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魔王に恋した乙女の、誇りと意地の物語  作者: 八刀皿 日音
第3章 魔王と乙女は、闇を払い輝く星

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第30話 深き闇にこそ、星は強く輝く −5−


 魔剣の、そしてグーラントの消滅に合わせるように……。

 クーザの身体が無防備に、仰向けに倒れそうになるのを――中途で、ハイリアが素早く受け止め、ゆっくりと地面に横たえた。


 続けてわたしも、クーザの様子を確かめるべく、(かたわ)らにヒザを突く。


「しかし……さすがだったな、シュナーリア。

 余のチカラを完全に抑え込む結界を、あの短時間で構築するとは」


「いや、キミねえ……。

 よりにもよってあんなとんでもない魔法を使いやがって……。

 もう少しでも結界が弱かったら、ヘタすりゃ辺り一面焼け野原だった――って、分かってるか?」


「無論だ。

 が――お前なら問題ないと、信じていたからな」


「……これだよ……。

 ――ったく、ハイリア、キミさあ……。

 わたしのことをさんっざんに跳ねっ返りだのなんだの言うけど、キミの方がずっとムチャクチャだっての!

 もうアレだね、ドの上にドがつくムチャクチャ、略して『どどちゃ』だね!」


 ハイリアと……何だか懐かしさすら感じる、いつも通りのやり取りをしながら。

 わたしは改めて、もうクーザに異変がないことを確認していた。


「パパっ! パパぁ!」


 そして、そんなわたしたちの様子から、すべてが終わったと理解したんだろう――。

 物陰からクローネが飛んできて、意識を失ったままの父親の身体に縋り付く。


 そして、心配そうにわたしを見上げてくるので……カラリと明るい笑顔で、うなずいてみせた。


「ああ、パパならもう大丈夫……少し時間はかかるかも知れないが、いずれ目を覚ますさ。

 ――まあ、誰かが思いきり蹴ったせいで、右手は完全に骨折してるけどな?」


「あの状況では仕方あるまいが……。

 ――ああ、いや、もちろんすぐに医者を手配する――だから、心配するな」


 からかい混じりのわたしの言葉に、ハイリアは一瞬反論するものの……。

 クローネの無垢な瞳に罪悪感を引っ張り出されたのか、そう言い直して一つ咳払いした。


 そんなわたしたちのやり取りもあって、クローネはようやく安心したらしく……少し表情をやわらげて、ちょこんと愛らしく頭を下げてくる。


「パパをたすけてくれて……ありがとう、おねえちゃん。

 それに……まおうさま」


「……なに。そう約束したもんなー」


「余も、王として当然のことをしたまでだ。

 ……さて――とにかくまずは、クーザの家人を呼んでこよう」


 クローネに応え、ハイリアが歩き出そうとするのに合わせ、わたしも立ち上がろうとする。

 だが、途中で一瞬目の前が真っ暗になり、足から力が抜け――。


「――おねえちゃん!?」


 そのまま崩れ落ちそうになるところを……また、ハイリアに抱き留められた。



 くっそ……マズい、な。

 さすがに、身体も魔力も酷使し過ぎたし、薬も切れて……限界が、近い……。



「……随分と顔色が悪いぞ――相当に消耗していたな?

 まったくお前は……! いつもいつも無茶をし過ぎだ……!」


 言うなり、ハイリアは今度も、わたしの身体を軽々と抱え上げる。

 そして――


「まおうさま……!

 わたし、だいじょうぶ……! じいや、よぶから……!

