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魔王に恋した乙女の、誇りと意地の物語  作者: 八刀皿 日音
第2章 魔王と乙女は、道が交わらない

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第15話 〈魔剣〉受け継ぐ家の少女 −1−


 ――ガガルフから聞いた〈勇者〉の話と、わたしへの不評のことを直に伝えに、ハイリアが会いに来てから……しばらくの時間が過ぎた。


 相も変わらず、ジワジワと徐々に悪化する体調――熱と喀血(かっけつ)を伴った咳に悩まされていたわたしは、おいそれと屋敷を出ることも叶わず。

 結果として、ガガルフとハイリアが忠告してくれたような、悪評を払拭するために一度戦場に顔を出す――なんて真似は、とてもじゃないが実行出来ずにいた。


 まあそれでも、寝たきりと言うほど酷くはなかったので……引きこもる名目通りに研究に精を出したりと、屋敷の中で為せることについてはまだ何とかなったのは、不幸中の幸いと言うところだろう。


 ……そもそも、わたしを心配しての忠告なのは分かるが――和解を唱えたわたしが大っぴらに戦場に顔を出すのも、その信念を疑われる行為のようで、あまり気乗りはしなかったしな。



 ――さて、そんなわたしだが……。

 今日もベッドの中だというのに、思わず、そんな身体の不調を忘れてしまいそうなほどの興奮に包まれていた。


 その理由が……今、わたしが手にしている一通の手紙だ。


 〈魔将軍〉ガガルフが相対したという、当代の〈勇者〉――。

 その話をハイリアを通して聞いたわたしは、何とかその勇者に、魔族にも『和解』を望む者がいるのだと――それは決して不可能なことではないのだと、それを伝えたくて。

 文を(したた)め、協力者の助力を得て……ようやく勇者本人に届けることが出来たのだが。


 その返事が、こうして返ってきた――というわけなのだ。

 そして、その中の答えは……わたしが思っていた以上のものだった。



 異世界から召喚された者ゆえ、文字も学んだばかりだったろうに……。

 しかし、代筆には頼ることなく――翻訳を補助するような魔導具(まどうぐ)を使いつつ、苦労しながらも己の手で心を込めてくれたことがありありと分かる、不格好な、けれど一生懸命な文字が並ぶ……勇者直筆の手紙。


 そこに書かれていたのは――わたしの『和解』の提案を、全面的に肯定してくれる内容だったのだ。


 何と、勇者もまた、わたしと同じく争い合うことを愚かだと――。

 先々の時代のことを思えば、『和解』するのが一番だと考えていたという。


 だからこそ、魔族の(がわ)にも、わたしのような同じ考えの者がいたのが嬉しい、と。

 必ず『和解』を成し遂げようと――そう、わたしの理想を後押ししてくれたのだ。


 そして、それが口先だけではないことは、かの勇者が、未だに敵対した魔族を誰一人として手に掛けていない、という事実が証明していた。


 敵を誰も殺めない――それは、およそ簡単なことではないはずだ。


 また、仲間のはずの人族側からも、どうしてそんな真似をするのかと、疑問を抱かれたりもしているかも知れない。

 それでも――勇者は、己の信じたその道を貫いているのだ。


 そんな事実と、この手紙に……わたしも、自分の熱意にさらに火を入れられた気分だった。


 やはり、『和解』を成すには……ハイリアという魔王と、ユーマという勇者が揃った今この時代しかない――必ず成し遂げてみせると、決意も新たに。



「どうやら、素晴らしい内容のお返事だったようですな、お嬢様」


 ベッド脇に控えていたギリオンの……わたしの様子を見てだろう、そんな嬉しそうな物言いに、わたしも手紙から視線を移し「分かるか?」と応える。


「はい、それはもう……お嬢様のお顔にありありと」


「お前もな、ギリオン。

 主人が嬉しそうなら自分も嬉しい、なんて――家令の(かがみ)だな、まったく」


 ニヤリと、イタズラっぽく笑いながら言って――つい咳き込んでしまうと、ギリオンは素早く水差しからグラスに注いだ水を、わたしの身体を支えながら差し出してくる。


「お薬はいかがなさいますか?」


「いや……大丈夫だ、そこまでヒドくは――ないよ。

 ……あるいは、この手紙に勇気づけられたお陰かも知れないな」


 強がりでもなく、事実、血の混じらぬ、長続きもしない咳など、今のわたしにとっては大したことではない。

 それはギリオンもすぐに察したのだろう、わたしがグラスだけありがたく受け取る間に離れて、いつもの距離に戻る。



「さて……これからどうするか。

 〈勇者〉の賛同が得られるとなれば、もっと大胆に動くべきか……?


