第30話 深き闇にこそ、星は強く輝く −5−
魔剣の、そしてグーラントの消滅に合わせるように……。
クーザの身体が無防備に、仰向けに倒れそうになるのを――中途で、ハイリアが素早く受け止め、ゆっくりと地面に横たえた。
続けてわたしも、クーザの様子を確かめるべく、傍らにヒザを突く。
「しかし……さすがだったな、シュナーリア。
余のチカラを完全に抑え込む結界を、あの短時間で構築するとは」
「いや、キミねえ……。
よりにもよってあんなとんでもない魔法を使いやがって……。
もう少しでも結界が弱かったら、ヘタすりゃ辺り一面焼け野原だった――って、分かってるか?」
「無論だ。
が――お前なら問題ないと、信じていたからな」
「……これだよ……。
――ったく、ハイリア、キミさあ……。
わたしのことをさんっざんに跳ねっ返りだのなんだの言うけど、キミの方がずっとムチャクチャだっての!
もうアレだね、ドの上にドがつくムチャクチャ、略して『どどちゃ』だね!」
ハイリアと……何だか懐かしさすら感じる、いつも通りのやり取りをしながら。
わたしは改めて、もうクーザに異変がないことを確認していた。
「パパっ! パパぁ!」
そして、そんなわたしたちの様子から、すべてが終わったと理解したんだろう――。
物陰からクローネが飛んできて、意識を失ったままの父親の身体に縋り付く。
そして、心配そうにわたしを見上げてくるので……カラリと明るい笑顔で、うなずいてみせた。
「ああ、パパならもう大丈夫……少し時間はかかるかも知れないが、いずれ目を覚ますさ。
――まあ、誰かが思いきり蹴ったせいで、右手は完全に骨折してるけどな?」
「あの状況では仕方あるまいが……。
――ああ、いや、もちろんすぐに医者を手配する――だから、心配するな」
からかい混じりのわたしの言葉に、ハイリアは一瞬反論するものの……。
クローネの無垢な瞳に罪悪感を引っ張り出されたのか、そう言い直して一つ咳払いした。
そんなわたしたちのやり取りもあって、クローネはようやく安心したらしく……少し表情をやわらげて、ちょこんと愛らしく頭を下げてくる。
「パパをたすけてくれて……ありがとう、おねえちゃん。
それに……まおうさま」
「……なに。そう約束したもんなー」
「余も、王として当然のことをしたまでだ。
……さて――とにかくまずは、クーザの家人を呼んでこよう」
クローネに応え、ハイリアが歩き出そうとするのに合わせ、わたしも立ち上がろうとする。
だが、途中で一瞬目の前が真っ暗になり、足から力が抜け――。
「――おねえちゃん!?」
そのまま崩れ落ちそうになるところを……また、ハイリアに抱き留められた。
くっそ……マズい、な。
さすがに、身体も魔力も酷使し過ぎたし、薬も切れて……限界が、近い……。
「……随分と顔色が悪いぞ――相当に消耗していたな?
まったくお前は……! いつもいつも無茶をし過ぎだ……!」
言うなり、ハイリアは今度も、わたしの身体を軽々と抱え上げる。
そして――
「まおうさま……!
わたし、だいじょうぶ……! じいや、よぶから……!
だから、おねえちゃん……!」
クローネのそんな健気な言葉に……ヒザを折って視線を合わせ、「分かった、頼むぞ?」と、一つうなずくと。
わたしを抱いたまま、ここへ来るのに使ったらしい地竜に跨がるや……人の少ない道を選んで飛ばし、大急ぎで屋敷まで運んでくれた。
その間に……わたしは、チカラを振り絞り、少しでも自らの体調を整えていた。
最低限、今の状態が……戦いによる消耗に見えるように。
最後の最後まで――この、乙女の意地を……張り通すために。
「――お嬢様ッ!!」
ハイリアに呼び出されたギリオンは、血相を変えて……文字通りに、屋敷から飛び出してきた。
そして、ハイリアから、簡潔な事情の説明とともにわたしを受け取りながら……何とも言えないような顔をする。
「……なんて顔だ、ギリオン……。
お前がそんな顔すると、怖いって……」
残された気力を振り絞り、イタズラっぽく笑いながら軽口を叩いて――。
ギリオンに抱えられたままわたしは、改めてハイリアの方を向く。
「……すまないな、ハイリア……。
今日は、助かった――色々と」
「それは余の台詞だ。
お前がいち早く気付いてくれなければ、今回の件、もっと深刻な事態になっていたやも知れん。
――本当に助かった。
お前のおかげだ……シュナーリア」
ハイリアの真摯な言葉に……つい、自然と……頬が緩んでしまう。
……そっか。
わたしは、ちゃんとキミの役に――立てた、か。
「とにかく、さすがのわたしも疲れた――。
しばらくは、ゆっくりさせてもらうよ」
「ああ、そうしろ。
ひとまずは、また明日にでも様子を見に――」
「それは――ダメだ」
ハイリアが見舞いを申し出ようとするのを――わたしは、務めて強い口調で遮った。
「ハイリア、キミには今回の件の後始末だとか、やることがあるだろう?
わたしを見舞うヒマがあるなら、自分の仕事に集中しろ。
それに――。
わたしはわたしで、身体を休め次第、どうしてもやらなきゃならないことがあるからな――その邪魔をされたくない」
「やること――だと?」
「そうだ。いわば……このグーラントの件の、わたしなりの後始末のようなものだ。
誰でもない、わたしにしか出来ず、わたしがやらねばならないことなんだ――それも、早急に」
訝るハイリアの瞳を――わたしは、意志を込めて真っ直ぐに見据える。
そうして、しばらく……。
やがてハイリアは、「分かった」とタメ息混じりにうなずいた。
「ただし、しかと身体を休めてからだぞ。
それから、後日、ちゃんとお前自身が報告に来い。
そもそもお前には、〈勇者〉との書簡のことといい、聞かねばならんことがまだまだあるのだ――いいな?」
「ああ、分かってる……ちゃんとするよ」
「……よかろう。
ではギリオン、このおてんばがまた無茶をせぬよう――くれぐれも頼む」
ギリオンにそう言い置き、颯爽とわたしたちに背を向ける――と、思いきや。
ハイリアは、こんなときばかり――いや、こんなときだからこそ、なのだろうか。
何かを感じ取り、後ろ髪が引かれるように……動きを止め、わたしを見つめ直す。
「これは約束だ、シュナーリア。
くれぐれも……違えるなよ?」
「おや、わたしがキミとの約束を違えるようなことがあったかい?」
「むしろ枚挙に暇が無いほどだ、遅刻とすっぽかしと直前変更の常習犯が。
だからこうして、念を押している。
いいな――――必ず、だぞ」
「――ああ。大丈夫だよ、ハイリア。
わたしは……裏切らないから。
偉大なる星――わたしの、星。……キミだけは」
「ああ、信じている――。
お前は、我が標たる星――余の星、だからな」
かつて、星祭りの夜に交わしたものと、同じ言葉を。
きっと、わたしたちにとっては特別な……その言葉を。
今一度、わたしたちは交わし合った――――別れの挨拶として。




