第25話 それは、闇を食らわんとする闇 −2−
――クーザの屋敷からの脱出は、なかなかの大立ち回りになった。
さすがに一度暴れてしまえば、もう、こっそりと……ともいかず。
騒ぎを聞きつけ、次々に押し寄せる警護兵たちを……奪った抜き身の剣と、途中で小脇に抱えたクローネで両手が塞がったわたしは、ひたすらに蹴って蹴って蹴りまくって進む。
「く、くそ……!
相手はたった1人、あれだけ小柄な……しかもドレスの女だぞ!?
どうしてここまで一方的に……!」
「ふむ。人数はまだしも、体格、性別、それに動きにくそうなドレス――。
そんなものを『不利な要素』と捉えている時点で、キミらに勝てる道理は無いってことだよ。
……一つ、賢くなったな?」
壁を数歩駆け上がりながら、相手の刺突をかわしたわたしは……。
そのまま跳び、背後に回り込みつつの後頭部への蹴りで意識を刈り取ってやる。
――これが、最後の1人。
よし……玄関はすぐそこだし、後はこのままずらかるだけだな。
「……へーしさんたち……だいじょうぶ?」
「む……そうだな、お前にとっては、彼らは顔見知りの家人だものな……すまなかった、クローネ。
――まあ、大ケガはさせてないから。
彼らにとっては、ちょっとカゲキな実戦訓練だったとでも思って、カンベンしてくれ」
倒れた警護兵たちを気遣うクローネに、苦笑を返しながら……わたしは重い玄関扉を蹴り開け、前庭へと躍り出る。
外へ出てしまえば、夜が味方してくれる。
このまま闇に紛れて、一旦姿を隠せば――。
……と、そう考えていたわたしの足が止まる。
前方――前庭の中央にある、かつてわたしが造成した噴水を背に。
屋敷での騒ぎがウソのように静かな、雪のちらつく夜の闇の中に――。
人影が1つ、立ちはだかっていたからだ。
まさか、早々にここで出くわすとはな……。
念のためにと、警護兵から剣を奪っておいたのは正解だったか。
「……なるほど。
こうした状況をも想定し、クローネの人形を転移に利用した――というところかな。
さすがだ、頭が良くお回りになる」
「貴公も――な。
そのカラクリにすぐに思い至るとは、大したものだね」
わたしは脇に抱えていたクローネをそっと降ろし、手振りで下がっているように指示すると……改めて、人影と向かい合う。
「さて、では……そんな賢しい貴女なら、これ以上罪を重ねることの不毛さもお分かりだろう?
大人しく投降するとともに、そこの我が娘もお返し願おうか?」
「ほう…………我が娘、ね」
わたしは、ふんぞり返りながら――その言葉を鼻で笑ってやった。
「残念ながら、ここには『キサマの娘』などいやしないよ。
そうだろう――? なあ…………『グーラント』!」
「――――!」
わたしのその、確信をもっての一言に――。
『クーザ』であるはずのその男は、一瞬、驚いた後…………ニヤリと笑った。
「……小娘、やはりお前は危険な存在だったな――。
『クーザ』であるためにと、処理を後回しにするよりも……多少は危ない橋を渡るのを覚悟の上で、早々に消しておくべきだったらしい」
「確かになあ……。
そうしてさっさとわたしに牙を剥いてくれていればさ、事態がこう、大きくややこしくなる前に――。
キサマを、そのくだらん野望ともども、早々にブッ潰してやれたってのに」
向こうの余裕たっぷりの挑発的な態度に……わたしも、負けじと同じような態度で返す。
そう……クーザの『身体を乗っ取っている』こいつこそが。
遙か昔、稀代の錬成術士と評された――グーラントその人なのだ。
あの暗号で書かれた、研究ノートでもあった手記から知り得たのは……グーラントの魂が、未だに滅びずに存在しているという事実だった。
グーラントは密かに、『魂を取り込む』という特性を備えた、一振りの魔剣を生み出し――その中に、自らの魂を眠らせていたのだ。
それこそが、今ヤツが提げている――〈魔剣グライエン〉。
そうしてヤツは、子孫に『新たな魔王が現出されたときは、そのチカラとなるべくこの剣を使え』と伝承させ……。
それを律儀に守って剣を手にした子孫の身体を――今のクーザがそうであるように、自らの魂によって乗っ取ってきたわけだ。
しかもその術式は、もともとの身体も魂も破壊するわけではないから、その記憶なども受け継ぐことが出来る。
それは、ただ当人になりすますため――というだけでなく……。
子孫の記憶を通じ、自らが生きていた時代より先の時代の……より進んだ技術や知恵を得るためでもあった。
そう――ヤツの『真の目的』にとって必要な、〈魔剣グライエン〉の本当の意味での『完成』のために。
その研究を推し進めるために。
グーラントという男は、時代を隔て、子孫をも利用し――醜く生き長らえてきた、というわけなのだ……!
