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魔王に恋した乙女の、誇りと意地の物語  作者: 八刀皿 日音
第3章 魔王と乙女は、闇を払い輝く星

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第31話 そして星は、星へ還りて〈星〉となる


 ――グーラントとの戦いから……多分、5日が経った。


「あ〜あ……くっそ〜……。

 もうあと、1年――いや、1ヶ月、時間があれば……。

 もっと――もっと、完璧なものに……出来たろうに、なあ……」


 ベッドの中から、首だけを傾けて……わたしは、サイドテーブルに置いてある、銀色のペンダントを見やる。

 それは……この1年近くの間、ずっとわたしが研究してきていた魔導具(まどうぐ)


 最も重要な部分で、どうしても理論の組み立てが上手くいかず……足踏みをしていたところで。

 ()しくも、グーラントの手記――その中の、〈魔剣グライエン〉完成に至る過程の研究メモから……。

 グーラントが、わたしの理論に着想を得ていたように……わたしもまた、最後の手掛かりを得て――。


 それをもとに、あの戦いのすぐ後からずっと――残された僅かな命を使って、文字通りに心血を注ぎ……。

 何とかつい先日、必要とする最低限の機能を有して、完成に漕ぎ着けたのが、この魔導具――と、いうわけだ。



 ――その名も……〈封印具(ふういんぐ)〉。



 ……もしかしたら、必要ないかも知れない。それならそれで構わない。

 だけど、ハイリアが近い未来、『その道』を選ぶなら――きっと、必要になるもの。


 わたしが、ハイリアに遺せる――お節介な、最後の贈り物ってわけだ。



「まあ……ハイリア、キミなら……。

 その才覚で、これを――きっと、上手く活用してくれるだろ……」



 もうまともに動いてくれなくなった手を、何とか伸ばして……ペンダントを、軽く弾き。

 わたしは、大きく、大きく――息を、吐き出す。



「けど……皮肉なものだね……。

 グーラントの件で、わたしは……こうして、残り少ない命を……最後まで、削り切るハメに……なってしまったわけだが……。

 結局、彼という存在がなければ……これを完成させることも、出来なかったのだろうから……」


 言葉とともに……こぼれ出るのは、笑み。


「……まったく、天才だの何だのもてはやされても、ままならないものだよ……」



 けれど、ままならないからこそ……世界ってのは、面白い。

 ――ああ……面白かった。面白かったなあ……。



「――お嬢様!」「お嬢様ぁ……っ!」


 ベッド脇で揃って、わたしを見守ってくれているギリオンとキュレイヤが……わたしの手を、2人がかりで握ってくれる。



「ギリオン……後のことは、よろしく……頼むよ。

 かねてより、話してあったものは……ちゃんと……用意してある。


 すべてが、『その通り』になったなら――いや、必ず……なる。

 ……だから、そのときには……」



「――承知しております……!

 このギリオンめが、必ず――必ず……!」


「うん……頼むな……。

 ――ああ、あと……わたしの財産はすべて、お前たちに譲渡されるよう……書類も、作成してある……から。

 まあ、わたしの財産なんて……たかが知れている、けど……。

 お前たちが、老後を……のんびりと過ごす、その足しには……なる、だろ」


「お金なんて――お金なんて要らないんですよ……!

 あたしは、あたしたちは……っ!

 お嬢様さえ……! お嬢様さえ、元気でいて下されば――っ!」


「……それに、ついては……うん……悪いなあ、キュレイヤ……。

 わたしは、最後まで……聞き分けの悪い、跳ねっ返り……らしい」


 何とか、握られている方とは別の、もう一方の手を伸ばして……キュレイヤがボロボロと零す涙を、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ、拭ってやる。


