第35話 標の星の、輝く先へ −2−
「……余は……敗れたのだな……」
大の字に倒れた余の視界には、崩れた天井の先――澄み渡った星空が広がっていた。
〈魔領〉には珍しい……すっかりと晴れた、数多の星が瞬く空――。
「いいや、そいつはちょっと違うな」
そんなことを言いながら、余の傍らに、勇者もまた力無く腰を落とす。
すべてのチカラを出し切り、もはや指一本満足に動かせぬほどになった余は、あとはトドメを刺されるのを待つばかり、のはずだが――。
澄んだ星空を見上げる余の視界に、ひょいと入り込んだ勇者は……トドメとなる凶刃の代わりに、あの、イタズラを成功させた幼子のような笑顔を浮かべる。
そうして……
「確かに、お前は俺との『ケンカ』には負けたかも知れない。
だけどさ……だからこそ、お前は『勝った』んだよ。
――俺と一緒にさ」
そんなことを言って、こやつもまた、星空を見上げた。
奇しくも、我らの視線の向かう先は同じ――。
他よりも一際強く輝く〈星〉にあった。
そう――〈世を照らす星〉に。
『ハイリア――偉大なる星、わたしの星……。
キミの輝きは必ず、魔と人の断絶に架かる橋となるだろう。
……だからどうか、その輝きを――いつまでも』
余の名、〈王たる星〉と対を為す、あやつの言葉が脳裏を過ぎる。
その望んでいたことが、視ていた未来が――ようやく、本当の意味で理解出来た気がした。
「まったく、本当に……。
お前には敵わぬな、シュナーリア…………」
余が、自らの不明を恥じながら、目を細めれば――。
天に座す〈世を照らす星〉は、そんな余をいつもの調子で笑い飛ばすかのように。
殊更に強く、気高く――輝く。
『――キミはね、なまじ頭が良いせいか、考えすぎるきらいがあるんだ』
……ああ、そうだ。
昔から何度も、お前にはそんなことを言われたな……。
だが悪いな、性分だ――。
お前の跳ねっ返りと同じく、そうそう治るものでもあるまいよ……。
「さて、と…………ほらよ」
また、ひょいと余の視界に姿を見せたのは……今度は、勇者の手だった。
どうやら、倒れた余に手を差し出しているらしい。
「……問題ない。自分で……起きられる……」
実を言えば、まったくもってそんな真似は出来そうにないのだが……。
つい、そう強がりを告げた余に――しかし勇者は、「あ〜」と、困ったような声を上げた。
「助け起こそう、ってわけじゃないんだよな……。
――ってか、俺だってもうフラッフラで、そんなの多分ムリだし。
これは……握手だよ。
この前のときは結局、出来なかったからな?」
そう、得意気に笑う勇者に……余は。
思い切り忌々しげに、鼻を鳴らしてみせてやった。
「ふん……紛らわしい真似を。
しかし――今なら出来るかのように言うが、応じねばならぬ理由もあるまい?」
「――って、え……この状況で断るっ!?」
よほど想定外だったのだろう、間の抜けた顔をする勇者が――それはそれは愉快で。
「フッ……当然だ、一筋縄でいくはずがあるまい?
何せ、余は――魔王、なのだからな……?」
思わず、唇の端に笑みを浮かべながら。
余は、不意を突いて……行き場を無くしていた勇者の手を――握った。
勇者は一瞬驚くも、それをしかと受け止め――苦笑してみせる。
「……はぁ……まったく、ホント良い性格してるよ」
「キサマのようなヤツに言われるのは心外だ」
呆れたように笑いつつも、余の手を強く握り返す勇者に……。
余もまた、出来る限りの力を込めて返事とした。
「――勇者よ」
「うん?」
「礼を言う。キサマのおかげで、余は……。
標となる〈星〉の輝きを――見失わずに、すんだ」
「……ああ。でもさ――」
言いつつ、勇者は――。
我らが握った手はそのままに、再び、余と同じく星空を見上げた。
そして――。
「それだって、その〈星〉の導き――。
そんな気もするけどな?」
「……かも知れん。
いや、むしろ――所詮は、手の平の上……か」
余と勇者は、どちらからともなく――。
2人、結んだ手を、空に向けて高く掲げていた。
きっとそこにある、もう一つの手とも――今一度、結び合うために。




