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魔王に恋した乙女の、誇りと意地の物語  作者: 八刀皿 日音
第3章 魔王と乙女は、闇を払い輝く星

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第24話 それは、闇を食らわんとする闇 −1−


「――ぴゃああっ!?」



 ……空間を飛び越え、いきなり『そこ』へ姿を現したわたし――。

 それを迎えたのは、気の抜けるような……しかし何とも愛らしい悲鳴だった。


 さっと周囲に視線を走らせれば、ここが、ちゃんとした屋敷の……子供部屋であることはすぐに分かる。


 そして――この『機能』については一応、手紙でそれとなく伝えておいたのだけど。

 それでも、実際に目の当たりにするとよっぽど驚いたらしく、腰を抜かしてカーペットにへたり込んでいる愛らしい少女は――。


「お、おねえちゃん……!」


「やあ、いきなりだけど、こんばんは」


 わたしが、わざとらしくドレスの裾をつまみ、笑顔とともに大仰な一礼を捧げた相手は――。

 そう、この部屋の主……クーザの一人娘、クローネだった。



 ――さて、一体全体どういうことかと言えば……。


 場合によっては、強引にでも――この子(クローネ)の安全のために――身柄を確保するのに使えるだろう、と。

 修理を頼まれた際、この子の『人形』に、こうして『転移魔法の座標』となる仕掛けを仕込んでいたってわけだ。

 ま、こんな風に脱獄に使うってのはさすがに、想定としては大分確率が低い方だったがね。


 ……ちなみにだが、牢屋ってのは当然、魔法なんておいそれと使えないよう処理がしてあるもので、あの豪華な牢もその例には漏れなかった。

 ゆえに、転移魔法なんて大規模なものは、本来ならまず不可能なんだが……。


 わたしがこの転移魔法の『主体』としていたのは、実はこちら、クローネの人形の方であり……。

 わたしは、『自分から飛ぶ』のではなく、人形が『引っ張り込もうとする』魔力の流れに、居場所を報せるだけで良かったのだ。


 つまり、ほんの一瞬――牢屋の魔法用の障壁に、僅かな『穴』を開けてやるだけで。

 わたしは、こうして……クローネの人形のもとへ飛ぶことが出来た、というわけだ。


 ただもちろん、これで人形に溜めておいた魔力は使い切ったから、もう二度と同じ手は使えないんだが。



「さて、クローネ……」


 わたしは床に片ヒザを突き、クローネと視線を合わせると……その両肩に手を置いた。


 ――事態は一刻を争う。

 クローネには申し訳ないが……すぐにでも動かなければならない。


「いきなりですまないが、今からわたしと一緒に屋敷を出るぞ……いいか?」


「……おねえちゃんと? いまから?

 おうち……でてっちゃうの?」


 クローネは賢い子だが、まだ幼い。

 こんな夜に、いきなり詳しく理由も語られず、こんな指示を出されれば、さすがに何事かと戸惑うか……。


 だが、これからわたしが行動する上で、クローネをここに置いていくわけにはいかない。

 この子は『敵』の直接の標的ではないが、人質として利用される可能性は充分にあるからだ。


 最悪、同意が得られなければ、眠らせるなりして運ぶしかない……と思いつつも、わたしは今しばらく言葉を重ねる。


「ああ、そうだ。

 今からわたしは……クローネのパパを『元に戻す』。

 ……だけどそれは、ちょっとばかり危ないことになりそうなんでね。

 だから……クローネまで、ここにいるせいで危ない目に遭わないようにしたいんだ」


「――! パパ……もどるの!?」


 わたしの発言は思いも寄らないものだったのだろう――クローネはその大きな目を、期待に輝かせた。

 もちろん、とわたしは大きくうなずく。


「ああ、このわたしがちゃーんと、クローネの好きな元のパパに戻してやる。

 ――約束する。ゼッタイだ。

 だからその間、ちょっとだけガマンして……わたしの言うことを聞いてくれるか?」


 もう一度、改めてわたしが真っ直ぐに目を見つめつつ尋ねると……。

 クローネは、文字通りに後ろ髪が引かれるとばかりに、一度部屋の中を振り返ったあと……わたしに向かって、真剣な顔でコクンとうなずいてくれた。


 そんなクローネを、思わずわたしは軽く抱きしめてしまう。


「ありがとう、クローネ。

 ……大丈夫、ほんの少しの辛抱だ。

 すぐにパパと一緒に戻ってこれるからな……!」


 少しでも安心させられればとそう告げて立ち上がったわたしは、サイドテーブルに置かれていた人形を取り、クローネに持たせてやって……。


「!? けふっ、ぐ、ごふっ――!」


「おねえちゃん……!?」


 すぐに動こうとしたところで、咳の発作に見舞われて――今一度、ブザマにヒザを突く。


 クローネに大見得(おおみえ)切った途端にこれか……!

