第32話 あの〈星空〉を臨む丘で −1−
――グーラントの事件から……早くも、一月が経とうとしていた。
ヤツめが引き起こした騒動については、早期に決着がつけられたことと、当時、罪を疑われた者たちに下したのが、ひとまずの暫定的な処置だったこともあり……。
幸いにして、本格的な混乱を招くには至らず、早々にこれまで通りへと復帰。
黒幕たるグーラントについては……。
ある意味被害者でもあるクーザの、多くの功績を残した先祖であろうとも、為そうとしたことは許されるものではない――という意向も受けて。
改めて〈魔領〉の民へと、事の顛末とともに報せることとなった。
無論、余が自ら、その子孫だから同族だからと、クーザや家人には決して罪は無いことを明らかにした上でだ。
……そして、事件解決の一番の功労者たるシュナーリアについては――。
間違いなく本人は、大ゲサに英雄扱いなどされることを厭うであろうからと、その活躍を民衆には伏せていたのだが……。
結局、どこからともなく真相は世間に広まることとなり――。
「もともと、何だかんだと市井の者には人気が高かったお前だが……。
見ろ、ここが花畑になったのかと錯覚するほどだ――」
――王都郊外の森の奥……果てなく広がる湖。
かつて幼い頃、〈星祭り〉の夜に――シュナーリアと、水鏡の星空のただ中に立った、あの湖のほとり。
そう、我らにとっては、星空そのものと同等である景色……また条件が合えば、きっとそれが良く見えるだろう、小高い丘の上。
絶え間なく訪れる民による、一面に広がる献花……。
まるでその中に、ちょこんと座り込んでいるかのような、小さなそれが――。
シュナーリアの……墓石だった。
以前より、俗に〈天眼の代価〉とも呼ばれる難病を患っていたらしいあやつは……。
余にそれを悟らせることなく、決して、弱った姿は見せまいと――最後の最後まで、その意地を張り通して……しかし、穏やかに……逝ったという。
事実、報せを受けて駆け付けた余が見た、あやつの顔は……。
どこまでも、幸せそうな……ひたすらに満ち足りたものだった――。
「……まったく、出会いから、別れまで……。
お前は、本当に……どこまでも、お前であったな……。
それほどの意地を見せられては……。
余もまた、意地を張り通すしかないではないか――」
家令として当然の務めと、墓守をしているギリオンが、こうして余が訪れるのに合わせて気を利かせてくれたのだろう……。
いつもなら、昼間ともなれば訪れる者が絶えることが無いそうだが――今日ばかりは、墓前には余、ただ一人。
その気遣いに感謝しつつ……。
葬儀より一月近い時間が流れたこともあり、改めて、少しは落ち着いたであろう頭と心で……余は、己の中の様々な想いに静かに向き合っていた。
そうして――どれぐらいの時間が過ぎただろうか。
「すまない、一つ尋ねたいんだけど……。
ここが、シュナーリアさんのお墓で――合ってるかな」
やがて、この場に一つ、気配が近付いてきたかと思えば……。
背後から、そう声を掛けられた。
聞き覚えの無い声に、立ち上がりつつ振り返れば――。
そこにいたのは、旅装束に身を包んだ、若い男だった。
見たところ、実際の歳は余より5つほど年下なぐらいだろうが……それ以上に幼くも見えるのは、そのいかにも穏和な表情と雰囲気ゆえか。
「……いかにも。
ここが、シュナーリアの眠る場所だ――」
余は、質問には答えてやりながら――男の目を、真っ向から見据える。
――いかにも、人の好い普通の旅人のようでありつつも……限りない深みと、さらにその奥には強い輝きをも持つ……。
男の、常人らしからぬ威風を備えた――黒い瞳を。
「確か……ユーマ、という名だったな。
――〈勇者〉よ」
こうして直接会うのは、無論、初めてだ。
しかし――すぐに、そうだと確信した。
そして、それは向こうも――余が目立たぬよう簡素な格好でいるとはいえ、やはりすぐに気付いたことだろう。
だが……それにもかかわらず。
余の指摘に勇者は、イタズラを咎められた子供のようにはにかむだけだった。
「うーん……剣も置いて、1人で来たんだけど……さすがにアンタにはバレるか。
――魔王、ハイリア=サイン」
余の名を呼びながら……勇者は、手を差し出してくる。
「……何の真似だ?」
「いや、握手。アルタメアでも挨拶として通用するだろ?
――魔族だって、そこは一緒……だよな?」
「キサマ……阿呆か?
こんな敵地の真っ只中まで、武器も持たずに1人でやって来た挙げ句……魔王と分かった余と握手、だと?
余がその気になれば、キサマごとき――たった今、この場で消し炭にしてやることも出来るのだと、理解しているのか?」
単に甘ったれなだけか、あるいは余を軽んじているのか……。
ともかくイラつかされた意趣返しに、差し出された手を払い除けつつ、脅しをかけてやるが……。
「ああ、理解してるさ――。
ここは『敵地』でもなければ……魔王。
――アンタが、そんな真似はしないってこともな」
それに対して勇者は――余でさえ二の句を呑み込むほどの、静かながら、しかし耳を傾けずにはいられない……そんな強さを備えた声を発した。
「そう、ここは……魂の眠る地。
そして、俺もアンタも……シュナーリアさんに会いに来ただけなんだから」




