第14話 その夜空に立ち、星は互いの星となった −2−
「それで……クーザよ。
なにゆえ、余をつけるような真似をした?」
木陰から姿を見せ、跪いたクーザに……余は、地竜の上から問いかける。
「はっ……ハイリア様が、供も付けずにお一人でいらっしゃいましたので……。
畏れながら、城にお戻りになるまでは私が護衛の代わりを務めなければ――と」
「ならば、一言そう申し出れば良かったであろう?」
余が重ねて問うと、クーザは困ったような苦笑を見せた。
「仰る通りなのですが……ハイリア様は、物思いに耽っていらっしゃるようにお見受けしましたので。
……その邪魔をするのも、憚られました」
「……ふむ。そうか……」
事実、そのようなところはあったので、余はうなずくしかない。
さらに、そもそもが、クーザらしい言い分だ、と思ったというのもある。
クーザは、〈列柱家〉の中でも中堅といった年頃で、さらに思慮深く落ち着いた性格もあってか……自らの主義主張を声高に掲げたりするよりは、それによってぶつかる者たちの間に立ち、仲裁や調停を担うことが多いような人物であるからだ。
そうしたことから、〈列柱家〉の長老格であり、何かと口うるさいオーデングルムですら、クーザには一目置いているのは間違いなく……。
その両方の立場に配慮した自然な執り成しがなければ、シュナーリアの言動に対するあやつの不平不満は、今の比ではなかったことだろう。
「お前の言い分は分かった。――面倒をかけたな」
「畏れ入ります。
ではこのまま、お戻りになるまでお供をさせていただいても?」
「……心配性だな。好きにするがいい」
そう告げて、またゆったりと地竜を歩かせると――。
それでは、と、クーザもまたそれに合わせ、付き従って歩き出す。
「そう言えば……。
余に初めて地竜の乗り方を教えたのが……クーザ、キサマだったな」
「…………そう――そう、でしたな。
ええ、懐かしい話です……確かそのときは、シュナーリア殿もご一緒で。
お二人とも、教師役の私がすぐにやることがなくなるほどに、驚くほど早くに習熟されましたな」
すっかり忘れていたのか、一瞬、曖昧な答えを返すものの……。
すぐさま、当時の様子を苦笑混じりに語るクーザ。
「それも、キサマの教え方が良かったからであろうよ。
……もっとも、真にすぐさま習熟したのはシュナーリアの方で……余は、あやつに遅れまいと、必死に食らいついていただけだが」
余もまた、クーザとは恐らく違う意味での苦笑をもらす。
「――ご謙遜を。
そのときの思いはどうあれ、すぐさま私の手を離れられたのは事実。
つまりはハイリア様も、負けず劣らずの才をお持ちであったということですよ。
……もちろん、シュナーリア殿もさすがですが」
言いながら……クーザはついと、肩越しに後方へ視線をやった。
「今宵は……やはり、シュナーリア殿の様子を見に行かれたのですか?」
「…………ああ。
クーザ――キサマもやはり、余はあやつに甘いと、そう思うか?」
余が、何とはなしにそう問いかけると。
クーザは、腰に佩いた剣の柄頭を軽く叩きながら――「そうですな……」としばし思案する。
「シュナーリア殿が戦場に出ないことを不服とする者も、やはりそれなりにはおります。
しかし、シュナーリア殿の才は、大変貴重な得難いもの……。
あたら前線で戦うぐらいなら、その時間を我ら魔族のための研究に費やしてもらうべき――そうお考えになるハイリア様のご意志には、私は全面的に賛成です。
まして、シュナーリア殿自身がそれを望まれるなら、なおのこと」
「ふむ……。
不満を持つ者の存在については、昼間、ガガルフからも忠告を受けた。
折りを見て、一度ぐらいはシュナーリアも戦場に顔を出し、不信感を拭っておくべきではないか――とな」
「……なるほど、ガガルフ殿の言い分も一理あります――が。
私は、特に気にすることもなく、このままで良いのではないかと。
そもそもが、魔王たるハイリア様のお決めになられたことなのですから。
それに……失礼を承知で申し上げれば、シュナーリア殿のご気性からすれば……下手に取り繕うのも逆効果になりかねません」
口調こそ、普段のクーザ通りに穏やかながら……。
どことなく、その言葉には妙に力が籠もっているようにも感じられた。
そして、それが表に出たように――クーザは、柄頭に置いていた手を強く握る。
「……それに――このような真似は、告げ口をするようで気が進みませんが……。
オーデングルム殿を筆頭とする主戦派の面々は、シュナーリア殿の件を理由に、ハイリア様への己の不忠を正当化しているようにも見受けられます。
よもや、反逆まで企てているようなこともありますまいが……」
まるで、余への反逆を目論むようなら即座に斬る――とでも言いたげだ。
色々と、こやつらしくない――とも思うが……。
何か、腹に据えかねることでもあったのやも知れんな。
「……そうか……分かった。
キサマのその言も、一つの意見として聞いておこう」
その内容については、敢えて是とも非とも決めつけず……。
しかし地竜の足を止めてでも、『そこまでにしておけ』と、視線とともに言外に圧を掛ければ――。
クーザも、勢いに任せ言葉が過ぎたことを悟ったのだろう――「失礼しました」と深く一礼を返してくる。
「うむ……剣に手を置いての発言には気を付けろ。
――分かっているだろうが、お前ほどの人物となれば、相応の重みが伴う」
「畏れ入ります。短慮に過ぎました」
頭を下げたまま、今一度繰り返されたクーザの反省の言葉に……うなずき返しつつ、地竜の歩みを再開させる。そうして――
「……そう言えば……。
先程から気になっていたのだが……キサマのその剣、以前のものと違うな?