 だから、おねえちゃん……!」


 クローネのそんな健気な言葉に……ヒザを折って視線を合わせ、「分かった、頼むぞ?」と、一つうなずくと。

 わたしを抱いたまま、ここへ来るのに使ったらしい地竜(ちりゅう)(また)がるや……人の少ない道を選んで飛ばし、大急ぎで屋敷まで運んでくれた。



 その間に……わたしは、チカラを振り絞り、少しでも自らの体調を整えていた。

 最低限、今の状態が……戦いによる消耗に見えるように。


 最後の最後まで――この、乙女の意地を……張り通すために。



「――お嬢様ッ!!」



 ハイリアに呼び出されたギリオンは、血相を変えて……文字通りに、屋敷から飛び出してきた。

 そして、ハイリアから、簡潔な事情の説明とともにわたしを受け取りながら……何とも言えないような顔をする。


「……なんて顔だ、ギリオン……。

 お前がそんな顔すると、怖いって……」


 残された気力を振り絞り、イタズラっぽく笑いながら軽口を叩いて――。

 ギリオンに抱えられたままわたしは、改めてハイリアの方を向く。



「……すまないな、ハイリア……。

 今日は、助かった――色々と」



「それは余の台詞だ。

 お前がいち早く気付いてくれなければ、今回の件、もっと深刻な事態になっていたやも知れん。


 ――本当に助かった。

 お前のおかげだ……シュナーリア」



 ハイリアの真摯な言葉に……つい、自然と……頬が緩んでしまう。


 ……そっか。

 わたしは、ちゃんとキミの役に――立てた、か。



「とにかく、さすがのわたしも疲れた――。

 しばらくは、ゆっくりさせてもらうよ」


「ああ、そうしろ。

 ひとまずは、また明日にでも様子を見に――」


「それは――ダメだ」


 ハイリアが見舞いを申し出ようとするのを――わたしは、務めて強い口調で遮った。


「ハイリア、キミには今回の件の後始末だとか、やることがあるだろう?

 わたしを見舞うヒマがあるなら、自分の仕事に集中しろ。

 それに――。

 わたしはわたしで、身体を休め次第、どうしてもやらなきゃならないことがあるからな――その邪魔をされたくない」


「やること――だと?」


「そうだ。いわば……このグーラントの件の、わたしなりの後始末のようなものだ。

 誰でもない、わたしにしか出来ず、わたしがやらねばならないことなんだ――それも、早急に」


 (いぶか)るハイリアの瞳を――わたしは、意志を込めて真っ直ぐに見据える。


 そうして、しばらく……。

 やがてハイリアは、「分かった」とタメ息混じりにうなずいた。


「ただし、しかと身体を休めてからだぞ。

 それから、後日、ちゃんとお前自身が報告に来い。

 そもそもお前には、〈勇者〉との書簡のことといい、聞かねばならんことがまだまだあるのだ――いいな?」


「ああ、分かってる……ちゃんとするよ」


「……よかろう。

 ではギリオン、このおてんばがまた無茶をせぬよう――くれぐれも頼む」


 ギリオンにそう言い置き、颯爽とわたしたちに背を向ける――と、思いきや。


 ハイリアは、こんなときばかり――いや、こんなときだからこそ、なのだろうか。

 何かを感じ取り、後ろ髪が引かれるように……動きを止め、わたしを見つめ直す。



「これは約束だ、シュナーリア。

 くれぐれも……(たが)えるなよ?」


「おや、わたしがキミとの約束を違えるようなことがあったかい?」


「むしろ枚挙(まいきょ)(いとま)が無いほどだ、遅刻とすっぽかしと直前変更の常習犯が。

 だからこうして、念を押している。

 いいな――――必ず、だぞ」



「――ああ。大丈夫だよ、ハイリア。

 わたしは……裏切らないから。

 偉大なる星――わたしの、星。……キミだけは」


「ああ、信じている――。

 お前は、我が(しるべ)たる星――余の星、だからな」



 かつて、星祭りの夜に交わしたものと、同じ言葉を。

 きっと、わたしたちにとっては特別な……その言葉を。



 今一度、わたしたちは交わし合った――――別れの挨拶として。






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― 新着の感想 ―
[一言] 無事に脅威は何とか退ける事に成功! ……ですが、シュナーリアの体調も解決!とはいかないわけだし、ここからどうなっていくのか……!?
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