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魔王に恋した乙女の、誇りと意地の物語  作者: 八刀皿 日音
第4章 魔王と乙女の、理想とした世界へ

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第32話 あの〈星空〉を臨む丘で −1−


 ――グーラントの事件から……早くも、一月が経とうとしていた。


 ヤツめが引き起こした騒動については、早期に決着がつけられたことと、当時、罪を疑われた者たちに下したのが、ひとまずの暫定的な処置だったこともあり……。

 幸いにして、本格的な混乱を招くには至らず、早々にこれまで通りへと復帰。


 黒幕たるグーラントについては……。


 ある意味被害者でもあるクーザの、多くの功績を残した先祖であろうとも、為そうとしたことは許されるものではない――という意向も受けて。

 改めて〈魔領(まりょう)〉の民へと、事の顛末(てんまつ)とともに報せることとなった。

 無論、余が自ら、その子孫だから同族だからと、クーザや家人には決して罪は無いことを明らかにした上でだ。


 ……そして、事件解決の一番の功労者たるシュナーリアについては――。


 間違いなく本人は、大ゲサに英雄扱いなどされることを(いと)うであろうからと、その活躍を民衆には伏せていたのだが……。

 結局、どこからともなく真相は世間に広まることとなり――。



「もともと、何だかんだと市井(しせい)の者には人気が高かったお前だが……。

 見ろ、ここが花畑になったのかと錯覚するほどだ――」



 ――王都郊外の森の奥……果てなく広がる湖。

 かつて幼い頃、〈星祭り〉の夜に――シュナーリアと、水鏡(みずかがみ)の星空のただ中に立った、あの湖のほとり。


 そう、我らにとっては、星空そのものと同等である景色……また条件が合えば、きっとそれが良く見えるだろう、小高い丘の上。


 絶え間なく訪れる民による、一面に広がる献花……。

 まるでその中に、ちょこんと座り込んでいるかのような、小さなそれが――。



 シュナーリアの……墓石だった。



 以前より、俗に〈天眼(てんがん)代価(だいか)〉とも呼ばれる難病を患っていたらしいあやつは……。

 余にそれを悟らせることなく、決して、弱った姿は見せまいと――最後の最後まで、その意地を張り通して……しかし、穏やかに……逝ったという。


 事実、報せを受けて駆け付けた余が見た、あやつの顔は……。

 どこまでも、幸せそうな……ひたすらに満ち足りたものだった――。



「……まったく、出会いから、別れまで……。

 お前は、本当に……どこまでも、お前であったな……。

 それほどの意地を見せられては……。

 余もまた、意地を張り通すしかないではないか――」



 家令として当然の務めと、墓守をしているギリオンが、こうして余が訪れるのに合わせて気を利かせてくれたのだろう……。

 いつもなら、昼間ともなれば訪れる者が絶えることが無いそうだが――今日ばかりは、墓前には余、ただ一人。


 その気遣いに感謝しつつ……。

 葬儀より一月近い時間が流れたこともあり、改めて、少しは落ち着いたであろう頭と心で……余は、己の中の様々な想いに静かに向き合っていた。



 そうして――どれぐらいの時間が過ぎただろうか。



「すまない、一つ尋ねたいんだけど……。

 ここが、シュナーリアさんのお墓で――合ってるかな」



 やがて、この場に一つ、気配が近付いてきたかと思えば……。

 背後から、そう声を掛けられた。


 聞き覚えの無い声に、立ち上がりつつ振り返れば――。

 そこにいたのは、旅装束に身を包んだ、若い男だった。


 見たところ、実際の歳は余より5つほど年下なぐらいだろうが……それ以上に幼くも見えるのは、そのいかにも穏和な表情と雰囲気ゆえか。



「……いかにも。

 ここが、シュナーリアの眠る場所だ――」



 余は、質問には答えてやりながら――男の目を、真っ向から見据える。


 ――いかにも、人の好い普通の旅人のようでありつつも……限りない深みと、さらにその奥には強い輝きをも持つ……。

 男の、常人らしからぬ威風を備えた――黒い瞳を。



「確か……ユーマ、という名だったな。

 ――〈勇者〉よ」



 こうして直接会うのは、無論、初めてだ。

 しかし――すぐに、そうだと確信した。


 そして、それは向こうも――余が目立たぬよう簡素な格好でいるとはいえ、やはりすぐに気付いたことだろう。


 だが……それにもかかわらず。

 余の指摘に勇者は、イタズラを咎められた子供のようにはにかむだけだった。



「うーん……剣も置いて、1人で来たんだけど……さすがにアンタにはバレるか。

 ――魔王、ハイリア=サイン」



 余の名を呼びながら……勇者は、手を差し出してくる。



「……何の真似だ?」


「いや、握手。アルタメアでも挨拶として通用するだろ?

 ――魔族だって、そこは一緒……だよな?」


「キサマ……阿呆か?

 こんな敵地の真っ只中まで、武器も持たずに1人でやって来た挙げ句……魔王と分かった余と握手、だと?

 余がその気になれば、キサマごとき――たった今、この場で消し炭にしてやることも出来るのだと、理解しているのか?」



 単に甘ったれなだけか、あるいは余を軽んじているのか……。

 ともかくイラつかされた意趣返しに、差し出された手を払い除けつつ、脅しをかけてやるが……。



「ああ、理解してるさ――。

 ここは『敵地』でもなければ……魔王。

 ――アンタが、そんな真似はしないってこともな」



 それに対して勇者は――余でさえ二の句を呑み込むほどの、静かながら、しかし耳を傾けずにはいられない……そんな強さを備えた声を発した。



「そう、ここは……魂の眠る地。

 そして、俺もアンタも……シュナーリアさんに会いに来ただけなんだから」






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