぞ?」
余が名を呼べば、まずは老将オーデングルムが、一歩前に進み出る。
「……正直を申しますればワシは、未だ、この和解を心底より支持しているわけではありませぬ。
ですが、その一命を擲ってまで我らの未来を守らんとし……結果として、ワシや一族の無実をも証明してくれたシュナーリア嬢には、今や感謝とともに敬意すら抱いております。
なればこそ……いかに主義主張に違いがあろうとも、その理想を、今しばらくは見守ってみたくも思っております。
その上で、我が主たるハイリア様が頼みとして下さったとあらば……ガガルフ殿の支えとなること、断る道理もございません。
しかし、ワシは人族をまだ完全に信用したわけでもなく――また、歳ゆえに柔軟な考えも出来かねましょうから、ご期待に沿えるかどうかが……」
「いや……だからこそ、お前を頼みとするのだ。
お前のように、目線と意見を異にするからこそ、気付けることもあろう。
そしてまた、その年齢に拠る豊富な経験は、何より代えがたい宝でもある。
……規律を重んじるその姿勢とともに、若者の良き模範、良き相談相手となってやれ」
余がそう告げると――オーデングルムは、深々と、その頭を下げた。
「この老骨めに、なんとも勿体なきお言葉……!
オーデングルム、残り僅かな命尽きる、そのときまで……!
仰せつかったお役目、全力を以て全うさせていただきまする……っ!」
「ああ、よろしく頼む。
が――必死になり過ぎるあまり、年長者としての悪い面が出ぬように、な。
余裕を持って役目にあたり……そして、くれぐれも長生きしろ」
余が、苦笑混じりにクギを刺せば……ハッと顔を上げたオーデングルムは、涙の浮かんだ目元を慌てて拭い、礼の言葉とともに今一度頭を下げ直す。
そんなオーデングルムに代わり……今度は、クーザが進み出た。
「……ハイリア様。
私は、乗っ取られていたとは言え……多くの人々に、そしてハイリア様にもご迷惑をおかけし……そればかりか、病身であったシュナーリア殿が身罷る原因ともなった罪深き者。
本来ならば、牢に繋がれても文句の言えぬ身が、こうして温情によりこの場に列席させていただいておりますが……。
この上、新たな王となるガガルフ殿の補佐など、あまりに恐れ多く――!」
「お前もまた、だからこそ――だ」
クーザに真っ直ぐに視線を向けながら……余は諭すように語る。
「お前の、他者の話を良く聴き、中立的な立場に身を置いて、常に公正であろうとする姿勢は……人と魔、そして和解の賛成派と反対派という、何かと対立も多くなるであろうこの先の世界において、必ず重要になる。
――些細な揉め事から、また戦が起こるような事態を避けるために。
そして、己に罪の意識を感じているならなおのこと、それを償うためにも……仲裁者として、己の為せること、為すべきことに、懸命に励むがいい。
……娘が、心から敬愛出来る父であり続けるためにも――な」
「は、ハイリア様――っ……!」
クーザは、一瞬、泣き崩れたのかと心配するほどの勢いで……その場に跪いた。
「ありがたき……ありがたき幸せ……!
このクーザ……一生をかけ、頂戴したお言葉に報いることを誓います……!」
「ああ……頼むぞ。
だがな、お前も――くれぐれも、役目に没頭するあまり、家族を顧みぬような真似はするなよ?」
クーザに対しても、苦笑混じりの軽口をかけてから――余は。
改めて立ち上がり、段上の玉座を離れ……居並ぶ者たちと同じ場所へと、降りた。
そして――。
「……ハイリア様、ボクは――っ!」
未だ、不安に顔を曇らせるガガルフの肩に……そっと、手を置く。
「お前なら、大丈夫だ。
いや、お前もまた――お前だからこそ、だ。
余だけではなく、シュナーリアも認めていたお前だからこそ――後事を託せるのだ。
そもそもだ、お前を推したとき――この場の誰一人として、反対なぞしなかったであろうが?」
余が、改めて真意を問うように見渡せば――。
場にいる者たちが皆、ガガルフに向けて……静かに、ヒザを突いた。
「……そういうことだ。
未熟で構わぬ。お前のその、王に相応しい心根さえあれば――皆が助けとなってくれる。
――ああ、お前の姉も含めて……な」
言って、謁見の間の隅へと目をやれば……そこには、メイド姿のニニが控えており。
余の視線に気付けば、「お任せ下さい」とばかりに……深々とした一礼を以て、応じてくれた。
そんな姉の姿も見、そして今一度ヒザを突く皆を見やって――。
余へと視線を戻したガガルフは、ようやく……覚悟を決めた顔で、うなずいた。
「――承りました、ハイリア様……!
ハイリア様とシュナーリア殿の志は――このボクが、必ず……!」
「……ああ。期待している」
ガガルフの肩を叩き……余はそのまま、謁見の間の大扉へ向かう。
そしてそこで――もう一度だけ、皆を振り返った。
「改めて……皆に後始末を押し付けるような形になったことを、申し訳なく思う!
だが、皆ならば……!
必ず、魔族のみならず、この世界そのものを――より良い方へと向かわせてくれると、余はそう信じている……!
――どうか、我らが故郷たる、このアルタメアを……よろしく頼む!」
王としての最後の言葉に……皆が、口々に応えてくれる中。
余は、それを背に受けつつ、一人、大扉を抜けて……。
皆が集う謁見の間と――そして、王たる己に、別れを告げた。




