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魔王に恋した乙女の、誇りと意地の物語  作者: 八刀皿 日音
第3章 魔王と乙女は、闇を払い輝く星

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第19話 大乱への萌芽 −1−


 ――魔族と人族の間に戦いが始まって、数ヶ月が過ぎた。


 当初は破竹の勢いであった我ら魔族だが、人族も〈勇者〉の台頭を機に勢いを盛り返し……。

 未だこちらが優勢ではあるものの、しばらく、戦線は膠着状態が続いていた。


 しかし、当然ながら――人族を滅ぼすのではなく、併合し、共存する道を模索する余にとって、戦が長引き、人と魔の双方において損害が増えるのは望むところではない。

 ゆえに余は、身の安全を心配する周囲の反対を他所(よそ)に、自ら前線に出る機会を増やしていた。


 その理由には、ようやく〈魔胎珠(マタイジュ)〉のチカラを、その影響を受けることなく御せるようになったから……というのもあるが。

 魔王としての、この破壊のチカラに真っ当な使い道があるのだとすれば――それはやはり、少しでも早く、戦を魔族の勝利に導くことだと考えるからだ。


 あるいは、皆が心配するように、そうして前線に出ることが余を危険に曝し、命を縮めることになろうとも――。

 最悪でも、〈勇者〉さえ道連れに出来れば……勝手は承知の上だが、後はシュナーリアが何とかしてくれるだろう――という思いもあった。


 余の〈魔胎珠〉とは真逆の――新たなものを生み出し、世界をより良く変えていく、あやつの才さえあれば、と。


 しかし、当のシュナーリアとは……以前、ガガルフから聞いた〈勇者〉の話をしに行って以来、会うこともなかった。


 結局、あやつが、ガガルフや余の忠告を受け入れて前線に顔を出すこともなければ……。

 余もまた、〈魔王〉として振る舞ううちに、あやつの様子を見に行く――その機会を逸していたからだ。


 未だにほぼ屋敷を出ないあやつについて、『病で()せっているのでは』という噂も聞かれたりするが……。

 以前、研究の手掛かりを求めてクーザの屋敷を訪れたそうであるし、家令のギリオンも度々王城にあやつの現状報告にやって来るあたり……やはり未だに、何かの研究に没頭しているだけなのであろう。


「あやつのことだ、心配するだけ損というものか……」


 もっとも、和解の実現のためにと、〈勇者〉と渡りを付けるような真似なぞしていないだろうな……といった、別種の心配なら絶えないが。



 ――などと……。


 つい先程まで、この丘陵の前方、彼方(かなた)の山麓に威容を誇っていた人族の城砦――。

 それが、余の遠隔破壊魔法によって無惨な姿に崩れ落ちた様子を、地竜ちりゅうまたがったまま見つつ、少しばかり考えごとに耽っていれば……。


「さすがはハイリア様、お見事でございました……!」


 ここぞとばかり、待機していた兵たちに突撃の指示を出し終えた恰幅の良い老将――オーデングルムが、腹を揺らしながら(せわ)しなく、余の傍らにやって来た。


「世辞はいい。

 ……それよりも、兵たちには余の(めい)を徹底させているであろうな?」


「も、もちろんでございます!

