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魔王に恋した乙女の、誇りと意地の物語  作者: 八刀皿 日音
第4章 魔王と乙女の、理想とした世界へ

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第35話 標の星の、輝く先へ −2−


「……余は……敗れたのだな……」



 大の字に倒れた余の視界には、崩れた天井の先――澄み渡った星空が広がっていた。

 〈魔領(まりょう)〉には珍しい……すっかりと晴れた、数多(あまた)の星が瞬く空――。



「いいや、そいつはちょっと違うな」


 そんなことを言いながら、余の傍らに、勇者もまた力無く腰を落とす。


 すべてのチカラを出し切り、もはや指一本満足に動かせぬほどになった余は、あとはトドメを刺されるのを待つばかり、のはずだが――。


 澄んだ星空を見上げる余の視界に、ひょいと入り込んだ勇者は……トドメとなる凶刃の代わりに、あの、イタズラを成功させた幼子のような笑顔を浮かべる。

 そうして……


「確かに、お前は俺との『ケンカ』には負けたかも知れない。

 だけどさ……だからこそ、お前は『勝った』んだよ。

 ――俺と一緒にさ」


 そんなことを言って、こやつもまた、星空を見上げた。



 ()しくも、我らの視線の向かう先は同じ――。

 他よりも一際(ひときわ)強く輝く〈星〉にあった。


 そう――〈世を照らす星(シュナーリア)〉に。



『ハイリア――偉大なる星、わたしの星……。

 キミの輝きは必ず、魔と人の断絶に架かる橋となるだろう。

 ……だからどうか、その輝きを――いつまでも』



 余の名、〈王たる星(ハイリア)〉と対を為す、あやつの言葉が脳裏を過ぎる。

 その望んでいたことが、視ていた未来が――ようやく、本当の意味で理解出来た気がした。



「まったく、本当に……。

 お前には敵わぬな、シュナーリア…………」



 余が、自らの不明を恥じながら、目を細めれば――。

 天に座す〈世を照らす星〉は、そんな余をいつもの調子で笑い飛ばすかのように。


 殊更(ことさら)に強く、気高く――輝く。



『――キミはね、なまじ頭が良いせいか、考えすぎるきらいがあるんだ』



 ……ああ、そうだ。

 昔から何度も、お前にはそんなことを言われたな……。


 だが悪いな、性分だ――。

 お前の跳ねっ返りと同じく、そうそう治るものでもあるまいよ……。



「さて、と…………ほらよ」


 また、ひょいと余の視界に姿を見せたのは……今度は、勇者の手だった。

 どうやら、倒れた余に手を差し出しているらしい。


「……問題ない。自分で……起きられる……」


 実を言えば、まったくもってそんな真似は出来そうにないのだが……。

 つい、そう強がりを告げた余に――しかし勇者は、「あ〜」と、困ったような声を上げた。


「助け起こそう、ってわけじゃないんだよな……。

 ――ってか、俺だってもうフラッフラで、そんなの多分ムリだし。

 これは……握手だよ。

 この前のときは結局、出来なかったからな?」


 そう、得意気に笑う勇者に……余は。

 思い切り忌々しげに、鼻を鳴らしてみせてやった。


「ふん……紛らわしい真似を。

 しかし――今なら出来るかのように言うが、応じねばならぬ理由もあるまい?」


「――って、え……この状況で断るっ!?」


 よほど想定外だったのだろう、間の抜けた顔をする勇者が――それはそれは愉快で。


「フッ……当然だ、一筋縄でいくはずがあるまい?

 何せ、余は――魔王、なのだからな……?」


 思わず、唇の端に笑みを浮かべながら。

 余は、不意を突いて……行き場を無くしていた勇者の手を――握った。


 勇者は一瞬驚くも、それをしかと受け止め――苦笑してみせる。



「……はぁ……まったく、ホント良い性格してるよ」


「キサマのようなヤツに言われるのは心外だ」



 呆れたように笑いつつも、余の手を強く握り返す勇者に……。

 余もまた、出来る限りの力を込めて返事とした。



「――勇者よ」


「うん?」


「礼を言う。キサマのおかげで、余は……。

 (しるべ)となる〈星〉の輝きを――見失わずに、すんだ」


「……ああ。でもさ――」



 言いつつ、勇者は――。

 我らが握った手はそのままに、再び、余と同じく星空を見上げた。

 そして――。


「それだって、その〈星〉の導き――。

 そんな気もするけどな?」


「……かも知れん。

 いや、むしろ――所詮は、手の平の上……か」



 余と勇者は、どちらからともなく――。

 2人、結んだ手を、空に向けて高く掲げていた。


 きっとそこにある、もう一つの手とも――今一度、結び合うために。






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