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魔王に恋した乙女の、誇りと意地の物語  作者: 八刀皿 日音
第3章 魔王と乙女は、闇を払い輝く星

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第21話 乙女の天眼は真実を見出す −1−


 咳というのも、まあ、長い時間立て続けに、さらに激しく出続けるとなると、それはそれは厄介なものだ。


 挙げ句、血が喉元まで迫り上がってくると、呼吸がまともに出来ない苦しさと相まって、ベッドの上なのに溺れているような気分になる。



 ……そう言えば、子供の頃に一度……川で溺れかけて、ハイリアに助けてもらったことがあったっけな……。



 呼吸困難で、意識が途切れるかどうかの瀬戸際――。

 何とか咳も止まり、必死に吸い込む空気とともに意識を繋いだわたしの脳裏には……ふと、そんな思い出が浮かんでいた。



 ……そうだった、ハイリアめ、何でもこなすくせに、釣りだけは全然ダメで……。

 釣れなくてもこうすればいい――なんて、調子に乗ったわたしは川に飛び込み、手づかみで魚を捕まえようとして……足を滑らせたんだったな。


 うん、そうだなあ……少なくとも泳ぎは、今でもアイツの方が上、だろうなあ。

 その分、釣りは未だにヘタクソらしいけど……さ。



「……お嬢様! お嬢様、大丈夫ですか!

 お気を――お気をしっかり!」


 つい、にへらっと思い出し笑いをしてしまっていたせいか……。

 枕元に控えるギリオンとキュレイヤが、夫婦揃って必死に呼びかけてくる。


「だ、だいじょうぶ……だ、って。

 ちょっと……思い出し笑い、しただけ……だ。

 別に、あの世を垣間見た、とか……そういうんじゃ、ない……から」


 反射的に、キュレイヤが差し出してくれる器に、喉元にかけて溜まっていた血を盛大に吐き出し、息を整えながら軽口とともに笑いかけてやれば――2人は、安堵の息をつく。


 そこで、薬を、とベッドの中から手を伸ばすと……慣れたもので、ギリオンはすぐさま戸棚の方に向かい、キュレイヤはわたしの上体を起こしてくれる。


「しかし……良いのですか?

 お薬なら、少し前にも服用されましたが……」


「まあ、根本的な治療薬ではないから、な……。

 段々と、効きが悪くなってくるのも……仕方ないこと……だ。

 もちろん、だからって……服用しすぎるのも、当然、良くないが……症状の進行を放っておくよりは……マシってもの……さ」


 とにかく、息を整えてから……。

 わたしはギリオンが取ってくれた水薬(みずぐすり)を、キュレイヤに支えてもらいながら、くいと一気に(あお)る。


「そんな、では、お嬢様のお身体は……!」



「……そんな顔をするな、キュレイヤ。

 随分悪くはなってしまったが、まだ、もうしばらくは……保つさ。


 それに、〈勇者〉殿に書簡で……もし可能ならと、治療薬の素になる薬草をまとまった量、送ってくれるよう……頼んでおいたんだ。


 それが届けば……間に合えば、多少は、症状も改善される。

 そうして、みっともなかろうと命を繋げば――戦の終わった先、病を克服する道へ……きっと、繋がる。

 だから……まだ、悲観するには――早いよ」



「……お嬢様……」


「それに――今の、わたしには……。

 まず何よりも先に、やらねばならんことがあるからな……!」


 そのやることとは、もちろん……。

 クーザの屋敷で『わたしの記憶の中』に忍ばせてきた、錬成術士(れんせいじゅつし)グーラントの、暗号で書かれた手記の解読だ。


 あれ以来、この1ヶ月近く、ずっと解読作業を続けてきたが……。

 ようやく、解読の『カギ』となる要素が見つかり、状況が進展し始めたのだ。


 わたしの覚えた違和感に留まらず、実の娘が『パパ、ちがう』と、初対面のわたしにまで、その目を気にしつつ訴えてくるほどの、クーザの異変。

 そこに、どのような真実があるのか……一刻も早く突き止める必要がある。


 クーザが何を画策しているのかは、まだはっきりとはしないが……。

 わたしの予想の先、朧気(おぼろげ)ながら見えるその答えが正しいとすれば、それは決して看過出来るものではなく――。

 さらに、そんな危機を機転を利かせて報せてくれた、クーザの娘クローネの安全も、一日でも早く確保する必要があるからだ。


 もっとも、クローネについては、クーザも、娘が自分を怪しんでいると感じたところで――極力、いつも通りに振る舞おうとしているその様子からして――強硬手段に出るようなことはそうそう無いだろう。

 それに、預かった人形を送り返した際、クーザが確かめることを承知の上で、『父の言いつけにはちゃんと従って、良い子でいるように』という意味合いの手紙を添付してもある。


 ……あの子は、幼いながら聡い子だ。


 それが何を指すかを理解して、ヘタに動いてクーザに目を付けられるようなことはせず、大人しくしてくれているだろうから……今しばらくは安全なはず。


「お嬢様……まだ、今しばらくは大丈夫だと言うのでしたら……。

 やはり、ハイリア様にご病気のことをお伝えした方が……!

