第34話 標の星の、輝く先へ −1−
シュナーリアの墓所での邂逅から、数日後――。
宣言通りに、勇者は……王城の余の前へと、やって来た。
我ら魔族においても殊更に勇名を馳せる、名だたる精鋭たちの守りを……それでもやはり、誰一人として殺めることなく突破し――。
さらには、以前は勝負にすらならなかったはずの、最強の〈魔将軍〉ガガルフすらも、正面切っての戦いで退けて。
そして――余と、勇者は。
互いの部下が、仲間が……引き止めるのも振り切り――。
それぞれの、理想と、想いと、意地と――そして、チカラと。
すべてをぶつけ合う、最後の一騎打ちへと突入した。
それは、長く……ひたすらに長く、そして激しく。
真実、三日三晩に渡りながらも、未だ決着がつかず……。
いつ終わるとも知れぬ、まさに死力を尽くした極限の戦いとなっていた――。
「――そろそろ……諦めるのだな……っ!」
少し前から、戦いながら構築していた破壊魔法の狙いを――勇者に定める。
先に一撃を叩き込み、動きを止めさせた今ならば、やすやすとかわせず……。
仮に直撃はせずとも、その威力を以てすれば充分にトドメとなる――!
「これで――終わりだ!」
その必殺の確信とともに放った、極大の獄炎球は――――しかし。
「まだだ――!
ナメんなって――言っただろうがッ!!
い――けぇぇ! 〈剛剣・獅子皇〉ッ!!!」
床石を削りながらの下段から、逆袈裟に聖剣を大きく――空間ごと断つほどの威力で斬り上げる勇者の剣技によって、上方へと弾き飛ばされ――。
そのまま頭上で炸裂、天井を吹き飛ばし……空へと続く大穴を開ける。
――そこから垣間見えたのは……夜空だった。
あの〈星祭り〉の夜のように。
〈魔領〉には珍しい、雲一つ無い、澄んだ星空――。
ふと胸を過ぎったそんな感傷も、置き去りにして――。
余は間髪を容れず、崩落した天井の破片を――空中にある間に次々蹴り渡りながら、勇者へ襲いかかる。
だが、それは勇者も同様で――。
「「 はぁぁっ! 」」
空中で互いに一撃を交錯させ、そのまま場所を入れ換え――ついでに、手近な破片を蹴り飛ばして牽制するも。
それすら勇者も鏡写しに同じことをしており、お互いが蹴った破片がぶつかり合って爆砕する中……ようやく、残りの破片が床に落ちて土埃を巻き上げる。
「まったく……しつこい奴めが……!
まだ、それだけ……動けるとはな……!」
「そっちこそ、な……!
――ったく……意地っ張りにもほどがあるだろ……!」
間を取った我らは、荒い息を僅かでも整えつつ……しかしすぐさま、またどちらからともなく距離を詰め――鬩ぎ合う。
これまで、数え切れないほど繰り返してきたように……魔力を、剣技を、体術を交わし合う。
互いに疲労の色濃く、戦い始めた頃よりその精彩は欠いていても――それでも、なお。
我らはまた、何度も何度も何度も――ひたすらに、互いのすべてをぶつけ合う。
「認めろよ……いい加減に!
アンタには、もう……ちゃんと、見えてるはずだろうが……!」
「戯れ言を……ッ!
余は……余の理想を……捨てん!
我ら魔族の悲願とともに……必ず――!」
「そうやって目を背けるなって――言ってンだろうがよ!!」
勇者の聖剣の一撃が……それを防いだ魔力の盾ごと、余を大きく弾き飛ばす。
「ぬ、ぐっ……!」
その予想以上の威力に、ブザマに、1度背を床につけることになるも――衝撃を活かして即座に後方に跳ね起きるや否や……。
今度は余が、火球の連射で勇者の動きを抑え……背後に回り込むと同時に、二段蹴りで蹴り飛ばしてやる。
「――ぐぁ……っ!」
「余は……王だ……!
夢物語に、現を抜かすのではない……!
――民のために、その先の未来のために……!
現実として、有り得る道を……選び取らねばならぬのだ……っ!」
「そんな、風に……もっともらしい言い訳を、並べ立てて……!
それで、逃げようとするな――!」
倒れたところへ、さらに追い打ちをかけようとする余を――勇者は起き上がりながらの回転脚で牽制し、体勢を立て直す。
「そうして、実際にやりもしないで、有り得ないって決めつけて……ッ!
――お前はタダの王じゃない、〈魔王〉だろうが……!
