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魔王に恋した乙女の、誇りと意地の物語  作者: 八刀皿 日音
第3章 魔王と乙女は、闇を払い輝く星

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第22話 乙女の天眼は真実を見出す −2−


「へえ、これはこれは……」


 てっきり、いかにも牢獄らしい牢獄に放り込まれると思っていたんだが……。


 クーザ率いる兵士たちに大人しく拘束されたわたしが連れて来られたのは、王城上階の……牢と呼ぶにはなかなかに(しつら)えの良い部屋だった。


 床には決して豪華ではないけど敷物が敷いてあるし、ベッドもそれなりにちゃんとしたもの。

 ちょっとした本棚や書き物机に、小さくとも窓まであるし、しかも一面鉄格子でこちらが常に丸見え――などではなく、キチンと私生活が隠れるような配慮までしてある。

 もっとも……窓にはしっかり格子がはめられ、出入り口のドアも頑丈な鋼鉄製だったりするわけだが。


「ここは牢は牢でも、かつて、王族の方々……それも、罪状が確定していない方を収容するための部屋であったと聞き及んでおります」


 わたしを連行してきた、〈人狼(ワーウルフ)〉の女兵士が……わたしの疑問を汲み取って、そう答えてくれた。


「そう言えば、城にはそんな場所もあったっけか……。

 で、そこにわたしが入ってしまっていいのかな?」


「シュナーリア様は、ハイリア様の婚約者様でいらっしゃいますので……。

 ハイリア様も、お気を遣われたのではないかと。

 牢番を任ぜられた兵士も、私を始め、女だけですし……」


「ふむ……気を、ね……」


 今ひとつそれらしくない牢屋の石壁をぺたぺたと触りながら……わたしは苦笑をもらす。


 ……さすが、こんな造りでも一応は牢屋だけあるな。

 魔術式による物理防御が厳重に施してある――ハデにブッ壊してトンズラするのはムリそうだ。


「それでは――もし何かございましたら、お呼び下さい」


「ああ、ありがとう。……ご苦労さん」


 詳しい事情を知らないのか、事情を知ってなお――なのか、それは分からないが……。

 牢番の女兵士は、わたしに同情的であるらしく。

 気の毒そうな表情で、丁寧に、わたしを牢に入れる――というよりは案内し、立ち去っていった。


「さて……」


 牢に1人残されたわたしは、幸いにして――というべきか、想像よりもずっと寝心地の良さそうなベッドに、体力を温存すべく横になり……思索に耽ることにする。


 ここへ連行されるにあたり、事前に強めの薬を服用してきたからな。

 取り敢えず大人しくしていれば、体調についてはそれなりに保つはずだ。


「しかし……反逆罪、とはね」


 わたしを捕らえに来たクーザによれば……。

 どうやら、オーデングルムの身内が、わたしを襲撃しようとしていて……それを未然に防いだところ――。

 その襲撃犯が、魔族を裏切っていることの証として、わたしが〈勇者〉に宛てた書簡を持っていた――とのこと。

 それも、その書簡をもともと隠し持っていたのが、ガガルフの部下だったと言うのだ。


 ……あるいはその書簡、わたしを罠にかけるための偽造――という可能性も、まあ無くは無い。


 だが……わたしが〈勇者〉とやり取りをしていたのは事実であるし……。

 その橋渡しとして、密かに協力してくれていたのが――まさに。

 ガガルフの部下として以前〈勇者〉と戦い、しかし命を救われたことで、彼に敬意を覚えるようになった……そんな人物であることもまた、事実なのだ。


 であれば……さすがに、言い逃れの余地はなく。

 わたしは、今にもクーザやその部下に襲いかかりそうだったギリオンをなだめ……こうして素直に、牢に繋がれたというわけだ。



 さて……で、この一連の騒動だが――。

 クーザが裏で糸を引いていると見て、まず間違いないだろう。



 一応、予想はしていたんだがな……思った以上に向こうの動きが早かった。

 完全に先手を打たれてしまった形だ。

 ……もっとも、この動きのおかげで見えてきたこともあるわけだが……。


「……あとは……」


 そう、あとは――。

 わたしの予測と、この事態とを……記憶の中の『グーラントの手記』と照らし合わせて、正しい答えを導き出すのみ。


「………………」


 改めて意識を集中したわたしは、200ページ近い暗号の手記を……ここしばらくの研究でようやく辿り着いた、解読のための『カギ』を用い――読み解いていく。


 そもそもがこれは、誰かに密かに伝達するためのものではなく、『自分以外、誰にも分からないようにするため』の暗号だ――。

 二重三重に、難解に掛けられた仕掛け――(たと)えるなら雁字(がんじ)(がら)めな上にあちこちがもつれまくった強固な糸。

 それを、一つ一つ丁寧にほどいていくような作業は、そのすべてを頭の中だけで処理せねばならないことも含めて、このわたしですらなかなかに大変なものだったが……。



「ふん……自分以外、決して読めるはずがないと(たか)(くく)っていたか?

 わたしを侮るなよ……グーラント……!」



 ――やがて、手記を最後まで読み解き終えて。

 すべてを察したわたしは……ゆっくりと、身体を起こす。


 その際、反射的に、短時間ながら激しく咳き込んでしまったのは――解読に神経を集中し過ぎたためか。


「……しかし、のんびりと休んでいられる状況ではなさそうだからな……」


 一瞬、ハイリアが直にわたしの聴取に来るのを待ち、すべてを打ち明けるという手も脳裏を過ぎったが……。

 ハイリアが一人で来るとは限らない上に、『敵』の狙いからすれば、むしろ悪手になりかねない――と、すぐさま却下。


 そもそもが、何よりも――現状を(かんが)みれば、事は一刻を争うのだ。


 この緊急事態を収束するためには――。

 わたし自身がすぐさま動くのが、一番早い……!



「こんなこともあろうかと、『仕込み』をしていたのは正解だったな……!

 ふふん、さすがわたし……!」



 わたしは、牢内の最も床が広い場所へ移動すると……。

 その中央で、自らの人差し指に魔力を集中し――強い熱を帯びさせる。


 こうすれば……ペンだの何だのと道具が無くとも、敷物を焦げ付かせる形で、線も字も描くことが出来る。

 そう――〈魔法陣〉を描くことが出来るのだ。


 先んじて『準備』をしておいた場所に、『転移』するための魔法陣が――!



「さて……待っているがいい、愚か者めが。

 このシュナーリアの目の黒いうちは――。


 我が故郷〈魔領(まりょう)〉も、我が同胞たる魔族も、我らが世界アルタメアも――。

 そして、我が心を捧げし、ただ一人の男も――!


 何一つとして、キサマの思い通りにはさせん……!」






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― 新着の感想 ―
[一言] 頭の中だけでスパコン並みの処理を……! やはり天才か……。
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