「フン、くだらん野望――か。
お前のような小娘に理解してもらおうとも思わんが……。
――私の正体ともども、どこでそれを知った?」
「なに、研究室の隠し部屋にあった、キサマの手記から――ね。
見つかったところで誰にも読めないと踏んでいたんだろうが……おあいにく様。
わたしにかかればあの程度――。
そう、幼子の落書きよりもよっぽど容易に読み解けたよ」
実際にはそれなりに苦労したわけだし、そもそもクローネの手助けあってのことだが……当然、そんなことはおくびにも出さない。
こういうムカつく野郎が調子づくのとか大ッ嫌いだからな、わたし。
さて、そんなコイツの、真の目的――それは、本当に『くだらん野望』だ。
〈魔王〉のチカラの源たる〈魔胎珠〉は、ハイリアのように適性のある者しか宿せないわけだが……。
しかし、それを宿した当代の〈魔王〉の魂そのものを魔剣へと封印し、自らと融合させれば、適性がなくとも〈魔王〉の大いなるチカラを得ることが出来る――。
……そんな考えに至ったコイツは……。
そうして得た絶大な魔王のチカラを以て――魔族も人族も関係なく、このアルタメアすべてを自らの完全な支配下に置くことを望んだのだ。
それこそが……グーラントの、チカラへの妄執とも言うべき目的。
そして奇しくも、ヤツと同じく天才と呼ばれたわたしが、数々の技術を発明したこの現代だからこそ。
ヤツはそれらを応用した理論によって、自らの目的を遂げるための〈魔剣〉をついに完成させ……こうして、今まさに行動を開始した――ってわけだ。
最終的には……ハイリアをその魂ごと、自らのチカラとして取り込むために。
「しっかしまあ……世界を手に入れようだとか、まさに小物の発想だね。
――実にくだらんし、つまらん」
「お前などには理解出来まいよ、小娘。
肉体を超越した私は、まさしく永遠の存在――。
そこに至高のチカラをも手にし、未来永劫変わることのない支配者として君臨し続けるのだ……!」
ようやく、長年の悲願が形になる――。
きっと、そんな高揚感から悦に入っているんだろう、大仰に手を広げて語ってくれやがるグーラント。
それを――今回もわたしは、かるーく鼻で笑い飛ばしてやる。
「それが小物の発想だって言うんだよ。
……だいたい、今回のキサマが起こした騒動――魔王のチカラを手に入れた後、邪魔になりそうな〈列柱家〉の有力者を、先んじて封じておこうって魂胆だろう?
――そんなセコい真似してるヤツが、支配者だとか……聞いて呆れるね」
そして、警護兵から奪ってきた剣とともに――。
「そもそも、本当の大物はな……世界を手に入れる必要なんかないんだよ。
なぜなら――。
彼らは、新たな世界を、時代を――自らの手で作り上げるからだ!」
脳裏に、こいつが恐れ多くも『取り込もう』などと考えていやがる……わたしの、偉大なる〈星〉の姿を思い浮かべながら――。
剣だけでなく、わたしの戦意、眼差し、言葉……それら、すべての切っ先を、相手を貫く思いで突きつけてやった。
「それを、くだらん野望で汚そうとするのなら――!
恋した男も、その大切なものも――すべてはわたしが守り切る!
――乙女の矜持をナメるなよ、この亡霊ジジイめが……!」