その破壊のチカラってのは、本当にただ物を壊すだけのモノなのか!?
そうじゃない、そんなわけない――!
ハイリア、お前なら……!
お前なら、不可能をブチ破って、無い道を切り拓く――そんなチカラにだって出来るハズだろうが!
言い訳やら妥協やらで誤魔化さない――魔族のためにも世界のためにも、最良となる道を選び取れるハズだろうが……!
だから――!
だから、シュナーリアも……『お前だからこそ』って信じたんだろうがよ!!」
「ぬかせ――っ!!」
余は、この意志よりも早く、胸を突き上げる激情のままに――。
勇者と間を詰めつつ、火炎、氷刃、土槍、烈風……と、休む間もなく魔法を連続構築して畳みかける。
「我らにも、そして人族にも――!
先達より長きに渡って受け継ぎ、この血の上に積み重ねてきた――互いへの憎悪が、憤怒が、矜持があるのだ!
それを、無かったことになど――出来るものかッ!!」
「だからだ――だからこそだ!!」
必死に、余の魔法による猛攻を凌ぎながら――それでも、勇者は負けじと声を張り上げる。
「だからこそ、今、和解のための手を伸ばすんだろうが!!
その『想い』が、これ以上積み重なる前に――!
人と魔の隔たりが、これ以上広がる前に――!
本当の意味で、人と魔が一つになる――その未来のために!!」
……それは、極限の疲労のため――だろうか。
勇者の紡ぎ出す言葉の、その一つ一つに……いつしか気付けば、シュナーリアの、あの舌っ足らずな声が重なって聞こえていた。
恐らくは、記憶の片隅に残っていた……言葉そのものは違っても、同じような意味合いのものが――重なって。
シュナーリアは、昔から……最も近しい余であっても、意味を量りかねる発言をすることがよくあり。
それは、いかにも天才肌のあやつらしく、言葉足らずであったり、はたまた逆に言い回しが迂遠過ぎたりしたわけだが……。
今、まさに――これまで、表面上だけでなく、本当の意味での『理解』を後回しにしていた、そうした言葉が、その真意が……。
〈勇者〉という存在を借りて……ぶつけられているかのようだった。
だが――だからこそ、か。
あやつの墓前にて、己のやり方で、あやつの理想をも叶えてみせると誓った余は。
それを、決して受け入れるものかと、躍起になり――。
「――おおおおおっ!!!」
勢い、最後のチカラを振り絞っての猛攻は、余自身の限界を超えて苛烈さを増し……。
そしてついに、勇者の手から――ヤツの生命線たる聖剣を弾き飛ばした。
「――く――っ!?」
決着を付けるなら、今このときしかない――と。
シュナーリアの幻影を断ち、魔王としての最後の仕事を遂げるべく。
勇者の懐へと鋭く踏み込んだ余は――。
すべてを貫く闇の魔力を宿した右手を――その心臓目がけて繰り出した。
「トドメだ、勇者――ッ!!」
勇者にはもはや、それをかわす猶予も、防ぐ術もない。
これでようやく、すべてが終わり――。
そう、そのはずだった――――しかし。
余の拳は、集いし闇の魔力は……。
勇者を貫くどころか、ただ、その胸を打ち据えただけで――。
「! バカ、な――!?」
戸惑いに、動きの止まったその一瞬。
まるで、初めからこうなることを見越していたかのように。
すでに大きく振りかぶられていた、勇者の額が――。
「――歯ぁ……食いしばれぇぇぇっ!!!」
凄まじいまでの勢いで――余の額へと、強烈に叩き付けられた。
「がっ、ぁ――!?」
そう、それは……たかだか、ただの頭突き――そのはずが。
脳髄から、全身を――。
いや、この魂までをも貫き、揺さぶるほどの信じられぬ衝撃で。
余は、満足に踏ん張ることすら出来ず……。
視界が明滅する中、一歩、二歩と……たたらを踏んで後退る。
「……な、ぜ……!
なぜ、あの……一撃、が……!」
「あの、最後の右拳……か?
別に……難しいことでも……ないだろ。
どれだけ必死に、言葉で繕っても……。
お前の、その『本心』までは、偽れなかった……って。
――ただ、それだけのことさ」
「!……そう――か……」
……ああ……なるほど、な……。
確かにまったく、どうしようもないほど……簡単なことだった、か。
今、改めて、シュナーリアのそれとキレイに重なった――勇者の、イタズラめいた笑みを受けながら。
余は、後退る勢いそのままに……。
夜空を、大きく仰ぎ見ながら――倒れるのだった。




