第23話 王として、為さねばならぬこと
――このたった2日程度の間に、随分と状況が変わったものだ……。
誰一人おらぬ謁見の間にて、玉座に腰掛けたまま、余は。
ゆっくりと、大きく一つ、息をつく。
……切っ掛けは、シュナーリアの襲撃計画の発覚。
計画そのものは事前に鎮圧され、事なきを得るも――しかしその襲撃犯と繋がりがあったのは、旧臣にして忠臣のはずのオーデングルムであり……。
しかもその襲撃対象には、余まで含められていた。
さらに、その襲撃者が大義名分として――シュナーリアの魔族への『裏切り』の証として持ち出したのは、あやつが〈勇者〉に宛てた書簡であり。
その上、それを隠し持っていたのが、腹心として頼みにしていた〈魔将軍〉ガガルフの部下であるという……。
つまりは、オーデングルムは、明確な余への謀反。
そしてガガルフは、シュナーリアとともに、〈勇者〉と繋がるという『魔族への反逆行為』に荷担した疑いがあることになり……。
互いの方向性こそ微妙に違えども――余は、ものの見事に重臣たちに裏切られていた……という形になるわけだ。
もちろん、オーデングルム、ガガルフの両名ともに、直接関与していない可能性は充分にある。
少なくとも、本人たちはそう申し開きをしている。
だが……当然ながら、上に立つ者である以上、部下の管理には責任が伴う。
ゆえに、未だ事実関係がはっきりとしていないこともあって、全くの咎め無しとはいかず……今は揃って牢の中だ。
そして、シュナーリアについては……正直なところ、『やはりか』という思いだった。
あやつが、単なる引きこもりの理由付けだけでなく、実際に今も何かを研究しているのは確かだろうが……。
それと並行して『和解』への道も模索していたであろうことは、あやつの性格を知っていれば想像に難くないからだ。
……それが、こういう直接的な手段となっているであろう可能性についても。
ただ、あやつについては……如何なる手段に訴えていようと、余を裏切ることだけは決して無いと、それだけは言い切れる。
それだけは――間違いなく、信じられる。
だが……それもあくまで、余の個人的な感情の話だ。
その『手段』を、余だけならともかく、他の者にまで知られたとあっては……さすがに放っておくわけにはいかず、先の2人と同じく、投獄という処置を執るしかなかった。
「……〈勇者〉も着実にチカラをつけ、戦も佳境にあるという今――内輪で、こうまで続けて面倒事が起こるとは……な」
まったく、ままならないものだ――と、思わず自嘲気味な笑みがこぼれる。
このガランとした謁見の間が、そのまま、余の置かれた状況を表しているようだ。
こうして――〈列柱家〉の主立った者たちが、投獄やらその後処理やらで王都に戻り、さらにこの余まで前線を離れたとなれば。
〈勇者〉や人族の戦士たちは、事情は分からずとも、今が好機――と、さぞかし攻勢を強めていることであろう。
しかし――だからといって、今のこの状況を捨て置くわけにもいかぬからな……。
「――ハイリア様」
そうして、思索を巡らせていたところへ――。
物音らしい物音も立てずに、この場にやって来たのは……1人の若い〈鬼人族〉のメイド。
ガガルフの異母姉にして、余の専属の側仕えでもあるニニだった。
「ニニ……お前にも苦労をかける。すまぬな」
余がそう言葉を掛けると……ニニは、ふるふると首を横に振る。
「では……まさか、先に頼んだこと、か?
――さすが、仕事が早いな」
今度は、こくこくと首を縦に振ったニニは――「失礼します」と小声で断ってから、余のもとへ近寄り……耳打ちしてくる。
……実のところニニは、幼少時よりの余の側仕えであると同時に――余専属の密偵の長という役目も帯びている。
そして当然それは、〈列柱家〉の者――弟のガガルフでさえ与り知らぬことだ。
いや、だが……シュナーリアだけは自力で看破していたか。
おかげで、当時はまだ我らと同じく幼かったニニは、一時、随分と落ち込んだらしいが。
それはともかく、そんな役割を持つニニが、余に報告してきたのは――。
余が求めていた情報、そのものだった。
「そうか…………分かった」
これで、余が今、第一に為さねばならぬことが定まった。
……王として、為さねばならぬことが。
余は、満を持して玉座より腰を上げると――。
「ニニ。牢のシュナーリアのことは任せた」
傍らのニニに、それだけを伝え……。
返答としての一礼を背に受けつつ、ただ一人、謁見の間を後にした。