相当な業物と見受けられるが……」
同じく、余の後を追い始めたクーザにそう問えば。
今度は、どことなく得意気にも見える表情で――「これですか」と、余に見えやすいよう、腰に佩いた剣を鞘ごと外し、わずかに捧げ持つ。
「これは、我が家の当主に、『魔王となる方が現れた際、その剣となってお助けするべく使え』――と、代々伝わってきた宝剣にございます。
その名を、〈魔剣グライエン〉――。
かつての当主、グーラントによって生み出されたものです」
「ほう……グーラントと言えば、当時の魔王に重用され、錬成術士としても名を馳せた人物であったな。
それほどの者の手による宝剣、か……」
現在で言えばシュナーリアのように、優れた才によって様々な武器や魔導具を生み出したという、稀代の錬成術士グーラント――。
なるほど、良く知っているはずのクーザの気配を、なぜかそれと気付けず――妙な違和感を覚えていたのも……。
そして、こうしてわざわざ尋ねてしまうほどに、その存在感に気を取られたのも……。
すべては、その名工が作りし剣としての、纏いし魔性ゆえ――というわけか。
まさに、〈魔剣〉の名に相応しい――。
「こうして間近に見れば、なるほど、強いチカラを感じ――ッ!?」
せっかくだ、手に取って見せてもらうか――と、伸ばしかけていた手を、余は反射的に引く。
「……ハイリア様? いかがなさいました?」
「あ、ああ……いや……」
――何だ? 今、一瞬……。
最近、ようやく御するのにも慣れた、この身に宿す〈魔胎珠〉のチカラ――それが、大きく身の内で騒いだような……そんな気がしたが……。
「……さすがは、名工の手に成る魔剣ということか……。
あるいはクーザ、キサマの家に連なる者しか扱えぬようになっているのやも知れぬな」
平静を装いながら……余は考え得る中で、恐らく最も可能性の高い答えを述べる。
そうした剣の拒否反応に、余の中のチカラもまた拒否反応を起こした――そういうことではないか、と。
「それは――申し訳ありません、恥ずかしながら存じ上げませんでした。
もし、ハイリア様のお眼鏡に適ったのならば……とも思ったのですが……」
眉尻を下げ、言葉通り恥ずかしそうにしながら……クーザは、魔剣を腰に佩き直す。
「……その気持ちだけもらっておこう。
そもそも余は、剣は使わぬしな」
これは、別にクーザに気を遣ったわけでもない。
事実として、余は今も丸腰である。
幼い頃は護身用の剣ぐらいは提げていたし、今でも最低限の訓練ぐらいはこなすが……魔法と、魔力を使っての体術に習熟するにつれ、戦闘となればそちらを重視するようになったからだ。
「それも勿体ないことです。
剣術においても、他を圧倒するだけの腕をお持ちであるのに」
「性分の問題だ。
武器に頼らぬ方が、余に合っているのだろう――気楽で良い」
――特に、そのような妙にチカラのある魔剣を携えるよりはな……。
ふと、そんな風に思ってしまったことはおくびにも出さず。
余は、クーザ自身の気配をも歪めているような……そんなクーザの魔剣を、今一度だけ、ちらりと一瞥した。
まるで、向こうもこちらを見ているような――そんな錯覚を覚えながら。




