第31話 そして星は、星へ還りて〈星〉となる
――グーラントとの戦いから……多分、5日が経った。
「あ〜あ……くっそ〜……。
もうあと、1年――いや、1ヶ月、時間があれば……。
もっと――もっと、完璧なものに……出来たろうに、なあ……」
ベッドの中から、首だけを傾けて……わたしは、サイドテーブルに置いてある、銀色のペンダントを見やる。
それは……この1年近くの間、ずっとわたしが研究してきていた魔導具。
最も重要な部分で、どうしても理論の組み立てが上手くいかず……足踏みをしていたところで。
奇しくも、グーラントの手記――その中の、〈魔剣グライエン〉完成に至る過程の研究メモから……。
グーラントが、わたしの理論に着想を得ていたように……わたしもまた、最後の手掛かりを得て――。
それをもとに、あの戦いのすぐ後からずっと――残された僅かな命を使って、文字通りに心血を注ぎ……。
何とかつい先日、必要とする最低限の機能を有して、完成に漕ぎ着けたのが、この魔導具――と、いうわけだ。
――その名も……〈封印具〉。
……もしかしたら、必要ないかも知れない。それならそれで構わない。
だけど、ハイリアが近い未来、『その道』を選ぶなら――きっと、必要になるもの。
わたしが、ハイリアに遺せる――お節介な、最後の贈り物ってわけだ。
「まあ……ハイリア、キミなら……。
その才覚で、これを――きっと、上手く活用してくれるだろ……」
もうまともに動いてくれなくなった手を、何とか伸ばして……ペンダントを、軽く弾き。
わたしは、大きく、大きく――息を、吐き出す。
「けど……皮肉なものだね……。
グーラントの件で、わたしは……こうして、残り少ない命を……最後まで、削り切るハメに……なってしまったわけだが……。
結局、彼という存在がなければ……これを完成させることも、出来なかったのだろうから……」
言葉とともに……こぼれ出るのは、笑み。
「……まったく、天才だの何だのもてはやされても、ままならないものだよ……」
けれど、ままならないからこそ……世界ってのは、面白い。
――ああ……面白かった。面白かったなあ……。
「――お嬢様!」「お嬢様ぁ……っ!」
ベッド脇で揃って、わたしを見守ってくれているギリオンとキュレイヤが……わたしの手を、2人がかりで握ってくれる。
「ギリオン……後のことは、よろしく……頼むよ。
かねてより、話してあったものは……ちゃんと……用意してある。
すべてが、『その通り』になったなら――いや、必ず……なる。
……だから、そのときには……」
「――承知しております……!
このギリオンめが、必ず――必ず……!」
「うん……頼むな……。
――ああ、あと……わたしの財産はすべて、お前たちに譲渡されるよう……書類も、作成してある……から。
まあ、わたしの財産なんて……たかが知れている、けど……。
お前たちが、老後を……のんびりと過ごす、その足しには……なる、だろ」
「お金なんて――お金なんて要らないんですよ……!
あたしは、あたしたちは……っ!
お嬢様さえ……! お嬢様さえ、元気でいて下されば――っ!」
「……それに、ついては……うん……悪いなあ、キュレイヤ……。
わたしは、最後まで……聞き分けの悪い、跳ねっ返り……らしい」
何とか、握られている方とは別の、もう一方の手を伸ばして……キュレイヤがボロボロと零す涙を、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ、拭ってやる。
……まったく、〈人獅子〉らしく、普段は剛胆なくせして……。
案外、涙もろいんだからなあ……。
「……なあ、ギリオン、キュレイヤ……。
わたしの家人――いや、家族となったのが、お前たちで……本当に、良かったよ。
どれだけ、感謝しても……し足りない。
……これまで、本当に……ありがとう、な」
「そんな、お嬢様……っ!」
必死に首を横に振るキュレイヤの肩に、そっと手を置いて制し――。
ギリオンが、深々と……そのたてがみも立派な頭を下げた。
「私たちも――他の誰でもない、お嬢様にお仕えさせて頂けたことは……。
この20余年の時間は……。
まことに、この上なき……! この上なき、幸せであり、喜びでありました……!」
「まったく……大ゲサ、だなあ……。
でも、ま……嬉しいものだね……。
そんな風に、言って……もらえると、さ」
わたしはまた、大きく息をつこうとしたけれど……。
どうにも、それが出来なくて……小さく、ほうっと息を吐き出す。
……それは、身体に残った命が、そのまま出て行くみたいで……。
ああ、もう大きく息をするだけのものが、わたしには残ってないんだな――なんて、そんな風に感じた。
「……それと……2人に、最後の……お願いだ。
どうか、わたしの……この、恋は――想いは。
今後も……決して、ハイリアには――知られないように、してくれ……」
「……お、お嬢様……。
な、なら、せめて、やっぱり今すぐにでもお呼びして、一目でも――!」
「キュレイヤ……気持ちは、嬉しいけど……それもダメだって、言ったろ……?
ワガママなのは、分かってる……けど、さ。
こんな、最後の姿を――見せたく、ないんだ。
わたしは、アイツの中では……いつも通りの、わたしで……いたいんだ。
それに――……会っちゃったら、さ……?
最後まで、秘密にしようって、決めたのに……。
つい、この気持ち……口を突いて出ちゃうかも……知れない、だろ……?」
ハイリアの中でのわたしは……双子の兄弟のような幼馴染みで――気の置けない親友で、何かにつけて張り合う競争相手で。
残念ながら、恋愛対象ではなかったけれど……。
それでも、ともすれば家族以上の――最も近しい存在でいられたんだ。
なら――それでいい。充分じゃないか。
立つ鳥は……跡を濁すものじゃないんだから。
だから…………うん。
結局――婚約者だなんて契約に縛られたものじゃなく、シュナーリアとして、この恋を成就させてみせる――って、そんな望みは……叶えられなかったけど。
でも…………。
「でも、わたしは……幸せだった、な……。
こんなときまで、こうして……側にいてくれる、家族がいたし……。
――最初で、最後の……最高に幸せな、片想いが……出来たんだから」
――そう……恋は、成就すればいいってものじゃない。
きっと、誰かに本気で恋すること……それがもう、充分幸せなんだ。
だから、こうして――最後の最後まで、自分の想いを貫けたわたしは……幸せだった。
ハイリア、キミに恋し続けられて……本当に、幸せだった。
だからさ、ハイリア……次は、キミが幸せになれ。
キミが、わたしが知ったこの幸せを得るところを……見せてくれ。
そう……。
キミの幸せを見たわたしが、もっともっと、幸せになれるように――。
「……お嬢、様……!」「お嬢様ぁっ!!」
もう…………目は、見えない。
でも、その声は何とか聞こえたから……わたしは、頑張って……笑顔を作った。
いや……勝手に、笑っていたのかな……。
ゆっくりと近付く、最期のときが……。
意外なほど、優しくて……あたたかくて、心地が良いから。
それに…………。
目が見えなくなって、何も聞こえなくなって――感覚が、無くなっても。
その先に広がるのが、無限の暗闇だとしても。
恐れることなど――何も無いから。
だって、わたしには……。
どんな闇の中でも、決して見失うことのない――。
ずっと、ずっと、いつまでも輝き続けてくれる……。
わたしの〈星〉が…………あるのだから、ね。