 ハイリア様なら、きっと……!」


 ふと気付くと……わたしの手を握ったキュレイヤが、優しい眼に涙を浮かべながらそんなことを進言してくれる。

 ただ、わたしのことを案じて。


 ……ありがたいことだ。


 実の両親とは幼少期に死別し、兄弟もいないわたしにとって、先代の頃から仕えてくれているこのギリオンとキュレイヤの老夫婦は……優秀な家人であるとともに、時として当主のわたしを厳しくさとしてもくれる……まさしく家族だった。

 彼らと出会えたことは、間違いなく、わたしの人生における僥倖ぎょうこうの一つだろう。


 だが、その『家族』の思いやりであっても――。


「……だからこそだよ、キュレイヤ。

 だからこそ――わたしは。

 ハイリアにだけは、絶対に、この病のことを知られてはならないんだ」


 わたしの答えは――否、なんだ。



 ――ハイリアは……本人は否定するだろうけど、本質的に優しい男だ。

 自惚れかも知れないが、わたしの病のことを知れば、その治療法を――薬の原料となる薬草を求めようとするだろう。


 そしてそれは、戦時の今は、薬草の産地を第一目標にする……そんな形になってしまう。

 加えて、一刻でも早くと、戦線を強引にでも押し上げることになる。


 つまりは、わたしの病ごときが原因で、戦を激化させかねないのだ。


 そうなれば、双方の犠牲者が増えることもだが……何よりハイリアが、結果として私情を優先したことになってしまうのが問題だ。


 そもそもハイリアが、いかにも〈魔王〉の名に相応しい、自己の都合だけでチカラを振るうような存在であればまだしも……。

 自分なりの、魔と人の共存へ向かう理想を掲げた――そんな信念による戦いをしている上では、王たる者として、致命的な問題行動となりかねない。


 近しい者1人の命を救うそのために、軍を――引いては国を動かす。

 そんな自分勝手な王では、語る理想の重みが失われてしまう。


 ハイリアが、そうして民の信用を失うようでは……困るのだ。

 この先、魔と人が和解し、共栄の道を歩む――その大いなる第一歩のためにも。



「……それに――だ」



 手短に、キュレイヤに説明したあと……。

 わたしは、改めてベッドに横になり、大きく息を吐き出しつつ……イタズラっぽく笑ってみせる。



「本気で恋した相手だからこそ……。

 病気なんて弱みで、気を引くのも――まして同情されるのも、真っ平ゴメンだ。

 わたしは、わたし自身の魅力で……いずれアイツも、わたしに恋をさせるんだ……!」



「お嬢様……」


「だから……何事もなかったように、アイツにまるで悟られずに……。

 キッチリと、この病も克服してやるさ――そうだろう?」


「は、はい……はい……っ!」


 こくこくと、何度もうなずくキュレイヤの泣き顔を見ていれば……改めて、まだ死んでたまるか、という気概も湧き起こってくる。


 よし――では、体調も少し落ち着き、気合いも充実したところで……記憶の中の暗号を読み解いていくとするか――。


 そんな風に決意し、ベッドに身を沈めたまま、意識を集中しようと目を閉じた――その瞬間。


 ――カラーン、カラーン……と。

 ギリオンが腰に()げた小さなベルが、軽やかな音を響かせた。


 それは、普通にはどれだけ振ろうと音はしないが……来客があれば鳴って報せるという、使用人が少ないこの屋敷のためにわたしが発明した魔導具(まどうぐ)だ。


 またこのベルは同時に、来客との遠隔通話も可能としていて――。

 ギリオンがベルを取り、「どちら様でありましょうか?」と問いかければ。



《……クーザだ。シュナーリア殿はいらっしゃるか?》


 と、その名乗り通りの、聞き覚えのある声が返ってきた。


 一瞬、思わず顔をしかめつつも……わたしはギリオンを手招きし、差し出されたベルに向かって話しかける。


「やあ、クーザ殿……すまない、今ちょっと風邪を引いて()せっていたところでね。

 失礼を承知でこのまま伺うが……今日は、どういったご用件かな?」


 向こうに警戒させないよう、極力愛想良く振る舞ってみたが……。

 しかし、続いて返ってきた答えは。


 そんな努力が、一切無意味だったことを理解させられる……厳しい声音(こわね)のものだった。



《我が主、ハイリア様の(めい)により(まか)り越した。

 ――シュナーリア=カーミア……。

 反逆罪の疑いにより、これより貴公を拘束する――!》






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