 情けないにもほどがあるぞ、わたしの身体……! もうしばらく(こら)えろ……!


 ……幸いにして、咳は飲み下せる程度の血しか混じることなく――すぐに治まってくれた。

 この身を案じて、優しく背中をさすってくれているクローネを、必要以上に怖がらせずに済んだのは良かったが……。


 今はまだ気を緩められない――と、わたしは改めて全身の魔力の循環を意識し……言うなれば気合いで、これ以上の発作が起こらないよう、自らの身体を引き締め直した。


「……だいじょうぶ……?」


「も、もう大丈夫……ちょっとアレだ、風邪気味なだけだから。

 ……ありがとうな、クローネ」


 わたしは、クローネの頭を礼とともに撫でると……。

 勢い込んで立ち上がりつつ、その小さな手を引き――足早に子供部屋を出る。



 そうして、この先、クローネを誰に預けるべきかを考えつつ廊下を進むと――。



「――待て!」


 背後から、鋭い声を投げかけられた。

 振り返れば……そこにいたのは、屋敷の警護を務めているのだろう、クーザ配下の若い兵士だ。


「やはり……シュナーリア殿!

 反逆罪で投獄されたと聞いていたが……早々に脱獄した挙げ句、お嬢様を(かどわ)かそうとは……!

 貴女を捕らえた旦那様への復讐でも企てているのか!」


「……んん?

 おお、言われてみれば……確かにそんな感じだな、今のわたしの立場」


 長剣を抜き放つ警護兵に、わたしはさり気なくクローネを背後に隠しながら……すっとぼけた調子で応えてやる。


「で? もしそうなら、キミはどうするんだ?」


「知れたこと……!

 今一度ここで捕らえ、牢へ送り返してくれる!

 ――少々痛い目を見てもらうが、悪く思われるな……!」


 ……こう見えて、〈魔族最強の魔法使い〉とも評されるわたしだ。

 つまり、魔法を使われる前に機先を制し、接近戦に持ち込めば勝利は確実――と、そう考えたのだろう。

 警護兵は、問答も余計とばかりに……素早く間を詰めつつ、長剣で突きかかってくる。


 ――なるほど、道理だ。

 戦術としてはセオリーで、間違いじゃない。

 そして、突きも鋭い。良い腕だ。


 ただ……いかんせん、相手が悪かったな。


 わたしは、左の肩口を狙ってきた突きを見切り、敢えてギリギリでかわしざま――左手で向こうの剣を持つ手を掴む。

 そして、さらにこちらへ引き込んで相手の体勢を崩しつつ……呼気とともに一歩を踏み込み、無防備な土手っ腹に渾身のヒジ打ちを突き刺し――。


「ごぇ……っ!?」


 相手の身体がくの字に曲がり、下がった顔面、その鼻っ面に――今度は裏拳を叩き込む。

 同時に、左手で、掴んでいた相手の手のツボを握りつぶす勢いで押し……激痛で反射的に手放した剣を奪い取ってから――。


 トドメに、ドレスをはためかせながらの飛び後ろ回し蹴りでこめかみを打ち抜き――廊下の壁に熱烈なキスをさせてやった。


「……ば、バカ、な……。

 貴女、は……魔法使い、だと……」


 かろうじてまだ意識が残っていた警護兵が、壁に(すが)ってずるずると倒れ込みながらそんなことを(のたま)うので……。

 わたしは、奪った剣を肩に担ぎつつ、ふふんと意地悪に笑い飛ばしてやった。



「ああ、そうだぞ? 魔法の方が得意だからな?

 ただ――さすがわたし、それ以外も普通以上にはこなせるってだけさ」






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