 ……まったく、〈人獅子(ワーレオ)〉らしく、普段は剛胆なくせして……。

 案外、涙もろいんだからなあ……。


「……なあ、ギリオン、キュレイヤ……。

 わたしの家人――いや、家族となったのが、お前たちで……本当に、良かったよ。

 どれだけ、感謝しても……し足りない。

 ……これまで、本当に……ありがとう、な」


「そんな、お嬢様……っ!」


 必死に首を横に振るキュレイヤの肩に、そっと手を置いて制し――。

 ギリオンが、深々と……そのたてがみも立派な頭を下げた。


「私たちも――他の誰でもない、お嬢様にお仕えさせて頂けたことは……。

 この20余年の時間は……。

 まことに、この上なき……! この上なき、幸せであり、喜びでありました……!」


「まったく……大ゲサ、だなあ……。

 でも、ま……嬉しいものだね……。

 そんな風に、言って……もらえると、さ」


 わたしはまた、大きく息をつこうとしたけれど……。

 どうにも、それが出来なくて……小さく、ほうっと息を吐き出す。


 ……それは、身体に残った命が、そのまま出て行くみたいで……。


 ああ、もう大きく息をするだけのものが、わたしには残ってないんだな――なんて、そんな風に感じた。



「……それと……2人に、最後の……お願いだ。

 どうか、わたしの……この、恋は――想いは。

 今後も……決して、ハイリアには――知られないように、してくれ……」



「……お、お嬢様……。

 な、なら、せめて、やっぱり今すぐにでもお呼びして、一目でも――!」



「キュレイヤ……気持ちは、嬉しいけど……それもダメだって、言ったろ……?

 ワガママなのは、分かってる……けど、さ。

 こんな、最後の姿を――見せたく、ないんだ。

 わたしは、アイツの中では……いつも通りの、わたしで……いたいんだ。


 それに――……会っちゃったら、さ……?


 最後まで、秘密にしようって、決めたのに……。

 つい、この気持ち……口を突いて出ちゃうかも……知れない、だろ……?」



 ハイリアの中でのわたしは……双子の兄弟のような幼馴染みで――気の置けない親友で、何かにつけて張り合う競争相手で。

 残念ながら、恋愛対象ではなかったけれど……。

 それでも、ともすれば家族以上の――最も近しい存在でいられたんだ。


 なら――それでいい。充分じゃないか。

 立つ鳥は……跡を濁すものじゃないんだから。


 だから…………うん。


 結局――婚約者だなんて契約に縛られたものじゃなく、シュナーリアとして、この恋を成就させてみせる――って、そんな望みは……叶えられなかったけど。


 でも…………。



「でも、わたしは……幸せだった、な……。

 こんなときまで、こうして……(そば)にいてくれる、家族がいたし……。

 ――最初で、最後の……最高に幸せな、片想いが……出来たんだから」



 ――そう……恋は、成就すればいいってものじゃない。

 きっと、誰かに本気で恋すること……それがもう、充分幸せなんだ。


 だから、こうして――最後の最後まで、自分の想いを貫けたわたしは……幸せだった。

 ハイリア、キミに恋し続けられて……本当に、幸せだった。


 だからさ、ハイリア……次は、キミが幸せになれ。

 キミが、わたしが知ったこの幸せを得るところを……見せてくれ。


 そう……。

 キミの幸せを見たわたしが、もっともっと、幸せになれるように――。



「……お嬢、様……!」「お嬢様ぁっ!!」



 もう…………目は、見えない。

 でも、その声は何とか聞こえたから……わたしは、頑張って……笑顔を作った。


 いや……勝手に、笑っていたのかな……。


 ゆっくりと近付く、最期のときが……。

 意外なほど、優しくて……あたたかくて、心地が良いから。


 それに…………。

 目が見えなくなって、何も聞こえなくなって――感覚が、無くなっても。

 その先に広がるのが、無限の暗闇だとしても。


 恐れることなど――何も無いから。


 だって、わたしには……。

 どんな闇の中でも、決して見失うことのない――。


 ずっと、ずっと、いつまでも輝き続けてくれる……。



 わたしの〈星〉が…………あるのだから、ね。






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― 新着の感想 ―
[一言] うわああああああああああん!!!!!(ブワワワッ)
[良い点] いや、あのペンダントか! という気付きと、話自体も儚い感じで良かったんですけど、4勇本編で結果が分かっているとはいえ――というか分かっているだけに、このタイミングか!? という戸惑いが強か…
[一言] うむ! 今日のお話を読み終わった時、こんな反応をしてしまいました。ほんとに。 与えられた条件の中で、シュナーリアは、ほぼ目一杯の幸せを掴んでいったのではないでしょうか!
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