第20話 大乱への萌芽 −2−
「……ば、バカな! これは何かの間違いです、ハイリア様!
いくらワシがシュナーリア嬢と意見を対立させているとは言え――同じ〈列柱家〉当主、しかも主君の婚約者でもある者を害するなど!
このワシが、どうしてそのような愚かしい真似に関わりましょうか――!」
――ガガルフの報告のあと、オーデングルムは当然のようにそう弁明した。
余としても、よもやこやつが……という思いはあったが、ガガルフにクーザと、〈列柱家〉の当主が2人も事実として確認しているとあれば、何もせぬわけにはいかず――。
改めて仔細を確かめるまではと、ひとまずオーデングルムを拘束。
この場の軍の指揮は、軍全体において信頼の厚いガガルフに任せ……余は急ぎ、王都へと取って返すこととなった。
そうして、シュナーリアの様子も気にはなったものの……襲撃そのものは事前に防がれたということでもあるし、まずは為すべき事を為さねばと、謁見の間にてクーザの直接の報告を受ける。
クーザは、余が戻るまでの間にさらに調査を進めていたらしく……襲撃者たちが間違いなくオーデングルムの一族の者であることを、様々な証拠を以て証明した。
「人族を滅ぼし、世界を魔族の手に取り返すという、積年の悲願……そしてそれを果たせなかった先祖の無念――。
それを蔑ろにするばかりか、あまつさえ宿敵と手を結ばんとする、裏切り者のシュナーリアと……。
そのような毒婦に惑わされ、我らが主としての誇りを捨てた、惰弱な魔王に鉄槌を――と。
襲撃者たちが、動機として語ったのが……以上のような言葉となります」
「主戦派の中でも、最も過激な意見の連中――というわけか」
「……はい。同じような思想を持つ者が、実際にどれだけの数になるのか――までは分かりかねますが。
しかし、今回の件につきまして、真に問題となっていることの一つが……。
襲撃者たちに協力し、その計画の後押しをしていたのが……オーデングルム殿である、ということでしょう……」
神妙な顔付きで……重々しくも、クーザはそう言い切った。
「あのオーデングルムが、か――確かなのであろうな?」
オーデングルムは、確かに主戦派ではあるし、〈列柱家〉で誰よりも、『先祖より託された魔族の悲願』を遂げることに固執している人物でもある。
しかしそれだけに、魔王たる余への忠誠は厚いものと信じるに値し……。
また、貴族として強く『魔族のため』を思うからこそ、このような凶行がどうしようもなく愚かであることぐらい、充分過ぎるほど充分に理解しているはずなのだが。
「オーデングルム殿より留守居を任されているご子息が、襲撃者と関わっていたという事実も確認しております。
オーデングルム殿ご自身が積極的に協力したわけでなくとも……すべてを知った上で、敢えて黙認されたのやも知れません」
「いずれは余を排し――己が魔族の王とならんが為に、か?」
「襲撃者たちの言葉からすれば……あるいは。
しかし、仮にすべてに関係がなかったとしても――家人が起こした事件であることには変わりなく……。
いきおい、当主としての責は免れ得ぬかと」
「やむを得ぬ――か……」
……とは言え、もうしばらく調査を進め、事実がはっきりとするまで、安易に処罰を下すわけにはゆかぬな――。
思わず、大きく息を吐き出しながらそんなことを考えていると……報告を終えたはずのクーザが、これまでに増して険しい顔をしていることに気付く。
いや、そう言えばこやつ――先ほど、オーデングルムの関与について、『問題の一つ』という言い方をしたな。
つまりは……まだ問題がある、ということか……?
そのことを、改めて余が促すと――。
クーザは、なおもしばし躊躇ったあと……一言断ってから玉座の余に近付き、封の開けられた書簡を一つ、差し出してきた。
そして、余がそれを受け取り、開く間に……元の場所に戻る。
「……襲撃者が所持しておりました。
自分たちの行為の正当性を主張するモノである――と」
「! これは――!」
見慣れた筆跡のその書簡を――最後に認められたその署名まで、目を通した余は。
反射的に、声を発してしまっていた。
「………………。
クーザ、その襲撃者は、これの出所について……何と?」
「……それが……」
この上まだ何か言い淀むようなことがあるのか……クーザの口は重い。
「つい先刻、何とか聞き出しましたところ……。
どうやら――ガガルフ殿直属の兵が所持していたらしく……」
「――なるほど。
この上、ガガルフの名まで出るか……」
余は、再び大きく息をつきながら……シワが寄っているだろう眉間に指を当てながら、玉座へと深く背を預けていた。
「心中、お察しいたします」
やりきれない、とばかりに――クーザもまた、力無く言葉を絞り出す。
……そう、やりきれない話だ……まったくもって。
「……クーザよ」
「――はっ!」
「改めて聞こう。
キサマは――余への、そして我ら魔族への忠義に、偽りは無いな?」
余が問うと……クーザは、下げたままの頭を動かし、自らの腰に帯びた剣を見やる。
――先祖の手に成る魔剣……グライエン、といったか。
「当然でございます。
先祖より、魔王たる方への変わらぬ忠義の証として伝わってきました――この剣と同じく……!」
「そうか――分かった」
クーザの強い返事にうなずいた余は、今一度、手の中の書簡に目を通すと――。
それを、強く握り締め……立ち上がった。
「……ハイリア様っ?」
「――牢に向かう。
まずは、襲撃犯たちと直に話がしたい」