 いや、あまり焦っては……『勇者と連絡を取っていた』という部分だけが取り上げられて、それこそ『裏切り者』扱いされかねない……。


 わたしが汚名を被るだけならいいが、それによって『和解』という選択まで皆に忌避されては元も子もないしな……む〜……」



 つい、思考とともにグラスの端をガジガジと噛みながら、そんな風に唸っていると。

 ギリオンが、「では……」と、意見を具申してきた。


「いっそのこと、〈列柱家(れっちゅうけ)〉の中でも、比較的お嬢様に友好的な方々の協力を得るのはいかがでしょう?

 ガガルフ様やクーザ様ならば、真摯(しんし)にお話を聞いていただけるのでは?」


「ふむ……すでに『和解』の方針は掲げたのだし、堂々と賛同者を増やす方向か。

 しかし、ガガルフはまだ分かるが……なぜクーザに?

 彼は確かに、思慮深く聡明だが……立場としては常に中立的だ。

 少なくとも、特別わたしに味方するような態度はなかったはずだが……」


「確かに、これまではそうでしたが……。

 先日、お嬢様は未だに研究に没頭しておられると、そうハイリア様にお伝えすべく登城した際……城仕えの者たちから、近頃、クーザ様がお嬢様を強く擁護なさっている――という話を聞きましたので」


「……クーザが? わたしを?」


 ギリオンに、話の続きを促しながら……わたしは改めて、クーザという人物の為人(ひととなり)を頭に思い浮かべてみる。


 わたしとハイリアにとっては、歳の離れた兄のようなところもあり……〈列柱家〉の中でも、比較的近しい存在だったのは確かだが……。

 だからといって、今現在、この状況で、公には主家たるハイリアと意見を対立させる――そんな形になっているわたしの肩を持つ理由が分からない。


 ……ハイリアが、未だにわたしを婚約者という立場に置いているから?

 だから、いわば個人的な点数稼ぎのために?


 いや……そういう真似を嫌うからこその、クーザという人物のはずだ。


「クーザ様は、お嬢様の才と研究は魔族にとって大変重要なものであり……戦の最中(さなか)だからといって戦場に出ずとも、非難するべきではない――と、お嬢様の近況について、そう擁護されているようです」


「…………ふーむ…………?」


 ギリオンの話を噛み締めながら……わたしはついでに、またグラスの端もガジガジと囓ってしまう。



「…………腑に落ちん…………」



「は? お嬢様、何と――」


「腑に落ちん、と言ったんだ。

 何か妙だ――そう、言うなれば……『噛み合わん』」


「どういうことでございましょう?」


「何と言うかな……奇妙な違和感があるんだよ。

 わたしの知るクーザという人物と、その言動が――綺麗に噛み合わないんだ。

 ――そもそも、だ。

 お前のさっきの話……確かにわたしを擁護しているかのようだが、真にわたしのことを(おもんぱか)っているなら、それこそガガルフやハイリアのように、『一度戦場に顔を出せ』と言う方が普通じゃないか。

 今、わたしに不満を抱いてる主戦派の連中が、クーザの言うような理屈に納得するわけないんだからな」


「では……クーザ様は、一体何を……」


「さて、な。

 何か、まるでわたしにこのまま引きこもり続けてほしいようにも聞こえるが……」



 ――そう、これはあくまで『カンのようなもの』でしかない。

 人はときとして、自分ですら理解しがたいような行動を取ることもあるのだから……クーザの行動が特別おかしいわけではない。


 だが――この違和感は、何と言うか、無視出来ない『悪い予感』めいたものとして……わたしの中で広がろうとしていた。

 そして、わたしは――天才だの何だのと言われてきたが、何でも理論立てるわけではなく……案外こういう『感覚』を重要視するタイプなのだ。

 だから――。


 わたしは、水の入ったグラスをギリオンに突き出しざま――勢いよく、ベッドから飛び降りる。



「――お嬢様!?」


「疑問に思ったなら行動だ、ギリオン!

 ――その真意を探るべく……これからクーザの屋敷へ向かう! 準備しろ!」






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