 ですが――」


「何だ? 戦意を無くした者、降伏した者、敵対せぬ者は手に掛けるな、無為な破壊行為はするな――。

 余がそんな甘いことを命じなければ、今頃、戦はもっと順調であったろうに――と、そう言いたいのか?」


 余が地竜の上から視線を投げかけつつそう問えば、オーデングルムは慌てて「滅相もありませぬ!」と否定するが……。

 それが完全に本心からでないのは、わざわざ推し量らずとも分かる。


 ……そうしたこやつらの考えもまた、一つの真実ではあるからな……。



「オーデングルム、キサマらのその想いも分からぬではない。

 だが……このアルタメアそのものを破壊するぐらいでなければ、結局、人族を滅ぼし尽くすようなことは出来ぬだろう。

 ――そしてあるいは、この魔王のチカラの本質は、そうしたものであるのかも知れん。


 しかし、余はそのような真似は望んでおらぬ。

 この先の世で、再び魔王と勇者が争うような――アルタメアが戦火に呑まれるようなことがないようにしたいのだ。


 そしてそのためには、人族もまた我が民として組み入れねばならん。

 長きに渡って我らを隔ててきた、人と魔という垣根を取り払わねばならん。

 ゆえに……後に我が民となる者たちを、無闇に手に掛けるわけにはゆかぬのだ。


 暴虐による恐怖は、確かに戦を迅速に進めようが……その後に残る禍根もまた、それだけ深くなる。

 それは不穏の種となり、我らが新たな世を脅かすものとなろう。


 ……であれば、我らに刃向かう意志の無い者には慈悲を以て接し、極力、これまでと変わらぬ生活を与えてやる方が良い。

 我が民となろうと、平穏に生きていけるのだと理解させてやればいい。

 そうすれば結果として、世が落ち着くのも早くなろう。

 また、人族の文化・技術も破壊せずに残す方が、我らが得るものも多かろうしな」



 ――それは、これまでも何度も表明してきた、余の理想。

 それをなおも繰り返すのは、こやつら配下だけでなく……余自身をも、その途上で道を違えぬよう、確認する意味合いがあった。


 そして、オーデングルムは……。

 表情から察するに、相も変わらず、その理想について理解はしつつも、心底よりは納得しかねる――と、そんなところか。


 まあ、それは構わぬ。

 何もかもを余に委ね、すべてを盲目的に賛同するよりは、そうした別の意見――別のものの見方もあった方が、万が一にも道を誤った際には、そのことに気付きやすかろうしな。


 また、それらと折り合い、取り込み、先へ繋げていくのも……王としての役目であるのだから。


「恐れながら……ハイリア様。

 その、理想となされる世界像は――やはり、その……シュナーリア嬢の……?」


 複雑そうな表情のままに……オーデングルムが尋ねてくる。


「そうだな……幼い頃より、あやつと共に育ち、その考えに触れてきた余だ――影響を受けたことを否定はせぬ。

 そして――しきたりを重んじるキサマが、傍若無人なあやつと相性が悪いのも分かっているが……。

 オーデングルム、キサマとて、あやつの才は認めているのであろう?

 ……それが、戦ばかりでなく、その先の時代にこそ必要であることも」


「それは……!

 それは、確かに……(おっしゃ)る通りやも知れませぬが……」


 オーデングルムは、苦虫を噛みつぶしたような顔のままに、小さく首を振る。


「しかしハイリア様……!

 シュナーリア嬢のその才が、和解を名目に、我ら魔族でなく、人族どもを利するものとなったりすれば――!」


「申し上げますっ!!」


 ――オーデングルムが、改めて余に意見しようとしたそのときだった。

 〈人狼(ワーウルフ)〉の伝令が、勢い込んで我らのもとへと飛び込んで来る。


「どうした?」


 水を差された形になり、言葉を呑み込んでいるオーデングルムの代わりに、余がすぐさまそう切り返してやると……。

 伝令は、至急余に目通りを願いたいと、ガガルフがやって来ていることを告げた。


「……ガガルフが?」


 ガガルフには、余がこちらに出向く前に、改めて別の地域を任せると指示を出しておいたのだが……。

 責任感の強いあやつが、その役目をおいてまで――ということか?


 何かは分からぬが、ただ事でないのは確かだと、すぐに通すように言い付ければ――。


 待つのも惜しいと、すぐ(そば)までやって来ていたのだろう……直ちにガガルフはその姿を現した。


「――どうしたガガルフ、何があった?」


 余の前に、息せき切る勢いで(ひざまず)くガガルフに、冷静に問いかける。

 対するガガルフは、余のそばで同じく何事かと緊張するオーデングルムをちらりと一瞥すると……。

 自らを落ち着かせるように、一度だけ呼吸を整えてから――口を開いた。


「王都にて、シュナーリア殿を暗殺せんとする動きがありました……!」


「――何だと!?」


 反射的に地竜から飛び降りつつ、ガガルフに詰め寄る。


「シュナーリアは無事なのか!?」


「は、はい……!

 幸いにして賊の襲撃直前に、計画を察知したクーザ殿率いる王都警護隊が、襲撃者たちを迅速に取り押さえましたので……。

 シュナーリア殿はもちろん、そのご家人にも屋敷にも被害はありません」


「……そうか……」


 思わず余は、一つ、大きく安堵の息を吐く。


 シュナーリアは子供のような見た目ではあるが、何より魔法においては、〈魔領(まりょう)〉最強と称されるほどの魔力と技量を持つ。

 つまりは、並大抵の暗殺者では太刀打ち出来ない相手ということだが……誰よりその実力を分かっていてなお、余も心が騒がずにはいられなかったらしい。


 あやつはその天才性ゆえにか、時として当たり前のようなことで抜けていたりするからな……。


「ですがハイリア様、その襲撃に携わったという者たちが問題で……」


「……どういうことだ?」


 余の問いに、ガガルフは僅かに視線を上げ――。

 ここに来たときと同じように、オーデングルムの方を……困惑を感じさせる目で見やった。



「ボクとしても、(にわか)には信じ難い話なのですが……。

 どうやらその賊は、オーデングルム殿に連なる者たちのようなのです――」






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